医師から「Developmental delay, hypotonia, musculoskeletal defects, and behavioral abnormalities」という非常に長い英語の診断名、あるいは「EBF3関連症候群」や「HADDS(ハッズ)」という名前を告げられ、情報を求めてこのページにたどり着いたご家族の皆様へ。
お子様の発達の遅れや、体が柔らかいといった症状が気になり、長い検査の末にようやくたどり着いた診断かもしれません。初めて聞く病名、しかも日本語の定まった名称すらない状態に戸惑い、これからどのような成長をたどるのか、どう支えていけばいいのかという大きな不安の中にいらっしゃることと思います。
この病気は、2017年頃に疾患概念が確立されたばかりの非常に新しい病気です。そのため、日本語で書かれた詳しい情報はインターネット上でもほとんど見当たりません。医師であっても、専門外であれば詳しく知らないことも珍しくない希少疾患です。
この長い診断名を日本語に訳すと、「発達遅滞、筋緊張低下、筋骨格異常、および行動障害」となります。これらはこの病気の主な特徴をそのまま並べたものです。
一般的には、原因となる遺伝子の名前をとってEBF3関連症候群と呼ばれたり、主な症状の頭文字をとってHADDS(Hypotonia, Ataxia, and Delayed Development Syndrome:筋緊張低下、運動失調、発達遅滞症候群)という愛称で呼ばれたりしています。
概要:どのような病気か
この病気は、生まれつきの遺伝子の変化によって、脳や神経、筋肉の発達に影響が出る体質です。
世界的に見ても患者数はまだ少なく、希少疾患(レアディジーズ)の一つに数えられます。
病気の本質を理解するために、よく使われる通称であるHADDS(ハッズ)という言葉の意味を知ると分かりやすいでしょう。
Hypotonia(ハイポトニア)は、筋肉の張りが弱いこと、つまり体が柔らかいことを指します。
Ataxia(アタキシア)は、運動失調といって、バランスを取るのが苦手だったり、動きがぎこちなかったりすることを指します。
Delayed Development(ディレイド・デベロップメント)は、言葉や運動などの発達がゆっくりであることを指します。
これらに加えて、痛みを感じにくいという感覚の特徴や、人懐っこいけれど不安を感じやすいといった行動面の特徴、そして骨格のわずかな特徴などが組み合わさって現れます。
新しい病気であるため、現在も世界中で研究が進められていますが、命に関わるような急激な悪化をする病気ではありません。お子さんはその子なりのペースで確実に成長し、学び、笑顔を見せてくれます。
主な症状
この病気の症状は、全身の様々な場所に現れます。お子さんによって症状の出方や重さは異なりますが、代表的な特徴について詳しく見ていきましょう。
1. 筋肉と運動の特徴
筋緊張低下(フロッピーインファント)
ご家族が最初に気づくことが多い症状の一つです。赤ちゃんの頃、抱っこすると体がふにゃふにゃとして柔らかく感じたり、関節が驚くほど柔らかかったりします。
この筋肉の張りの弱さは、運動発達の遅れにつながります。首がすわる、お座りをする、ハイハイをする、歩き始めるといったマイルストーンに到達するまでに、平均よりも時間がかかります。
多くの患者さんは、成長とともに歩けるようになりますが、数歳になってから歩き始めることも珍しくありません。
運動失調(アタキシア)
歩けるようになっても、バランスを取るのが苦手でよく転んだり、千鳥足のような歩き方になったりすることがあります。また、手先の細かい動きが不器用で、ボタンを留めたり、スプーンを使ったりするのに時間がかかることがあります。
これは筋肉自体の問題というよりは、筋肉に指令を出す小脳という脳の部分の働きに関係していると考えられています。
2. 発達と知的な特徴
全般的な発達遅滞
運動面だけでなく、言葉や理解力の発達もゆっくりです。
特に、言葉を話すこと(表出言語)が苦手な傾向があります。こちらの言っていることはよく理解しているのに、それを言葉にして返すのが難しいという状態が見られることがよくあります。
そのため、実際の理解力よりも低く評価されてしまうことがありますが、ジェスチャーや絵カードなどを使うことで豊かなコミュニケーションが取れることも多いです。
軽度から重度まで幅広いですが、多くのお子さんに知的な発達の遅れが見られます。新しいことを覚えるのに時間がかかったり、複雑な指示を理解するのが難しかったりすることがあります。
3. 行動と感覚の特徴
この病気には、いくつかのユニークな行動や感覚の特徴があります。
痛覚鈍麻(痛みを感じにくい)
これは非常に重要な特徴です。転んで怪我をしたり、どこかをぶつけたりしても、あまり泣かなかったり、痛がったりしないことがあります。
痛みに強くて我慢強いのではなく、痛みを感じるセンサーの感度が低い状態です。そのため、骨折や大きな怪我をしていても気づくのが遅れることがあり、ご家族が注意深く体をチェックしてあげる必要があります。
行動特性
人懐っこく明るい性格のお子さんが多い一方で、自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)に似た特徴を持つことがあります。
視線を合わせにくかったり、こだわりが強かったり、じっとしているのが苦手だったりします。また、不安を感じやすく、新しい場所や大きな音が苦手なこともあります。
4. 筋骨格系の特徴(顔つきや骨の形)
お顔立ちの特徴
三角形の顔立ち、釣り上がった眉毛、深いセットの目、鼻筋が太い、口がへの字になっているなどの特徴が見られることがあります。
しかし、これらは非常にマイルドなことが多く、パッと見ただけでは分からないこともよくあります。ご両親に似た可愛らしいお顔をしているお子さんがほとんどです。
骨格の異常
背骨が左右に曲がる側弯症や、足の変形(扁平足など)、股関節の形成不全が見られることがあります。
5. その他の身体症状
泌尿器系の問題
腎臓の形や尿の通り道に特徴がある場合があり、尿路感染症になりやすいお子さんもいます。
摂食・嚥下の問題
赤ちゃんの頃、おっぱいやミルクを飲む力が弱く、体重が増えにくいことがあります。
斜視
目の位置がずれる斜視が見られることがあります。

原因
なぜ、体が柔らかかったり、痛みを感じにくかったりするのでしょうか。その原因は、遺伝子の働きを詳しく見ることで理解できます。
EBF3遺伝子の変異
この病気の原因は、第10番染色体にあるEBF3(イー・ビー・エフ・スリー)という遺伝子の変異です。
人間の体は、たくさんの遺伝子という設計図をもとに作られています。EBF3遺伝子は、その中でも転写因子と呼ばれる、非常に重要な司令塔のような役割を果たしています。
この遺伝子は、脳の神経細胞が作られたり、神経同士がつながってネットワークを作ったりするのを助ける指令を出しています。特に、運動のバランスを司る小脳や、筋肉を動かす神経の発達に深く関わっています。
ハプロ不全というメカニズム
人間は通常、両親から一つずつ、合計2つのEBF3遺伝子を受け継ぎます。
この病気の患者さんでは、そのうちの片方の遺伝子に変化が起きており、正常に働かなくなっています。
もう片方の遺伝子は正常に働いているのですが、それだけでは必要なEBF3タンパク質の量が足りず、司令塔としての仕事が完全にはこなせません。これをハプロ不全といいます。
その結果、神経や筋肉の発達に遅れや調整不足が生じ、様々な症状が現れるのです。
遺伝について
多くのご家族が親から遺伝したのか、妊娠中の生活に問題があったのかとご自身を責めてしまわれます。
しかし、EBF3関連症候群のほとんどのケースは、新生突然変異(de novo変異)によるものです。
これは、ご両親の遺伝子には全く異常がなく、精子や卵子が作られる過程、あるいは受精した直後の細胞分裂の段階で、偶然にEBF3遺伝子に変化が起きたことを意味します。
つまり、ご両親のどちらかのせいで遺伝したわけではありません。また、妊娠中のお母さんの食事、お薬、ストレス、環境などが原因で起きるものでも決してありません。誰にでも起こりうる、生命の誕生における偶然の現象なのです。
診断と検査
診断は、特徴的な症状の観察、画像検査、そして遺伝子検査を組み合わせて行われます。
1. 臨床診断の難しさ
発達の遅れや筋緊張低下は、多くの病気で見られる一般的な症状です。そのため、症状だけでこの病気を特定することは非常に困難です。以前は脳性麻痺や、原因不明の知的障害と診断されていたお子さんも多くいました。
2. 画像検査(MRI)
脳のMRI検査を行うことがあります。
多くの患者さんで、小脳虫部という小脳の真ん中の部分が小さい小脳低形成が見られることがあります。これは運動失調の原因の一つと考えられています。ただし、明らかな異常が見られないこともあります。
3. 遺伝学的検査
確定診断のためには、血液を採取してDNAを調べる検査が必要です。
近年急速に普及してきた次世代シーケンサーという技術を用いた全エクソーム解析(WES)が行われることが一般的です。
これは、遺伝子のうちタンパク質を作る重要な部分を網羅的にすべて解読する検査です。この検査によって初めてEBF3遺伝子の変異が見つかり、診断が確定します。
治療と管理
現在の医学では、遺伝子の変化そのものを修復して病気を根本から治す治療法はまだ確立されていません。
しかし、それぞれの症状に対して適切な治療(対症療法)とサポート(療育)を行うことで、お子さんの持っている力を最大限に引き出し、健康で豊かな生活を送ることは十分に可能です。
1. 発達支援と療育(リハビリテーション)
早期からの療育が、お子さんの成長にとって非常に重要です。
理学療法(PT)
体の柔らかさやバランスの悪さをカバーするための訓練を行います。体幹を鍛えたり、足首を支える装具(インソールや靴型装具)を作ったりして、安定した歩行を目指します。
作業療法(OT)
手先の不器用さを改善するために、遊びを通じて手と目の協調運動を練習します。また、着替えや食事などの日常生活動作をしやすくする工夫を学びます。感覚統合療法を取り入れて、感覚の偏りを調整することもあります。
言語聴覚療法(ST)
言葉の遅れに対するアプローチです。言葉での表現が難しい場合でも、サイン(ジェスチャー)や絵カード、タブレット端末などの代替コミュニケーション手段(AAC)を活用することで、意思疎通ができるようになります。「伝わる喜び」を知ることは、言葉の発達を促す上でも非常に大切です。
2. 身体的なケア
整形外科的ケア
側弯症や足の変形がないか、定期的に整形外科でチェックを受けます。必要に応じてコルセットや装具を使用します。
痛覚鈍麻への対応
痛みを感じにくいため、ご家族や支援者が定期的に体に傷や腫れがないかチェックする習慣をつけることが大切です。特に高いところから飛び降りたり、熱いものに触れたりする事故には注意が必要です。
泌尿器科的ケア
尿路感染を繰り返す場合は、腎臓や膀胱の検査を受け、適切な管理を行います。
3. 教育と生活環境
就学に際しては、お子さんの理解度や特性に合わせた環境を選びます。
地域の学校の特別支援学級や、特別支援学校など、少人数で個別のサポートが受けられる環境が適していることが多いです。
視覚的な情報処理が得意なお子さんが多いため、言葉だけでなく絵や写真を使ってスケジュールを示すなどの視覚支援を行うと、安心して活動できることがあります。
まとめ
Developmental delay, hypotonia, musculoskeletal defects, and behavioral abnormalities(EBF3関連症候群/HADDS)についての重要なポイントを振り返ります。
- 病気の本質: EBF3遺伝子の変化により、脳や神経、筋肉の発達に影響が出る先天性の体質です。
- 主な特徴: 筋緊張低下(体の柔らかさ)、運動失調(バランスの悪さ)、発達の遅れ、そして痛みを感じにくいなどの感覚の特徴があります。
- コミュニケーション: 話すことは苦手でも、理解する力は豊かです。様々な手段で意思疎通を図ることができます。
- 原因: 多くは突然変異によるもので、親のせいではありません。
- 希望: 根本治療はありませんが、理学療法や言語療法などの療育によって、着実な成長と豊かな生活を送ることができます。
