概要
ミトコンドリアは細胞内でエネルギー(ATP)を産生する“発電所”の役割を担っており、その中心となる仕組みが「呼吸鎖(電子伝達系)」です。呼吸鎖の最初の酵素複合体が**複合体I(Complex I:NADH脱水素酵素)**で、ここに機能障害が起こると、エネルギー不足と乳酸の蓄積(乳酸アシドーシス)を来し、脳・筋・心臓・肝臓など高いエネルギーを必要とする臓器に症状が出やすくなります。 (NCBI)
NDUFS6は複合体Iを構成する核遺伝子由来サブユニットの一つで、NDUFS6の病的バリアントにより複合体Iの組み立てや安定性が障害され、重症の新生児期発症例(致死的乳酸アシドーシス)から、Leigh症候群などの脳症を呈する例まで幅広い臨床像が報告されています。 (JCI)
当院では、NDUFS6遺伝子を解析対象に含む遺伝学的検査が可能です(検査可否や適応は検査メニューにより異なります)。
疫学
ミトコンドリア病全体は臨床的・遺伝学的に多様で、複合体I欠損は小児期発症のミトコンドリア呼吸鎖異常症の中でも重要な原因の一つとされます。 (PubMed)
一方で、NDUFS6関連に限定した患者数・頻度は極めて少なく、家系報告・症例報告を中心に蓄積されています。特定集団(例:コーカサス系ユダヤ人家系)での重症新生児例の報告もあります。 (PMC)
(※頻度は集団・研究により推定の前提が異なるため、本ページでは一般論+代表的報告に留めます。)
原因
- 遺伝形式:多くは常染色体劣性遺伝(両アレルの病的バリアント)として報告されます(家族内に同様の乳幼児死亡がみられることがあります)。 (JCI)
- 病態:NDUFS6の機能低下により複合体Iの組み立て(assembly)や安定性が障害され、酸化的リン酸化が低下します。その結果、ATP産生低下と代謝ストレス時の破綻(乳酸上昇など)を来します。 (JCI)
症状
臨床像は幅広く、発症時期や重症度は個人差が大きいのが特徴です。複合体I欠損では、以下が代表的にみられます。 (JCI)
- 新生児期〜乳児期の重症型
- 哺乳不良、傾眠、呼吸障害
- 重度の乳酸アシドーシス、循環不全
- 早期に重篤化し得る(致死的経過の報告あり) (Nature)
- 神経症状(脳症/Leigh症候群など)
- 発達遅滞・退行、筋緊張異常、けいれん
- 運動失調、嚥下障害、呼吸中枢障害など (JCI)
- 筋・心臓・肝臓など
- 筋力低下、易疲労性(ミオパチー)
- 心筋症(肥大型など)
- 肝障害 (JCI)
診断
診断は「臨床像+代謝所見+画像+遺伝学的検査」を組み合わせて行います。
- 臨床評価
神経症状、発達、心機能、肝機能、感染・絶食で悪化するか等を確認します。 (NCBI) - 検査(血液・代謝)
- 血中乳酸/ピルビン酸、アニオンギャップ、ケトン、肝機能など
- 代謝ストレス時に乳酸が上昇しやすい (JCI)
- 画像検査
- 脳MRIで基底核や脳幹などの病変を示すLeigh症候群の所見を評価(疑い例) (NCBI)
- 生化学的検査(施設により実施)
- 筋や皮膚線維芽細胞で呼吸鎖酵素活性、複合体Iの組み立て異常(BN-PAGEなど)を検討 (JCI)
- 遺伝学的検査(確定診断)
- NDUFS6を含むミトコンドリア病関連遺伝子パネルやエクソーム解析等で病的バリアントを同定します。NDUFS6が複合体I欠損の原因遺伝子となり得ることが示されています。 (JCI)
治療
現時点で原因そのものを治す標準治療は確立しておらず、支持療法・対症療法が中心です。 (Children’s Hospital of Philadelphia)
- 急性増悪(感染・絶食・手術など)の回避と早期対応
- 絶食回避、十分なカロリー・水分、感染時の早期受診
- 乳酸アシドーシスが強い場合は重症度に応じて補正を検討 (NCBI)
- 神経症状への治療
- けいれん:抗てんかん薬
- 筋緊張異常・ジストニア:症状に応じた薬物療法、リハビリ (NCBI)
- 臓器別管理
- 心筋症:循環器的治療
- 栄養管理:経口摂取困難時の栄養サポート
- 発達支援:理学療法・作業療法・言語療法 (NCBI)
- 補助療法(いわゆる“ミトコンドリア・カクテル”)
ビタミンや補酵素(例:補酵素Q10、リボフラビン等)を用いることがありますが、効果は疾患・病型で一定ではなく、主治医の判断で個別に検討されます。 (PMC)
参考文献
- GeneReviews®: Primary Mitochondrial Disorders Overview (NCBI)
- Kirby DM, et al. NDUFS6 mutations are a novel cause of lethal neonatal mitochondrial complex I deficiency. J Clin Invest. 2004 (JCI)
- Hershkovitz E, et al. Mutated NDUFS6 is the cause of fatal neonatal lactic acidemia… Eur J Hum Genet. 2009(PMC版) (PMC)
- Distelmaier F, et al. Complex I deficiency: clinical features, biochemistry and molecular genetics. J Med Genet. 2012 (PubMed)
- GeneReviews®: Mitochondrial DNA-Associated Leigh Syndrome Spectrum(管理・支持療法の記載) (NCBI)
- Parikh S, et al. Patient care standards for primary mitochondrial disease(Mitochondrial Medicine Societyの合意提言) (PMC)
