ご家族が診断を受け、不安や混乱の中にいらっしゃるかもしれません。あるいは、この疾患について深く知るために情報を探されていることでしょう。
本記事は、「6番染色体短腕部分欠失症候群(Chromosome 6pter-p24 deletion syndrome)」について、医学的な背景から日常生活でのケア、そしてご家族へのメッセージまで、できる限り分かりやすく、かつ詳細に解説するために作成しました。
1. 概要
6番染色体短腕部分欠失症候群(Chromosome 6pter-p24 deletion syndrome)*は、ヒトの体を構成する設計図である「染色体」の一部が失われること(欠失)で起こる先天的な疾患です。
用語の解説
少し難しい医学用語が含まれていますので、分解して説明します。
- 染色体(Chromosome): 私たちの体を作る遺伝情報が詰まった構造物です。1番から22番までの常染色体(ペア)と、性染色体があります。この病気では「6番目」の染色体が関係しています。
- 短腕(p): 染色体には中心(セントロメア)があり、そこから上の短い部分を「短腕(p)」、下の長い部分を「長腕(q)」と呼びます。
- pter-p24: これは欠失している「場所」を指す住所のようなものです。「pter(短腕の先端)」から「p24(バンドと呼ばれる区画の24番)」までの領域がなくなっていることを意味します。
- 欠失(Deletion): 本来あるべき遺伝情報の一部が抜け落ちている状態です。
特徴の全体像
この領域(6p24から先端まで)には、体の発達において重要な役割を果たす遺伝子がいくつか含まれています。そのため、この部分が失われることで、目の構造、心臓、発達のスピード、顔立ちなどに特徴が現れることがあります。
ただし、欠失している範囲の大きさは患者さん一人ひとりによって異なるため、症状の現れ方も非常に個人差が大きいのが特徴です。
2. 主な症状と特徴
この症候群に関連する症状は多岐にわたりますが、すべての患者さんにすべての症状が出るわけではありません。軽度の方もいれば、医療的なケアが多く必要な方もいます。
(1) 顔貌(かおだち)の特徴
多くの染色体疾患と同様に、いくつかの共通した顔立ちの特徴が見られることがあります。これらは病気による「個性」の一つです。
- 眼間解離(がんかんかいり): 両目の間隔が少し離れていること。
- 鼻梁扁平(びりょうへんぺい): 鼻の付け根(目と目の間)が広く、平らであること。
- 下顎の小ささ: あごが少し小さく、後ろに下がっているように見えることがあります。
- 耳の位置や形: 耳の位置が少し低かったり、形に特徴があったりします。
(2) 眼の症状(重要)
この領域の欠失で最も注意深く観察されるのが「眼」の症状です。これは、眼の形成に関わる重要な遺伝子(特に FOXC1 遺伝子など)がこの領域に含まれているためです。
- 前眼部形成異常(Axenfeld-Rieger異常など): 黒目(角膜)や茶目(虹彩)の部分の発達に異常が見られることがあります。
- 瞳孔の位置がずれている(偏位)。
- 虹彩に穴が開いている、あるいは癒着している。
- 緑内障: 眼圧が高くなり、視神経が圧迫される病気です。生まれつき、あるいは小児期に発症するリスクが一般より高いため、定期的な眼科検診が必須です。
- 斜視・眼振: 目の位置がずれる、目が揺れるなどの症状が見られることがあります。
- 視力への影響: 構造的な問題により、視力の発達にサポートが必要な場合があります。
(3) 発達と神経学的特徴
ご家族が最も気にされる点の一つが発達のことかと思います。
- 精神発達遅滞・知的障害: 程度は軽度から重度まで様々です。言葉の理解や発語、学習面でゆっくりとしたペースで成長します。
- 運動発達の遅れ: 首のすわり、お座り、歩行などの運動面のマイルストーン(節目)に到達するのが、平均より遅くなる傾向があります。これは筋肉の張りが弱い(筋緊張低下)ことが関係している場合が多いです。
- 脳の構造異常: MRI検査などで、脳室拡大(水頭症)や、小脳の一部が十分に発達しない「ダンディ・ウォーカー奇形(またはその亜型)」が見つかることがあります。
- てんかん: けいれん発作を起こす体質を持つ場合がありますが、適切な投薬でコントロールできることも多いです。
(4) 心臓の合併症
先天性の心疾患を持つ割合が高いことが知られています。
- 心房中隔欠損症(ASD)
- 心室中隔欠損症(VSD)
- 動脈管開存症(PDA)
これらは、心臓の壁に穴が開いていたり、本来閉じるべき血管が残っていたりする状態です。自然に閉じることもあれば、手術が必要になることもあります。
(5) その他の症状
- 難聴: 感音性難聴(神経の働きによるもの)や伝音性難聴(中耳炎などによるもの)が見られることがあります。
- 口蓋裂(こうがいれつ): 口の中の天井部分(口蓋)が閉じずに割れている状態です。哺乳に影響が出ることがあります。
- 腎臓の形: 腎臓の位置や形に特徴がある場合があります(水腎症など)。
- 成長: 身長や体重の増え方がゆっくりであることが多いです。
3. 原因と遺伝の仕組み
なぜ、このような染色体の変化が起こるのでしょうか。
多くの場合は「突然変異」
6pter-p24欠失症候群の多くは、「de novo(デ・ノボ=新生)変異」*と呼ばれ、両親の遺伝子は正常でありながら、受精卵ができる過程(精子や卵子が作られる時、あるいは受精後の細胞分裂の初期)で偶然起こる突然変異です。
この場合、ご両親のせいでも、妊娠中の過ごし方のせいでもありません。誰にでも起こりうる確率的な事象です。
親の均衡型転座(きんこうがたてんざ)
一部のケースでは、ご両親のどちらかが「均衡型相互転座」を持っている場合があります。
- 均衡型転座とは: 染色体の一部が入れ替わっているものの、遺伝情報の量としては増減がない状態です。ご本人には全く健康上の問題はありません。
- しかし、お子さんに染色体が受け継がれる際、バランスが崩れて「不均衡」な状態(部分的な欠失や重複)として伝わることがあります。
※次の妊娠を考えていらっしゃる場合、ご両親の染色体検査(血液検査)を行うことで、このタイプかどうかを確認することができます。遺伝カウンセリングを受けることを強くお勧めします。
4. 診断と検査
診断は、身体的な特徴と遺伝学的検査によって確定されます。
臨床診断
医師が診察を行い、顔貌の特徴、眼の異常、心雑音、発達の様子などから染色体疾患の可能性を疑います。
確定診断のための検査
- G分染法(一般的な染色体検査): 顕微鏡で染色体の形や数を見ます。大きな欠失であればこれで分かりますが、微細な欠失は見逃されることがあります。
- FISH法(フィッシュ法): 特定の領域(この場合は6番短腕)があるかどうかを光らせて確認する検査です。
- 染色体マイクロアレイ検査(CMA): 現在、最も詳細な検査の一つです。染色体全域にわたり、非常に細かいレベルでの欠失や重複を検出できます。正確な「欠失範囲(どこからどこまでなくなっているか)」を特定でき、予後の予測に役立ちます。
合併症のチェック
診断がついた後は、全身の状態を把握するために以下の検査が行われます。
- 眼科精密検査: 細隙灯顕微鏡検査、眼圧測定など。
- 心臓超音波(エコー)検査: 心臓の奇形がないか確認します。
- 頭部MRI/CT: 脳の構造を確認します。
- 聴力検査: 難聴の有無を調べます(ABR検査など)。
- 腹部エコー: 腎臓などの内臓を確認します。

5. 治療と管理(マネジメント)
現時点では、失われた染色体を修復するような根本的な治療法はありません。治療の目的は、**「合併症の管理」と「お子さんの持っている力を最大限に伸ばす療育」**の2本柱になります。
(1) 医療的ケア
症状に合わせた対症療法が行われます。
- 眼科: 定期検診が非常に重要です。緑内障がある場合は点眼薬や手術で眼圧をコントロールし、視力を守ります。斜視や弱視には眼鏡やアイパッチ(遮閉法)を用います。
- 循環器: 心疾患がある場合、経過観察を行い、必要であれば手術を行います。
- 外科・形成外科: 口蓋裂がある場合は手術で閉じます。
- 神経内科: てんかん発作がある場合は、抗てんかん薬で調整します。
(2) 療育(早期療育・リハビリテーション)
発達を促すために、早期からの介入が推奨されます。
- 理学療法(PT): お座りや歩行など、粗大運動の発達を促します。
- 作業療法(OT): 手指の操作、遊び、食事動作などの微細運動や、感覚統合をサポートします。
- 言語聴覚療法(ST): 言葉の理解や発語の練習、また哺乳や食事(嚥下)の指導を行います。
これらは「訓練」というよりは、遊びを通して「できた!」という経験を積み重ね、お子さんの自信と生活の質(QOL)を高めるものです。
(3) 定期的な健康管理
- 聴力・視力: 成長に伴い変化することもあるため、定期的なチェックが必要です。
- 歯科: 歯並びや虫歯のリスク管理を行います。
- 栄養: 体重増加が不良な場合、栄養指導を受けます。
6. 日常生活と社会的サポート
この症候群のお子さんは、医療と福祉の両面からのサポートを受けることができます。
利用できる制度(日本の場合)
- 小児慢性特定疾病: 症状の程度や合併症によっては対象となる場合があります。医療費の助成が受けられます。
- 指定難病: 成人以降の制度ですが、疾患によっては関連づけられることがあります。
- 療育手帳: 知的発達の遅れがある場合に取得でき、福祉サービスを受ける際に必要となります。
- 身体障害者手帳: 肢体不自由、心臓機能障害、聴覚障害、視覚障害などが一定の基準に該当する場合に取得できます。
- 特別児童扶養手当: 障害のある児童を養育している保護者に支給される手当です。
※お住まいの自治体の福祉窓口や、病院の医療ソーシャルワーカー(MSW)に相談し、使える制度をフル活用してください。
就学・教育
お子さんの発達段階に合わせて、地域の療育センター、保育所・幼稚園(加配制度など)、特別支援学校、特別支援学級など、多様な選択肢があります。教育委員会や専門家と相談しながら、お子さんが一番のびのびと過ごせる環境を選んでいきます。
7. 予後について
「将来どうなるのか?」というのは、ご家族にとって最も大きな不安かと思います。
6pter-p24欠失症候群の予後(将来の見通し)は、欠失の範囲の大きさと、心臓や脳などの合併症の重症度に大きく依存します。
重い合併症(特に重篤な心疾患やコントロール不良の水頭症など)がない場合、多くのお子さんは成人期まで成長します。
知的障害や運動障害のために、生涯にわたって何らかのサポートが必要になることは多いですが、ゆっくりながらも確実に成長します。笑顔を見せ、家族を認識し、独自のコミュニケーション方法を獲得し、社会生活を楽しんでいる患者さんはたくさんいます。
8. ご家族へのメッセージ
診断名を聞いたとき、頭が真っ白になったり、「なぜ?」と自分を責めたりしたかもしれません。ネットで検索して、怖い情報ばかりが目につき、押しつぶされそうになっているかもしれません。それは親として当たり前の反応であり、決してあなたが弱いわけではありません。
焦らないでください
この病気は「幅」が広いです。ネット上の重い症状の情報が、必ずしもあなたのお子さんに当てはまるわけではありません。目の前にいるお子さんは、診断名である前に、ひとりの愛すべき赤ちゃんです。
「今日できたこと」「今の笑顔」を大切にしてください。
チームを作りましょう
あなた一人で全てを抱え込む必要はありません。
- 医療チーム: 主治医、看護師、リハビリスタッフ
- 福祉チーム: ケースワーカー、保健師
- 家族・友人: 頼れるときは頼ってください
- 患者会・家族会: 同じ境遇の家族とつながることは、大きな心の支えになります。SNSなどで「6p欠失」「染色体異常」などのキーワードで検索すると、コミュニティが見つかることがあります。
比較しないこと
一般的な育児書や、ほかの子と比べることは、時として辛くなる原因になります。この子にはこの子のペース(時計)があります。その時計に合わせて進んでいけば大丈夫です。
まとめ
6番染色体短腕部分欠失症候群(6pter-p24 deletion syndrome)について解説しました。
- 病態: 6番染色体の先端部分の欠失による先天性疾患。
- 主な症状: 特徴的な顔貌、眼の異常(緑内障など)、発達の遅れ、心疾患など。
- 対応: 根本治療はないが、合併症ごとの治療と早期療育が成長を支える。
- 大切さ: 定期的な眼科・循環器科のフォローアップと、お子さんのペースに合わせた療育。
医学は進歩しており、以前よりも合併症の管理や療育の手法は充実してきています。不明な点や不安な点は、遠慮なく主治医や専門家に質問してください。お子さんとご家族が、穏やかで笑顔あふれる日々を送れることを心より願っています。
次のステップとして
もし今、お手元にお子さんの検査結果や母子手帳があれば、以下のことを確認してみてください。
- 眼科検診の予定は入っていますか?(この疾患では特に重要です)
- 地域の「療育センター」や「発達支援センター」の連絡先は分かりますか?(診断がついたら、早めに相談だけしておくと安心です)
まずは、この2点を確認することから始めてみてください。
