小児神経科や遺伝診療の現場において、特異的な顔貌、心疾患、そして皮膚の異常を三主徴とする疾患群は古くから注目されてきました。その中でも、Cardiofaciocutaneous Syndrome(心臓・顔・皮膚症候群、以下CFC症候群)は、細胞の増殖や分化を司る重要なスイッチである「RAS/MAPKシグナル伝達経路」の異常によって引き起こされる、複雑な多系統疾患です。
CFC症候群は、ヌーナン症候群やコストロ症候群と臨床症状が酷似しているため、かつては鑑別が極めて困難でした。しかし、分子遺伝学の進歩により、原因遺伝子が特定されたことで、現在は正確な診断と、それに基づいた適切な臨床管理が可能になっています。
本記事では、CFC症候群の病理学的背景、臨床的特徴、診断プロセス、そして最新のケア戦略について、専門的な視点から詳細に掘り下げていきます。
1. 分子病態学:RAS/MAPK経路の「機能獲得型変異」
CFC症候群は、いわゆる「RASパシー(RASopathy)」に分類される疾患です。細胞表面からの信号を核へと伝えるRAS/MAPK(Mitogen-Activated Protein Kinase)経路は、胎児期の臓器形成や成長において中心的な役割を果たします。
原因遺伝子とシグナルの暴走
CFC症候群では、この経路を構成する以下の4つの遺伝子のいずれかに変異が生じます。
- BRAF遺伝子: 全症例の約75%を占める最も頻度の高い原因遺伝子です。
- MAP2K1 (MEK1) および MAP2K2 (MEK2) 遺伝子: 約20〜25%を占めます。
- KRAS遺伝子: 非常に稀(約2%未満)ですが、報告があります。
これらの変異はすべて「機能獲得型変異(Gain-of-function mutation)」であり、本来オフであるべきシグナルのスイッチが常に入りっぱなしの状態になります。この「シグナルの暴走」が、全身の組織で細胞の増殖や分化を歪め、多多彩な症状を引き起こすのです。
遺伝形式
ほぼすべての症例がde novo(突然変異)であり、両親から遺伝することは稀です。常染色体優性遺伝形式をとりますが、次子再発率は極めて低い(1%未満)とされています。
2. 臨床的特徴:心臓・顔・皮膚、そして神経発達
CFC症候群の症状は多岐にわたり、個々人で重症度が大きく異なります。
心血管系(Cardio-)
約75〜80%の患者に先天性心疾患が認められます。
- 肺動脈弁狭窄(PS): 最も頻度の高い心疾患です。
- 肥大型心筋症(HCM): 乳児期から進行することがあり、厳重なモニタリングが必要です。
- 中隔欠損: 心房中隔欠損(ASD)や心室中隔欠損(VSD)が見られることもあります。
顔貌的特徴(Facio-)
ヌーナン症候群に似ていますが、より「粗(Coarse)」と表現される強い特徴を持つ傾向があります。
- 高くて広い額: 前頭部が突出した形状。
- 眼瞼裂斜下と眼瞼下垂: 目尻が下がり、まぶたが重い。
- 低い鼻梁と短い鼻: 鼻の付け根が平坦。
- 耳の低位付着と後方回旋: 耳が低く、後ろに傾いている。
皮膚症状(Cutaneous)
CFC症候群を他のRASパシーと区別する重要な指標です。
- 角化異常症: 魚鱗癬様の皮膚の乾燥や、毛孔性角化症(二の腕などのブツブツ)が顕著です。
- 希薄な毛髪: 髪の毛が縮れていたり(縮毛)、非常に細く、抜けやすいのが特徴です。眉毛やまつげが薄い、あるいは消失していることもあります。
- 多発性色素斑: カフェオレ斑や多くの母斑(ほくろ)が見られることがあります。
神経発達と消化器系
- 全般的な発達遅滞: 知的障害は中等度から重度であることが多く、ヌーナン症候群よりも重い傾向があります。
- 筋緊張低下(低緊張): 乳児期に顕著で、運動発達の遅れを招きます。
- てんかん: 約半数の症例で痙攣発作が認められます。
- 極度の哺乳困難: 乳児期の吸啜不全や胃食道逆流症(GERD)が強く、胃瘻を必要とする症例も少なくありません。

3. 診断と鑑別:分子遺伝学的診断の重要性
CFC症候群の診断は、臨床症状に基づき疑いを持ち、遺伝子検査で確定させる流れが標準的です。
臨床診断基準
皮膚症状、重度の発達遅滞、そして心疾患の組み合わせが、コストロ症候群やヌーナン症候群との差別化のポイントとなります。
- コストロ症候群との違い: HRAS変異によるコストロ症候群では、皮膚のたるみやパピローマ(乳頭腫)が特徴的ですが、CFCではより広範な角化異常が目立ちます。
- ヌーナン症候群との違い: ヌーナン症候群(PTPN11変異など)は、一般的に知的障害が軽度で、毛髪の異常はCFCほど強くありません。
遺伝子検査
パネル検査や全エクソーム解析(WES)を用いて、BRAF、MAP2K1/2、KRASの変異を検索します。確定診断は、家族への正確な遺伝カウンセリングや、合併症(特に肥大型心筋症)の予測に不可欠です。
4. 治療と包括的管理:長期的なライフサポート
現時点では、RAS/MAPK経路を正常化する根本的な薬物療法は臨床応用されていません(研究段階)。そのため、多職種連携による対症療法が中心となります。
多角的な介入
- 循環器科: 心エコーによる定期的なモニタリング。肥大型心筋症に対するβ遮断薬の使用や、狭窄に対する外科手術。
- 皮膚科: 保湿剤や角質溶解剤を用いたスキンケア。重度の湿疹や感染症への対応。
- 小児神経科・リハビリテーション: てんかんの管理と、早期からのPT/OT/ST介入。
- 眼科: 斜視、眼振、眼瞼下垂に対するアプローチ。
結論:チーム医療が繋ぐ可能性
Cardiofaciocutaneous(CFC)症候群は、生命維持から学習、外見に至るまで、多岐にわたる課題を抱える疾患です。しかし、RASパシーという大きな枠組みの中で研究が進んだことで、個々の症状に対する予見的な管理が可能になりました。
医療従事者、教育者、そして家族が連携し、この「シグナルの暴走」によって生じる困難を一つひとつ紐解いていくこと。それが、CFC症候群の子供たちが持つ、明るく社会と繋がる可能性を最大化する唯一の道です。
