脊索腫(Chordoma)

医者

この病気は確かに珍しいものですが、治療法は年々進歩しており、適切な治療を受けることで長期生存や社会復帰が十分に可能な病気です。

この記事では、脊索腫という病気の正体から、最新の治療法、そしてこれからの生活で大切にすべきことまで、医学的な知識がない方でも理解できるよう丁寧に解説していきます。

概要:脊索腫とはどのような病気か

1. 病気の正体

脊索腫(Chordoma)は、骨に発生する悪性腫瘍(骨がん)の一種です。

私たちの体の中心を通る背骨(脊椎)や、その土台となる骨盤、頭の骨の底(頭蓋底)に発生します。

  • 発生頻度: 非常に稀で、人口100万人あたり約1人と言われています。
  • 性質: 一般的ながんに比べて、進行は非常にゆっくりです。しかし、周囲の重要な神経や血管を巻き込みながら浸潤(しんじゅん:染み込むように広がること)する性質があり、治療が難しい「低悪性度」の腫瘍に分類されます。

2. 「脊索(せきさく)」とは?

病名にある「脊索」とは、お母さんのお腹の中にいる胎児の時期にだけ存在する、背骨の元となる組織のことです。

通常、脊索は成長とともに消えてなくなり、椎間板(背骨のクッション)の中心部(髄核)に名残をとどめるのみとなります。しかし、稀にこの脊索の細胞が体内に残ってしまい、何らかのきっかけで腫瘍化してしまったものが「脊索腫」です。

3. 発生しやすい場所

体の中心軸のどこにでも発生する可能性がありますが、特に以下の2箇所に集中しています。

  1. 頭蓋底(とうがいてい): 頭蓋骨の底、鼻の奥あたり(斜台という場所)。全体の約30〜35%。
  2. 仙骨(せんこつ): 背骨の一番下、お尻の真ん中の骨。全体の約50〜60%。
  3. 可動脊椎: 首(頸椎)、背中(胸椎)、腰(腰椎)。残りの約10〜15%。

主な症状

脊索腫はゆっくり大きくなるため、初期には症状がほとんどありません。ある程度の大きさになり、周囲の神経や脳、臓器を圧迫し始めて初めて症状が現れます。発生する場所によって症状が大きく異なります。

1. 頭蓋底(頭の底)にできた場合

脳神経(脳から直接出ている神経)を圧迫することで、目や顔の機能に影響が出ます。

  • 複視(ふくし): 物が二重に見える(眼球を動かす神経の麻痺)。最も多い初期症状の一つです。
  • 頭痛・首の痛み: 持続的な鈍い痛み。
  • 嚥下障害(えんげしょうがい): 飲み込みにくい、むせる。
  • 顔面の感覚異常: 顔がしびれる、感覚が鈍い。
  • 難聴・耳鳴り: 耳の奥に腫瘍が広がった場合。

2. 仙骨(お尻の骨)にできた場合

腫瘍がかなり大きくなるまで気づかれないことが多く、腰痛や坐骨神経痛と間違われることもあります。

  • 持続的な痛み: 腰やお尻、足への痛み。安静にしていても痛むことがあります。
  • 排便・排尿障害: 便秘がちになる、尿が出にくい、頻尿、失禁など。これは腫瘍が骨盤内の神経を圧迫するために起こる重要なサインです。
  • しびれ・脱力: 足のしびれや力が入りにくい状態。

3. 可動脊椎(首・背中・腰)にできた場合

  • 局所の痛み: 背中や首の痛み。
  • 神経症状: 手足のしびれ、麻痺など。

原因

ご家族が最も気に病むことの一つが「なぜこの病気になったのか」という点ですが、生活習慣や怪我、ストレスなどが原因ではありません。

遺伝子の関与

現在の研究では、TBXT遺伝子(別名:Brachyury ブラキウリ) という遺伝子が関わっていることが分かっています。この遺伝子は、通常は胎児期に「脊索」を作るための指令を出しますが、大人になってもこの遺伝子が働き続けてしまうことが、発症の鍵と考えられています。

  • 遺伝性について: ごく一部の家系で遺伝的な発症が報告されていますが、ほとんどの脊索腫は遺伝しません(孤発性)。 偶然の変異によって生じるものであり、親から子へ遺伝することを過度に心配する必要はありません。

診断と検査

脊索腫は希少であるため、一般的な整形外科や内科では診断がつかず、「原因不明の痛み」として長く経過してしまうことも少なくありません。確定診断には専門的な検査が必要です。

1. 画像検査

  • MRI(磁気共鳴画像法): 最も重要な検査です。腫瘍の広がり、神経との関係、内部の性状を詳しく見ます。脊索腫はMRIで非常に特徴的な映り方をします(T2強調画像で高信号など)。
  • CT(コンピュータ断層撮影): 骨がどのように破壊されているか(骨融解)を確認するために行います。

2. 生検(せいけん:Biopsy)

腫瘍の一部を針などで採取し、顕微鏡で細胞を確認する検査です。

【重要】生検を行う際の注意点

脊索腫は、不用意に針を刺すと、その針の通り道にがん細胞がこぼれ落ちて広がってしまう「播種(はしゅ)」というリスクがあります。

そのため、生検は必ず「その後の手術を行う予定の専門病院」で行う必要があります。 手術で針の跡ごと切除できるルートで行わなければならないからです。安易な生検は避けるべきです。

3. 病理診断

採取した細胞を顕微鏡で見ます。「担空胞細胞(physaliphorous cells)」と呼ばれる、泡のような空洞を持った特徴的な細胞が見られるか、また「Brachyury(ブラキウリ)」というタンパク質が出ているかを確認して診断を確定します。

医療

治療と管理

脊索腫は、一般的な抗がん剤(化学療法)がほとんど効きません。また、通常の放射線(X線)も効きにくい「放射線抵抗性」の腫瘍です。

そのため、「手術」と「重粒子線・陽子線治療」が治療の二本柱となります。

1. 手術(外科的切除)

最も推奨される治療法は、腫瘍をひとかたまりで完全に切除することです。これを「一塊切除(En-bloc resection:アン・ブロック切除)」と呼びます。

  • なぜ一塊切除なのか: 腫瘍の中身をかき出すような手術(掻爬:そうは)では、がん細胞が散らばりやすく、再発率が高くなります。腫瘍を包んでいる膜ごと、周囲の正常な骨を含めてごっそり取るのが理想です。
  • 手術の難しさ: 頭蓋底や仙骨には、生きるために不可欠な神経や血管が密集しています。完全に切除しようとすると重い障害(排泄機能の喪失や運動麻痺など)が残る可能性があるため、「機能温存(生活の質を守る)」「根治(病気を治す)」のバランスを慎重に検討する必要があります。

2. 粒子線治療(陽子線・重粒子線)

近年、手術と並んで、あるいは手術が難しい場合の切り札として行われるのが粒子線治療です。

  • 通常の放射線との違い: X線は体を突き抜けてしまいますが、陽子線や重粒子線(炭素イオン線)は、狙った病巣でピタリと止まり、そこで爆発的にエネルギーを放出する性質があります。
  • メリット: 周囲の正常な脳や神経へのダメージを最小限に抑えつつ、放射線が効きにくい脊索腫に対して強力なダメージを与えることができます。
  • 適用:
    • 手術で取りきれなかった部分への追加治療
    • 手術が困難な場所にある場合の主治療
    • 再発した場合の治療
  • 保険適用: 日本では、骨軟部腫瘍に対する重粒子線・陽子線治療は公的医療保険の対象となっています(条件がありますので主治医にご確認ください)。

3. 薬物療法(分子標的薬)

現在のところ、脊索腫を完治させる薬はありません。しかし、手術や放射線治療ができない進行したケースや、再発・転移したケースでは、がん細胞の増殖に関わる特定の分子を狙い撃ちする「分子標的薬(イマチニブ、ソラフェニブなど)」が使用されることがあります。これらは病気の進行を遅らせることを目的としています。

4. 経過観察(フォローアップ)

脊索腫の最大の特徴は、「ゆっくりだが、しつこく再発する」ことです。

治療後5年、10年経ってから再発することも珍しくありません。そのため、治療が終わっても10年以上の長期にわたる定期的なMRI検査が不可欠です。

まとめ

ここまでの重要ポイントを整理します。

  1. 希少ながん: 脊索腫は骨にできる希少がんで、進行はゆっくりですが再発しやすい特徴があります。
  2. 専門医が必要: 診断や手術の難易度が高いため、脊索腫の治療経験が豊富な「がんセンター」や「大学病院」での治療が必須です。
  3. 生検の注意: 診断のための生検は、必ず治療を行う施設で計画的に行う必要があります。
  4. 治療の柱: 「手術(一塊切除)」と「粒子線治療(重粒子線・陽子線)」がメインです。
  5. 長期戦: 治療後も10年以上の長い経過観察が必要です。

家族へのメッセージ:長期戦を乗り切るために

希少がんの診断を受けることは、広大な海で羅針盤を失ったような孤独を感じるかもしれません。「もっと早く気づいてあげればよかった」とご自身を責めるご家族もいらっしゃいますが、この病気は初期症状がほとんどないため、早期発見は専門家でも非常に困難です。どうか、ご自身を責めないでください。

1. セカンドオピニオンを恐れないで

脊索腫は医師の間でも知名度が低く、治療経験のある医師は限られています。「手術はできない」と言われた場合でも、脊索腫を専門とする病院(頭蓋底外科や脊椎脊髄外科、骨軟部腫瘍科、重粒子線センターなど)では別の提案ができる可能性があります。

主治医に遠慮せず、セカンドオピニオンを活用して、納得できる治療方針を探してください。

2. 「QOL(生活の質)」を話し合う

手術で腫瘍をすべて取り除くことは理想ですが、それによって排泄機能や歩行機能が失われるリスクがある場合もあります。

「どのような生活を大切にしたいか」「どの程度のリスクなら許容できるか」。正解はありません。ご本人、ご家族、そして医療チームとじっくり話し合い、後悔のない選択をすることが大切です。

3. 一人で抱え込まない

日本には「脊索腫」の患者会や、希少がんのコミュニティが存在します。同じ悩みを持つ仲間とつながることで、病院選びの情報や、副作用への対処法、そして何より心の支えを得ることができます。

脊索腫との戦いは、短距離走ではなくマラソンです。

医療技術は進歩しています。焦らず、一歩ずつ、信頼できる医療チームと共に進んでいきましょう。

次のアクション

この記事を読んだ後、具体的に動くためのステップです。

  1. 専門施設を探す: 「骨軟部腫瘍」「頭蓋底腫瘍」「重粒子線治療」などのキーワードで、実績のある病院をリストアップしてください。
  2. 質問リストを作る: 次回の診察に向けて、聞きたいことをメモにまとめましょう(例:「腫瘍の位置と神経との関係は?」「重粒子線治療の適応はあるか?」「生検のリスク管理はどうなっているか?」など)。

公的制度の確認: 治療費が高額になる可能性があるため、「高額療養費制度」や「がん保険」の内容を確認しておきましょう。

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