レット症候群(先天性亜型)という診断名を聞き、あるいはその疑いがあると言われ、情報を求めてこのページにたどり着かれたご家族の方へ。
聞き慣れない病名、そして「難病」という言葉に、今は驚きや戸惑い、深い不安の中にいらっしゃるかもしれません。
一般的な「レット症候群」の情報はインターネット上にありますが、この「先天性亜型(先天型)」についての詳しい日本語の情報はまだ少なく、それが余計に不安を大きくさせているかもしれません。
まず最初にお伝えしたいのは、診断名がついたからといって、お子さんの全てが決まるわけではないということです。お子さんは「症例」ではなく、かけがえのない個性を持った一人の人間です。
適切なサポートと理解があれば、笑顔あふれる穏やかな時間を積み重ねていくことができます。
あまり恐れすぎず、一つひとつ知識を整理していきましょう。
概要:どのような病気か
レット症候群(Rett Syndrome)は、主に女児に発症する神経発達障害の一つです。
通常、レット症候群には「定型(クラシック)」と呼ばれるタイプと、「非定型(亜型)」と呼ばれるいくつかのバリエーションがあります。
今回解説する「先天性亜型(Congenital Variant)」は、非定型レット症候群の一つであり、別名「ロランド型(Rolando Variant)」とも呼ばれます。
典型的なレット症候群との最大の違い
典型的なレット症候群は、生後6ヶ月から1年半くらいまでは、一見順調に発達しているように見えます(お座りができたり、言葉が出始めたりします)。しかし、その後、獲得した機能が失われる「退行」という時期を迎えます。
一方で、この「先天性亜型」は、生まれた直後、あるいは生後数ヶ月のごく早い段階から、発達の遅れや筋肉の低緊張(体が柔らかい)などのサインが見られるのが特徴です。「退行」の時期がはっきりせず、最初からゆっくりとした発達の道を歩みます。
この疾患は、国が定める指定難病の一つであり、医療費助成の対象となる場合があります(重症度分類によります)。
主な症状
症状の現れ方や重さは、お子さんによって本当に千差万別ですが、先天性亜型においてよく見られる特徴を、生活の場面や体の機能ごとに詳しく見ていきましょう。
1. 生後間もない頃から乳児期の特徴
ご家族が「何かおかしいな」と最初に気づくきっかけになることが多い症状です。
筋緊張低下(フロッピーインファント)
抱っこした時に体がふにゃふにゃして柔らかく感じる、首のすわりが遅い、手足の動きが少ないといった様子が見られます。
哺乳の難しさ
おっぱいを吸う力が弱かったり、ミルクを飲むのに時間がかかったり、むせやすかったりすることがあります。
静かな赤ちゃん、あるいは不機嫌な赤ちゃん
あまり泣かず、手足もバタバタさせない「手のかからない赤ちゃん」である場合もあれば、逆に、理由がわからずずっと泣き続ける(易刺激性)場合もあります。
2. 頭囲と身体の成長
小頭症(しょうとうしょう)
生まれた時の頭の大きさは標準範囲内であることが多いですが、生後数ヶ月から頭の成長が緩やかになり、身体の成長に比べて頭囲が小さくなる傾向があります。これは脳の成長がゆっくりであることを示しています。
先天性亜型では、典型的なレット症候群よりも早い時期からこの傾向が見られることがあります。
身体発育
身長や体重の増え方もゆっくりになることがあります。
3. 運動機能の発達
全体的にゆっくりとした発達
首すわり、寝返り、お座りといった運動発達のマイルストーン(節目)への到達が、一般的な月齢よりも遅れます。
先天性亜型のお子さんの場合、自力での歩行を獲得することは難しい場合が多いとされていますが、支えがあれば立てるようになったり、装具を使って歩行訓練を行ったりするお子さんもいます。リハビリテーションによって、その子なりの体の動かし方を学んでいきます。
4. 手の動きと常同行動(じょうどうこうどう)
レット症候群の最も象徴的な症状の一つです。
手の機能の未発達
おもちゃに手を伸ばして掴む、持ち替えるといった、手の意図的な使用(巧緻性)が育ちにくい、あるいは獲得しても消失してしまうことがあります。
特徴的な手の動き(常同運動)
「手を揉む」「手を洗うような動作」「手を口に持っていく」「手を叩く」といった動きを、無意識に繰り返すことがあります。
先天性亜型では、典型的なレット症候群で見られるような「手洗い動作」だけでなく、舌を突き出す動き(舌突出)などを伴うこともあります。これらの動きは、起きている時に見られ、眠っている時は止まります。
5. コミュニケーションと社会性
言葉の発達
意味のある言葉(有意味語)を話すことは難しい場合が多いです。しかし、言葉が出なくても、こちらの言っていることを雰囲気で理解したり、表情や視線で気持ちを伝えたりすることは可能です。
視線(アイコンタクト)
典型的なレット症候群では、退行期に一時的に視線が合わなくなることがありますが、その後「目力(めぢから)」と呼ばれるような、強い視線でのコミュニケーションが可能になります。
先天性亜型のお子さんも、初期には視線が合いにくいことがありますが、成長とともに、目で追ったり、好きなものを見つめて要求を伝えたりすることができるようになることがあります。
6. その他の合併症
てんかん発作
脳の神経細胞が過剰に興奮することで起こる発作です。先天性亜型では、比較的早い時期(生後数ヶ月など)から発作が見られることがあります。お薬でのコントロールが必要です。
睡眠障害
夜中に何度も起きてしまう、一度起きると遊びだして寝ない、昼夜逆転してしまうといった睡眠のリズムの乱れが見られることがあります。
呼吸の異常
起きている時に、呼吸が早くなったり(過呼吸)、息を止めたりするような不規則な呼吸が見られることがあります。睡眠中は正常な呼吸に戻ります。
胃腸の問題
便秘になりやすい、胃食道逆流(吐き戻し)がある、飲み込み(嚥下)が苦手といった消化器系の症状が出ることがあります。
四肢の冷感・変色
自律神経の調整がうまくいかず、手足が冷たくなったり、紫色っぽくなったりすることがあります。
原因
なぜ、このような症状が現れるのでしょうか。その原因は、脳の発達に関わる「遺伝子」の変化にあります。
遺伝子の変化について
私たちの体を作る設計図であるDNAには、多くの遺伝子が含まれています。
典型的なレット症候群の多くは、X染色体にある「MECP2(メックピーツー)」という遺伝子の変異によって起こります。
一方、今回解説している「先天性亜型(ロランド型)」では、「FOXG1(フォックスジーワン)」という別の遺伝子に変異が見つかることが多いことがわかってきました。
もちろん、MECP2遺伝子の変異でも先天性亜型の症状を示すことはありますが、現在では「FOXG1症候群」として、レット症候群とは独立した疾患として扱われることも増えてきています。しかし、症状の類似性から、広義のレット症候群(関連疾患)として捉えられることが一般的です。
FOXG1遺伝子の役割
この遺伝子は、お母さんのお腹の中にいる胎児の時期に、脳(特に大脳)が正しく形作られ、発達するために非常に重要な指令を出しています。
この遺伝子に変異が起きると、脳の形成や回路のネットワーク作りに影響が出て、これまで説明したような症状が現れると考えられています。
遺伝について(親から子へ遺伝するのか?)
非常に大切な点ですが、レット症候群(先天性亜型)のほとんど(99%以上)は、「突然変異(de novo変異)」によるものです。
つまり、ご両親から遺伝したものではなく、受精卵が細胞分裂を始めるごく初期の段階で、偶然に遺伝子の変化が起きたと考えられます。
「妊娠中の過ごし方が悪かったから」「親のせい」といったことは全くありません。誰にでも起こりうる、生命の神秘的なプロセスの中での偶然の変化です。
そのため、次のお子さんが同じ病気になる確率は、一般のご家庭とほとんど変わりません(1%以下)。Shutterstock
診断と検査
診断は、特徴的な症状の観察と、遺伝学的検査、画像検査などを組み合わせて慎重に行われます。
1. 臨床診断(症状による診断)
国際的な診断基準(Neulらによる基準など)に基づき、医師がお子さんの様子を診察します。
生後早期からの精神運動発達の遅れ
出生後の頭囲拡大の停滞
定型的な退行期がない
などの特徴が揃っているかを確認します。
2. 遺伝学的検査
血液を採取し、DNAを解析します。
MECP2遺伝子だけでなく、先天性亜型が疑われる場合は、FOXG1遺伝子やCDKL5遺伝子なども含めて調べることが一般的です。
最近では「次世代シーケンサー」という技術を使って、関連する遺伝子を一度に調べることもあります。
ただし、臨床的にはレット症候群の症状があっても、現在の検査技術では遺伝子の変異が見つからない場合もあります。その場合でも、症状に基づいた診断とサポートが行われます。
3. 画像検査(MRI)
頭部MRI検査を行い、脳の形や構造を調べます。
先天性亜型(特にFOXG1変異がある場合)では、脳梁(のうりょう:右脳と左脳をつなぐ橋)が薄かったり、脳のしわ(脳回)がシンプルになっていたりする特徴的な所見が見られることがあります。これは診断の大きな手がかりになります。

治療と管理
現在の医学では、遺伝子の変異そのものを治す根本的な治療法はまだ確立されていません。しかし、世界中で遺伝子治療の研究が進められており、将来的な希望の光は見え始めています。
現在の治療の目的は、個々の症状を和らげる「対症療法」と、お子さんの持っている能力を引き出し、生活の質(QOL)を高める「療育(リハビリテーション)」が中心となります。
1. 医療的なケア(対症療法)
てんかんの治療
脳波検査の結果に合わせて、その子に合った抗てんかん薬を調整します。発作をコントロールすることで、脳の発達を守り、日常生活を安定させます。
睡眠のコントロール
睡眠導入剤などを使用し、生活リズムを整えます。しっかり眠ることは、ご家族の休息のためにも非常に重要です。
消化器症状への対応
便秘薬の使用や、胃食道逆流に対してはお薬や食事形態の工夫を行います。飲み込みが難しく、誤嚥(ごえん)のリスクが高い場合や、栄養が十分に摂れない場合は、お腹に小さな穴を開けて直接栄養を入れる「胃ろう(PEG)」の造設を検討することもあります。胃ろうは「食べる楽しみを奪うもの」ではなく、「安定した栄養を確保し、体力をつけて、食べる楽しみを安全に続けるための手段」として選択されることが多いです。
整形外科的なケア
筋肉の緊張異常により、背骨が曲がる「側弯(そくわん)」が進むことがあります。定期的にレントゲンを撮り、コルセットの使用や、進行した場合は手術を検討します。
2. 療育(リハビリテーション)
早期からの療育は、お子さんの発達にとって非常に大切です。
理学療法(PT)
筋肉の緊張を和らげ、関節が硬くなる(拘縮)のを防ぎます。また、お座りや立つ姿勢の保持、装具を使った歩行練習などを行い、身体機能を維持・向上させます。
作業療法(OT)
手の動きを引き出す遊びや、感覚統合療法(揺れや触覚などの刺激を楽しむ)を行います。また、食事や着替えなどの日常生活動作の介助方法をご家族と一緒に考えます。
言語聴覚療法(ST)とコミュニケーション支援
言葉が出なくても、コミュニケーションをとる方法はたくさんあります。
視線入力装置(アイトラッカー):目の動きで画面上のスイッチを押し、意思を伝える装置です。重度の運動障害があっても、視線の動きが良いレット症候群のお子さんたちにとって、世界を広げる強力なツールになっています。
スイッチ教材:わずかな手の動きで動くおもちゃなどを使って、因果関係(自分が何かすると結果が起きる)を学びます。
摂食指導:安全に食べるための飲み込みの練習や、食事形態のアドバイスを行います。
音楽療法
レット症候群のお子さんは、音楽が大好きなことが多いです。音楽を通じてリラックスしたり、他者との関わりを楽しんだりします。
まとめ
レット症候群(先天性亜型)についての解説をまとめます。
病気の本質
MECP2やFOXG1などの遺伝子の変異により、脳の発達や神経のネットワーク形成に影響が出る先天性の疾患です。
主な特徴
生後早期からの発達の遅れ、筋緊張低下、小頭症、特徴的な手の動きなどが見られます。典型的なレット症候群のような「一度できていたことができなくなる(退行)」という経過よりも、最初からゆっくり発達していくのが特徴です。
原因
多くは突然変異であり、親のせいではありません。
治療方針
てんかんや睡眠障害などの合併症管理と、リハビリテーションによる発達支援が柱となります。視線入力などのテクノロジーの活用も進んでいます。
将来の展望
根本治療の研究が進んでいます。また、適切なケアにより、成人期まで穏やかに過ごされている方もいらっしゃいます。
