お子様が「6q24-q25欠失症候群」という診断を受けたとき、頭の中が真っ白になり、インターネットで検索しても難しい医学論文ばかりで、不安が募ってしまったかもしれません。
「なぜこの病気になったの?」「これからどう成長していくの?」
そんな切実な疑問に対し、この記事では医学的な正確さを保ちつつ、ご家族が一番知りたい「生活の視点」を交えて解説します。まずは、この病気の正体を知ることから始めましょう。
概要:どのような病気か
6q24-q25欠失症候群は、ヒトの細胞の核にある46本の染色体のうち、「6番染色体」の一部が失われている(欠失している)ことによって起こる生まれつきの疾患です。
染色体の「住所」を読み解く
この病名は、染色体のどの場所が変化しているかという「住所」を表しています。
- Chromosome 6(6番染色体): ヒトには大きい順に番号がついた22対の常染色体と性染色体があります。その6番目です。
- q(長腕): 染色体にはくびれ(動原体)があり、短い方を短腕(p)、長い方を長腕(q)と呼びます。今回は長い方の腕に変化があります。
- 24-25(領域): 長腕の中の「バンド」と呼ばれる区画の番号です。24番から25番のあたりが欠けていることを意味します。
- Deletion(欠失): その部分の遺伝情報が抜け落ちている状態です。
「設計図」のページが抜けている状態
染色体を体の「設計図」に例えるなら、この症候群は、分厚い設計図の6巻目の、特定の数ページが抜け落ちてしまっている状態です。
この失われたページ(領域)には、脳の発達、体の形成、骨の成長などに関わる重要な遺伝子が含まれています。そのため、設計図の指示が一部読み取れず、発達の遅れや身体的な特徴など、さまざまな症状が現れます。
関連する重要な疾患概念:コフィン・シリス症候群
特に「6q25」という領域には、ARID1Bという重要な遺伝子が含まれています。この遺伝子が欠失に含まれる場合、「コフィン・シリス症候群(Coffin-Siris syndrome)」と呼ばれる疾患と非常に似た特徴(小指の爪の低形成や多毛など)を示すことが知られています。医師からこの名前を聞くことがあるかもしれませんが、これは6q24-q25欠失症候群の症状の一部として説明されることが多いです。
主な症状
症状は、欠失している範囲の大きさや、どの遺伝子が含まれているかによって、個人差が非常に大きいのが特徴です。「すべての子にすべての症状が出る」わけではありません。ここでは比較的多く報告されている特徴について解説します。
1. 成長と発達の遅れ
ほとんどの患者さんに見られる中心的な症状です。
- 胎内発育不全: お母さんのお腹の中にいる時から、体が小さめであることが多いです。
- 低身長: 生まれた後も身長や体重の伸びが緩やかで、小柄な体格になる傾向があります。
- 精神運動発達遅滞: 首のすわり、お座り、歩き始めなどの運動発達がゆっくりです。
- 知的障害: 軽度から重度まで幅がありますが、言葉の理解や表現、学習においてサポートが必要になることが一般的です。特に、言葉が出るのが遅い傾向があります。
2. 特徴的なお顔立ちと身体的特徴
診断の手がかりになる身体的特徴です。これらは成長とともに変化し、目立たなくなることもあります。
- お顔:
- 頭が小さい(小頭症)
- 鼻の付け根が平坦、または鼻先がふっくらしている
- 口が大きい、または唇が薄い(特に上唇)
- 耳の位置が低い、耳の形が特徴的
- 手足の特徴(重要):
- 小指の爪や末節骨(指先の骨)が小さい、または欠損している: これは6q25領域(ARID1B遺伝子)が関与している場合の大きな特徴です。
- 手の指が短い(短指症)。
- 多毛: 背中や腕などの体毛が少し濃いことがあります。
3. 神経学的症状
- 筋緊張低下(ハイポトニア):
赤ちゃんの頃、「体が柔らかい」「抱っこした時にふにゃっとしている」と感じることがあります。これにより、哺乳力が弱かったり、運動発達が遅れたりします。 - けいれん・てんかん:
一部のお子様では、てんかん発作を起こすことがあります。多くの場合、お薬でコントロール可能です。 - 脳梁(のうりょう)の異常:
脳の左右をつなぐ「脳梁」という部分が薄い、あるいは形成されていないことがMRI検査で分かることがあります。
4. その他の合併症
- 眼の症状: 斜視、視力低下、網膜の異常など。
- 難聴: 伝音性難聴(中耳の問題)や感音性難聴(神経の問題)。
- 心疾患: 生まれつき心臓に穴が開いているなど(心室中隔欠損症など)。
- 腎臓や泌尿器の異常: 腎臓の形や位置の異常が見られることがあります。
原因
ご家族が最も心を痛めるのが「原因」についてですが、ここで強くお伝えしたいのは、「ご両親の育て方や、妊娠中の過ごし方が原因ではない」ということです。
1. 突然変異(de novo変異)
6q24-q25欠失症候群の大多数は、「de novo(デ・ノボ)」と呼ばれる突然変異で起こります。
精子や卵子が作られる過程、あるいは受精後の非常に早い段階で、偶然染色体の一部が切れてなくなってしまったものです。これは誰にでも起こりうる自然の確率的な現象であり、防ぐことはできません。
2. 親の染色体転座(まれなケース)
ごく一部のケースでは、ご両親のどちらかが「均衡型転座」という染色体のタイプを持っている場合があります。
- 均衡型転座: 染色体の場所が入れ替わっているだけで、遺伝情報の過不足がない状態。ご本人には全く健康上の問題はありません。
- しかし、生殖細胞(卵子や精子)を作る際に、染色体の分配がアンバランスになり、お子様に欠失が生じることがあります。
※次の妊娠を考えている場合など、必要に応じて遺伝カウンセリングで確認することができます。
診断と検査
通常の発達健診や特徴的な症状から医師が疑いを持ち、遺伝学的検査を行うことで確定診断に至ります。
1. マイクロアレイ染色体検査 (CMA)
現在、この症候群の診断において最も重要な検査です。
従来の顕微鏡で見る検査(G分染法)では、小さな欠失は見逃されてしまうことがありました。マイクロアレイ検査は、DNAレベルで染色体を調べるため、「6番染色体の24番バンドから25番バンドまでが欠けている」といった微細な変化を正確に検出できます。
2. 画像検査
合併症の有無を確認するために行われます。
- 頭部MRI/CT: 脳の構造(脳梁の状態など)を確認します。
- 心臓超音波検査: 心疾患がないか確認します。
- 腹部エコー: 腎臓などの内臓を確認します。
3. 眼科・聴覚検査
見た目では分かりにくい視力や聴力の問題を早期に見つけるために重要です。
治療と管理:これからのロードマップ
染色体の欠失そのものを薬や手術で元に戻す「根本治療」は、現在の医療ではまだ確立されていません。
そのため、治療の目的は「症状を和らげ、お子様の持っている能力を最大限に引き出すこと」(対症療法と療育)になります。
早期から適切なサポートを受けることで、お子様の生活の質(QOL)は大きく向上します。
1. 早期療育(ハビリテーション)
脳や体の発達が著しい乳幼児期からの関わりが非常に重要です。
- 理学療法 (PT):
筋緊張低下に対して、体の中心(体幹)を鍛え、寝返り・お座り・歩行などの粗大運動を促します。 - 作業療法 (OT):
手先の不器用さを改善し、おもちゃで遊ぶ、スプーンを持つ、着替えるなどの日常生活動作を練習します。感覚統合療法なども取り入れられます。 - 言語聴覚療法 (ST):
言葉の理解や表出を促します。また、離乳食がうまく食べられない(嚥下障害)場合のアドバイスも行います。サインや絵カードなど、言葉以外のコミュニケーション手段も検討します。
2. 医療的ケアと定期検診
- てんかんの管理:
発作がある場合は、抗てんかん薬を服用し、脳波検査でコントロール状態を確認します。 - 眼科・耳鼻科:
定期的に視力・聴力をチェックし、必要ならメガネや補聴器で補正します。感覚入力(見る・聞く)を整えることは、発達にとって非常に重要です。 - 栄養管理:
食が細い、体重が増えにくい場合は、栄養士と相談して高カロリーの食事形態を工夫したり、必要に応じて栄養剤を使用したりします。
3. 教育・生活環境の調整
就学に向けては、地域の療育センターや教育委員会と相談し、お子様の特性に合った環境を選びます。
- 小集団での指導: 特別支援学級や特別支援学校など、個別に目の行き届く環境が適している場合が多いです。
- 視覚的支援: 言葉での指示が入りにくい場合、写真やスケジュール表を使うと理解しやすくなります。

日々の生活での工夫
6q24-q25欠失症候群のお子様との生活で、ヒントになるポイントをまとめました。
- 「スモールステップ」で褒める:
一般的な発達のマイルストーン(〇ヶ月で〇〇ができる等)と比べず、その子自身の「先月」と「今月」を比べましょう。「スプーンを持てた」「目が合って笑った」など、小さなできた!を家族で喜び合うことが、親子の自己肯定感を高めます。 - 感覚への配慮:
音に敏感だったり、逆に痛みを感じにくかったりすることがあります。お子様の苦手な刺激(ドライヤーの音、特定の服の肌触りなど)を観察し、安心できる環境を作ってあげましょう。 - 感染症対策:
気道が弱い場合や心疾患がある場合は、風邪をこじらせやすいことがあります。手洗いやワクチン接種など、基本的な予防を大切にしましょう。
まとめ
ここまでの重要ポイントを振り返ります。
- 6q24-q25欠失症候群は、6番染色体長腕の一部欠失による希少疾患です。
- 主な症状は、発達の遅れ、小頭症、筋緊張低下、手足(特に小指)の特徴などです。
- ARID1B遺伝子が含まれる場合、コフィン・シリス症候群と似た症状を示します。
- 原因の多くは突然変異であり、親の責任ではありません。
- 治療は、合併症の管理と、早期からの療育(PT, OT, ST)が成長のカギとなります。
家族へのメッセージ:ゆっくりでも、確実に未来へ
診断名を聞いた直後、ご家族は「普通の生活が送れないのではないか」「一生自立できないのではないか」という不安の渦中にいらっしゃることでしょう。
しかし、染色体の欠失はあくまでその子の「特徴の一部」に過ぎません。
6q24-q25欠失症候群のお子様たちは、確かに発達のペースはゆっくりですが、それぞれに豊かな個性を持っています。音楽が大好きだったり、ニコニコと愛嬌が良く周りを明るくしたり、根気強く物事に取り組んだりと、素敵な面をたくさん見せてくれます。
「できないこと」ではなく、「できること」に目を向けてください。
今日の笑顔、今日できた小さなこと。その積み重ねが、お子様の未来を作ります。
また、あなた一人で頑張る必要はありません。
医師、看護師、療法士、心理士、ソーシャルワーカー、そして地域の保健師。あなたの周りには、お子様を支える「チーム」を作るための専門家がたくさんいます。
「辛い」「どうしていいか分からない」と声を上げることは、弱さではありません。お子様のために必要な情報を得るための、強さです。
どうか、ご自身の心と体も大切にしながら、お子様との時間を愛しんでください。私たち医療・福祉の専門家も、その道のりを全力でサポートします。
