
お子様が「17番染色体p13.3重複(Chromosome 17p13.3 duplication)」という診断を受けたとき、聞き慣れない数字の羅列と、「重複」という言葉に、言いようのない不安と戸惑いを感じられたことでしょう。
「17番?」「増えているってどういうこと?」「これからどう育っていくの?」
インターネットで「17p13.3」と検索すると、多くの場合、この場所が欠失(足りない)することで起きる重篤な疾患『ミラー・ディカー症候群(滑脳症)』の情報が出てきてしまい、その深刻な症状を見て恐怖を感じた方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、今回診断された「重複」は、欠失とは逆の現象であり、現れる症状も異なります。
特にこの症候群は、自閉スペクトラム症(ASD)などの行動特性と深く関わっていることが分かってきています。
概要:どのような病気か
17p13.3重複症候群は、ヒトの細胞にある46本の染色体のうち、「17番染色体」の端っこ(末端)部分が余分に増えている(重複している)ことによって起こる生まれつきの疾患です。
染色体の「住所」を読み解く
この複雑な名前は、染色体のどこに変化が起きているかという「住所」を表しています。
- Chromosome 17(17番染色体): ヒトの23対の染色体のうち、中くらいの大きさを持つ17番目の染色体です。
- p(短腕): 染色体にはくびれがあり、短い方を「短腕(p)」、長い方を「長腕(q)」と呼びます。
- 13.3(領域): 短腕の一番端っこ(末端)にある「13.3番」という区画を指します。
- Duplication(重複): 通常は2本(父から1本、母から1本)であるはずの遺伝情報が、余分にもう一つあり、合計3つ分の情報がある状態です。
「設計図」のページが余分にある状態
染色体を「全46巻の百科事典(体の設計図)」に例えるなら、この症候群は、「第17巻の最初の章(p13.3)が、誤ってコピーされて余分に挟み込まれている」状態です。
この増えてしまったページには、脳の形成や神経の発達に関わる重要な遺伝子が含まれています。
「情報が足りない(欠失)」と「情報が多すぎる(重複)」は、裏表の関係にあります。
- 17p13.3欠失: ミラー・ディカー症候群(脳のシワができない滑脳症などが特徴)
- 17p13.3重複: 17p13.3重複症候群(発達の遅れや自閉的特性が特徴)
このように、遺伝子の量によって異なる症状が出ることが分かっており、これを「遺伝子量効果(Gene dosage effect)」と呼びます。
原因と「2つのタイプ」
17p13.3領域には多くの遺伝子がありますが、特に症状に関係しているのがYWHAE(ワイ・ダブリュー・エイチ・エイ・イー)遺伝子とPAFAH1B1(別名 LIS1)遺伝子です。
重複している範囲に、このどちら(あるいは両方)が含まれているかによって、症状の出方が大きく異なります。これを理解することが非常に重要です。
タイプ1:YWHAE遺伝子のみを含む重複(Class I)
多くの「17p13.3重複症候群」の報告は、このタイプを指していることが多いです。
- 特徴: 自閉スペクトラム症(ASD)や発達遅滞、特徴的なお顔立ちが見られます。脳の構造的な異常は少ない傾向にあります。
タイプ2:LIS1遺伝子のみを含む重複(Class II)
- 特徴: 発達の遅れは軽度であることが多いですが、脳の構造(小脳や脳梁)に変化が見られたり、筋緊張低下が見られたりします。お顔の特徴はあまり目立ちません。
- (参考:このLIS1遺伝子が「欠失」すると、重度な滑脳症になりますが、重複の場合はそこまで重篤な脳奇形にはならないことが多いです)
タイプ3:両方を含む大きな重複(Class III)
- 特徴: タイプ1とタイプ2の両方の特徴を併せ持ちます。
※主治医に「YWHAE遺伝子は含まれていますか? LIS1遺伝子は含まれていますか?」と確認すると、よりお子様のタイプを理解しやすくなります。
主な症状
ここでは、最も一般的で症状がはっきりしやすい「タイプ1(YWHAE重複)」や「タイプ3(両方重複)」を中心とした症状について解説します。
1. 発達と行動の特徴(自閉スペクトラム症)
この症候群の最大の特徴の一つが、行動面の特性です。
- 自閉スペクトラム症(ASD):
多くの患者さんに、ASDの特性が見られます。- 視線が合いにくい
- こだわりが強い
- 対人コミュニケーションが苦手
- 言葉の遅れ(発語が遅い、オウム返しが多いなど)
- 発達遅滞:
首のすわり、お座り、歩行などの運動発達がゆっくりペースで進みます。知的発達についても、軽度から重度まで幅がありますが、何らかの支援が必要になることが一般的です。 - 行動の問題:
多動(じっとしていられない)、注意散漫、あるいは新しい場所や変化に対する強い不安が見られることがあります。
2. 身体的な特徴
「17p13.3重複特有のお顔」と呼ばれる特徴があります。これらは成長とともに変化し、その子らしい個性に馴染んでいきます。
- お顔の特徴:
- おでこが広い、または出ている(前額部突出)
- 鼻根(目と目の間)が広い
- 鼻先が少しふっくらしている
- 口が小さい、または上唇が薄い
- 耳の位置が低い
- 成長の特徴:
- 過成長(Overgrowth): 生まれた時や乳幼児期に、体が大きめ(身長が高い、体重が重い)である傾向があります。これは、欠失症候群(低身長になりやすい)とは対照的な特徴です。
- 小頭症: 体の大きさに対して、頭の大きさは小さめであることがあります(ただし個人差があります)。
3. 神経・筋骨格系の特徴
- 筋緊張低下(ハイポトニア):
赤ちゃんの頃、体が柔らかく、抱っこした時にふにゃっとしている(フロッピーインファント)。 - 脳の構造異常:
MRI検査をすると、脳梁(右脳と左脳をつなぐ部分)が薄い、小脳が小さいなどの所見が見つかることがありますが、生活に大きな支障がない軽微なものであることも多いです。 - 手足の特徴:
指が細長い、あるいは曲がっているなどの特徴が見られることがあります。
4. その他の合併症
すべての患者さんにあるわけではありませんが、注意が必要な合併症です。
- てんかん: けいれん発作を起こすことがあります。
- 心疾患: まれに生まれつき心臓に穴が開いていることがあります。
- 内分泌系: 成長ホルモンのバランスなどに影響が出ることがあります。
原因:なぜ起きたのか
ご家族が「なぜ?」と悩み、時にご自身を責めてしまうのが「原因」についてです。しかし、声を大にしてお伝えしたいのは、「ご両親の育て方や妊娠中の過ごし方が原因ではない」ということです。
1. 突然変異(de novo変異)
17p13.3重複症候群の多くは、「de novo(デ・ノボ)」と呼ばれる突然変異で起こります。
精子や卵子が作られる過程、あるいは受精後の細胞分裂の非常に早い段階で、偶然染色体の一部がコピーされすぎて増えてしまったものです。
誰にでも起こりうる、自然の確率的な現象であり、防ぐことは現代の医学では不可能です。
2. 親からの遺伝
一部のケースでは、ご両親のどちらかが同じ重複を持っている場合があります。
親御さんが持っている場合、症状が非常に軽かったり、全くなかったりして気づかれていないこともあります。また、親御さんが「均衡型転座(場所が入れ替わっているだけ)」を持っている場合もあります。
※次のお子様を考えている場合など、必要に応じて遺伝カウンセリングで確認することができます。
診断と検査
通常、発達の遅れや自閉的特性、特徴的なお顔立ちから医師が疑いを持ち、遺伝学的検査を行うことで確定診断に至ります。
1. マイクロアレイ染色体検査 (CMA)
現在、この症候群の確定診断に最も推奨される検査です。
従来の顕微鏡検査(G分染法)では、小さな重複は見逃されてしまうことがありました。マイクロアレイ検査は、DNAレベルで染色体の量を調べるため、「17p13.3のどの範囲が増えているか」「YWHAE遺伝子やLIS1遺伝子は含まれているか」といった正確な診断が可能です。
2. 画像検査
合併症の有無を確認するために行われます。
- 頭部MRI: 脳の構造(脳梁や小脳)を確認します。
- 心臓超音波(エコー)検査: 心疾患の有無を調べます。
治療と管理:これからのロードマップ
増えている染色体を取り除く治療法(根本治療)は、現代の医療ではまだ確立されていません。
しかし、それぞれの症状に対する適切な医療的介入(対症療法)と療育を行うことで、お子様の生活の質(QOL)を大きく高めることができます。
1. 早期療育(ハビリテーション)
脳や体の発達が著しい乳幼児期からの関わりが非常に重要です。
- 理学療法 (PT):
筋緊張低下(体の柔らかさ)に対してアプローチします。体幹を鍛え、運動発達を促します。 - 作業療法 (OT):
手先の不器用さを改善し、遊びを通じて日常生活動作を練習します。また、感覚過敏がある場合は「感覚統合療法」を取り入れ、過ごしやすい体の状態を作ります。 - 言語聴覚療法 (ST):
言葉の理解や表出を促します。
2. 自閉スペクトラム症(ASD)への支援
この症候群のお子様にとって、最も重要なサポートの一つです。
- コミュニケーション支援:
言葉が出にくい場合は、絵カードやサイン(ジェスチャー)、タブレット端末などの代替手段(AAC)を使って、「自分の気持ちが伝わる喜び」を育てます。 - 環境調整:
見通しが立たないと不安になる場合、スケジュールを目で見える形で提示したり、静かに過ごせるスペースを作ったりして、安心できる環境を整えます。 - 応用行動分析(ABA)など:
望ましい行動を増やし、困った行動を減らすための科学的なアプローチを取り入れることも有効です。
3. 合併症の管理
- てんかん:
発作がある場合は、脳波検査を行い、抗てんかん薬でコントロールします。 - 定期検診:
成長(身長・体重)や視力・聴力のチェックを定期的に行います。
日々の生活での工夫
17p13.3重複症候群のお子様との生活で、ヒントになるポイントをまとめました。
- 「こだわり」を強みに:
特定の物事に強い興味を持つ「こだわり」は、見方を変えれば「集中力」や「探究心」です。電車が好きなら電車図鑑で文字を覚えたり、数字が好きなら計算を伸ばしたりと、好きなことを入り口にして世界を広げてあげましょう。 - 感覚への配慮:
大きな音が苦手、特定の服の肌触りが嫌、偏食があるなど、感覚の過敏さがあるかもしれません。「わがまま」ではなく「感覚の違い」だと理解し、イヤーマフを使ったり、着やすい服を選んだりして、ストレスを減らしてあげましょう。 - スモールステップ:
周りの子と比べず、「半年前のこの子」と比べてください。ゆっくりでも確実に成長しています。その小さな変化を家族で喜び合うことが、親子の自己肯定感を高めます。
よくある質問(FAQ)
Q. 寿命に影響はありますか?
A. 重篤な心疾患などを合併していなければ、生命予後(寿命)は良好であり、健康な人と変わらないと考えられています。成人して生活している方もいらっしゃいます。
Q. ミラー・ディカー症候群(欠失)と同じですか?
A. いいえ、全く逆の状態です。「欠失」は遺伝子が足りない状態で重度な脳奇形(滑脳症)を伴いますが、「重複」は遺伝子が多い状態で、症状も異なります。ネット検索の際は混同しないよう注意が必要です。
Q. 次の子に遺伝しますか?
A. 親御さんの染色体検査の結果によりますが、両親が正常(de novo変異)であれば、次のお子様が同じ病気になる確率は一般と同じく非常に低いです(1%以下)。親御さんが重複を持っていたり、均衡型転座を持っていたりする場合は、確率が変わります(50%など)。
まとめ
ここまでの重要ポイントを振り返ります。
- 17p13.3重複症候群は、17番染色体末端の重複による希少疾患です。
- 主な症状は、発達の遅れ、自閉スペクトラム症(ASD)、筋緊張低下、特徴的なお顔立ちです。
- 原因として、YWHAE遺伝子やLIS1遺伝子の重複が関わっており、含まれる遺伝子によってタイプが分かれます。
- 診断にはマイクロアレイ染色体検査が有効です。
- 治療は、療育(特にASDへの支援)と合併症管理が中心となります。

家族へのメッセージ
診断名を聞いた直後、ご家族は「染色体異常」や「自閉症」という言葉の重みに、将来への不安を感じているかもしれません。
「お友達と仲良くできるかな」「学校に行けるかな」と。
しかし、17p13.3重複症候群のお子様たちは、独自の視点で世界を捉える、素晴らしい感性を持っています。
純粋で、裏表がなく、好きなことには一直線。そんな彼らの姿は、周りの大人に「ありのままでいいんだよ」ということを教えてくれます。
診断名は、お子様を縛るレッテルではありません。
お子様の「得意なこと」と「苦手なこと」を理解し、一番生きやすい環境を整えてあげるための「ガイドマップ」です。
一人で抱え込まないで
医師、看護師、療法士、心理士、そして同じような特性を持つ子の親御さんたち。あなたの周りには、味方になってくれる人がたくさんいます。
「目が合わなくて寂しい」「かんしゃくが大変」と、正直な気持ちを吐き出してください。
焦らず、一日一日を大切に。
お子様の笑顔を守るために、今日できるケアを一つずつ積み重ねていきましょう。私たちも、その歩みを応援しています。
次のアクション:まず確認したいこと
この記事を読んだ後、主治医に確認すると良い具体的なポイントです。
- 「重複範囲」の詳細:
「YWHAE遺伝子やLIS1遺伝子は重複に含まれていますか?」と聞いてみましょう。 - 合併症のチェック:
「心臓のエコー検査や、頭部MRI検査は必要ですか?」と確認しましょう。 - 療育の開始:
お住まいの自治体の福祉窓口(障害福祉課など)で、早期療育(児童発達支援)を受けるための手続きや、「受給者証」の取得について聞いてみましょう。
