ラーセン症候群という、おそらく初めて耳にするような診断名を聞き、情報を求めてこのページにたどり着かれたご家族の方へ。
医師から「生まれつき関節が柔らかく、外れやすい病気です」と説明を受け、さらに「膝が逆に曲がっています」や「首の骨に注意が必要です」といった話をされて、小さなお子さんの体になにが起きているのか、これからどうなってしまうのかと、計り知れない不安の中にいらっしゃることと思います。特に、生まれたばかりの赤ちゃんがギプスをしていたり、あちこちの関節に脱臼が見られたりすると、痛いのではないか、歩けるようになるのかと心配は尽きないでしょう。
ラーセン症候群は、1950年にラーセン博士によって初めて報告された、骨と関節の形成に関わる先天性の疾患です。
全身の関節が非常に柔らかく、生まれた時から膝や股関節、肘などが脱臼していること、そしておでこが広く鼻が低いといった特徴的なお顔立ちが見られることが主な特徴です。
また、この病気において最も気をつけなければならないのは、首の骨である頚椎の並びに変化が生じやすく、神経を圧迫してしまうリスクがあるという点です。
非常に希少な疾患であり、およそ10万人に1人の割合で生まれると言われています。そのため、インターネットで検索しても日本語の詳しい情報は限られており、専門的な医学用語ばかりで理解するのが難しいと感じることもあるかもしれません。
しかし、この病気は整形外科的な治療や管理を行うことで、多くの患者さんが歩行を獲得し、自立した生活を送ることができるようになっています。
この記事では、ラーセン症候群について、どのような病気なのか、全身に現れる特徴、原因となるFLNB遺伝子の仕組み、治療や手術の選択肢、そしてこれからの生活で何に気をつければよいのかを、専門用語を言葉の中に溶け込ませて詳しく解説します。
まず最初にお伝えしたいのは、適切な医療的介入があれば、お子さんの未来は決して暗いものではないということです。
お子さんには、その子だけの素晴らしい個性と、成長していく力があります。
あまり恐れすぎず、一つひとつ知識を整理していきましょう。
概要:どのような病気か
まず、この病気がどのような位置づけにあるのか、そして全体としてどのような特徴があるのかを理解しましょう。
病気の定義
ラーセン症候群は、骨系統疾患と呼ばれるグループに属する病気の一つです。
骨系統疾患とは、骨や軟骨の成長や形成に生まれつきの問題がある病気の総称です。
その中でもラーセン症候群は、多発性関節脱臼といって体のあちこちの関節が外れている状態と、特徴的な顔貌、そして手足の骨の形の変化を特徴とする症候群です。
最大の特徴:関節の緩み
この病気の本質的な特徴の一つは、靭帯の弛緩性すなわち関節をつなぎ止めているバンドが緩いことです。
通常の赤ちゃんよりも関節の可動域が広く、柔らかすぎるために、関節が本来の位置に収まらずに脱臼してしまいます。
特に膝の関節が、通常とは逆方向である前側に曲がってしまう反張膝が見られるのが、診断の大きなきっかけになります。
予後について
昔は歩行が難しいケースもありましたが、現在は早期からの適切な整形外科的治療によって、良好な機能回復が期待できます。
知的な発達に関しては、基本的には正常であることが多いです。
ただし、後述する頚椎の問題などの合併症管理が、予後を左右する重要なポイントになります。
主な症状
ラーセン症候群の症状は、骨や関節を中心に全身に現れます。
一見してわかる症状もあれば、レントゲンを撮って初めてわかる症状もあります。
1. 関節の症状
生まれた直後から見られる最も目立つ症状です。
多発性関節脱臼
最も特徴的なのは、膝関節の前方脱臼です。膝が伸びきって、さらに逆側に反り返ったような状態で見つかることが多いです。
また、股関節の脱臼や、肘関節の脱臼も高い頻度で見られます。
肩関節の脱臼が見られることもあります。
内反足(ないはんそく)
足首が内側にねじれ、足の裏が内側や上を向いてしまっている状態です。
これはお腹の中にいる時の姿勢の影響もありますが、足の骨の構造的な問題も関係しています。
関節の過伸展
指や手首などの関節が非常に柔らかく、通常よりも大きく反らすことができます。
2. 顔貌の特徴
ラーセン症候群には、共通するお顔立ちの特徴があります。
これらは愛らしい個性とも言えますが、診断の手がかりとしても重要です。
おでこの突出
おでこが広く、前に出ているような形をしています。
鼻の特徴
鼻の付け根、すなわち両目の間の部分が低く平坦になっています。これを鞍鼻と呼びます。
そのため、顔全体が少し平坦な印象を与えることがあります。
目の特徴
両目の間隔が離れている眼間開離が見られることがあります。
3. 手指の特徴
指の形にも特徴が現れることがあります。
へら状の指
特に親指が太く、先端が広がっていて、まるで「へら」のような形をしていることがあります。
円柱状の指
他の指も、関節のくびれが少なく、全体的に筒のような形をしていることがあります。
短指症
指の骨が短く、全体的に指が短いことがあります。
手根骨の過剰骨
レントゲンを撮ると、手首にある手根骨という小さな骨の数が通常よりも多かったり、癒合していたりすることがあります。これはラーセン症候群に特有の所見の一つです。
4. 脊椎(背骨)の症状(最も重要)
外見からはわかりにくいですが、命や麻痺に関わる最も重要な症状です。
頚椎後弯(けいついこうわん)
首の骨である頚椎は、通常は緩やかに前へカーブしていますが、ラーセン症候群では逆に後ろへカーブしてしまったり、骨の形成が不完全だったりすることがあります。
これにより、首の骨の中を通っている脊髄という神経の束が圧迫されやすくなります。
もし神経が強く圧迫されると、手足の麻痺や呼吸障害を引き起こす危険性があります。これを頚髄症と呼びます。
そのため、診断がついたら必ず首のレントゲンやMRI検査を行う必要があります。
脊柱側弯症(せきちゅうそくわんしょう)
背骨が左右に曲がってしまう状態です。
成長とともに進行することがあるため、定期的なチェックが必要です。
5. 呼吸器の症状
気管軟化症
空気の通り道である気管の軟骨が柔らかく、呼吸をする時につぶれてしまいやすい状態です。
息をする時にゼーゼーという音がしたり、呼吸が苦しくなったりすることがあります。
成長とともに気管が硬くなると改善することが多いですが、乳児期には注意が必要です。
6. その他の症状
口蓋裂
口の中の天井部分が割れている口蓋裂を合併することがあります。
難聴
耳小骨という音を伝える骨の形成異常により、難聴を合併することがあります。
低身長
全体的に小柄で、身長の伸びが緩やかな傾向があります。
原因
なぜ、関節が緩くなったり、骨の形が変わったりするのでしょうか。その原因は、細胞の骨組みを作るタンパク質の設計図にあります。
FLNB遺伝子の変異
ラーセン症候群の主な原因は、第3番染色体にあるFLNB(フィラミンビー)という遺伝子の変異です。
この遺伝子は、フィラミンBというタンパク質を作る設計図です。
フィラミンBの役割
私たちの体を作っている細胞の中には、細胞骨格という骨組みがあります。これにより細胞は形を保ったり、動いたりすることができます。
フィラミンBは、この細胞骨格の主成分であるアクチンという繊維をつなぎ合わせる、接着剤やジョイントのような役割をしています。
特に、骨や軟骨を作る細胞(軟骨細胞)が整列したり、増えたりする過程で、フィラミンBは非常に重要な働きをしています。
何が起きているのか
FLNB遺伝子に変異が起きると、フィラミンBの機能が変わってしまいます。
すると、骨や軟骨を作る細胞が正しい位置に並べなかったり、関節を作る過程でプログラムされた細胞死などがうまくいかなかったりします。
その結果、関節の形がうまく作れずに脱臼しやすくなったり、手足の骨が短くなったり、顔の骨の形成に変化が生じたりすると考えられています。
ラーセン症候群で見られる変異は、機能獲得型変異といって、タンパク質の働きが失われるのではなく、異常な働きをしてしまうタイプのものが多いと考えられています。
ちなみに、同じFLNB遺伝子の変異でも、変異の仕方によっては、脊椎手根骨癒合症候群や、アテロステオジェネシスといった別の骨系統疾患になることも知られています。
遺伝について
この病気は常染色体顕性遺伝、以前は優性遺伝と呼ばれていた形式をとります。
人間は遺伝子を2本セットで持っていますが、そのうちの片方のFLNB遺伝子に変異があれば発症します。
親から子への遺伝
ご両親のどちらかがラーセン症候群である場合、お子さんに遺伝する確率は50パーセントです。
突然変異
しかし、ラーセン症候群の患者さんの多くは、ご両親はこの病気ではなく、ご本人の代で初めて遺伝子の変化が起こる突然変異によるものです。
これは、受精卵ができる過程、あるいは精子や卵子ができる過程で偶然に起きたコピーミスのようなものであり、誰のせいでもありません。
妊娠中の生活習慣やストレス、高齢出産などが直接的な原因で起こるものではありません。
稀に常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)の形式をとるタイプも報告されていますが、FLNB遺伝子に関連するものは主に顕性遺伝です。

診断と検査
診断は、特徴的な症状の観察、レントゲンなどの画像検査、そして遺伝学的検査を組み合わせて行われます。
1. 臨床診断
医師は、生まれた時の身体測定や診察で以下の特徴を確認します。
膝や股関節、肘の脱臼があるか。
おでこが広く鼻が低いといった特徴的な顔立ちがあるか。
指の形に特徴があるか。
内反足があるか。
これらの特徴が複数揃っている場合、ラーセン症候群が疑われます。
2. 画像検査(レントゲン・MRI・CT)
全身の骨のレントゲン
全身の関節の状態、背骨の変形、手足の骨の形などを確認します。
特に手首の手根骨の数や、足の骨の配置、そして何より首の骨(頚椎)の状態を確認することが重要です。
頚椎のMRI・CT
首の骨の変形によって脊髄が圧迫されていないか、骨の形成不全がどの程度あるかを詳しく調べるために必須の検査です。
特に、首がすわる前や、歩き始める前など、体の動きが活発になる前に評価を行うことが大切です。
3. 遺伝学的検査
確定診断のために最も確実な検査です。
血液を採取し、DNAを解析してFLNB遺伝子に変異があるかを調べます。
これにより、似たような症状を持つ他の骨系統疾患(例えばエーラス・ダンロス症候群やデ・トニ・ファンコニ症候群など)と区別することができます。
将来の見通しや、次のお子さんへの遺伝の可能性などを考える上でも役立ちます。
治療と管理
現在の医学では、遺伝子を修復して病気を根本から治す治療法はまだ確立されていません。
しかし、それぞれの関節や背骨の問題に対して、整形外科的な治療を計画的に行うことで、機能を大きく改善させることができます。
治療は長期間にわたるため、小児整形外科の専門医との連携が不可欠です。
1. 頚椎(首)の管理
最も優先順位が高い治療です。
画像検査で頚椎の並びが悪く、脊髄を圧迫するリスクが高いと判断された場合、首を保護するカラー(装具)を着用します。
神経障害のリスクが高い場合や、変形が進行性の場合は、首の骨を安定させるための固定術などの手術が必要になります。
これは、麻痺などの重篤な状態を防ぐための予防的な意味合いも強い、非常に重要な手術です。
手術の時期は、骨の成長具合や神経の状態を見ながら慎重に決定されます。
2. 膝関節の治療
膝が逆に曲がっている(前方脱臼)場合、まずは生まれてすぐにギプスや装具を使った矯正治療を試みます。
関節を正しい位置に戻すように優しく動かし、その位置で固定することを繰り返します。
保存的な治療で整復が難しい場合や、整復してもすぐに外れてしまう場合は、手術治療が検討されます。
手術では、大腿四頭筋などの筋肉や腱を延長したり、関節包を縫い縮めたりして、関節を正しい位置に戻します。
通常、股関節の治療よりも膝関節の治療が優先されます。膝が安定しないと、股関節の治療もうまくいかないことが多いためです。
3. 股関節の治療
股関節脱臼に対しても、まずは装具(リーメンビューゲルなど)による治療を試みることがありますが、ラーセン症候群の場合は難治性であることが多く、手術が必要になるケースが多いです。
脱臼したままでも歩行可能な場合もあるため、手術をするかどうか、いつするかは、痛みの有無や歩行の状態、両側か片側かなどを考慮して決定されます。
4. 足(内反足)の治療
内反足に対しては、ポンセティ法と呼ばれるギプス矯正治療を早期から行います。
矯正が進んだ段階で、アキレス腱を切る小さな手術を行うこともあります。
その後は、デニスブラウン装具などの特殊な靴を履いて、再発を防ぎます。
変形が強い場合は、骨を切ったり腱を移行したりする手術が必要になることもあります。
5. 脊柱側弯症の治療
背骨の曲がりに対しては、進行を防ぐための装具(コルセット)を使用します。
曲がりが強くなり、心臓や肺の機能に影響が出る可能性がある場合は、背骨をまっすぐにする手術(ロッド固定術など)を行います。
6. リハビリテーション
手術の後や、日常生活の中で、関節の動きを良くしたり、筋力をつけたりするためのリハビリテーションが重要です。
理学療法士の指導のもと、遊びを取り入れながら楽しく体を動かしていきます。
7. その他の管理
気管軟化症による呼吸の問題がある場合は、呼吸器科でフォローアップを行います。
難聴がある場合は、耳鼻科で定期的な検査を行い、必要に応じて補聴器を使用します。
まとめ
ラーセン症候群についての解説をまとめます。
- 病気の本質: FLNB遺伝子の変異により、全身の靭帯が緩み、骨や軟骨の形成に変化が生じる先天性の疾患です。
- 主な特徴: 膝の前方脱臼をはじめとする多発関節脱臼、内反足、特徴的な顔立ちなどが特徴です。
- 最大のリスク: 頚椎(首の骨)の変形による脊髄圧迫のリスクがあるため、早期の評価と管理が最重要です。
- 治療の柱: 小児整形外科による計画的な治療(ギプス、装具、手術)により、歩行や日常生活動作の獲得を目指します。
- 予後: 適切な治療を受ければ、多くの方が自立した生活を送ることができます。知的な発達は通常正常です。
