こんにちは。未来のあなたと赤ちゃんを笑顔にする、おかひろしです。
NIPT(新型出生前診断)を中心に、医学的根拠に基づいた情報を、感情論ではなく「データ」を元に分かりやすくお届けするコラムへようこそ。
妊娠中、あるいは赤ちゃんが生まれた直後。
ふとした瞬間に、「あれ? この子の顔、なんだか元カレに似ているような気がする……」と感じて、ドキッとしたことはありませんか?
もちろん、旦那様との間にできたお子さんであることは間違いない。それなのに、なぜか過去の恋人の面影を感じてしまう。
そんな不安を煽るかのように、ネット上には**「元彼の遺伝子が赤ちゃんに混ざる」**という噂が、まことしやかに囁かれています。
「まさか、本当にそんなことが?」
「科学的にあり得るの?」
ご安心ください。結論から申し上げますと、これは医学的に否定されている都市伝説です。
しかし、なぜこれほどまでに多くの人が信じ、語り継がれてきたのでしょうか?
実はこのテーマ、科学者たちでさえ何世紀にもわたって振り回されてきた、非常に根深い“やっかいな謎”なのです。
本日は、この噂の正体を歴史的・科学的な視点から解き明かし、なぜ「似ているように見えてしまうのか」という心のカラクリについても解説していきます。
まず、この噂のルーツを探ってみましょう。
現代の私たちからすると「そんなバカな」と思う話ですが、実は古代から近代にかけて、この説は**「テレゴニー(先夫遺伝/感応遺伝)」**と呼ばれ、れっきとした学説として信じられていました。
テレゴニーとは、簡単に言えば「女性が過去に関わった男性の要素(形質)が、体内に残り続け、その後に生まれる別な男性との子どもに影響を与える」という考え方です。
この概念の歴史は非常に古く、古代ギリシャの哲学者アリストテレスも著書『動物発生論』や『動物誌』の中で言及しています。当時の知識人たちにとって、これは「常識」に近い認識だったのです。
理由は単純です。「遺伝の仕組み(DNA)」がまだ解明されていなかったからです。
メンデルの法則やDNAの二重らせん構造が見つかるずっと昔、人々は目の前の不思議な現象に、自分たちなりの説明をつけるしかありませんでした。
説明がつかない現象に直面したとき、当時の人々は「きっと前の男の影響が残っているに違いない」というストーリーを作り上げました。さらに、当時は家父長制が強く、女性の純潔性を守らせるための“教訓”や“抑止力”として、この迷信が都合よく利用された側面もあります。
科学がなかった時代だからこそ生まれた、一種の「社会的な物語」だったと言えるでしょう。
現代の遺伝学では、精子と卵子が受精した瞬間に赤ちゃんの遺伝情報は決定されます。過去のパートナーの遺伝子が入り込む余地は1ミリもありません。
それなのに、なぜ今でも「似ている気がする」と感じる人が後を絶たないのでしょうか?
そこには、私たちの脳が作り出す**「3つの誤解のメカニズム」**が働いています。
人間の記憶というのは、ビデオカメラのように正確ではありません。特に「顔」の記憶は曖昧で、その時の感情によって補正されやすいものです。
過去に長く付き合っていたり、強い印象に残っていたりする元カレの特徴(例:一重まぶた、唇の形など)は、脳内に強くインプットされています。
生まれたばかりの赤ちゃんの顔は日々変化します。その中で、たまたまその特徴と似た表情をした瞬間に、脳が勝手に**「あ!あの時の顔だ!」と記憶をリンクさせてしまう**のです。
これは「似ている」のではなく、「記憶の中の顔を、赤ちゃんに重ねて見ている」状態と言えます。
「夫の子なのに、夫に似ていない」
これもよくある不安の種ですが、遺伝学的にはごく普通のことです。
私たちは両親から半分ずつの遺伝子を受け継ぎますが、その組み合わせパターンは天文学的な数になります。必ずしも「パパ似」や「ママ似」になるとは限りません。
たまたま両親のどちらの特徴も薄く、独自の特徴が強く出た場合、人は無意識に「じゃあ誰に似てるの?」と理由を探し始めます。その矛先が、過去のパートナーに向いてしまうことがあるのです。
もっとも誤解を生みやすいのがこれです。
赤ちゃんの顔に、両親にはない特徴が現れたとき。実はそれは、おじいちゃんやおばあちゃん、あるいはもっと前の曽祖父母の特徴が、世代を超えてポンと現れた(隔世遺伝)だけかもしれません。
例えば、両親は二重なのに、赤ちゃんは一重。でも実は、ひいおばあちゃんが一重だった、といったケースです。
しかし、そのひいおばあちゃんの顔をよく知らない場合、「身内にいない顔だ→もしかして元カレ?」という誤った推論に飛びついてしまうのです。
「でも先生、虫の実験で証明されたって聞いたことありますよ?」
鋭い方は、そんなニュースを目にしたことがあるかもしれません。
実は2013年、科学雑誌『Ecology Letters』に掲載されたある研究が、このテレゴニー論争に再び火をつけました。
研究者のAngela J. Crean氏らは、ハエを使った実験を行いました。
すると驚くべきことに、生まれた子どもの体格は、本当の父親(小)よりも、最初に出会った「体の大きなオス」に近かったのです。
これだけ聞くと、「やっぱり元カレ(大きなオス)の遺伝子が影響したんだ!」と思いますよね。
しかし、科学者たちはこれを**「遺伝現象ではない」**と結論づけています。
このハエの場合、最初のオスとの接触時に、精液に含まれる特定の栄養物質などがメスの体内に吸収され、それが未成熟な卵の「成長環境」に影響を与えただけだと考えられています。
つまり、DNAが書き換わったわけではなく、卵への「栄養状態」が変わっただけなのです。
さらに重要なのは、これは特殊な生殖システムを持つハエの話であり、人間のような哺乳類には当てはまらないということです。
医学的に否定され、実験のカラクリも分かっている。
それなのに、なぜこの噂は21世紀の今も消えないのでしょうか?
そこには、人間の脳の面白い、そして少し厄介なクセが関係しています。
ノーベル経済学賞を受賞した心理学者ダニエル・カーネマンは、著書『ファスト&スロー』の中で、人間の脳の特性についてこう語っています。
「人は、曖昧さや不確実性にすごく弱い」
目の前で「説明がつかないこと(似ていない子供など)」が起きると、脳は不安を感じ、必死に「理由」を探そうとします。
その時、たまたま「元カレ」というパズルのピースが近くにあると、それが真実かどうかに関わらず、「そうか、これが原因だ!」と当てはめて、安心しようとするのです。これを**「物語化(ナラティブ)の欲求」**と呼びます。
さらに、このテーマには「性」「過去の恋愛」「秘密」といった、人が本能的に興味を持つ要素が詰まっています。
ゴシップ誌やネット掲示板にとって、これほど拡散しやすいネタはありません。
「科学的な事実」よりも、「刺激的で面白いストーリー」の方が、人の口にのぼりやすく、記憶に残りやすい。これが、都市伝説が消えない最大の理由です。
今日は、多くの女性を密かに悩ませる「元カレ遺伝説」について解説しました。
最後に、大切なポイントを振り返りましょう。
1. テレゴニーは古代の迷信
「前の男の影響が残る」という考えは、遺伝の仕組みを知らなかった時代の人々が作り出した想像の産物です。現代医学では完全に否定されています。
2. 「似ている」は脳の錯覚
赤ちゃんが元カレに似て見えるのは、あなたの記憶と感情が作り出したフィルターのせいです。また、隔世遺伝や遺伝の偶然の組み合わせで、両親に似ないことも珍しくありません。
3. ハエと人は違う
一部の研究で見られる現象は、特殊な栄養環境の影響であり、人間の遺伝子には当てはまりません。
4. 脳は物語を作りたがる
私たちは「理由のない不思議」に耐えられず、ついドラマチックな理由をこじつけてしまいます。不安になった時は、「これは脳が勝手に作ったストーリーだ」と思い出してください。
妊娠・出産期は、ホルモンバランスの影響もあり、些細なことで不安になりやすい時期です。
もし、赤ちゃんの顔を見て不安な気持ちがよぎったら、それはあなたが「過去」を見ているからかもしれません。
目の前にいるのは、紛れもなくあなたと、今のパートナーとの間に生まれた、世界でたった一つの新しい命です。
都市伝説という「過去の亡霊」に振り回されず、今ここにいる赤ちゃんの、その子だけの輝きをしっかり見てあげてくださいね。
これからも、未来のあなたと赤ちゃんを笑顔にするために、正しい医療情報をお届けしていきます。
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