遺伝性のがんとは?
【質問】
「普通のがんと“遺伝性のがん”、どう違うんですか?」
【先生】
「がんは大きく分けて“後天的ながん”と“遺伝性のがん”があります。
後天的ながんは、生活習慣(喫煙、飲酒、食生活の乱れなど)、環境要因(紫外線、化学物質、ウイルス感染など)、そして加齢によって長い時間をかけて遺伝子が傷つき、その損傷が積み重なって発症します。
一方、遺伝性のがんは、生まれた時から体の全ての細胞に特定の遺伝子異常を持っています。これは親の卵子や精子にすでに変異がある場合に起こり、子どもが50%の確率でその変異を受け継ぎます。
つまり、生まれながらに“がんの発症リスクが高い体質”を持っているということです。この50%という確率はコインを投げて表か裏かというレベルの高さで、多くの方が想像する以上に高リスクなんです。」
【質問者】
「そんなに高い確率で受け継ぐんですね…。でも、変異を持っていたら必ずがんになるんですか?」
【先生】イラストあり↓
「いいえ、必ずではありません。ただし、変異を持つ人は一般の人よりもはるかに高い確率で発症します。
例えば、BRCA1やBRCA2という遺伝子に変異があると、本来は損傷したDNAを修復する役割を持つたんぱく質が十分に働かなくなります。結果として、細胞の中に傷ついたDNAがどんどん蓄積され、それががん化の引き金になります。
BRCA1変異を持つ女性の場合、生涯で乳がんを発症する確率は約60%、卵巣がんは40%前後とされ、一般女性の発症率と比べると何倍にもなります。
つまり、持っているだけで“がんになる可能性の土台が高くなるのです。」
【質問者】
「そんなに高い確率でがんになる可能性があるんですね」
【先生】
「はい。一般的に、乳がんは女性の約9人に1人が生涯で発症しますが、BRCA変異を持つ方はその確率が何倍にも上がります。ですから、遺伝性がんでは“予防”や“早期発見”のための対策がとても重要になります。特にHBOCは、ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが予防的に乳房や卵巣を切除したことで世界的に知られるようになりました。彼女は家族に乳がんや卵巣がんの患者が多く、自分自身の検査でBRCA1変異が見つかったため、この選択をしたと報じられています。」
【質問者】
「なるほど…。他にも遺伝するがんってあるんですか?」
【先生】表あり↓
はい、例えば『Lynch症候群』と呼ばれる遺伝性大腸がんがあります。これはMLH1、MSH2、MSH6、PMS2といったDNA修復に関わる遺伝子の異常によって起こり、大腸がんや子宮体がん、胃がんなどのリスクが高くなります。大腸がんのリスクは一般より数倍高く、50歳までに発症する方も少なくありません。
遺伝性がんは、一般的ながんよりも若年で発症する傾向があります。もう一つ有名なのが『Li-Fraumeni症候群』です。TP53というがん抑制遺伝子に異常があると、乳がん、脳腫瘍、骨肉腫、副腎がんなどさまざまな種類のがんが幼少期から若年期にかけて発症しやすくなります。生涯でのがん発症リスクは90%を超え、30歳までにがんになる確率も約50%といわれています。
| 遺伝性がん症候群 | 関与遺伝子 | 主ながんリスク |
| HBOC(乳・卵巣がん症候群) | BRCA1, BRCA2 | 女性の乳がん:50〜65%、40〜57%(BRCA2) 卵巣がん:35〜46%(BRCA1)、13〜29%(BRCA2) |
| Lynch症候群(遺伝性大腸がん) | MLH1, MSH2, MSH6, PMS2 | 大腸がん 子宮体がん 胃がんなどリスク上昇 |
| Li‑Fraumeni症候群 | TP53 | 生涯がんリスク90%超 30歳でのリスク約50% |
【質問者】
「知っているがんの名前がありましたが、想像以上に高い確率なんですね。」

【質問者】
「他にもリスクのあるがんがあるんですか?」
【先生】グラフあり↓
「はい、あります。これまではBRCA1やBRCA2の遺伝子変異といえば、乳がんや卵巣がんのリスク上昇がよく知られていましたが、最近の研究で消化器系など他のがんにも関係することが分かってきました。
たとえば胃がん。調査では、BRCA変異を持つ患者さんの17〜19%に変異が確認されており、一般の方よりも高い割合です。さらに食道がんのリスクとも関連が示されています。」
| がん種 | BRCA変異保持者のリスク |
| 胃がん(BRCA1/2) | 約17–19% が変異保持 |
| 男性乳がん(BRCA2) | 約7% |
そしてもう一つ重要なのが男性にも関係があるという点です。男性乳がんのリスクの図です。特にBRCA2の変異を持つ男性は、男性乳がんの発症リスクが約7%とされています。これは一般男性の約0.1%と比べると、何十倍も高い数字です。
男性乳がんは発症頻度が低いため、本人も医療者も気づくのが遅れることがあります。でも、遺伝的リスクが分かっていれば、早期に検診を始めるきっかけになります。
【質問者】
「乳がんって女性の病気って思い込んでいましたが、男性にも大きく関係するんですね…。」
【先生】
「その通りです。BRCA変異は、性別に関係なくがんのリスクを高める可能性があるので、『女性だけの話』と考えず、家族全体で意識することが大切です。」
【質問者】
「では、そのような遺伝性がんの対策は具体的にどのようなものがありますか?」
【先生】
「大きく分けて3つの対策があります。
まずは、通常よりも若い年齢から検診を始めることです。例えば乳がんの場合、遺伝的リスクが高い方はMRIやマンモグラフィを30歳前後から開始します。これは一般の方よりも10年近く早いタイミングです。早くから検診を行うことで、がんが発症しても小さいうちに見つけられる可能性が高まり、治療成績の向上につながります。さらに、検診の間隔も一般より短く、年1回または半年ごとに行うこともあります。
次に、予防的な外科手術があります。例えばBRCA1やBRCA2の変異を持つ方の場合、乳房切除や卵巣摘出といった手術を行うことで、がんの発症リスクを90%近く減らすことができます。これは世界的にも科学的根拠のある方法で、ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが実際に選択したことでも有名になりました。もちろん手術には身体的・精神的な影響も伴うため、医師やカウンセラーと十分に話し合いながら判断します。ウィキペディア+15ウィキペディア+15ベリウェルファミリー+15。
最後に、家族への検査です。遺伝子変異は血縁者にも受け継がれる可能性があるため、本人に変異が見つかった場合、兄弟姉妹・子ども・親にも検査を勧めます。これをカスケードテストと呼びます。家族全員のリスクを把握することで、それぞれに合った検診や予防策を計画でき、家族全体の健康管理に役立ちます。
この3つを組み合わせることで、“遺伝性がんだから防げない”というわけではなく、むしろ発症前にリスクを減らすことが可能になります。

症例紹介
【質問者】
「実際に、こうした対策で命が助かったケースってあるんですか?」
【先生】
あります。実際に早期治療で家族全体の健康管理へ繋がったケースをご紹介します。百合さんという50代の女性の例です。
百合さんは4姉妹の長女で、ご本人は乳がんの発症歴がなかったのですが、妹二人が相次いで40代前半で乳がんを発症しました。最初は『どうして妹に…?』と信じられなかったそうです。生活習慣も良く、健康意識も高い妹さんたちだったので、遺伝の影響など考えてもいなかったのです。
しかし、母方の家系にがんが多いこと、父母ともにがんの既往があることから、次第に遺伝性の可能性を意識するようになりました。ちょうどその頃、乳がんや卵巣がんの既往がある人への遺伝学的検査が保険適用になり、妹さんが病院から案内を受けたのです。」
【質問者】
「それで、姉妹みんなで検査したんですか?」
【先生】
「はい。百合さんも含めて4姉妹で遺伝カウンセリングを受け、その後全員が遺伝子検査を受けました。結果は衝撃的で、4人中3人がBRCA2遺伝子の変異あり(陽性)でした。乳がんを発症していなかった百合さんも陽性で、『まさか自分が…』と呆然としたそうです。
カウンセリングで、70歳までに乳がんになる確率が約8割、卵巣がんも高リスクであることを知り、婦人科で説明を受けました。卵巣がんは初期症状がほとんどなく進行が速いため、百合さんはリスク低減卵管卵巣摘出術(RRSO)を受ける決断をします。妹たちの『やるなら早いほうがいい』という言葉も背中を押しました。」
【質問者】
「予防手術を受けて、どうなったんですか?」
【先生】
「実は、その手術で摘出した卵管からごく早期の卵管がんが見つかったんです。自覚症状はなく、もし検査や手術をしていなければ、発見はもっと遅れていたでしょう。百合さんは『偶然でも早期に見つかったことは本当に感謝すべきことだった』と振り返っています。
その後は追加の手術や抗がん剤治療を経て、現在は経過観察中です。この経験から、百合さんは息子さんと娘さんにも遺伝カウンセリングと遺伝子検査を勧めました。結果、2人とも変異はなく、心から安心できたと話しています。」
【質問者】
「なるほど…まさに3つの対策の重要性がわかりますね。」
【先生】
「そうですね。このケースは、早期検診・予防手術・家族検査の大切さを物語っています。」
【質問者】
「乳がんではMRIやマンモグラフィ以外で分かる方法はありますか?」
【先生】イラストあり↓
「はい。近年では、頬の内側の粘膜を採取して行う遺伝子検査が普及してきています。方法はとてもシンプルで、頬の内側を専用の綿棒でこすって細胞を採取するだけです。そこからDNAを解析し、がんの発症に関わる遺伝子の異常があるかどうかを調べます。
この検査では、最大62種類の遺伝子を対象に解析し、その中から19種類の遺伝性がんパネルを確認します。これにより、乳がんや卵巣がんだけでなく、大腸がん、胃がん、膵臓がんなど、24種類の遺伝性がん症候群に関連する遺伝子変異を特定できるのです。
結果として、『将来どのがんになりやすい体質か』がわかるため、発症する前から生活習慣の見直しや検診計画を立てることが可能になります。例えば、リスクが高い場合には通常よりも若い年齢から検診を始めたり、検査の間隔を短くすることができます。
遺伝性のがんは“知っておくこと”が最大の予防策です。早めにリスクを把握しておけば、がんが命に関わる病気になる前に、予防や早期発見につなげられるのです。」
【質問者】
「なるほど…自分の体質を知るだけで、未来の選択肢が変わるんですね。」
【先生】
「そうです。遺伝性がんは決して“避けられない運命”ではありません。早く知って、対策することで、がんの発症を防いだり、もし発症しても早期に治療することができます。知識と行動で、自分と家族の健康を守ることが可能なんです。」
Copyright (c) NIPT Hiro Clinic All Rights Reserved.