お子さんやご家族が「7q21-q32欠失」という診断を受けたとき、その情報の少なさに戸惑い、将来への不安を抱かれるのは当然のことです。この疾患は非常に稀な「希少染色体構造異常」であり、医学的にも一人ひとりの症状が大きく異なることが特徴です。
この記事は、診断を受けたばかりのご家族が、この疾患の全体像を正しく理解し、これからのサポートや療育に役立てるための道標となるよう作成しました。専門用語を分かりやすく噛み砕き、詳細な解説をお届けします。
1. 概要:7q21-q32欠失症候群とはどのような病気か
染色体と「欠失」の基礎知識
私たちの体は約37兆個の細胞で構成されており、その核の一つひとつに「設計図」である遺伝子が格納されています。この遺伝子を束ねる構造体が「染色体」です。人間には23対(計46本)の染色体があり、1番から22番までの常染色体と、性別を決める性染色体(XとY)が存在します。
各染色体は中心のくびれ(中心節)を境に、短い方を「短腕(p)」、長い方を「長腕(q)」と呼びます。今回の「7q21-q32欠失」とは、7番染色体の長い方の腕(q)において、「21」という地点から「32」という地点までの間の遺伝情報が一部失われている(欠失している)状態を指します。
7q21-q32という領域の重要性
この領域には、体の形成、脳の発達、手足の形、感覚器(聴覚など)の維持に不可欠な多くの重要な遺伝子が含まれています。
- 間質性欠失(かんしつせいけっしつ): 7q21-q32は、染色体の端ではなく途中の部分が失われるタイプであるため、失われる範囲(ブレイクポイント)によって、現れる症状の組み合わせや重症度が大きく異なります。
希少性と診断の現状
この疾患は、世界全体でも報告数が少なく、症例報告に基づいて特徴がまとめられています。かつては顕微鏡で染色体の形を見る検査(G-バンド法)が主流でしたが、近年ではより微細な欠失を発見できる「マイクロアレイ検査」の普及により、正確な診断を受ける方が増えています。
2. 主な症状と特徴
7q21-q32欠失で見られる症状は多岐にわたりますが、すべての症状が一人に出るわけではありません。失われた領域にどの遺伝子が含まれているかによって、症状は個別化されます。
① 手足の形態的特徴(裂手・裂足症など)
7q21領域(特に7q21.3周辺)には、手足の骨格形成に深く関わる遺伝子群(DLX5, DLX6など)が存在します。そのため、この領域を含む欠失では、手足に特徴的な形態が見られることがよくあります。
- 裂手・裂足症(れっしゅ・れっそくしょう): 手や足の中央部分の骨が欠損し、V字型に分かれている状態です。これは「SHFM1(Split-Hand/Foot Malformation type 1)」として知られています。
- 指の癒合や欠損: 指同士がくっついていたり、指の数が少なかったり、あるいは関節が硬いなどの症状が見られることがあります。
② 顔立ちの特徴(顔貌の特徴)
特定の遺伝子の欠損により、共通した顔立ちの特徴が見られることがあります。これらは健康上の問題ではありませんが、診断の手がかりとなります。
- 耳の低位・変形: 耳の位置が少し低かったり、形が通常と異なったりする。
- 小顎症(しょうがくしょう): 下あごが小さく、後ろに引けている。
- 眼間解離: 両目の間隔が少し離れている。
- 鼻の形: 鼻梁が低かったり、鼻先が丸かったりすることがあります。
③ 発達の遅れと知的発達
- 精神運動発達遅滞: 首の座り、お座り、歩行などの身体的な発達がゆっくり進む傾向があります。
- 言語発達の遅れ: 言葉の理解や表出に時間がかかることが多く、非言語的なコミュニケーション(ジェスチャーなど)を優先的に活用する場合もあります。
- 知的障害: 軽度から重度まで個人差が大きいですが、多くの場合で個別の教育的支援(特別支援教育)が必要になります。
④ 感覚器の異常(特に難聴)
7q領域の欠失では、聴覚に関わる問題が報告されています。
- 感音難聴・伝音難聴: 遺伝的な要因や、耳の構造的な未発達により、音が聞こえにくい場合があります。早期に発見し、補聴器や療育による言語支援を行うことが重要です。
⑤ 成長と栄養の問題
- 低出生体重: 生まれた時から体が小さめであることがあります。
- 成長障害: 成長ホルモンの分泌や栄養の吸収に関連し、身長や体重の伸びが緩やかになることがあります。
⑥ その他の合併症
- てんかん: 脳の電気信号の異常により、けいれん発作が起こることがあります。
- 筋緊張の低下: 体が柔らかく、姿勢を保つのが難しいことがあります。
- 泌尿生殖器の異常: 男の子の場合、停留精巣(精巣が陰嚢内に降りてきていない状態)などが見られることがあります。
3. 原因:なぜ染色体の欠失が起こるのか
多くのご家族が「妊娠中の行動が悪かったのではないか」と悩まれますが、それは明確な誤解です。
突然変異(de novo変異)
7q21-q32欠失のほとんどのケースは、受精卵が作られる過程、あるいは細胞分裂の非常に早い段階で、偶発的に発生する「突然変異」です。これを専門用語でde novo(デ・ノボ)変異と呼びます。これはご両親の遺伝子には何の問題もなく、誰の身にも起こりうる自然の現象です。
遺伝子の「コピーエラー」
私たちのDNAが複製される際、膨大な情報の写し間違いや、一部の読み飛ばしが起こることがあります。7q21-q32欠失は、この「読み飛ばし」によって、特定の領域が抜け落ちてしまった状態です。
均衡型転座の保持(稀なケース)
ごく稀に、ご両親のどちらかが「均衡型転座(染色体の一部が入れ替わっているが、情報の過不足はない状態)」を持っている場合があります。この場合、ご本人は健康ですが、お子さんに染色体の一部が欠失した状態で受け継がれる可能性があります。この確認は、ご両親の染色体検査(血液検査)で行うことができます。
4. 診断と検査
診断は、小児科医や遺伝医学の専門医によって慎重に進められます。
① 染色体分染法(G-バンド法)
標準的な染色体検査です。血液中の細胞を培養し、染色体を染めて顕微鏡で観察します。大きな欠失であればこの方法で見つけることが可能です。
② マイクロアレイ検査(CMA)
現在の診断の主流です。G-バンド法では見つけることができない微細な欠失(マイクロデリーション)を、チップを使って網羅的に調べます。
- メリット: 欠失の正確な範囲(どの遺伝子が失われているか)を、メガベース(Mb)という単位で詳細に特定できます。これにより、予測される合併症のリスクをより細かく把握できます。
③ 画像診断と臨床評価
染色体検査の結果を受けて、各臓器の機能を調べます。
- 脳MRI: 脳の構造に異常がないかを確認します。
- 腹部エコー: 腎臓などの内臓に異常がないかを確認します。
- レントゲン検査: 手足の骨格の状態を確認します。

5. 治療と管理:お子さんの可能性を最大限に引き出すために
染色体の欠失そのものを「治療(元に戻す)」することは現在の医学では不可能です。しかし、「現れている症状に対して適切な介入を行う」ことで、お子さんの健やかな成長を支えることができます。
多職種連携による包括的ケア
7q21-q32欠失のお子さんのケアには、多くの専門家のチームワークが必要です。
- 小児科(遺伝外来): 全体的な発育の管理と、各診療科のコーディネートを行います。
- 整形外科: 裂手・裂足や側弯(背骨の曲がり)がある場合、機能維持や改善のための手術や装具検討を行います。
- 耳鼻咽喉科: 定期的な聴力検査を行い、難聴の早期発見・対応をします。
- リハビリテーション科:
- 理学療法(PT): ハイハイや歩行などの粗大運動のサポート。
- 作業療法(OT): 手先の細かな動きや、食事・着替えなどの日常生活の練習。
- 言語聴覚療法(ST): 飲み込みの練習や、言葉の発達、コミュニケーション支援。
- 眼科: 斜視や屈折異常のチェック。
療育(発達支援)の重要性
早期からの療育は、お子さんの社会性や適応力を高めるために極めて有効です。地域の児童発達支援センターなどを通じて、専門的な刺激を与えることで、お子さんの「できること」を一つひとつ増やしていきます。
6. まとめ:知っておきたいポイント
- 症状は個別性が強い: 同じ「7q21-q32欠失」でも、欠失の範囲が1ミリ違うだけで症状は変わります。他の子と比べるのではなく、その子自身の成長を見守ることが大切です。
- 手足と耳のチェック: 7q21領域が含まれる場合、整形外科的な評価と聴力検査を優先的に受けることが推奨されます。
- 家族の責任ではない: 染色体の変化は偶発的なものであり、ご家族の生活や行動が原因ではありません。
- チームでのサポート: 医療、教育、福祉が連携することで、お子さんはゆっくりと、しかし着実に成長していきます。
7. 家族へのメッセージ
「染色体異常」という診断は、あまりに重く、受け入れるまでに時間がかかるものです。医師から告げられた専門用語の数々に、将来への絶望感を感じてしまうこともあるかもしれません。
しかし、お子さんは診断名という「ラベル」そのものではありません。
7q21-q32欠失のお子さんたちも、好きな食べ物があり、大好きな家族の笑顔に喜び、自分なりのペースで世界を学んでいく一人の子供です。裂手や裂足があったとしても、リハビリや手術、そして便利な道具や支援によって、多くのことを成し遂げられる可能性があります。
希少疾患であるがゆえに、周りに同じ悩みを持つ家族を見つけるのは難しいかもしれません。しかし、近年ではSNSや海外の患者団体(Uniqueなど)を通じて、世界中の家族と繋がることが可能です。情報を共有し、「我が家だけではない」と知ることは、大きな力になります。
将来を心配しすぎるあまり、今のお子さんの可愛らしさや、小さな「できた!」を見逃さないでください。寝返りができた、目が合った、笑ってくれた。その一つひとつが、他の誰にとってもそうであるように、あなたとお子さんにとっても素晴らしい奇跡です。
一歩ずつ、お子さんのペースに合わせて進んでいきましょう。私たちは、あなたがた家族が孤独にならず、適切な支援を受けられることを心から願っています。
