概要
ミトコンドリア複合体1欠損症(ACAD9関連)は、ミトコンドリア電子伝達系の複合体I(NADHデヒドロゲナーゼ)の形成および安定化に関与するACAD9遺伝子の異常によって生じる、希少なミトコンドリア病です。複合体IはATP産生の最初の段階を担う重要な酵素複合体であり、その機能低下により細胞のエネルギー産生が著しく障害されます。とくにエネルギー需要の高い心筋、骨格筋、中枢神経系が障害されやすく、乳児期から心筋症、筋力低下、発達遅滞、呼吸障害など多彩な症状を呈します。
ACAD9は脂肪酸β酸化酵素としての機能も持ちますが、本疾患では主に複合体Iの組み立て因子としての役割障害が病態の中心となります。臨床像は重症新生児型から、思春期・成人期に発症する軽症型まで幅広いスペクトラムを示します。(ヒロクリニック)
疫学
ミトコンドリア複合体I欠損症はミトコンドリア病の中で最も頻度の高いサブタイプの一つですが、ACAD9関連型はその中でも稀な原因です。正確な有病率は不明ですが、世界的に数百例未満の報告にとどまります。小児ミトコンドリア病患者の数%程度を占めると推定されています。(PMC)
原因
本疾患はACAD9遺伝子の両アレル病的変異によって発症します。ACAD9遺伝子はヒト3番染色体(3q21)に位置し、ミトコンドリア内膜に局在するタンパク質をコードします。このタンパク質は複合体Iの正しい組み立てと安定化に不可欠であり、その欠損により複合体I活性が低下します。その結果、NADHから電子伝達系への電子供給が障害され、ATP産生が低下し、乳酸産生が亢進します。(ヒロクリニック)
遺伝形式は常染色体劣性遺伝です。(malacards.org)
症状
症状は年齢と臓器障害の部位により多彩です。(ヒロクリニック)
新生児・乳児期発症型
- 哺乳不良、体重増加不良
- 筋緊張低下
- 重度の肥大型または拡張型心筋症
- 呼吸不全
- 乳酸アシドーシス
小児期〜成人期発症型
- 運動不耐性、易疲労感
- 筋力低下
- 運動後筋痛
- 発達遅滞または学習障害
- てんかん
心筋症は本疾患の最も重要な予後規定因子です。(PubMed)
診断
診断は以下の組み合わせで行われます。
1. 臨床所見
- 心筋症と筋症状の併存
- 発達遅滞、易疲労
2. 生化学検査
- 血中乳酸高値
- 乳酸/ピルビン酸比上昇
3. 筋生検・酵素活性測定
- 複合体I活性低下
4. 遺伝子診断
- ACAD9遺伝子解析による確定診断 (PMC)
治療
現在のところ根治療法はありませんが、代謝補助療法と臓器別管理が行われます。
- リボフラビン補充(ACAD9関連型で有効例あり)
- コエンザイムQ10
- L-カルニチン補充
- 心不全治療
- 呼吸管理
- 感染予防
重症心筋症例では心移植が検討される場合があります。(Nature)
参考文献
ミトコンドリア複合体1欠損症(ACAD9)— 遺伝子疾患解説ページ(ヒロクリニック)より。(ヒロクリニック)
Haack TB et al. Deficiency of ACAD9 causes mitochondrial complex I deficiency. Nat Genet. 2010.(Nature)
ACAD9-related mitochondrial disease — GeneReviews, PubMed Central.(PMC)
Mitochondrial Complex I Deficiency — Malacards Rare Disease Database.(malacards.org)
