マルファン症候群という診断名を聞き、情報を求めてこのページにたどり着かれたご家族の方へ。
医師から「全身の結合組織の病気です」や「遺伝子の変化によるものです」と説明を受け、さらに「心臓の血管が膨らむ可能性があります」といった話をされて、大きな不安を感じていらっしゃるかもしれません。特に、この病気は外見的な特徴だけでなく、目には見えない体の中で進行する病変、とりわけ心臓や血管の問題が生命に関わることがあるため、将来への心配は尽きないことでしょう。
マルファン症候群は、フランスの小児科医アントワーヌ・マルファンによって1896年に初めて報告されました。
およそ5000人に1人の割合で発症すると言われており、決して極めて稀な病気というわけではありません。人種や性別に関係なく発生します。
かつては、心臓血管の合併症によって平均寿命が短い時代もありましたが、医学の進歩は目覚ましく、現在では早期発見と適切な管理、そして予防的な手術を行うことで、一般の方とほとんど変わらない寿命を全うすることができるようになっています。
この病気は、体を支える組織である結合組織が弱くなることで、骨格、目、心臓血管、肺、皮膚など、全身に様々な影響が現れるのが特徴です。
背が高く手足が長いといったモデルのような体型をしていることが多く、歴史上の人物であるアメリカ大統領リンカーンや、有名な音楽家などもこの病気だったのではないかと噂されることがあります。
まず最初にお伝えしたいのは、正しい知識を持ち、定期的なメディカルチェックを受けることが、この病気と共に健やかに生きていくための最強の武器になるということです。
あまり恐れすぎず、一つひとつ知識を整理していきましょう。
概要:どのような病気か
まず、この病気が体の中で何を起こしているのか、全体像を理解しましょう。
結合組織の病気
私たちの体は、細胞と細胞をつなぎ合わせたり、骨や血管などの構造を支えたりするために、結合組織という物質を必要としています。いわば、体を形作るための強力な接着剤やゴムのような役割を果たしています。
マルファン症候群は、この結合組織を構成する重要なタンパク質の設計図にミスがあるために、結合組織が本来の強さや弾力性を保てなくなってしまう病気です。
結合組織は全身に存在するため、影響は一箇所にとどまりません。
骨の成長をうまくコントロールできずに背が伸びすぎたり、血管の壁が弱くなって膨らんでしまったり、目のレンズを支える糸が切れてしまったりと、症状は多岐にわたります。
症状の個人差
この病気の大きな特徴の一つに、症状の現れ方に個人差が非常に大きいという点があります。
同じ家族内で同じ遺伝子の変化を持っていても、ある人は重い心臓の症状があるのに、別の人は背が高いだけで他に目立った症状がない、ということも珍しくありません。
そのため、診断されたからといって、必ずしもすべての症状が重く現れるわけではありません。
主な症状
マルファン症候群の症状は、主に骨格、目、心臓血管の3つの領域に現れます。これらに加えて、肺や皮膚などにも特徴が見られることがあります。
1. 骨格系の症状
外見から最も気づかれやすい特徴です。
高身長と長い手足
年齢平均に比べて背が高く、胴体に比べて手足が不釣り合いに長いのが特徴です。
両手を横に広げた長さである指極が、身長よりも長くなることが多いです。
クモ状指(くもじょうし)
指が細く長くなり、まるでクモの足のように見えることからこう呼ばれます。
簡単なチェック方法として、親指を手のひらに入れて他の指で握り込んだ時に親指の先が小指側からはみ出るスタインバーグ徴候や、手首を反対の手の親指と小指で掴んだ時に指先が重なるウォーカー・マードック徴候などがあります。
胸郭の変形
胸の骨が変形することがあります。
胸が内側に凹んでいる漏斗胸や、逆に前に突き出ている鳩胸が見られます。
漏斗胸が高度な場合は、肺や心臓を圧迫することもあります。
脊柱側弯症(せきちゅうそくわんしょう)
背骨が左右に曲がってしまう状態です。
成長期に急速に進行することがあり、腰痛の原因になったり、重度になると呼吸機能に影響したりすることがあります。
その他の骨格症状
関節が柔らかく、過度によく動く関節過動や、足の裏の土踏まずがない扁平足、上あごの幅が狭く歯並びが悪くなる高口蓋などもよく見られます。
2. 眼の症状
視力や目の機能に関わる重要な症状です。
水晶体亜脱臼
マルファン症候群の約6割から8割の方に見られる特徴的な症状です。
目の中でレンズの役割をしている水晶体は、毛様体小帯あるいはチン小帯と呼ばれる無数の細い糸で支えられています。
この病気では、その糸が弱くなって伸びたり切れたりしやすいため、水晶体が本来の位置からずれてしまいます。
通常は上外側にずれることが多く、これにより強い近視や乱視、複視(物が二重に見える)などが起こります。
高度の近視
眼球の奥行きである眼軸長が長くなる傾向があり、幼少期から強い近視になることが多いです。
網膜剥離
眼球の内側にある膜である網膜が剥がれてしまうリスクが、一般の人よりも高いです。
急に視力が落ちたり、視野の一部が欠けたりした場合は、緊急の対応が必要です。
3. 心臓血管系の症状(最も重要)
生命予後を左右するため、最も注意深く管理しなければならない症状です。
大動脈瘤(だいどうみゃくりゅう)と大動脈解離(だいどうみゃくかいり)
心臓から全身に血液を送る一番太い血管である大動脈の壁が弱くなることで起こります。
特に、心臓から出てすぐの付け根部分である大動脈基部(バルサルバ洞)が、水風船のように徐々に膨らんでいき、大動脈瘤となります。
ある程度の太さまでは無症状ですが、限界を超えると血管の内側の膜が裂けてしまう大動脈解離や、血管が破裂してしまう危険性があります。
これは命に関わる緊急事態ですが、定期的な検査で太さを監視し、危険な太さになる前に手術をすることで防ぐことができます。
弁閉鎖不全症
心臓の中で血液の逆流を防いでいる弁、特に僧帽弁の組織が弱くなり、しっかりと閉じなくなることがあります。これを僧帽弁逸脱症や僧帽弁閉鎖不全症と呼びます。
血液が逆流することで心臓に負担がかかり、動悸や息切れ、疲れやすさといった心不全の症状が出ることがあります。
4. その他の症状
気胸
肺の表面にある小さな袋(ブラ)が破れて、肺がしぼんでしまう自然気胸を起こしやすい傾向があります。
突然の胸の痛みや息苦しさが特徴です。
皮膚線条(ひふせんじょう)
急激に太ったりしたわけでもないのに、肩や背中、お尻などに妊娠線のような肉割れができることがあります。
これは皮膚の結合組織が弱いために起こります。
原因
なぜ、結合組織が弱くなってしまうのでしょうか。その原因は、特定のタンパク質の異常にあります。
FBN1遺伝子の変異
マルファン症候群の原因は、第15番染色体にあるFBN1(フィブリリン1)という遺伝子の変異です。
この遺伝子は、フィブリリン1というタンパク質を作る設計図です。
フィブリリン1の役割
フィブリリン1は、細胞の外で集まってミクロフィブリルという微細な繊維を作ります。
このミクロフィブリルは、エラスチンというゴムのようなタンパク質と組み合わさって、組織に弾力性と強度を与える弾性線維を作ります。
大動脈や皮膚、眼のチン小帯などは、この弾性線維が豊富に含まれているため、伸び縮みすることができます。
FBN1遺伝子に変異があると、正常なフィブリリン1が作られなかったり、作られても機能しなかったりします。
その結果、弾性線維がうまく作れず、組織が脆くなってしまいます。
TGF-ベータシグナルの異常
最近の研究では、フィブリリン1の異常が単に組織を弱くするだけでなく、細胞への信号伝達にも影響を与えることがわかってきました。
フィブリリン1には、組織の成長を調節するTGF-ベータという物質を繋ぎ止めておく役割があります。
フィブリリン1がうまく働かないと、このTGF-ベータが過剰に放出されてしまい、組織の成長シグナルが乱れます。
これにより、骨が過剰に伸びたり、肺の組織が壊れやすくなったり、血管の壁が変性したりすると考えられています。
このメカニズムの発見により、TGF-ベータの働きを抑える薬が治療に応用されています。
遺伝について
この病気は常染色体顕性遺伝、以前は優性遺伝と呼ばれていた形式をとります。
人間は遺伝子を2本セットで持っていますが、そのうちの片方のFBN1遺伝子に変異があれば発症します。
親から子への遺伝
ご両親のどちらかがマルファン症候群である場合、お子さんに遺伝する確率は50パーセントです。
突然変異
マルファン症候群の患者さんの約4分の1は、ご両親はこの病気ではなく、ご本人の代で初めて遺伝子の変化が起こる突然変異によるものです。
これは、受精卵ができる過程などで偶然に起きた変化であり、誰のせいでもありません。

診断と検査
診断は、世界的に統一された基準であるゲント基準(Ghent nosology)に基づいて行われます。
1. ゲント基準による診断
以下の要素を点数化し、総合的に判断します。
- 大動脈基部の拡大や解離の有無
- 水晶体亜脱臼の有無
- FBN1遺伝子変異の有無
- 全身スコア: 骨格の特徴(手首サイン、親指サイン、胸郭変形など)、皮膚症状、気胸などを点数化したもの
- 家族歴: 親や兄弟姉妹にマルファン症候群の方がいるか
特に、大動脈の拡大と水晶体亜脱臼の2つが揃っていれば、遺伝子検査なしで診断されることもあります。
2. 画像検査
心エコー検査(超音波検査)
最も重要な検査です。大動脈の太さや、心臓の弁の状態、動きを痛みなく確認できます。
定期的なチェックに欠かせません。
CT・MRI検査
大動脈の全体像や、脊柱側弯症の状態、肺の状態などを詳しく調べます。
特に大動脈瘤の広がりや形を確認するのに役立ちます。
3. 眼科検査
スリットランプ(細隙灯顕微鏡)検査を行い、瞳孔を開いて水晶体のずれがないか詳しく調べます。
4. 遺伝学的検査
血液を採取し、DNAを解析してFBN1遺伝子に変異があるかを調べます。
診断の補助となるほか、ご家族への遺伝を考える際や、似た症状を持つ他の病気(ロイス・ディーツ症候群など)と区別するために行われます。
治療と管理
現在の医学では、遺伝子を修復して病気を根本から治す治療法はまだ確立されていません。
しかし、それぞれの症状に対して適切な治療や予防を行うことで、健康な生活を長く維持することができます。
1. 心臓血管系の管理
血圧のコントロール
大動脈への負担を減らすために、血圧を低めに保つことが極めて重要です。
ベータ遮断薬やARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)といった降圧薬がよく使われます。
特に、ロサルタンなどのARBは、原因の項目で触れたTGF-ベータの過剰な働きを抑える効果も期待されており、大動脈が太くなるスピードを遅らせる可能性があるとして注目されています。
定期的な画像検査
半年に1回から1年に1回程度、心エコーやCT検査を行い、大動脈の太さをミリ単位で監視します。
大動脈基部の直径が一定の基準(通常は成人で45mmから50mm程度)を超えた場合、あるいは拡大のスピードが速い場合は、予防的な手術が検討されます。
予防的手術(大動脈基部置換術)
大動脈瘤が破裂したり解離したりする前に、太くなった血管を人工血管に取り替える手術です。
- ベントール手術: 血管と同時に大動脈弁も人工弁に取り替える方法です。確実性が高いですが、機械弁を使う場合は血液をサラサラにするワーファリンという薬を一生飲み続ける必要があります。
- 自己弁温存大動脈基部置換術(デービッド手術など): 自分自身の弁を残したまま、血管だけを人工血管に取り替える高度な手術です。ワーファリンを飲み続ける必要がないという大きなメリットがありますが、弁の状態によっては行えないこともあります。
2. 眼の治療
視力の矯正
眼鏡やコンタクトレンズで視力を矯正します。
水晶体の手術
水晶体のずれが大きくて視力が出ない場合や、白内障や緑内障を合併した場合は、水晶体を取り除いて眼内レンズを入れる手術を行います。
チン小帯が弱いため、通常の手術よりも高度な技術が必要になります。
3. 骨格系の治療
脊柱側弯症の治療
軽度の場合は定期的な経過観察を行いますが、進行する場合は装具(コルセット)を着用します。
曲がりが強い場合は、背骨を矯正する手術を行うこともあります。
胸郭変形の治療
漏斗胸や鳩胸が見た目や心肺機能に影響する場合、手術による矯正を行うことがあります。
4. 日常生活での注意点
運動制限
大動脈解離のリスクを避けるため、体同士が激しくぶつかるコンタクトスポーツ(ラグビー、柔道など)や、急激に血圧が上がるような運動(重量挙げなどのアイソメトリック運動)は避けるべきです。
一方で、適度な有酸素運動(ウォーキングや軽い水泳など)は推奨されます。どの程度の運動が可能かは、主治医とよく相談して決める必要があります。
禁煙
喫煙は肺の組織を壊し、血管にも悪影響を与えるため、絶対に避けるべきです。気胸のリスクも高まります。
感染性心内膜炎の予防
人工弁の手術を受けた方や、特定の弁膜症がある方は、歯科治療などの際に細菌が血液に入って心臓に感染するリスクがあります。
処置の前に抗生物質を服用するなどの予防策が必要になることがあります。
妊娠・出産
女性患者さんの場合、妊娠中は循環血液量が増え、ホルモンの影響で血管が柔らかくなるため、大動脈解離のリスクが高まります。
妊娠を希望する場合は、事前に大動脈の太さを確認し、必要であれば先に手術を行うなどの計画的な管理が必要です。専門医との密な連携が不可欠です。
まとめ
マルファン症候群についての解説をまとめます。
- 病気の本質: FBN1遺伝子の変異により結合組織が弱くなる病気で、骨、目、心臓血管などに影響が出ます。
- 主な特徴: 高身長、長い手足、水晶体亜脱臼、大動脈瘤などが代表的な症状です。
- 最大のリスク: 大動脈瘤の破裂や解離が生命に関わりますが、これは定期検診と血圧管理、予防的手術で防ぐことができます。
- 治療の進歩: 適切な管理を行えば、平均寿命は一般の方とほぼ変わりません。
- 生活のポイント: 激しい運動を避け、定期的な通院を続けることが、長く元気に生きるための鍵です。
