医師からフローティング・ハーバー症候群という、少し不思議な響きの病名を告げられ、情報を求めてこのページにたどり着いたご家族の皆様へ。
生まれたばかりの赤ちゃん、あるいは言葉の遅れや低身長が気になって検査を続けてきたお子様に診断が下り、驚きとともに、これからどのような成長をたどるのかという大きな不安の中にいらっしゃることと思います。特に、この病気は世界的に見ても報告数が少なく、希少疾患の一つに数えられるため、日本語で書かれた詳しい情報は限られています。
フローティング・ハーバー症候群は、生まれつきの遺伝子の変化によって、身長の伸びがゆっくりであったり、言葉の発達に時間がかかったり、お顔立ちに特徴があったりする体質です。
この病名は、1970年代に最初に患者さんが報告された二つの病院、ボストンのフローティング病院と、カリフォルニアのハーバー総合病院の名前を組み合わせて名付けられました。
かつては診断が難しい病気でしたが、近年の遺伝子研究の進歩により、SRCAPという遺伝子の変化が原因であることが分かり、確定診断ができるようになりました。それによって、世界中でこの診断を受けるお子さんが増え、適切なサポートにつながるケースが増えてきています。
概要:どのような病気か
フローティング・ハーバー症候群は、英語でFloating-Harbor Syndromeと表記され、医療現場では頭文字をとってFHS(エフ・エイチ・エス)と呼ばれることが一般的です。
この病気の全体像を捉えるためのキーワードは、大きく分けて三つあります。
一つ目は、特異的顔貌と呼ばれる特徴的なお顔立ちです。
二つ目は、骨年齢の遅延を伴う低身長です。年齢の割に骨の成長が若く、身長の伸びが緩やかになる特徴があります。
三つ目は、言語発達の遅れです。特に、言葉を話すこと(表出言語)に苦手さが見られます。
これらの症状は、命に関わるような重篤な臓器の病気を伴うことは比較的少なく、多くの患者さんは元気に日常生活を送っています。ただし、腎臓の異常や、グルテンというタンパク質に反応してしまうセリアック病などを合併することがあるため、定期的な健康管理は必要です。
頻度は非常に稀で、正確な統計はありませんが、100万人に1人未満とも言われています。しかし、症状が軽度で見過ごされているケースもあると考えられており、実際の患者数はもう少し多い可能性があります。
この病気は、進行性(どんどん悪くなる性質)のものではありません。お子さんは、その子なりのペースで確実に成長し、学び、社会との関わりを深めていきます。
主な症状
フローティング・ハーバー症候群の症状は、外見的な特徴、成長のパターン、発達の特性など多岐にわたります。お子さんによって症状の出方や重さは異なりますが、診断の手がかりとなる代表的な特徴について詳しく見ていきましょう。
1. お顔立ちの特徴(顔貌)
この病気のお子さんには、いくつかの共通した愛らしいお顔の特徴が見られることがあります。これらは成長とともに変化することもありますが、診断の際の重要なポイントとなります。
顔の形は逆三角形のような形をしていることが多く、耳の位置が少し低めで、後ろに傾いていることがあります。
目は少し奥まっていて(眼球陥凹)、まつ毛が非常に長いのが特徴です。
鼻は、鼻筋が幅広く、鼻の頭(鼻尖)が丸く大きく垂れ下がっているような形をしており、鼻柱(鼻の穴の間の壁)が鼻の縁より下に伸びていることがよくあります。
口は横幅が広く、唇、特に上唇が薄い傾向があります。笑顔を見せると歯茎が見えるガミースマイルになることもあります。
2. 成長と骨の特徴
低身長
出生時の体重や身長は、正常範囲内か少し小さめであることが多いですが、生後数ヶ月から幼児期にかけて成長のスピードが緩やかになり、同年代の子と比べて背が低くなることが目立ち始めます。多くの場合、体のバランスは保たれています(手足だけが極端に短いわけではありません)。
骨年齢の遅延
レントゲンで手の骨などを撮影すると、実際の年齢よりも骨の成熟度が若い(遅れている)ことが分かります。例えば、実年齢が5歳でも、骨の年齢は2歳や3歳程度に見えるといった具合です。これは、体がまだ成長する余地を残しているとも言えますが、身長の伸び自体はゆっくりです。
指の特徴
指先が太く丸みを帯びている(ばち指)、小指が短く内側に曲がっている、親指が幅広いといった特徴が見られることがあります。
3. 言葉と発達の特徴
言語発達の遅滞
ご家族が最も心配される点の一つが、言葉の遅れです。
特に、こちらの言っていることは理解できているのに、それを言葉に出して話す(表出言語)のが苦手という特徴があります。6歳から8歳くらいまでほとんど話さないお子さんもいれば、単語や短い文で話すお子さんもいます。
言葉が出にくいことによるもどかしさが、かんしゃくなどの行動につながることもありますが、ジェスチャーや絵カードなどを使うことでコミュニケーションが取れることも多いです。
知的発達
軽度から中等度の知的障害を伴うことが多いとされています。しかし、記憶力が良かったり、特定のことに高い関心を示したりと、得意な分野を持っていることもよくあります。
4. 行動面の特徴
性格は明るく、社交的で人懐っこいお子さんが多いと言われています。
一方で、注意力が散漫で落ち着きがない(ADHD傾向)、不安を感じやすい、こだわりが強い、気分の浮き沈みが激しいといった行動面での課題が見られることもあります。これらは、自分の気持ちをうまく言葉にできないストレスから来ている場合もあります。
5. その他の身体症状
セリアック病
小麦などに含まれるグルテンというタンパク質に対して免疫反応が起きてしまう病気です。お腹が張る、下痢をする、体重が増えないといった症状が出ることがあります。フローティング・ハーバー症候群の患者さんには、この病気が合併するリスクが高いことが知られています。
腎臓の異常
水腎症(腎臓に尿がたまって腫れる)や、嚢胞(水たまり)ができるなどの構造的な異常が見られることがあります。
歯の問題
歯が生えるのが遅い、上の前歯が大きい、歯並びが悪い、虫歯になりやすいといった特徴があります。
視力と聴力
遠視や斜視などの目の問題や、中耳炎になりやすく難聴を伴うことがあります。
原因
なぜ、身長が伸びにくかったり、言葉が遅れたりするのでしょうか。その原因は、細胞の中にある遺伝子の働きにあります。
SRCAP遺伝子の変異
フローティング・ハーバー症候群の主な原因は、第16番染色体にあるSRCAP(エス・アール・キャップ)という遺伝子の変異です。
人間の体は、約37兆個の細胞でできており、その一つひとつの核の中にDNAという設計図が入っています。SRCAP遺伝子は、その中でも特に重要な「司令塔」のような役割を果たしています。
この遺伝子は、クロマチンリモデリング複合体というタンパク質のグループを作るための部品の一つです。
少し難しい話になりますが、私たちのDNAは長い糸のようなものですが、普段は小さく折りたたまれて収納されています。必要な遺伝子のスイッチを入れるためには、この折りたたまれたDNAをほどいたり、形を変えたりする必要があります。SRCAPタンパク質は、この「DNAの形を変えてスイッチを入れる」作業に関わっています。
SRCAP遺伝子に変異があると、このスイッチを入れる作業がうまくいかなくなります。その結果、細胞分裂や成長に関わる他のたくさんの遺伝子(CREBBP遺伝子など)が正しく働かなくなり、骨の成長や脳の発達に影響が出ると考えられています。
遺伝のしくみ
この病気は常染色体顕性遺伝(以前の優性遺伝)という形式をとります。
これは、理論上は親から子へ50パーセントの確率で伝わる形式です。
しかし、フローティング・ハーバー症候群の患者さんのほとんどは、ご両親は健康で遺伝子にも異常がなく、お子さんの代で初めて遺伝子の変化が起きた新生突然変異(de novo変異)によるものです。
これは、精子や卵子が作られる過程、あるいは受精した直後の細胞分裂の段階で、偶然にSRCAP遺伝子にコピーミスが起きたことを意味します。
つまり、ご両親のどちらかのせいで遺伝したわけではありません。また、妊娠中のお母さんの食事、お薬、ストレス、環境などが原因で起きるものでも決してありません。誰にでも起こりうる、生命の誕生における偶然の現象なのです。

診断と検査
診断は、特徴的な症状の観察、画像検査、そして遺伝子検査を組み合わせて行われます。
1. 臨床診断
医師は、お子さんの顔立ち、身長の伸び具合、言葉の発達状況などを詳しく診察します。
特に、「特徴的な顔貌」「骨年齢の遅延を伴う低身長」「言語発達の遅れ」の3つの特徴が揃っている場合、臨床的にフローティング・ハーバー症候群が疑われます。
2. 遺伝学的検査
確定診断のためには、血液を採取してDNAを調べる検査が必要です。
次世代シーケンサーという解析装置を使って、SRCAP遺伝子に変異があるかどうかを調べます。
この検査で変異が見つかれば、診断は確定します。診断が確定することで、ルビンシュタイン・テイビ症候群など、症状が似ている他の疾患と区別することができ、将来の見通しや適切な治療方針を立てやすくなります。
3. その他の検査
診断がついた後、あるいは診断の過程で、合併症がないかを調べるために以下の検査が行われることがあります。
手のレントゲン検査:骨年齢がどのくらい遅れているかを確認します。
腎臓超音波検査(エコー):腎臓の形や尿の通り道に異常がないかを調べます。
血液検査(セリアック病スクリーニング):グルテンに対する抗体があるかどうかを調べます。
眼科・耳鼻科検診:視力や聴力に問題がないかを確認します。
治療と管理
現在の医学では、遺伝子の変化そのものを修復して病気を根本から治す治療法はまだ確立されていません。
しかし、それぞれの症状に対して適切な治療(対症療法)とサポート(療育)を行うことで、お子さんの持っている力を最大限に引き出し、健康で豊かな生活を送ることは十分に可能です。
1. 成長ホルモン治療
低身長に対して、成長ホルモン(GH)の投与が行われることがあります。
本来、フローティング・ハーバー症候群の患者さんで成長ホルモンが不足しているわけではないことが多いのですが、投与することで身長の伸びが改善するという報告があります。
ただし、効果には個人差があることや、骨年齢が急速に進んでしまうリスクなども考慮し、内分泌科の専門医と相談しながら慎重に治療方針を決定します。
2. 発達支援と療育(リハビリテーション)
早期からの療育が、お子さんの成長にとって非常に重要です。
言語聴覚療法(ST):言葉の遅れに対するアプローチです。発語を促すだけでなく、ジェスチャーや絵カード、タブレット端末などを使った代替コミュニケーション手段(AAC)を練習することで、自分の気持ちを伝える喜びを知り、かんしゃくなどの行動が減ることもあります。
作業療法(OT):手先の不器用さを改善したり、着替えや食事などの日常生活動作の練習を行ったりします。
理学療法(PT):運動発達に遅れがある場合、体の使い方を練習します。
特別支援教育:幼稚園や学校では、お子さんの理解度やペースに合わせた個別の支援計画(IEP)を作成してもらい、安心して学べる環境を整えます。
3. 合併症の管理
セリアック病の食事療法
もしセリアック病と診断された場合は、食事からグルテン(小麦、大麦、ライ麦などに含まれる)を取り除くグルテンフリー食を行います。これにより、お腹の調子が良くなり、栄養吸収が改善して体重が増えることが期待できます。
歯科治療
虫歯になりやすいため、定期的な歯科検診とフッ素塗布、丁寧な歯磨きが欠かせません。
眼科・耳鼻科のケア
眼鏡による矯正や、中耳炎の治療を適切に行うことで、学習やコミュニケーションの妨げを取り除きます。
4. 行動面のサポート
注意欠如や不安などの行動面の問題が生活に支障をきたす場合は、心理的なアプローチや環境調整を行います。場合によっては、医師の判断のもとでお薬を使用することもあります。
「わがまま」や「しつけの問題」と捉えるのではなく、言葉で伝えられないもどかしさや、脳の特性から来るものだと理解して接することが大切です。
まとめ
フローティング・ハーバー症候群についての重要なポイントを振り返ります。
- 病気の本質: SRCAP遺伝子の変異により、成長や言葉の発達に関わるスイッチ調整がうまくいかない先天性の体質です。
- 主な特徴: 三角形の顔立ちなどの特徴的な顔貌、骨年齢の遅れを伴う低身長、言葉(特に話すこと)の遅れが3大徴候です。
- 原因: 多くは突然変異によるもので、親のせいではありません。
- 合併症への注意: セリアック病や腎臓の問題がないか、定期的にチェックすることが大切です。
- 希望: 成長ホルモン治療や言語療法などの療育によって、生活の質を大きく向上させることができます。
