脳空洞症(のうくうどうしょう)という診断名を聞き、あるいは医師からその疑いがあると言われ、情報を求めてこのページにたどり着かれたご家族の方へ。
聞き慣れない病名に、戸惑いや不安を感じていらっしゃるかもしれません。「脳に空洞がある」と言われると、とても怖いイメージを持たれることでしょう。
また、脳空洞症にはいくつか種類がありますが、ここでは特に遺伝的な要因が関わっている「脳空洞症1型(Porencephaly type 1)」について解説します。
この病気は、症状の重さに非常に大きな個人差があるのが特徴です。重い障害を持つ方もいれば、大人になるまで気づかずに社会生活を送っている方もいます。
まず最初にお伝えしたいのは、適切な管理とサポートがあれば、その人らしい豊かな生活を送ることができるということです。
あまり恐れすぎず、一つひとつ知識を整理していきましょう。
概要:どのような病気か
脳空洞症(Porencephaly)とは、脳(大脳半球)の中に、脳脊髄液(のうせきずいえき)という液体で満たされた袋状の空間(嚢胞:のうほう)や空洞ができてしまう状態のことです。
名前の由来
「Porencephaly(ポレンセファリー)」は、ギリシャ語の「porus(孔・あな)」と「cephalus(頭・脳)」を組み合わせた言葉です。
脳空洞症1型とは
脳空洞症自体は、妊娠中の感染症や、外傷などさまざまな原因で起こりますが、「1型」と分類される場合は、特定の遺伝子(COL4A1またはCOL4A2)の変異が関わっているタイプを指します。
このタイプは、単に脳に空洞があるだけでなく、全身の血管が少し弱い(もろい)という体質を併せ持っていることが最大の特徴です。
なぜ空洞ができるのか
赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいる間(胎児期)や、生まれた直後に、脳の中の血管が出血したり、詰まったりすることで、その部分の脳組織がダメージを受けて吸収され、結果として「空洞」が残ると考えられています。
つまり、生まれつき脳が欠けていたのではなく、「脳の中で小さな脳出血や脳梗塞が起きた跡」が空洞として見えているのです。
国の指定難病
日本では「COL4A1変異関連脳小血管病」の一部として、あるいは広義の脳形成異常として扱われることがあり、症状の重さによっては指定難病の医療費助成の対象となる場合があります。
主な症状
脳空洞症1型の症状は、空洞が脳の「どこ」に、「どれくらいの大きさ」でできているかによって全く異なります。
全く症状がなく偶然見つかる方から、重度の運動障害を持つ方まで、グラデーションのように幅広いです。
1. 運動機能の症状
最も多く見られる症状です。
片麻痺(かたまひ)
体の左右どちらか半分に麻痺が出ることが多いです。
脳は左右の神経が交差して体を動かしているため、例えば「左脳」に空洞がある場合は「右半身」に、「右脳」に空洞がある場合は「左半身」に麻痺が出やすくなります。
程度はさまざまで、「走ると少し足を引きずる程度」の軽度なものから、「手足が動かしにくい」重度なものまであります。
筋緊張の異常(痙縮:けいしゅく)
筋肉が自分の意思とは関係なく突っ張ってしまう状態です。手足がピンと伸びてしまったり、逆に曲がったまま固まってしまったりすることがあります。
2. 神経系の症状
てんかん発作
脳の神経細胞が過剰に興奮することで起こる発作です。
脳空洞症の患者さんの一定数に見られます。ぼーっとするだけの発作もあれば、手足をガクガクさせるけいれん発作もあります。多くの場合、抗てんかん薬でコントロールを目指します。
頭痛(片頭痛)
脳空洞症1型の特徴的な症状として、片頭痛持ちの方が多いことが知られています。
時には、目の前がチカチカする(閃輝暗点)などの前兆を伴う激しい頭痛が起こることがあります。
3. 発達・知能の症状
知的発達症(知的障害)
空洞の大きさや場所によっては、言葉の遅れや学習の遅れが見られることがあります。
しかし、運動障害があっても知能は全く正常である(大学に進学し、就職されている)ケースも非常に多く見られます。「脳に空洞がある=知能が低い」というわけではありません。
発達の遅れ
首すわり、お座り、歩行などの運動発達のマイルストーンがゆっくりになることがあります。
4. 目の症状
網膜血管の蛇行(だこう)
これは脳空洞症1型(COL4A1変異)に特有のサインです。
眼底検査をすると、目の奥の血管がクネクネと曲がっている(蛇行している)のが見つかることがあります。これ自体が視力に悪影響を与えることは少ないですが、診断の重要な手がかりになります。
白内障・緑内障
稀ですが、先天性の白内障や緑内障などを合併することがあります。
5. その他の血管症状
脳空洞症1型は「全身の血管がもろくなりやすい」という体質を持つため、以下のリスクに注意が必要です。
脳出血:成人になってからも、脳出血を起こすリスクが一般の人より高いとされています。
筋肉の痛み:運動後に筋肉痛が起きやすい、筋肉の酵素(CK)の値が高くなることがあります。
腎臓の血管障害:稀に血尿などが見られることがあります。
原因
なぜ、脳の中に出血が起きたり、血管がもろくなったりするのでしょうか。その原因は、血管を作る「材料」の設計図にあります。
COL4A1またはCOL4A2遺伝子の変異
脳空洞症1型の主な原因は、第13番染色体にある「COL4A1(コルフォーエーワン)」または「COL4A2」という遺伝子の変異です。
IV型コラーゲンの役割
これらの遺伝子は、「IV型コラーゲン」というタンパク質を作る設計図です。
コラーゲンというと肌の弾力などをイメージするかもしれませんが、IV型コラーゲンは、血管の壁(基底膜)を作るための「セメント」や「鉄筋」のような重要な役割をしています。
特に、脳の微細な血管を支えるために不可欠な成分です。
何が起きているのか
遺伝子に変異があると、作られるIV型コラーゲンの質が変わったり、量が足りなくなったりします。
すると、血管の壁が弱くなり、血流の圧力や外部からの刺激に耐えられなくなります。
その結果、胎児期や新生児期などの血圧変動が激しい時期に、脳の中の血管が破れて出血し、その部分の脳組織が壊れて空洞になってしまうのです。
遺伝について
この病気は「常染色体顕性遺伝(優性遺伝)」という形式をとります。
親から子への遺伝
ご両親のどちらかが同じ遺伝子変異を持っている場合、お子さんに遺伝する確率は50%です。
ただし、親御さんが変異を持っていても、症状が非常に軽く(例えば片頭痛だけ、あるいは無症状)、お子さんが生まれて初めて親御さんも診断されるというケースも珍しくありません。
突然変異
ご両親ともに遺伝子の変異を持っていない場合でも、お子さんの代で初めて変異が起こる「突然変異(de novo変異)」のケースも多く報告されています。
これは誰のせいでもありません。妊娠中の生活やストレスが原因で起こるものではありません。
診断と検査
診断は、画像検査による空洞の確認と、遺伝子検査によって行われます。
1. 画像検査
頭部MRI検査
最も重要な検査です。脳の中に脳脊髄液と同じ信号(色)を示す、境界がはっきりした空洞があるかを確認します。
空洞が脳室(脳の中の水たまり)とつながっているかどうかも確認します。
頭部CT検査
石灰化(カルシウムの沈着)の有無などを確認するために行われることがあります。
2. 身体所見・眼科検査
医師がハンマーで手足を叩いて反射を見たり、麻痺の程度を確認したりします。
また、眼底検査を行い、網膜の血管に蛇行(クネクネした様子)がないかを調べます。これがあれば、1型(COL4A1/A2関連)である可能性が高まります。
3. 遺伝学的検査
確定診断のために行われます。
血液を採取し、DNAを解析してCOL4A1またはCOL4A2遺伝子に変異があるかを調べます。
この検査を行うことには、いくつかの意味があります。
確定診断:他の病気との区別がつきます。
合併症の予測:血管が弱い体質かどうかがわかるため、頭をぶつけないように注意するなど、生活上の対策が立てられます。
家族への情報:ご家族(親御さんやきょうだい)に同じ体質があるかどうかがわかり、将来の健康管理に役立ちます。

治療と管理
現在の医学では、できてしまった脳の空洞を埋めたり、遺伝子を修復したりする根本的な治療法はありません。
しかし、症状を改善し、合併症を防ぐための治療と管理方法は確立されています。
1. リハビリテーション(療育)
治療の中心となります。脳の可塑性(かそせい:残った脳細胞が役割を代行する力)を最大限に引き出します。
理学療法(PT)
麻痺がある手足の筋肉が固まらないようにストレッチをしたり、お座りや歩行の練習をしたりします。装具(足のサポーターなど)を使って歩きやすくすることもあります。
作業療法(OT)
手先の細かい動きを練習したり、日常生活(着替えや食事)の工夫を考えたりします。麻痺のある手を生活の中でどう使うかを学びます。
言語聴覚療法(ST)
言葉の遅れがある場合や、飲み込み(嚥下)に問題がある場合に訓練を行います。
2. 薬物療法
てんかんに対して
抗てんかん薬を使用し、発作をコントロールします。発作を止めることは、脳の発達を守るために非常に重要です。
筋肉のつっぱり(痙縮)に対して
筋肉を柔らかくする飲み薬や、ボツリヌス療法(ボトックス注射)を行うことがあります。
頭痛に対して
片頭痛の薬を使って痛みをコントロールします。
3. 外科的治療
水頭症(すいとうしょう)
空洞の影響で脳脊髄液の流れが悪くなり、頭の中に水が溜まって脳圧が高くなる場合、「シャント手術(余分な水を他へ流す管を入れる)」を行うことがあります。脳空洞症では稀ですが、必要な場合があります。
4. 日常生活での管理(重要:血管のケア)
脳空洞症1型(COL4A1/A2変異)特有の注意点として、「頭部外傷の予防」があります。
血管がもろい可能性があるため、激しいコンタクトスポーツ(ラグビー、柔道、ボクシングなど)や、頭を強くぶつけるリスクのある活動は避けることが推奨されます。
しかし、通常の体育や遊びを過度に制限する必要はありません。ヘルメットの着用など、適切な安全対策を行いながら、活動的な生活を送ることが大切です。医師とよく相談して、その子に合った活動範囲を決めましょう。
まとめ
脳空洞症1型についての解説をまとめます。
病気の本質
胎児期などの脳内出血により脳に空洞ができる病気で、COL4A1/COL4A2遺伝子の変異による血管の脆弱性が背景にあります。
主な症状
片麻痺などの運動障害、てんかん、頭痛などが代表的ですが、無症状の人もいます。知能は正常なことも多いです。
原因
IV型コラーゲンの異常により血管が弱くなること。遺伝性もありますが、突然変異も多いです。
診断
MRIでの空洞確認と、眼底検査、遺伝子検査など。
治療の柱
リハビリテーションによる機能回復、てんかんや頭痛の薬物療法。そして、頭部外傷予防などの生活管理。
