ピアポント症候群という診断名を聞き、あるいは医師からその疑いがあると言われ、情報を求めてこのページにたどり着かれたご家族の方へ。
聞き慣れない病名に、戸惑いや不安を感じていらっしゃるかもしれません。この病気は世界的に見ても報告数が少ない「超希少疾患(ちょうきしょうしっかん)」の一つです。
そのため、インターネットで検索しても日本語の詳しい情報はほとんど見つからず、見つかったとしても専門的な英語の論文ばかりで、具体的な生活のイメージが湧きにくいことが、不安を大きくさせている要因かもしれません。
まず最初にお伝えしたいのは、診断がついたからといって、お子さんの可能性が閉ざされるわけではないということです。
希少な病気であっても、一人ひとりの成長のペースがあり、笑顔あふれる瞬間がたくさんあります。
あまり恐れすぎず、一つひとつ知識を整理していきましょう。
概要:どのような病気か
ピアポント症候群(Pierpont Syndrome)は、1998年にメアリー・ピアポント(Mary E. Pierpont)博士らによって初めて報告された先天性の疾患です。
発見者の名前にちなんでこの名がつけられました。
どのような病気か一言で言うと
「生まれつきの遺伝子の変化により、全体的な発達の遅れ、特徴的なお顔立ち、そして足の裏や手のひらに独特な脂肪の膨らみが見られる病気」です。
発生頻度
非常に稀な病気であり、世界での報告数も数十例程度と言われています。
しかし、これは「病気がない」のではなく、「診断が難しく、見つかっていない」ケースが多いことも理由の一つです。近年の遺伝子解析技術(全エクソーム解析など)の進歩により、診断されるケースが少しずつ増えてきています。
最大の特徴
他の病気と区別する上で最も重要なサインが、足の裏(特にかかとや指の付け根)にある「脂肪の枕(fat pads)」です。これが診断の大きな手がかりとなります。
主な症状
ピアポント症候群の症状は、全身のさまざまな場所に現れます。
個人差はありますが、代表的な症状を体の部位や機能ごとに詳しく見ていきましょう。
1. 手足の特徴(最も特徴的なサイン)
この病気を診断する上で、医師が最も注目するポイントです。
足の裏の脂肪枕(Plantar fat pads)
足の裏の前の方(指の付け根あたり)と、かかとの部分に、ぷっくりとした脂肪の膨らみが見られます。
また、土踏まずがなく、足の裏全体が平べったく見える(扁平足)傾向があります。
足の指の並び方が特徴的であったり、親指が大きかったりすることもあります。Shutterstock詳しく見る
手の特徴
手のひらにも、ふっくらとした厚みがあることがあります。
また、手のひらのしわが深く、数が多いことがあります。
指先が細く、爪が小さい傾向が見られることもあります。
2. お顔立ちの特徴(顔貌)
多くのお子さんに共通する、愛らしい特徴的なお顔立ちが見られます。これらは成長とともに少しずつ変化していくこともあります。
おでこ
おでこが広く、高い傾向があります。
髪の生え際が高く、M字型になっていることがあります。
目
目が少しくぼんでいる(眼球陥凹)ように見えたり、まぶたが少し腫れぼったく見えたりすることがあります。
目が細い(眼裂が狭い)こともあります。
口元
唇が薄い、あるいは上唇の山(人中)が平坦であることがあります。
口角(口の端)が下がっているように見えることもあります。
3. 発達と神経系の症状
全体的な発達の遅れ
首すわり、お座り、ハイハイ、歩行などの運動発達は、一般的なお子さんよりもゆっくり進みます。
これは、筋肉の張りが弱い「筋緊張低下(フロッピーインファント)」が関係していることが多いです。体が柔らかく、抱っこした時にふにゃふにゃとした感触があります。
知的発達症(知的障害)
中等度から重度の知的障害を伴うことが多いと報告されています。
言葉の発達(おしゃべり)はゆっくりで、言葉よりもジェスチャーや表情でコミュニケーションを取ることが得意なお子さんもいます。
てんかん発作
すべての方ではありませんが、一部の患者さんでてんかん発作が見られることがあります。
4. 食事と栄養の症状
哺乳の難しさ
生まれた直後から乳児期にかけて、おっぱいを吸う力が弱かったり、飲み込むのが苦手だったりすることがあります。
その結果、体重が増えにくく、「成長障害(failure to thrive)」と診断されることがあります。
胃食道逆流
ミルクや食べたものを吐き戻しやすいことがあります。
5. 感覚器(目・耳)の症状
聴覚障害
難聴を合併することがあります。程度はさまざまですが、言葉の発達に影響するため、早期のチェックが重要です。
視覚の問題
斜視(視線がずれる)、遠視、乱視などが見られることがあります。
6. その他の症状
関節の緩さ
体が柔らかいため、関節が通常よりも大きく動く(過伸展)ことがあります。
皮膚の特徴
皮膚が薄く、血管が透けて見えることがあります。
また、髪の毛が細く、少ない(疎毛)傾向が見られることもあります。
原因
なぜ、このような多様な症状が現れるのでしょうか。その原因は、体の設計図である遺伝子の変化にあります。
TBL1XR1遺伝子の変異
ピアポント症候群の主な原因は、第3番染色体にある「TBL1XR1(ティービーエルワンエックスアールワン)」という遺伝子の変異です。
TBL1XR1遺伝子の役割
この遺伝子は、体の中で「転写因子(てんしゃいんし)」の働きを助けるタンパク質を作ります。
少し難しい言葉ですが、例えるなら「オーケストラの指揮者をサポートする重要なスタッフ」のような役割です。
遺伝子という楽譜があっても、それをいつ、どのくらいの強さで演奏するか(スイッチをオンにするかオフにするか)を決める調整役が必要です。TBL1XR1は、特に「Wntシグナル伝達経路」など、体の成長や脳の発達に不可欠な経路の調整に関わっています。
何が起きているのか
TBL1XR1遺伝子に変異が起きると、この調整役のタンパク質(ミスセンス変異による機能変化など)がうまく働かなくなります。
すると、脳や骨、脂肪組織などの発達に必要な指令が正しく伝わらず、発達の遅れや特徴的な脂肪の蓄積などが起こると考えられています。
遺伝について
ピアポント症候群は「常染色体顕性遺伝(優性遺伝)」という形式をとりますが、ここには大切なポイントがあります。
ほとんどが「突然変異」
「遺伝」という言葉がつきますが、患者さんのほとんど(ほぼ全員)は、ご両親から遺伝したのではなく、受精卵ができる過程、あるいは精子や卵子ができる過程で偶然起こった「突然変異(de novo変異)」によるものです。
ご両親の遺伝子に異常があるわけではありません。
したがって、「妊娠中のお母さんの行動が悪かった」とか「家系のせい」といったことは一切ありません。誰のせいでもない、生命の神秘的なプロセスの中で偶然起きた変化です。
また、次のお子さんが同じ病気になる確率は、一般のご家庭とほとんど変わりません(1%以下)。

診断と検査
診断は、特徴的な症状の観察と、遺伝学的検査を組み合わせて行われます。希少疾患であるため、診断がつくまでに時間がかかることも少なくありません。
1. 臨床診断(症状による判断)
医師が診察を行い、以下のような特徴の組み合わせを確認します。
足の裏や手のひらの特徴的な脂肪枕
全体的な発達の遅れ
特徴的な顔貌
これらの症状が揃っている場合、ピアポント症候群が疑われます。特に「足の裏の脂肪」は非常に重要な手がかりです。
2. 遺伝学的検査(確定診断)
最も確実な診断方法です。
血液を採取し、DNAを解析してTBL1XR1遺伝子に変異があるかを調べます。
全エクソーム解析(WES):近年、原因不明の発達遅滞があるお子さんに対して、すべての遺伝子の重要部分を一度に調べる検査が行われることが増えています。ピアポント症候群は、この検査によって偶然発見される(診断される)ケースが多くなっています。
3. その他の検査
診断がついた後、合併症がないかを調べるために行われます。
聴力検査:難聴の有無を確認します。
眼科検査:視力や斜視のチェック。
心エコー:心臓の構造に問題がないか確認することもあります(心奇形の合併は少ないですが念のため)。
腎エコー:腎臓の形をチェックします。
治療と管理
現在の医学では、TBL1XR1遺伝子の変異そのものを修復して病気を根本から治す治療法はまだ確立されていません。
しかし、それぞれの症状に対応する「対症療法」と、能力を引き出す「療育(リハビリテーション)」を行うことで、お子さんの健やかな成長を支え、生活の質(QOL)を高めることができます。
1. 医療的なケア(対症療法)
食事と栄養の管理
乳児期の哺乳困難に対しては、高カロリーのミルクを使ったり、哺乳瓶の乳首を工夫したりします。
飲み込みが難しく、誤嚥(ごえん)のリスクが高い場合や、体重が増えない場合は、一時的に鼻からチューブで栄養を入れる(経管栄養)ことも検討されます。成長とともに食べる力がついてくれば、徐々に口からの食事に移行していきます。
聴覚・視覚のケア
難聴がある場合は、補聴器の使用や、環境調整を行います。言葉の発達を促すために、聞こえのケアは非常に重要です。
眼鏡による視力矯正も、外界からの情報を正しく受け取るために大切です。
整形外科的なケア
関節が緩い、偏平足があるといった場合、足底板(インソール)や足首を支える装具(ハイカットシューズなど)を使用することで、立ち上がりや歩行が安定しやすくなります。
側弯(背骨の曲がり)がないか、定期的にチェックします。
てんかんの治療
発作がある場合は、脳波検査の結果に合わせて抗てんかん薬を使用し、発作をコントロールします。
2. 療育(リハビリテーション)
早期からの療育は、お子さんの発達にとって非常に大切です。
理学療法(PT)
筋肉の低緊張や、運動発達の遅れに対してアプローチします。
遊びの中で体の動かし方を学んだり、お座りや歩行の練習を行ったりします。足の特徴的な脂肪によりバランスが取りにくい場合もあるため、その子に合った靴選びや歩行訓練を行います。
作業療法(OT)
手先の不器用さがある場合、遊びを通じて指先の動き(微細運動)を促します。
また、着替えや食事などの日常生活動作がやりやすくなるような工夫を一緒に考えます。
言語聴覚療法(ST)とコミュニケーション支援
言葉の遅れや、飲み込みの問題に対してアプローチします。
言葉が出にくい場合でも、ジェスチャー、絵カード、サインなどを使って意思表示をする方法(拡大代替コミュニケーション:AAC)を練習します。
「伝えたい」という気持ちを満たすことが、情緒の安定とさらなる発達につながります。
3. 定期的なフォローアップ
年齢とともに必要なケアが変わってくるため、定期的に小児科(遺伝診療科、神経内科など)を受診し、全身の状態をチェックすることが大切です。
成長(身長・体重)の記録
聴力・視力の定期検査
発達検査による得意・不得意の把握
まとめ
ピアポント症候群についての解説をまとめます。
病気の本質
TBL1XR1遺伝子の変異により、体の発達調整がうまくいかなくなる先天性の疾患です。
主な特徴
足の裏や手のひらの特徴的な脂肪枕、全体的な発達の遅れ、特徴的なお顔立ち、哺乳困難などが特徴です。
原因
多くは突然変異(de novo)であり、親のせいではありません。
診断
臨床症状(特に足の特徴)と、遺伝子検査(TBL1XR1変異の確認)によって行われます。
治療方針
根本治療はありませんが、栄養管理、補聴器などの対症療法と、理学療法などの療育が生活を支えます。
