お子さんやご家族が「7q36.3重複」という診断を受けたとき、多くの方がその情報の少なさに戸惑い、孤独感や不安を感じることでしょう。この疾患は、数ある染色体異常の中でも非常に稀な「希少染色体構造異常」の一つです。
現在、インターネット上にある情報の多くは英語の専門論文であり、日本語で体系的にまとめられたサイトはほとんどありません。この記事は、専門用語には簡単な解説を添え、詳細な記述で、お子さんの成長を支えるための情報を網羅しています。
1. 概要:7q36.3重複症候群とはどのような病気か
染色体と「重複」の基礎知識
私たちの体を作るための設計図は、細胞の中にある「染色体」という構造体に書き込まれています。人間には通常、23対(合計46本)の染色体があります。それぞれの染色体は、中心のくびれを境に、短い方を「短腕(p)」、長い方を「長腕(q)」と呼びます。
「7q36.3重複」とは、7番目にある染色体の長い方の腕(q)の、さらに一番端にあたる「36.3」という領域の遺伝情報が、通常よりも多く(2回以上)存在している状態を指します。
なぜ重複が問題になるのか
遺伝情報は、多すぎても少なすぎても、体の形成や発達に影響を及ぼします。例えるなら、料理のレシピ(遺伝子)において、特定の材料だけが2倍の量になってしまい、全体のバランスが崩れてしまうような状態です。
7q36.3領域には、体の形、特に「手足の指」や「脳の発達」に極めて重要な役割を果たす遺伝子や、その遺伝子のスイッチを調節する領域が含まれています。このため、この部分が重複すると、骨格の形成や神経系の発達に特徴的な変化が現れることがあります。
症候群としての個別性
7q36.3重複は、重複している範囲が数ミリ(メガベース)違うだけで、現れる症状が大きく変わります。また、同じ重複範囲であっても、お子さんによって症状の強さが異なる「表現度の違い」が見られるのも大きな特徴です。そのため、診断名が同じであっても、一人ひとりの個性に合わせた理解が必要になります。
2. 主な症状と特徴
7q36.3重複症候群で見られる症状は多岐にわたりますが、特に「手足の指」と「発達のペース」に特徴が出やすいことが知られています。
① 手足の形態的特徴(骨格系の異常)
この領域には、四肢の形成に関わる重要な遺伝子をコントロールする領域があるため、手足の指に特徴が見られることが非常に多いです。
- 母指側多指症(ぼしがくたししょう): 親指側(橈側)に余分な指がある状態です。
- 三節母指(さんせつぼし): 通常2つの骨でできている親指が、他の指と同じように3つの骨で構成される状態です。これにより親指が長く見えたり、動きが他の指に似たりします。
- 合指症(ごうししょう): 指同士が皮膚や骨でくっついている状態です。
- 軸前性多指症(PPD): 7q36.3領域にある「ZRS」と呼ばれるスイッチが重複することで、指の形成指令が過剰に出てしまうために起こります。
② 発達の遅れと知的特性
多くの染色体重複症候群と同様に、全体的な発達はゆっくりと進む傾向があります。
- 運動発達の遅滞: 首の座り、お座り、歩行などの発達が標準より数ヶ月から数年ゆっくりになることがあります。これは筋緊張(筋肉の張り)の弱さが関係していることもあります。
- 言語発達の遅れ: 言葉の理解は進んでいても、言葉として発する(表出)までに時間がかかるケースが多く見られます。
- 知的障害: 軽度から中等度の知的障害を伴うことがありますが、中には知的レベルが標準範囲内に留まるお子さんもいます。
③ 顔立ちの特徴(顔貌の特徴)
特定の遺伝子が過剰になることで、顔のパーツにいくつかの共通した特徴が見られることがあります。これらは「個性」の範囲内であることも多いですが、診断の助けとなります。
- 広い額: おでこが少し広く、張り出しているように見える。
- 眼間解離(がんかんかいり): 両目の間隔が少し離れている。
- 耳の形態: 耳の位置が少し低かったり、形がわずかに異なったりする。
- 小顎症(しょうがくしょう): 下あごが通常より小さめである。
④ 脳および神経系の特徴
- 小頭症: 頭の大きさが標準よりも小さめに成長することがあります。
- 脳の構造異常: 稀に脳のMRI検査で、左右の脳をつなぐ「脳梁(のうりょう)」が細いなどの所見が見つかることがあります。
- てんかん: 成長に伴い、けいれん発作が見られる場合があります。
⑤ 成長と栄養の問題
- 低身長: 成長ホルモンや全体的な体質により、身長の伸びが緩やかになることがあります。
- 哺乳・摂食の困難: 乳幼児期にミルクを飲む力が弱かったり、離乳食の進みがゆっくりだったりすることがあります。
3. 原因:なぜ重複が起こるのか
診断名の中に「重複」という言葉があると、ご家族は「自分のせいではないか」と深く悩まれることがありますが、それは明確な誤解です。
突然変異(de novo変異)
7q36.3重複の多くは、受精卵が作られる過程、あるいは細胞分裂の非常に早い段階で、偶発的に発生する「突然変異」です。これを専門用語でde novo(デ・ノボ)変異と呼びます。 これは精子や卵子が作られる際に、遺伝情報をコピーするプロセスで「たまたま」起こるエラーのようなものです。誰の身にも起こりうる自然の現象であり、ご両親の妊娠中の食事や生活習慣、ストレスなどが原因で起こるものではありません。
遺伝子の過剰発現と SHH 遺伝子
7q36.3領域において最も重要な遺伝子の一つに、Sonic Hedgehog(ソニック・ヘッジホッグ:SHH)遺伝子があります。
- SHH 遺伝子そのものは7q36.3領域に位置しており、手足の指の数や脳の形成を指揮する「現場監督」のような役割を果たします。
- 7q36.3に存在する「ZRS」というスイッチ部分が重複すると、この SHH 遺伝子が「指をもっと作れ」という過剰な命令を出してしまいます。これが多指症や三節母指の直接的な原因となります。
遺伝の可能性(均衡型転座)
稀に、ご両親のどちらかが「均衡型転座(染色体の一部が入れ替わっているが、情報の過不足はない状態)」を持っている場合があります。この場合、ご両親には症状はありませんが、お子さんには重複(あるいは欠失)として受け継がれる可能性があります。この確認は、専門医による遺伝カウンセリングと染色体検査によって行われます。
4. 診断と検査
診断は、身体的な特徴の観察と、精密な遺伝子検査を組み合わせて行われます。
① 染色体分染法(G-バンド法)
標準的な染色体検査です。顕微鏡で染色体の数や大まかな形を確認します。重複の範囲が大きい場合はこの検査で見つかりますが、非常に小さな「微細重複」は見逃されることがあります。
② マイクロアレイ検査(CMA)
現在、最も推奨される高精度な検査です。
- 内容: 数万から数十万箇所の遺伝子情報を一度にスキャンし、微細な重複や欠失を特定します。
- 利点: 「何番から何番までの塩基対が重複しているか」を正確に数値化できるため、重複範囲に含まれる特定の遺伝子(SHH など)を特定し、将来の症状の予測に役立てることができます。
③ 画像診断
合併症の有無を確認するために行われます。
- レントゲン・CT: 手足の骨の構造を詳細に把握し、手術の計画を立てるために必要です。
- 脳MRI: 脳の構造に異常がないか、てんかんのリスクがないかを評価します。
- 心エコー: 心臓の形に異常がないかを確認します。

5. 治療と管理:お子さんの可能性を支える
染色体の重複そのものを元に戻す「根治的な治療法」は、現在の医学には存在しません。しかし、「現れている症状に対して適切な対処(対症療法)を行う」ことで、お子さんの生活の質(QOL)を大きく高め、自立を支援することが可能です。
各診療科による包括的なサポート
- 整形外科(手足の外科): 多指症や合指症がある場合、機能面(物を掴む、歩く)と見た目の両方を考慮して、手術が行われます。多くの場合、1歳前後から就学前までの間に計画的に実施されます。
- 小児科・小児神経科: 全体的な発達のフォローアップ、成長の管理、そして必要に応じててんかんの薬物療法を行います。
- リハビリテーション科:
- 理学療法(PT): ハイハイや歩行などの粗大運動を助け、筋力を高めます。
- 作業療法(OT): 手先を器用にする訓練や、日常生活(食事や着替え)の工夫を学びます。
- 言語聴覚療法(ST): 言葉の発達を促し、コミュニケーション手段(絵カードの活用など)を広げます。
- 療育(発達支援): 早期から「療育センター」などに通うことで、集団生活への適応力を養い、お子さんの得意なことを伸ばす支援を受けます。
学校生活での配慮
学童期以降は、お子さんの知的レベルや特性に合わせた学習環境(特別支援学校、特別支援学級、通級指導教室など)の選択が重要になります。情報の視覚化や、手先の不器用さを考慮した学習ツールの活用(タブレット端末など)が非常に有効です。
6. まとめ:知っておきたいポイント
- 個別性が強い: 7q36.3重複という名前は共通でも、症状の出方は一人ひとり違います。「この子のペース」を大切にしてください。
- 指の症状は対応可能: 多指症などの骨格的な特徴は、現代の整形外科技術で機能的に改善できることが多いです。
- 発達は「ゆっくり」進む: 止まるのではなく、ゆっくりと進みます。早期の療育介入が、将来の可能性を大きく広げます。
- 原因はご家族のせいではない: ほとんどが偶然の「コピーミス」であり、自分を責める必要は一切ありません。
- 専門家チームを作ろう: 医師、療法士、教師、地域の支援員など、信頼できる「チーム」と一緒に歩んでいくことが大切です。
7. 家族へのメッセージ
診断名を聞かされたとき、目の前が真っ白になり、将来への絶望感に襲われることは決して珍しいことではありません。希少疾患であるがゆえに、相談できる相手が近くにおらず、孤独を感じることも多いでしょう。
しかし、どうか知っておいてください。お子さんは、染色体の番号だけで決まる存在ではありません。
7q36.3重複を持つお子さんたちも、好きな食べ物があり、楽しいことで笑い、家族の温もりを喜ぶ、豊かな心を持った一人の人間です。発達がゆっくりな分、お子さんが初めて「パパ」「ママ」と言ってくれたとき、初めて自分の足で一歩を踏み出したとき、その感動は他の誰よりも深く、鮮やかなものになるはずです。
国内に同じ診断名のお子さんは少ないかもしれませんが、近年はSNSなどを通じて、世界中の家族と繋がることが可能になっています(例:海外の患者団体「Unique – The Rare Chromosome Disorder Group」など)。英語での情報交換も翻訳ツールを使えば容易になっています。
お子さんのために一生懸命になるあまり、ご家族が自分自身の休息や健康を後回しにしてしまうことがよくあります。お子さんにとって最大の安心は、大好きなご家族が笑顔で、穏やかに過ごしていることです。 「今日はこれができた」とポジティブな面に目を向け、疲れたときは周囲や公的サービス(ショートステイやヘルパー派遣など)を積極的に頼ってください。
あなたは一人ではありません。お子さんと共に歩むこの道のりには、多くの支援者と、まだ見ぬ喜びが待っています。
