医師から「Developmental and epileptic encephalopathy 98」という非常に長く、聞き慣れない診断名を告げられ、情報を求めてこのページにたどり着いたご家族の皆様へ。
まだ小さなお子様に、日本語の定まった呼び方もまだ浸透していないような難病の診断が下り、計り知れないショックと不安の中にいらっしゃることと思います。特に、この病気は世界的に見ても報告数がまだ少なく、希少疾患の一つに数えられるため、日本語で書かれた詳しい情報はインターネット上でもほとんど見当たりません。医師であっても、てんかんや遺伝の専門家でなければ詳しく知らないことも珍しくない、比較的新しい疾患概念です。
この長い診断名を日本語に訳すと、「発達性およびてんかん性脳症98型」となります。医療現場では、頭文字をとってDEE98(ディー・イー・イー・キュウジュウハチ)と呼ばれることが一般的です。
この病気は、乳児期にてんかん発作が始まり、それとともに全体的な発達の遅れが見られるという特徴があります。その原因として、ATP6V1Aという特定の遺伝子に変化が起きていることが分かっています。
「脳症」という言葉や「98型」という数字に圧倒されてしまうかもしれませんが、この数字は発見された順番や遺伝子の種類を区別するための番号であり、重症度を表す数字ではありません。
また、原因が遺伝子にあることが分かったということは、これから起こりうることへの対策が立てやすくなり、お子さんに合った療育やケアのプランを考えるための地図を手に入れたということでもあります。
概要:どのような病気か
発達性およびてんかん性脳症98型(DEE98)は、生まれつきの遺伝子の変化によって、脳の神経細胞の働きに影響が出る疾患です。
まず、この「発達性およびてんかん性脳症」という病名グループの意味を理解することが大切です。
発達性とは、生まれ持った遺伝子の変化そのものが、脳の発達や成長に影響を与えていることを意味します。つまり、てんかん発作があるから発達が遅れるだけでなく、発作がなくても発達に課題が生じる体質であることを示しています。
てんかん性とは、頻繁なてんかん発作や、脳波の激しい乱れが、脳の機能や発達にさらなる悪影響を与えている状態を指します。
脳症とは、脳全体の働きに広範な影響が出ている状態を指す医学用語です。
つまり、DEE98は「遺伝子の影響による発達の遅れ」と「てんかん発作による脳への負担」の二つの要素が合わさって、発達や神経の症状が現れる病気です。
この98型は、ATP6V1Aという遺伝子の変異によって引き起こされることが近年の研究で明らかになりました。以前は原因不明とされていたてんかんの中に、この遺伝子変異を持つ方が一定数いることがわかってきています。
患者数は極めて少なく、正確な頻度は分かっていませんが、10万人に1人よりもさらに稀な超希少疾患と考えられています。
主な症状
DEE98の症状は、てんかん発作、発達の遅れ、そして身体的な特徴の三つに大きく分けられます。お子さんによって症状の重さや出方は異なりますが、これまでに報告されている代表的な特徴について詳しく見ていきましょう。
1. てんかん発作
多くの患者さんにおいて、生後数ヶ月(多くは生後2ヶ月から6ヶ月頃)の早い時期に初めてのてんかん発作が現れます。
発作のタイプ
発作の形は様々ですが、以下のようなタイプが報告されています。
てんかん性スパズム:両手を広げてお辞儀をするような動作を繰り返す発作です。シリーズ形成といって、短時間に何度も繰り返すことがあります。
強直発作:手足が突っ張って硬くなる発作です。
ミオクロニー発作:手足や体が一瞬ビクッとする発作です。
欠神発作:意識が数秒間途切れ、動作が止まる発作です。
難治性
DEE98のてんかん発作は、一般的な抗てんかん薬が効きにくい難治性であることが多いです。複数の薬を組み合わせても発作を完全に止めることが難しい場合があり、発作とうまく付き合っていく視点が必要になることもあります。
2. 発達と神経の症状
発作と並んで、あるいは発作が始まる前から、発達のゆっくりさが目立つようになります。
全般的な発達遅滞
首がすわる、目でものを追う、お座りをする、ハイハイをするといった運動面の発達と、あやすと笑う、言葉を理解するといった精神面の発達の両方が、一般的なペースよりもゆっくりになります。
中等度から重度の知的障害を伴うことが多く、言葉によるコミュニケーションが難しい場合もありますが、表情や身振りで感情を伝えることができるお子さんもいます。
筋緊張低下
赤ちゃんの頃に、体がふにゃふにゃとして柔らかい筋緊張低下が見られることがよくあります。抱っこした時にずっしりと重く感じたり、関節が柔らかすぎたりします。これにより、運動発達がさらにゆっくりになる傾向があります。
成長すると、逆に手足の筋肉が突っ張る痙縮が見られることもあります。
小頭症
生まれた時の頭の大きさは正常範囲内であることが多いですが、成長とともに頭囲(頭の大きさ)の増え方が緩やかになり、相対的に頭が小さくなる小頭症が見られることがあります。これは脳の成長がゆっくりであることを反映しています。
3. 身体的な特徴
DEE98のお子さんには、いくつかの身体的な特徴が見られることがあります。
歯のエナメル質形成不全
これはATP6V1A遺伝子変異に特徴的な症状の一つです。歯の表面を覆うエナメル質が薄かったり、うまく作られなかったりするため、歯が黄色っぽく見えたり、虫歯になりやすかったりすることがあります。
顔つきの特徴
おでこが広い、耳の位置が低い、まぶたが下がっている(眼瞼下垂)、鼻が短いなどのお顔立ちの特徴が報告されていますが、これらは非常にマイルドなものであり、パッと見ただけでは分からないことも多いです。ご両親に似た可愛らしいお顔をしているお子さんがほとんどです。
その他の症状
手指の先が細くなる、皮膚が柔らかく伸びやすいといった特徴が見られることもあります。
原因
なぜ、てんかんが起きたり発達が遅れたりするのでしょうか。その原因は、細胞の中にある微細なポンプの故障にあります。
ATP6V1A遺伝子の役割
DEE98の原因は、第3番染色体にあるATP6V1A(エー・ティー・ピー・シックス・ブイ・ワン・エー)という遺伝子の変異です。
この遺伝子は、V-ATPase(ブイ・エー・ティー・ペース)という、細胞の中で働く小さなプロトンポンプ(水素イオンポンプ)の主要な部品(V1ドメインのAサブユニット)を作るための設計図です。
このポンプは、細胞の中にあるリソソームというゴミ処理工場や、神経細胞が情報を伝えるために使うシナプス小胞という袋の中を、酸性に保つ役割をしています。
細胞の中の特定の場所を酸性にすることは、不要なタンパク質を分解したり、神経伝達物質を袋の中に詰め込んだりするために、なくてはならない条件です。
遺伝子の変化による影響
ATP6V1A遺伝子に変異が起きると、このプロトンポンプがうまく作られなかったり、機能が低下したりします。
すると、リソソームの中が十分に酸性にならず、ゴミ処理ができなくなって細胞の中に老廃物がたまったり、神経細胞が情報を伝えるための物質をうまく準備できなくなったりします。
この影響を最も強く受けるのが、活発に活動している脳の神経細胞です。その結果、神経の興奮と抑制のバランスが崩れててんかん発作が起きたり、神経ネットワークの形成がうまくいかずに発達の遅れが生じたりすると考えられています。
また、このポンプは歯のエナメル質を作る細胞でも重要な働きをしているため、変異によって歯の症状が出ることがあります。

遺伝について
多くのご家族が親から遺伝したのか、妊娠中の生活に問題があったのかとご自身を責めてしまわれます。
しかし、DEE98のほとんどのケースは、新生突然変異(de novo変異)によるものです。
これは、ご両親の遺伝子には全く異常がなく、精子や卵子が作られる過程、あるいは受精した直後の細胞分裂の段階で、偶然にATP6V1A遺伝子に変化が起きたことを意味します。
つまり、ご両親のどちらかのせいで遺伝したわけではありません。また、妊娠中のお母さんの食事、お薬、ストレス、環境などが原因で起きるものでも決してありません。誰にでも起こりうる、生命の誕生における偶然の現象なのです。
診断と検査
診断は、症状の観察、脳波検査、画像検査、そして遺伝子検査を組み合わせて行われます。
1. 脳波検査
てんかん発作の診断や、脳の活動状態を調べるために不可欠な検査です。
DEE98のお子さんの脳波では、てんかん性の突発波(スパイク)が多発するヒプスアリスミアと呼ばれる特徴的な波形や、脳全体の電気活動がゆっくりになっている徐波化が見られることがあります。
2. 画像検査(MRI)
脳の形や構造を詳しく調べるためにMRI検査が行われます。
DEE98の患者さんでは、脳梁(右脳と左脳をつなぐ神経の束)が薄い脳梁低形成や、脳全体が少し萎縮している様子、あるいは髄鞘化(神経の伝達速度を上げるための被覆)が遅れている髄鞘化遅延などの所見が見られることがよくあります。
これらの所見は、診断の手がかりになるとともに、発達の見通しを立てる上でも重要な情報となります。
3. 遺伝学的検査
確定診断のためには、血液を採取してDNAを調べる検査が必要です。
近年急速に普及してきた次世代シーケンサーという技術を用いた全エクソーム解析(WES)が行われることが一般的です。
これは、遺伝子のうちタンパク質を作る重要な部分を網羅的にすべて解読する検査です。DEE98は非常に稀な病気であるため、症状だけでは診断がつかず、この網羅的な遺伝子検査を行って初めてATP6V1A遺伝子の変異が見つかり、診断に至るケースがほとんどです。
治療と管理
現在の医学では、遺伝子の変化そのものを修復して病気を根本から治す治療法はまだ確立されていません。
しかし、それぞれの症状に対して適切な治療(対症療法)とサポート(療育)を行うことで、お子さんの苦痛を和らげ、持っている力を最大限に引き出し、生活の質(QOL)を高めることは十分に可能です。
1. てんかんの治療
てんかん発作を減らすために、抗てんかん薬による治療を行います。
バルプロ酸、レベチラセタム、クロバザム、トピラマート、ゾニサミドなど、発作のタイプに合わせて様々なお薬が試されます。てんかん性スパズムに対しては、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)療法が行われることもあります。
お薬だけで発作が止まらない場合は、ケトン食療法という特殊な食事療法が検討されることもあります。これは脂肪分を多く、糖質を極端に少なくした食事をとることで、脳のエネルギー源を切り替え、発作を抑制しようとする治療法です。
2. 発達支援と療育(リハビリテーション)
早期からの療育が、お子さんの成長と生活の安定にとって非常に重要です。
理学療法(PT)
体の柔らかさや、逆に筋肉の突っ張りに対して、関節が硬くならないようなストレッチや、姿勢を保つための練習を行います。座位保持装置(座るための椅子)や車椅子、バギーなど、お子さんの体に合った福祉用具を作る際にも専門的なアドバイスを受けます。
作業療法(OT)
手先の感覚を養ったり、遊びを通じて外界への興味を引き出したりします。また、食事や着替えの介助方法など、日常生活をスムーズにするための工夫を学びます。
言語聴覚療法(ST)
言葉の理解を促すだけでなく、食べる機能(摂食嚥下)の訓練も行います。飲み込みが難しい場合は、食事の形態(とろみの調整など)や介助の姿勢について指導を受け、誤嚥性肺炎を防ぎながら楽しく食事ができるようにサポートします。
3. 栄養と呼吸の管理
飲み込む力が弱く、口から十分に栄養が摂れない場合は、鼻からチューブを入れたり、お腹に小さな穴を開けて直接胃に栄養を入れる胃ろうを作ったりして、十分な栄養を確保します。胃ろうは、誤嚥のリスクを減らし、お子さんとご家族の食事時間のストレスを軽減するための有効な手段です。
4. 歯科ケア
エナメル質形成不全がある場合、歯がもろく虫歯になりやすいため、通常よりも頻繁な歯科検診と予防処置(フッ素塗布など)が重要です。歯の健康は、食事の楽しみや全身の健康に直結します。
まとめ
発達性およびてんかん性脳症98型(DEE98)についての重要なポイントを振り返ります。
- 病気の本質: ATP6V1A遺伝子の変異により、細胞内の環境調整(酸性化)がうまくいかず、脳の発達と機能に影響が出る先天性の疾患です。
- 主な特徴: 乳児期からの難治性てんかん、重度の発達遅滞、筋緊張低下、小頭症などが特徴です。歯のエナメル質の問題が見られることもあります。
- てんかん: 薬が効きにくいことが多いですが、様々な薬の組み合わせや食事療法などの選択肢があります。
- 原因: 多くは突然変異によるもので、親のせいではありません。
- ケアの要点: 発作のコントロールだけでなく、リハビリ、栄養管理、歯科ケアなど、全身をトータルでケアすることが大切です。
