RSウイルス(Respiratory Syncytial Virus)は、特に乳幼児や高齢者に深刻な呼吸器感染症を引き起こすウイルスです。日本小児科学会によると、RSウイルス感染症は主に冬季に流行し、生後1歳までにほぼすべての子どもが感染すると報告されています。
特に生後6ヶ月未満の赤ちゃんにとって、RSウイルス感染症は重症化リスクが高く、細気管支炎や肺炎を引き起こす可能性があります。厚生労働省の統計によれば、日本では毎年約3万人の乳幼児がRSウイルス感染症で入院しており、特に早産児や基礎疾患を持つ赤ちゃんは重症化リスクが高いとされています。
妊婦さんがRSウイルスに感染した場合、一般的な風邪のような症状で済むケースが多いですが、胎児への直接的な影響は少ないと考えられています。しかし、高熱や呼吸困難などの症状が出ると、間接的に胎児へのストレスとなる可能性があります。
最も重要なのは、出産後の赤ちゃんをRSウイルスから守ることです。これまでは、RSウイルスに対する有効なワクチンが限られていましたが、近年「アブリスボ」という新しいRSウイルスワクチンが登場し、妊婦さんと赤ちゃんを守る新たな選択肢として注目されています。

アブリスボ(Abrysvo)は、ファイザー社が開発した世界初の妊婦向けRSウイルスワクチンです。2023年8月に米国FDAで承認され、2023年10月には日本でも製造販売承認を取得しました。日本感染症学会の情報によると、アブリスボは妊娠中の女性に接種することで、生まれてくる赤ちゃんにRSウイルスに対する抗体を受動免疫として伝達する仕組みになっています。
アブリスボの主な特徴として、以下の点が挙げられます:
日本産科婦人科学会の見解によれば、アブリスボは不活化ワクチンであり、生ワクチンのように体内でウイルスが増殖することはありません。そのため、妊婦さんや胎児への安全性が高いと考えられています。
アブリスボの有効成分は「RSウイルスプレフュージョンF安定化タンパク質」です。このタンパク質は、RSウイルスが人間の細胞に侵入する際に使用するF(融合)タンパク質の安定化版として設計されています。
厚生労働省の公開情報によると、このワクチンを接種すると、母体内で抗RSウイルスF抗体が産生されます。これらの抗体は胎盤を通じて胎児に移行し、出生後の赤ちゃんをRSウイルス感染症から守ります。
特筆すべきは、このワクチンが従来の予防接種とは異なり、赤ちゃん自身にワクチンを接種するのではなく、母体を通じて免疫を獲得させる点です。これにより、生後間もない免疫システムが未熟な時期の赤ちゃんを効果的に保護することが可能になりました。
日本産科婦人科学会のガイドラインによれば、アブリスボの接種対象は妊娠24週0日から36週0日までの妊婦さんとされています。この時期に接種することで、出産までに十分な抗体が作られ、胎盤を通じて赤ちゃんに移行する時間が確保できます。
接種回数は1回のみで、筋肉内注射として上腕に接種します。複数回の接種は必要なく、1回の接種で効果が期待できる点も、忙しい妊婦さんにとっては利点と言えるでしょう。
接種のタイミングについては、日本小児科学会は特にRSウイルスの流行期(日本では主に秋から冬)に出産予定の妊婦さんへの接種を推奨しています。ただし、RSウイルスの流行時期は地域や年によって変動することがあるため、かかりつけ医と相談の上で接種を検討することが望ましいとされています。
アブリスボの有効性と安全性は、大規模な国際臨床試験によって実証されています。ファイザー社が実施した「MATISSE試験」では、約7,400人の妊婦さんを対象に研究が行われました。この試験結果は医学雑誌「New England Journal of Medicine」にも掲載され、科学的な評価を受けています。
MATISSE試験の結果によると、アブリスボは生後90日までの赤ちゃんにおいて、重症RSウイルス感染症による下気道疾患を約82%予防する効果が確認されました。また、生後6ヶ月までの期間では約69%の有効性が維持されていたことが報告されています。
具体的には、ワクチン接種群では生後90日以内の重症RSウイルス感染症による医療機関受診が0.6%だったのに対し、プラセボ群では3.2%でした。この差は統計学的に有意であり、ワクチンの明確な効果を示しています。
日本小児科学会の見解によれば、特に生後3ヶ月までの赤ちゃんはRSウイルス感染症の重症化リスクが最も高い時期であり、この時期に高い予防効果を示すアブリスボは非常に価値のあるワクチンと評価されています。
臨床試験のデータによれば、アブリスボ接種後に母体から赤ちゃんに移行した抗体は、生後6ヶ月程度まで効果を維持することが確認されています。これは、RSウイルス感染症の重症化リスクが最も高い生後初期の期間をカバーするのに十分な期間と考えられています。
日本感染症学会の情報によると、移行抗体のレベルは時間の経過とともに徐々に低下していきますが、特に重要な生後3ヶ月までは高いレベルの抗体が維持されることが示されています。
この抗体の持続期間は、従来のRSウイルス対策として用いられてきたパリビズマブ(シナジス)という抗体製剤の月1回投与と比較しても、より便利で効果的な予防法と言えるでしょう。

妊婦さんへのワクチン接種では、母体と胎児双方の安全性が最も重要な懸念事項です。アブリスボの安全性については、臨床試験で詳細に評価されています。
MATISSE試験のデータによれば、アブリスボ接種後の主な副反応は、接種部位の痛み(約58%)、頭痛(約34%)、筋肉痛(約29%)、倦怠感(約29%)などが報告されています。これらの副反応のほとんどは軽度から中等度であり、通常2〜3日以内に自然に回復しました。
日本産科婦人科学会の情報によると、重篤な副反応の発生率はワクチン群とプラセボ群で有意差がなく、ワクチンに起因する重大な安全性の懸念は確認されていません。
また、妊娠転帰(早産、低出生体重児、先天異常など)についても、ワクチン群とプラセボ群で有意差は認められませんでした。これは、アブリスボが妊娠経過や胎児発育に悪影響を及ぼさないことを示唆しています。
出生後の赤ちゃんについても、臨床試験では慎重に安全性が評価されています。生後1年間の追跡調査では、ワクチン群の赤ちゃんとプラセボ群の赤ちゃんの間で、健康状態や発育に有意差は認められませんでした。
日本小児科学会の見解によれば、アブリスボは不活化ワクチンであり、生ワクチンのように赤ちゃんの体内でウイルスが増殖することはないため、赤ちゃんへの安全性は高いと考えられています。
また、母体から移行した抗体は赤ちゃんの免疫システムに悪影響を与えることなく、自然に減少していくことも確認されています。
妊娠中は、インフルエンザワクチンや新型コロナウイルスワクチンなど、他のワクチン接種も推奨される場合があります。日本産科婦人科学会の情報によれば、アブリスボと他のワクチンとの同時接種に関する安全性データは限られていますが、現時点では特に禁忌とはされていません。
ただし、異なるワクチンを同時に接種する場合は、それぞれ別の部位に接種することが推奨されています。また、他のワクチンとの接種間隔については、かかりつけ医と相談の上で決定することが望ましいでしょう。
アブリスボは2023年10月に日本で製造販売承認を取得しました。厚生労働省の情報によれば、2024年秋からの接種開始に向けて準備が進められています。
日本では、アブリスボは定期接種ではなく任意接種として位置づけられる予定です。ただし、厚生労働省は特に重症化リスクの高い早産児などを出産予定の妊婦さんを対象に、公費助成を検討していることが報告されています。
具体的な接種費用については、2024年春頃に決定される見込みですが、海外の例を参考にすると、1回あたり2〜3万円程度になる可能性があります。公費助成の対象や助成額については、各自治体によって異なる可能性があるため、お住まいの地域の保健所や医療機関に確認することをお勧めします。
アブリスボの接種は、産婦人科医療機関を中心に実施される予定です。日本産科婦人科学会によれば、接種体制の整備は2024年前半に進められ、秋の接種開始に向けて準備が進められています。
接種可能な医療機関は、各自治体や日本産科婦人科学会のウェブサイトなどで公開される予定です。妊婦健診を受けている医療機関で接種できるかどうかは、かかりつけ医に直接確認することをお勧めします。
アブリスボの接種は、妊娠24週0日から36週0日までの期間に1回行います。特にRSウイルスの流行期(日本では主に秋から冬)に出産予定の妊婦さんは、適切なタイミングで接種を検討することが推奨されています。
接種の予約方法については、かかりつけの産婦人科医療機関に直接問い合わせることをお勧めします。多くの医療機関では、妊婦健診のスケジュールに合わせて接種日を調整することが可能と考えられます。
なお、日本小児科学会と日本産科婦人科学会は共同で、アブリスボの適切な使用に関するガイドラインを2024年春頃に公表する予定であることが報告されています。
アブリスボは比較的新しいワクチンであるため、多くの妊婦さんやご家族が疑問や不安を抱えていることと思います。ここでは、よくある質問とその回答をまとめました。
アブリスボの接種は任意であり、強制ではありません。日本産科婦人科学会の見解によれば、特にRSウイルス流行期に出産予定の妊婦さん、または早産児や基礎疾患を持つ赤ちゃんを出産予定の妊婦さんには接種が推奨されますが、最終的な判断は個人の状況やかかりつけ医との相談に基づいて行うことが望ましいとされています。
シナジス(パリビズマブ)は、早産児や基礎疾患を持つハイリスク児を対象に、RSウイルス流行期に月1回投与する抗体製剤です。一方、アブリスボは妊婦さんに1回接種することで、生まれてくる赤ちゃんに抗体を移行させるワクチンです。
日本小児科学会の情報によれば、両者の主な違いは以下の通りです:
なお、アブリスボ接種後に生まれた赤ちゃんでも、特にハイリスクと判断された場合は、医師の判断によりシナジスが追加で投与されることもあります。
アブリスボ接種後の生活で特別な制限はありませんが、日本産科婦人科学会の情報によれば、以下の点に注意することが推奨されています:
また、アブリスボ接種後も、RSウイルス感染予防のための基本的な対策(手洗い、マスク着用、人混みを避けるなど)は継続することが望ましいとされています。
現在、日本では高齢者向けのRSウイルスワクチン「アレジェニティ」も承認されていますが、これは60歳以上の高齢者を対象としたワクチンです。日本感染症学会の情報によれば、アブリスボとアレジェニティは同じRSウイルスを標的としていますが、対象者や使用目的が異なります。
また、乳児向けのRSウイルスワクチンとして「ニルセビマブ」という長時間作用型モノクローナル抗体も開発されていますが、これは生後間もない赤ちゃんに直接投与するものです。アブリスボは妊婦さんに接種することで、生まれてくる赤ちゃんを守るという点で異なるアプローチを取っています。
アブリスボは、RSウイルス感染症から赤ちゃんを守るための画期的な選択肢として注目されています。妊婦さんに1回接種するだけで、生まれてくる赤ちゃんに抗体を移行させ、生後6ヶ月程度まで保護効果を発揮することが臨床試験で確認されています。
日本小児科学会と日本産科婦人科学会の見解によれば、特にRSウイルス流行期に出産予定の妊婦さんや、早産児・基礎疾患を持つ赤ちゃんを出産予定の妊婦さんにとって、アブリスボは検討する価値のあるワクチンと言えるでしょう。
ただし、すべての医療介入と同様に、アブリスボ接種の判断は個人の状況や価値観に基づいて行うことが重要です。接種を検討される場合は、かかりつけの産婦人科医と十分に相談し、最新の情報を踏まえた上で判断されることをお勧めします。
2024年秋からの接種開始に向けて、今後も最新情報が公開される予定です。厚生労働省、日本小児科学会、日本産科婦人科学会などの公式情報を定期的にチェックし、最新の情報に基づいて判断されることが望ましいでしょう。
RSウイルス感染症から赤ちゃんを守るためには、ワクチン接種に加えて、基本的な感染予防対策(手洗い、マスク着用、人混みを避けるなど)も重要です。これらを組み合わせることで、赤ちゃんをより効果的に守ることができるでしょう。
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