お子様が「16番染色体p13.3欠失(Chromosome 16p13.3 deletion)」という診断を受けたとき、聞き慣れない数字の羅列に、言いようのない不安を感じられたことでしょう。
実は、この「16p13.3」という場所は、染色体の中でも「遺伝子の密度が非常に高い場所」として知られています。
そのため、ここが欠失すると、単なる「発達の遅れ」だけでなく、「ルビンシュタイン・タイビ症候群」や「重症乳児多発性嚢胞腎(TSC2/PKD1隣接遺伝子症候群)」といった、特定の名前がついた病気の原因になることがあります。
医師から色々な病名を出されて混乱されているかもしれませんが、この記事では、なぜそのようなことが起きるのか、医学的な仕組みから日々の生活、そして将来の見通しまで、専門用語を噛み砕いて丁寧に解説していきます。
概要:どのような病気か
16p13.3欠失症候群は、ヒトの細胞にある46本の染色体のうち、「16番染色体」の端っこ(末端)部分が失われている(欠失している)ことによって起こる生まれつきの状態です。
染色体の「住所」を読み解く
この複雑な名前は、染色体のどこに変化が起きているかという「住所」を表しています。
- Chromosome 16(16番染色体): ヒトの23対の染色体のうち、中くらいの大きさを持つ16番目の染色体です。
- p(短腕): 染色体にはくびれ(動原体)があり、短い方を「短腕(p)」、長い方を「長腕(q)」と呼びます。今回は短い方の腕に変化があります。
- 13.3(領域): 短腕の一番端っこ(末端)にある「13.3番」という区画を指します。
- Deletion(欠失): その部分の遺伝情報が抜け落ちている状態です。
「設計図」の重要なページがない状態
染色体を「全46巻の百科事典(体の設計図)」に例えるなら、この症候群は、「第16巻の最初の章(p13.3)が抜け落ちてしまっている」状態です。
この失われたページには、体の形成や脳の発達に関わる、非常に有名で重要な遺伝子がいくつも含まれています。
そのため、「どの範囲までページが抜けているか(欠失サイズ)」によって、お子様の症状が全く変わってくるのが、この症候群の最大の特徴です。
含まれる遺伝子と「3つのパターン」
ご家族にとって一番分かりにくいのが、「16p13.3欠失です」と言われたのに、ネットで調べると全然違う病気が出てくることではないでしょうか。
この領域には、主に以下の重要な遺伝子が含まれています。これらが欠失しているかどうかで、大きく3つのパターンに分かれます。
- CREBBP遺伝子: 脳の発達や骨の形成に関わる遺伝子。
- TSC2遺伝子 & PKD1遺伝子: 腫瘍の抑制や、腎臓の形成に関わる遺伝子(この2つは隣り合っています)。
- HBA1/HBA2遺伝子: 赤血球(ヘモグロビン)を作る遺伝子。
パターンA:CREBBP遺伝子が欠失している場合
→ 「ルビンシュタイン・タイビ症候群(Rubinstein-Taybi syndrome: RSTS)」
最も多く見られるパターンの一つです。
- 特徴:幅広い親指・足の指、特徴的なお顔立ち、知的障害。
パターンB:TSC2とPKD1遺伝子が欠失している場合
→ 「TSC2/PKD1隣接遺伝子症候群」
- 特徴:結節性硬化症(TSC)と多発性嚢胞腎(PKD)の両方の特徴を併せ持ちます。重篤な腎臓の問題が乳児期から出ることがあります。
パターンC:HBA遺伝子が欠失している場合
→ 「α(アルファ)サラセミア」
- 特徴:貧血の一種です。
※欠失範囲が広い場合、これらが合併することもあります(例:ルビンシュタイン・タイビ症候群の特徴を持ちつつ、貧血もある、など)。
主治医に「どの遺伝子が含まれているか」を確認することが、理解の第一歩です。

主な症状
ここでは、それぞれのパターンごとの代表的な症状を解説します。お子様に当てはまる部分を中心にお読みください。
1. ルビンシュタイン・タイビ症候群(CREBBP欠失)の症状
もし医師からこの病名を告げられている場合、以下の特徴が見られます。
- 手指・足指の特徴:
親指と足の親指が、平たくて幅広い(へら状)形をしているのが大きな特徴です。時に親指が曲がっていることもあります。 - 特徴的なお顔立ち:
- 眉毛が太く濃い、アーチ状
- まつ毛が長い
- 目が下がり気味(眼瞼裂斜下)
- 鼻柱(鼻の真ん中の壁)が下に伸びている
- 笑った時に目を細める表情が愛らしいと言われます。
- 発達と知能:
中等度から重度の知的障害が見られることが多いです。言葉の遅れや、運動発達の遅れがあります。 - 低身長・小頭症:
身長や頭囲の伸びがゆっくりになることがあります。
2. TSC2/PKD1隣接遺伝子症候群の症状
もし腎臓の問題を指摘されている場合、こちらに該当する可能性があります。
- 多発性嚢胞腎(PKD):
腎臓に多数の「嚢胞(水風船のような袋)」ができ、腎臓の働きが悪くなる病気です。通常は大人の病気ですが、この欠失の場合は「胎児期や乳児期」から重篤な症状が出ることがあります。 - 結節性硬化症(TSC):
全身に良性の腫瘍ができやすくなります。- 脳:てんかん発作、発達遅滞の原因になります。
- 心臓:横紋筋腫(良性の腫瘍)ができることがあります。
- 皮膚:白斑(白いあざ)など。
3. アルファ・サラセミア(HBA欠失)の症状
- 貧血:
血液中の酸素を運ぶヘモグロビンがうまく作れず、貧血になります。軽度で気づかないこともあれば、治療が必要なこともあります(MCVという赤血球の大きさの値が小さくなるのが特徴です)。
4. その他の共通しやすい症状
どの遺伝子が欠けていても、染色体の一部がないことによる一般的な影響として、以下が見られることがあります。
- 発達遅滞: 全般的な発達のゆっくりさ。
- 筋緊張低下(ハイポトニア): 体が柔らかく、運動発達が遅れやすい。
- 摂食障害: ミルクを飲むのが下手、離乳食が進まないなど。
- 易感染性: 風邪をひきやすい、中耳炎を繰り返すなど。
原因と遺伝のメカニズム
ご家族が「なぜ?」と悩み、時にご自身を責めてしまうのが「原因」についてです。しかし、声を大にしてお伝えしたいのは、「ご両親の育て方や妊娠中の過ごし方が原因ではない」ということです。
1. 突然変異(de novo変異)
16p13.3欠失症候群の大多数は、「de novo(デ・ノボ)」と呼ばれる突然変異で起こります。
精子や卵子が作られる過程、あるいは受精後の細胞分裂の非常に早い段階で、偶然染色体の端っこが切れてなくなってしまったものです。
誰にでも起こりうる、自然の確率的な現象であり、防ぐことは現代の医学では不可能です。
2. 親の染色体転座(まれなケース)
一部のケースでは、ご両親のどちらかが「均衡型転座」という染色体のタイプを持っている場合があります。
- 均衡型転座: 染色体の場所が入れ替わっているだけで、遺伝情報の量は変わらないため、親御さん自身は健康です。
- しかし、お子様に染色体を受け渡す際に、バランスが崩れて「不均衡(欠失)」が生じることがあります。
※次のお子様を考えている場合など、必要に応じて遺伝カウンセリングで確認することができます。
3. ハプロ不全(Haploinsufficiency)
通常、遺伝子は父由来と母由来の2つがセットで働きます。しかし、片方が欠失してしまうと、残りの1つだけではタンパク質の量が足りず、正常な機能を果たせなくなります。
特にCREBBPやTSC2は、量が半分になるだけで(ハプロ不全)、体に大きな影響が出る遺伝子です。
診断と検査
通常、生まれた時の身体的特徴(指の形など)や、腎臓のエコー所見、発達の遅れから医師が疑いを持ち、検査を行います。
1. マイクロアレイ染色体検査 (CMA)
現在、この症候群の確定診断に最も推奨される検査です。
従来の顕微鏡検査(G分染法)では、小さな欠失は見逃されることがありました。マイクロアレイ検査はDNAレベルで調べるため、「16p13.3のどの範囲が欠けているか」「CREBBPやTSC2遺伝子は含まれているか」といった正確な診断が可能です。
2. FISH法
特定の遺伝子(CREBBPなど)があるかないかをピンポイントで光らせて調べる検査です。ルビンシュタイン・タイビ症候群が強く疑われる場合に行われることがあります。
3. 画像検査
合併症を確認するために重要です。
- 腎臓エコー: PKD(嚢胞腎)の有無を確認します。
- 心臓エコー: 心奇形や横紋筋腫の有無を調べます。
- 頭部MRI: 脳の構造を確認します。
治療と管理:これからのロードマップ
失われた染色体を元に戻す治療法(根本治療)は、現代の医療ではまだ確立されていません。
しかし、それぞれの症状に対する適切な医療的介入(対症療法)と療育(ハビリテーション)を行うことで、お子様の生活の質(QOL)を大きく高めることができます。

1. ルビンシュタイン・タイビ型(CREBBP欠失)の場合
- 発達支援: 早期からの療育(PT, OT, ST)が重要です。手話を活用するなど、コミュニケーション手段を広げます。
- 眼科・歯科: 斜視や歯並びの問題が出やすいため、定期的なケアを行います。
- 体重管理: 思春期以降、肥満になりやすい傾向があるため、食事管理に気をつけます。
2. TSC2/PKD1型の場合
- 腎臓管理: これが最優先です。血圧の管理(高血圧になりやすい)、腎機能の定期チェックを行います。腎機能が悪化した場合は、透析や移植などの治療が必要になることもあります。
- てんかん管理: 点頭てんかんなどを発症するリスクがあるため、脳波検査を行い、必要なら抗てんかん薬(ビガバトリンやmTOR阻害薬など)を使用します。
3. 全体的な療育(ハビリテーション)
- 理学療法 (PT): 筋緊張低下に対して、体の中心(体幹)を鍛え、運動発達を促します。
- 作業療法 (OT): 手指の特徴(幅広の親指など)により、手先を使うのが苦手な場合があります。遊びを通じて手の使い方を練習します。
- 言語聴覚療法 (ST): 言葉の遅れに対して、理解や表出を促すトレーニングを行います。
日々の生活での工夫
16p13.3欠失症候群のお子様との生活で、ヒントになるポイントをまとめました。
- 「得意」を見つける:
ルビンシュタイン・タイビ症候群のお子様は、「人懐っこく、社交的で、音楽が好き」明るくする力を持っています。勉強は苦手でも、人との関わりや音楽など、好きなことを伸ばしてあげてください。 - 感染症対策:
風邪をこじらせやすい場合があるため、手洗いやワクチン接種など、基本的な予防を心がけましょう。 - 腎臓ケア(該当する場合):
塩分を控えた食事など、医師の指示に従った食事療法が必要になることがあります。家族みんなで薄味に慣れることで、家族全体の健康にもつながります。
よくある質問(FAQ)
Q. 寿命に影響はありますか?
A. 欠失に含まれる遺伝子によります。重篤な腎臓病(PKD)や心疾患がある場合は、慎重な医療管理が必要です。ルビンシュタイン・タイビ型の場合、感染症や心疾患に気をつければ、成人期まで元気に過ごされる方も多くいらっしゃいます。
Q. 次の子に遺伝しますか?
A. 親御さんの染色体検査の結果によりますが、両親が正常(de novo変異)であれば、次のお子様が同じ病気になる確率は一般と同じく非常に低いです。ごく稀に、親御さんが「均衡型転座」を持っている場合は確率が変わります。遺伝カウンセリングをお勧めします。
まとめ
ここまでの重要ポイントを振り返ります。
- 16p13.3欠失症候群は、16番染色体末端の欠失による疾患ですが、「どの遺伝子が欠けているか」で症状が全く異なります。
- CREBBP欠失なら「ルビンシュタイン・タイビ症候群」(特徴的な指、顔、知的障害)。
- TSC2/PKD1欠失なら「重症の腎臓病・結節性硬化症」。
- 原因の多くは突然変異であり、親の責任ではありません。
- 診断にはマイクロアレイ検査で「範囲」を特定することが重要です。
- 治療は、それぞれの症状(腎臓、てんかん、発達)に合わせた管理と療育が中心となります。
家族へのメッセージ:複雑な診断名に惑わされないで
診断名を聞いた直後、ご家族は「染色体異常」「症候群」という言葉の重みに押しつぶされそうになっているかもしれません。
特にこの16p13.3欠失は、説明が複雑で、インターネット上の情報も混在しているため、余計に不安になることでしょう。
しかし、一番大切なのは、医学書に書かれている「症候群の特徴」ではなく、目の前にいる「お子様そのもの」です。
おててが少し幅広くて可愛いかもしれません。音楽が聞こえるとニコニコするかもしれません。
病名はあくまで、その子の体質を理解し、適切なサポート(腎臓を守る、発達を促すなど)をするための「道しるべ」に過ぎません。
一人で抱え込まないで
ルビンシュタイン・タイビ症候群の親の会や、結節性硬化症の患者会など、それぞれの症状に合わせたコミュニティが存在します。
医師、看護師、療法士、遺伝カウンセラー。あなたの周りには、お子様を支える「チーム」を作るための専門家がいます。
分からないことは何度でも聞き、辛い時は吐き出し、周りを頼ってください。
焦らず、一日一日を大切に。
お子様の小さな「できた!」を一緒に喜び合える日々が、これからの未来にたくさん待っています。
次のアクション:まず確認したいこと
この記事を読んだ後、主治医に確認すると良い具体的なポイントです。
- 「欠失範囲」の確認(最重要):
「CREBBP遺伝子が含まれていますか? TSC2/PKD1遺伝子が含まれていますか?」と必ず確認してください。それによって、気をつけるべきこと(腎臓か、発達か)が明確になります。 - 合併症のチェック:
「腎臓のエコー検査、心臓のエコー検査、眼科検診は済んでいますか?」と確認しましょう。 - 療育の開始:
お住まいの自治体の福祉窓口で、早期療育(児童発達支援)を受けるための手続きについて聞いてみましょう。
