Bohring-Opitz症候群(BOS)は、1999年にBohringらによって報告された、多系統にわたる重篤な発達異常を伴う希少疾患です。以前は「Oberklaid-Danks症候群」とも呼ばれていましたが、現在では原因遺伝子であるASXL1の同定により、独立した遺伝性疾患として確立されています。
BOSは、特有の「BOS姿勢(BOS posture)」、重度の摂食障害、難治性てんかん、そして「火焔状母斑」を伴う特徴的な顔貌によって臨床的に疑われます。本稿では、この複雑な症候群の病態を分子レベルから解き明かし、臨床現場での管理の要点について専門的に記述します。
1. 病因:ASXL1遺伝子とヒストン修飾の破綻
BOSの主な原因は、第20染色体(20q11.21)に位置するASXL1遺伝子のヘテロ接合型変異です。
エピジェネティクスの司令塔
ASXL1タンパク質は、クロマチン修飾複合体であるPRC1およびPRC2と相互作用し、特定の遺伝子発現の「オン・オフ」を制御する役割を担っています。特に、胚発生において重要な役割を果たすHox遺伝子群の制御に不可欠です。
変異の性質
BOSにおけるASXL1の変異は、多くがde novo(突然変異)の切断型変異(ナンセンス変異やフレームシフト変異)です。この変異により、正常なエピジェネティック・プログラムが破綻し、脳、顔面、骨格、内臓の形成プロセスに連鎖的な異常を引き起こします。なお、ASXL1の体細胞変異は骨髄異形成症候群(MDS)などの血液腫瘍でも見られますが、BOSは生殖細胞系列の変異による全身性の発生異常です。
2. 臨床的徴候:BOSを定義する特徴的所見
BOSの診断において最も重要な臨床的特徴は、身体的・神経学的な独特のサインです。
① BOS姿勢(BOS Posture)
最も特徴的な身体所見です。
- 上肢の肢位: 手首を強く屈曲させ、肘を曲げ、腕を内側に巻き込むような独特の姿勢をとります。
- 原因: 重度の筋緊張異常(ジストニア様)に基づくと考えられており、乳児期に特に顕著です。
② 特徴的な顔貌(Facial Features)
- 火焔状母斑(Nevus Flammeus): 眉間や額に「ポートワイン母斑」のような赤いあざが見られるのが非常に典型的です。
- 眼球突出: 眼窩が浅く、目が突き出しているように見えます。
- 口蓋裂・高口蓋: 摂食や言語発達に影響を与えます。
- 多毛(Hirsutism): 額や背中の毛が濃い傾向があります。
③ 重篤な神経発達および摂食の問題
- 高度の知的障害: ほとんどの症例で言語獲得が困難であり、重度の発達遅滞を伴います。
- 摂食障害: 著しい吸啜不全、重度の胃食道逆流症(GERD)、繰り返す嘔吐が見られ、著しい発育不全(Failure to thrive)の原因となります。
- てんかん: 乳児期から難治性のてんかん発作を発症することが多く、脳波モニタリングが必要です。
3. 診断プロセスと鑑別診断
BOSの診断は、臨床的なスコアリングと遺伝子検査によって行われます。
臨床診断基準
以下の所見が揃う場合、BOSが強く疑われます。
- BOS姿勢の存在
- 眉間の火焔状母斑
- 重度の発育不全・知的障害
- 特徴的な顔貌(眼球突出、小顎症など)
分子遺伝学的検査
- ASXL1遺伝子解析: ターゲットシーケンス、または全エクソーム解析(WES)による確定診断がゴールドスタンダードです。
- 鑑別疾患: Cornelia de Lange(コルネリア・デ・ランゲ)症候群や、Shashi-Pena症候群などが鑑別対象となりますが、BOS姿勢の有無が重要な判別ポイントとなります。
4. 集学的マネジメント:QOL向上のための介入
BOSは多系統の合併症を伴うため、小児科医を中心とした包括的なチームケアが不可欠です。
呼吸・摂食管理
- 胃瘻(PEG)の検討: 経口摂取が困難かつGERDが重度であるため、早期の胃瘻造設や噴門形成術が推奨されることが多いです。
- 気道管理: 小顎症に伴う閉塞性睡眠時無呼吸への対応が必要な場合があります。
神経学的介入
- 抗てんかん薬: 発作の型に応じた適切な薬剤選択。
- 療育(PT/OT): BOS姿勢に伴う関節拘縮の予防と、わずかな意思表示を捉えるためのコミュニケーション支援(AACの活用)。
ライフステージに合わせた支援
- 感染症対策: 繰り返す誤嚥性肺炎への注意。
- 家族支援: 重度の障害を抱えるお子様のご家族に対し、レスパイトケアや心理的サポートを提供することが極めて重要です。

5. 予後と展望
BOSの予後は、かつては極めて不良とされてきましたが、近年の集中的な栄養管理と呼吸管理の進歩により、思春期、そして成人期まで生存する症例が増えています。
将来的な治療への期待
ASXL1が関与するエピジェネティックな経路は、現在がん研究の分野で活発に研究されています。これらの知見を応用し、クロマチン修飾を正常化するような分子標的療法の研究が、将来的にBOSの症状緩和(特に脳の発達や筋緊張の改善)に寄与することが期待されています。
結論
Bohring-Opitz症候群(BOS)は、ASXL1変異がもたらす全身性の発生学的エラーによる疾患です。その臨床像は重篤ですが、「BOS姿勢」という唯一無二のサインを手がかりに、早期診断と適切な多職種介入を行うことで、患者さんの苦痛(嘔吐や発作)を軽減し、ご家族と共に歩むQOLを支えることが可能です。
希少疾患ゆえの情報不足を解消するため、医療者が最新の遺伝学的知見を共有し、個々の症例に寄り添ったオーダーメイドのケアを提供し続けることが求められています。
