Blepharophimosis-impaired intellectual development syndrome

医者

Blepharophimosis-impaired intellectual development syndrome (BISS)は、特徴的な眼の所見(眼瞼裂狭小)と知的障害を中核症状とする、極めて稀な常染色体優性遺伝疾患です。

歴史的には「Ohdo症候群」という名称で複数の型が混在していましたが、近年の遺伝子解析技術(次世代シーケンシング)の進展により、KAT6B遺伝子の変異が原因であることが特定されました。本疾患は、ヒストンアセチル基転移酵素の異常という「エピジェネティクス(後生的な遺伝子制御)」の不全が、いかにして複雑な発生学的異常を引き起こすかを示す重要なモデルケースです。

本稿では、BISSの分子メカニズム、臨床的特徴、および類似するKAT6B関連疾患との鑑別について専門的に掘り下げます。

1. 病因:KAT6B遺伝子とクロマチン修飾の異常

BISSの根本的な原因は、第10染色体(10q22.2)に位置するKAT6B遺伝子のヘテロ接合型変異です。

KAT6Bタンパク質の役割

KAT6B(別名:MORF)は、ヒストンH3のK23(リジン23)をアセチル化するヒストンアセチル基転移酵素(HAT)*です。ヒストンのアセチル化はクロマチン構造を緩め、遺伝子発現を活性化させる重要なスイッチとなります。特に胚発生期における神経幹細胞の増殖や、骨格・顔面形成に関わる多数の遺伝子群の制御を担っています。

変異のメカニズム:切断型変異のパターン

BISSを引き起こす変異の多くは、タンパク質が途中で途切れてしまう「切断型変異(ナンセンス変異やフレームシフト変異)」です。特にKAT6B遺伝子の遠位(後半部分)で変異が起こると、後述するSay-Barber-Biesecker-Young-Simpson症候群(SBBYSS)という、より重篤な病型を呈する傾向があり、変異の部位と症状の重症度(遺伝型・表現型相関)が極めて密接に関連しているのが特徴です。

2. 臨床的徴候:BISSを定義する3大特徴

BISSの診断において、最も重要な臨床所見は以下の3つに集約されます。

① 特徴的な眼科的所見(Blepharophimosis)

  • 眼瞼裂狭小: 目の横幅(瞼裂)が異常に狭い状態。
  • 眼瞼下垂(Ptosis): 上まぶたが下がり、視界を妨げる。
  • 内眼角贅皮: 目頭の皮膚が被さる独特の形状。
    これらは、顔貌に「マスクを被ったような(masked)」あるいは「無表情な」印象を与える要因となります。

② 知的障害と発達遅滞

  • 言語発達の著しい遅れ: 運動発達よりも言語面での遅れが顕著な傾向にあります。
  • 認知機能の低下: 軽度から重度まで幅がありますが、多くは療育的支援を必要とします。

③ 独特な顔貌と身体的特徴

  • 粗な顔貌: 成長とともに顔立ちがはっきりとし、鼻根部が広く、人中(鼻の下の溝)が長いなどの特徴が現れます。
  • 筋緊張低下: 乳児期からのフロッピーインファント(ぐにゃぐにゃした赤ちゃん)状態が見られることがあります。
  • 歯の異常: 小歯症や歯の欠損が見られる場合があります。

3. 診断と鑑別:KAT6B関連疾患のスペクトラム

BISSの診断において最も重要なのは、同じKAT6B遺伝子の変異で起こるSBBYSS(Say-Barber-Biesecker-Young-Simpson syndrome)との鑑別です。現在、これらは「KAT6B関連疾患」という一連のスペクトラム(連続体)として捉えられています。

疾患名変異部位の傾向主な特徴(BISSとの違い)
BISSKAT6B遺伝子の近位〜中央部眼瞼裂狭小、知的障害。比較的症状が限定的。
SBBYSSKAT6B遺伝子の遠位(C末端側)BISSの症状に加え、膝蓋骨(ひざのお皿)の欠損や重度の甲状腺機能低下を伴う。

診断の確定

確定診断には、全エクソーム解析(WES)や、KAT6Bをターゲットとした遺伝子パネル検査が推奨されます。臨床症状だけでは他のOhdo症候群(MED12変異による型など)と区別がつかないため、遺伝学的エビデンスが必須となります。

赤ちゃん

4. 集学的マネジメントと長期フォローアップ

BISSの治療は、現時点では各症状に対する対症療法が主体となりますが、早期からの多職種介入がQOLを左右します。

外科的介入(眼科・形成外科)

眼瞼下垂が重度で視覚発達(弱視のリスク)に影響を与える場合、幼児期に眼瞼挙筋短縮術などの外科手術が検討されます。

発達・療育支援

  • 言語療法(ST): 表出言語が特に苦手な傾向にあるため、サイン言語や絵カードを用いた代替コミュニケーションの導入が有効です。
  • 理学療法(PT): 筋緊張低下に伴う運動発達の遅れに対し、早期から体幹を鍛える支援を行います。

合併症のモニタリング

  • 難聴: 感音性難聴を伴う例があるため、定期的な聴力検査が必要です。
  • 摂食障害: 乳児期の吸啜不全や、成長後の咀嚼困難に対して歯科やリハビリ科との連携が重要です。

5. 予後と最新の遺伝子研究

BISSの予後は一般的に良好で、適切なサポートがあれば成人期まで安定して過ごすことが可能です。

最新研究:アセチル化療法の可能性

近年、KAT6Bのようなヒストン修飾酵素の異常に対し、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害薬などを用いて、細胞内のアセチル化レベルを調整する治療研究が注目されています。まだ基礎研究段階ではありますが、エピジェネティックなバランスを正常化することで、脳の可塑性を高める治療法が将来的に期待されています。

結論

Blepharophimosis-impaired intellectual development症候群(BISS)は、KAT6Bという細胞内の「マスター・スイッチ」の故障によって引き起こされます。単なる「眼の病気」や「発達の遅れ」ではなく、遺伝子の読み取り方のエラーが生んだ複雑な病態です。

正確な遺伝学的診断を行うことは、適切な療育の選択だけでなく、SBBYSSのような重篤な合併症(膝蓋骨欠損など)の有無を予測し、備えることにも繋がります。医療者と家族がこの稀な疾患の特性を深く理解し、長期的な視点で伴走することが、患者の自立に向けた最も確かな道となります。

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