「親亡き後、自立して生きていけるのか?」。NIPTを前にしたその切実な問いに対し、現代の社会は大きく変わりつつあります。かつてのような「施設か家庭か」の二択ではなく、企業の法定雇用率引き上げ等により、知的障害のある方々の活躍の場は劇的に広がっています。本記事では、一般就労と福祉就労の違い、収入、サポート体制を徹底解説。漠然とした不安を、具体的な「キャリアプラン」へと変換するためのガイドです。
1. 「障害=働けない」は過去の話。変化する雇用情勢と法定雇用率
まず、大前提となる日本の雇用環境の変化について理解する必要があります。知的障害者の就労環境は、ここ数十年で「福祉(保護)」から「雇用(権利)」へと大きく舵を切っています。
障害者雇用促進法と法定雇用率の引き上げ
企業には、従業員数の一定割合以上の障害者を雇用する義務があります(障害者雇用促進法)。この「法定雇用率」は段階的に引き上げられており、2024年4月からは2.5%、2026年7月からは2.7%となることが決定しています。
これにより、企業はより積極的に障害者採用を行う必要に迫られており、特に身体障害者の採用競争が激化する中で、知的障害者や精神障害者の雇用へとターゲットが拡大しています。
かつては「特例子会社(障害者雇用を主目的とした子会社)」での採用が主でしたが、現在は一般の事業所での採用も増えており、働く場の選択肢は確実に広がっています。
企業の意識変化:CSRからDE&Iへ
企業側の意識も変化しています。かつてはCSR(企業の社会的責任)として、「社会貢献のために雇う」という姿勢が強かったのですが、近年は「ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DE&I)」の観点から、多様な人材の一人として障害者を迎え入れ、戦力として活かそうとする企業が増えています。
これは、NIPTで陽性となり出生した子供たちが大人になる18年〜20年後の未来においては、さらに当たり前の価値観として定着しているはずです。
2. 知的障害者の多様な働き方:3つの主要な選択肢
一口に「働く」と言っても、障害の程度や本人の特性、体力に合わせて、大きく分けて3つのステージ(働き方)が用意されています。これらは固定されたものではなく、成長に合わせてステップアップしたり、体調に合わせて移行したりすることが可能です。
① 一般就労(障害者枠での雇用)
一般企業や公的機関などに、労働者として雇用される形態です。
- 特徴: 健常者と同じように採用試験(面接や実習)を経て入社します。「障害者枠」での採用となるため、業務内容や勤務時間、通院への配慮など、「合理的配慮」を受けながら働くことができます。
- 給与: 最低賃金法が適用され、能力や職務に応じて給与が支払われます。フルタイムで働き、経済的に自立している知的障害者も数多くいます。
- 対象: 一定の作業能力があり、毎日通勤できる体力、基本的な挨拶やルールを守る社会性が身についている方が目指すステージです。特別支援学校高等部の卒業生の約3割〜4割が企業就職を果たしています(※文部科学省の調査などによる)。
② 就労継続支援A型(雇用型)
一般企業での就労は難しいものの、一定の支援があれば雇用契約を結んで働ける方を対象とした福祉サービスです。
- 特徴: 福祉事業所と「雇用契約」を結びます。労働基準法が適用されるため、最低賃金以上が保証されます。社会保険や雇用保険への加入も可能です。
- 仕事内容: カフェやレストランの運営、部品加工、データ入力、クリーニング、農作業など多岐にわたります。
- 位置づけ: 福祉と就労の中間的な存在であり、ここでスキルを磨いて一般就労へ移行(ステップアップ)する方もいます。
③ 就労継続支援B型(非雇用型)
雇用契約を結んで働くことが困難な方(重度の障害がある、体力に不安がある、高齢など)が、軽作業などの生産活動を行う福祉サービスです。
- 特徴: 雇用契約は結びません。労働の対価として「工賃」が支払われます。工賃は事業所によって大きく異なり、月額数千円〜数万円程度です。
- メリット: 自分のペースで、週1回や1日数時間から通うことができます。「働く喜び」や「社会参加」「日中の居場所」としての側面が強い形態です。
- 仕事内容: お菓子作り、手工芸品製作、簡易な箱詰め、農作業、清掃活動など。
3. 具体的にどんな仕事をしているのか? 特性を活かした職種と適性

「知的障害」といっても、その特性は千差万別です。しかし、一般的にダウン症候群などの場合、「真面目」「几帳面」「反復作業を苦にしない」「明るい(対人関係が良好)」といったポジティブな特性を持つ方が多く、これらを活かせる職種での活躍が目立ちます。
事務補助・オフィスワーク
大手企業の特例子会社などで最も多い職種の一つです。
- データ入力、書類のPDF化(スキャン)、郵便物の仕分け・発送、名刺作成、備品管理など。
- 几帳面さを活かし、ミスなく正確に作業を行うことが評価されます。PCスキルを習得し、IT関連業務に従事するケースも増えています。
物流・製造・清掃(バックヤード)
社会インフラを支える重要な仕事です。
- 物流倉庫でのピッキング、梱包。工場での部品組立、検品。ビルやホテルの清掃、ベッドメイキングなど。
- マニュアル化された手順を忠実に守り、反復継続する能力が発揮されます。「一度覚えたら健常者よりも正確で速い」と評価されることも少なくありません。
接客・サービス業
近年増えているのが、人の目に触れる場所での仕事です。
- カフェやレストランのホールスタッフ、介護施設の補助(シーツ交換や配膳)、スーパーの品出しなど。
- ダウン症の方などの持ち前の「明るさ」や「笑顔」が、職場の雰囲気を良くしたり、顧客に癒やしを与えたりするケースが多く報告されています。
農業・一次産業(農福連携)
現在、国が推進しているのが「農福連携」です。
- 人手不足の農業分野と、働く場を求める障害者をマッチングさせる取り組みです。
- 野菜の収穫、選別、袋詰めなど。自然の中で体を動かす作業は、精神的な安定にも良い影響を与えるとされています。
アート・表現活動
独特の色彩感覚や感性を活かし、画家やデザイナーとして企業と契約したり、作品が商品化(パッケージデザイン等)されたりするケースもあります。これも立派な「仕事」として成立しつつあります。
4. 就職はゴールではない。「働き続ける」を支える最強のサポーターたち
親御さんが心配するのは「就職できるか」だけでなく、「続けられるか(定着できるか)」という点でしょう。人間関係のトラブルや環境の変化に対応できず、離職してしまうリスクは当然あります。
そのために、就職後のフォローアップ専門職が存在します。
ジョブコーチ(職場適応援助者)
障害者が職場に適応できるよう、実際に職場に出向いて支援を行う専門家です。
- 本人への支援: 作業の手順を分かりやすく教える、スケジュール管理の方法を提案する、不安を聞き取る。
- 企業への支援: どのような指示の出し方が伝わりやすいかを助言する、配置転換や環境調整のアドバイスを行う。
いわば、本人と企業の「通訳」となり、双方が働きやすい環境を作ります。
就労定着支援センター
就職してから一定期間(通常6ヶ月以降)、生活面も含めた相談に乗ってくれる専門機関です。
「上司に怒られて落ち込んでいる」「給料の使い方に困っている」「生活リズムが乱れて遅刻が増えた」といった、職場では相談しにくい悩みに対して、定期的な面談を通じてサポートし、離職を防ぎます。
特別支援学校の進路指導
特別支援学校高等部では、在学中から企業での「現場実習」を繰り返し行います。1週間〜数週間、実際の会社に通って働くことで、自分の適性を知り、働く体力とマナーを身につけます。先生たちが企業を開拓し、マッチングを行うため、就職率は非常に高い水準を維持しています。
5. 経済的自立のシミュレーション:障害基礎年金と給与の組み合わせ
「給料が安いのではないか? それで生活できるのか?」という経済的な懸念についても触れておきます。
知的障害者の場合、多くのケースで給与単独ではなく、「給与 + 障害基礎年金」のハイブリッドで生計を立てるモデルが一般的です。
障害基礎年金(20歳から受給可能)
知的障害があり、一定の要件(障害等級1級または2級)を満たす場合、20歳から国民年金の「障害基礎年金」が受給できます。
- 1級: 年額 約99万円(月額 約8.2万円)
- 2級: 年額 約79万円(月額 約6.6万円)
(※令和6年度の金額目安)
収入のイメージ
例えば、一般就労やA型事業所で働き、手取り月給が12万円だったとします。これに障害基礎年金(2級)の約6.6万円を加えると、月収は約18.6万円となります。
さらに、障害者向けのグループホームに入居する場合、家賃補助(特定障害者特別給付費:月額1万円)などが受けられるため、十分に自立した生活(親元を離れた生活)が可能な設計になっています。
「障害があると一生親が養わなければならない」というのは誤解であり、制度を活用することで経済的自立は十分に可能です。
6. まとめ:NIPTの先にあるのは「閉ざされた未来」ではない
NIPTで陽性の結果が出た時、多くの人は「普通の幸せな人生」が終わってしまったかのような絶望感を感じるかもしれません。しかし、ここまで見てきたように、知的障害のある人々の「就労」と「自立」の環境は、確実に前進しています。
- 選択肢の広がり: 一般就労、A型、B型と、状態に合わせた働き方が選べる。
- 職種の多様化: 単純作業だけでなく、IT、接客、農業、アートなど活躍の場が増えている。
- 支援体制の充実: ジョブコーチや定着支援により、「働き続ける」ためのサポートが手厚い。
- 経済的基盤: 障害年金と給与を組み合わせることで、親亡き後の生活設計が可能。
もちろん、課題がゼロになったわけではありません。本人の努力も、親のサポートも必要です。しかし、そこには決して「暗闇」だけが広がっているわけではありません。社会の中に彼らの役割があり、彼らを必要とする場所があり、支えるプロフェッショナルたちがいます。
NIPTは、そうした未来の現実を知り、早期から準備を始めるための「時間」をプレゼントしてくれる検査でもあります。
「もし障害があったら」と恐れるだけでなく、「障害があっても、こういう道がある」という具体的な地図を持つこと。それが、後悔のない選択と、その後の納得のいく子育てにつながるはずです。
