22q13欠失症候群(フェラン・マクダーミド症候群)

赤ちゃん

はじめに

お子様が「22q13欠失症候群」、あるいは別名の「フェラン・マクダーミド症候群(Phelan-McDermid Syndrome: PMS)」と診断され、多くの疑問や不安を抱えていらっしゃることと思います。

「染色体の微細欠失」や「SHANK3遺伝子」といった聞きなれない言葉の連続に、頭が真っ白になってしまうのは無理もありません。この病気は希少疾患(患者数の少ない病気)であり、日本語での詳しい情報が見つかりにくいことも、不安を大きくさせる要因の一つです。

この記事は、この病気がどのようなものか、これからどのようなことに気をつけて生活していけばよいのかを、ご家族の視点に立って分かりやすく解説するために作成されました。まずは深呼吸をして、一つずつ情報を整理していきましょう。

1. 概要:どのような病気か

染色体の「端っこ」が失われる病気

私たちの体は無数の細胞でできており、その中心にある核の中には、遺伝情報が詰まった「染色体」が46本(23対)入っています。 22q13欠失症候群は、22番目にある常染色体(22番染色体)の長腕(qアーム)の末端(13という場所)が欠けてしまう、あるいは構造が変化してしまうことで起こります。

重要な遺伝子「SHANK3」の機能低下

この22q13領域には、脳の発達にとって極めて重要な**SHANK3(シャンクスリー)**という遺伝子が含まれています。

  • SHANK3の役割: 脳の神経細胞(ニューロン)同士がつながって情報をやり取りする場所を「シナプス」と呼びます。SHANK3遺伝子は、このシナプスがしっかりと形作られ、正しく機能するための「土台」となるタンパク質を作る設計図です。

この病気の本質は、染色体の欠失によってSHANK3遺伝子がうまく働かなくなり、神経細胞同士のコミュニケーション(情報の伝達)がスムーズにいかなくなることにあります。これにより、発達の遅れや言葉の問題など、様々な症状が現れます。

呼び名について

以前は「22q13欠失症候群」と呼ばれていましたが、近年では発見者の名前にちなんで「フェラン・マクダーミド症候群(PMS)」と呼ばれることが世界的に一般的になってきています。この記事でも、両方の名称を用います。

2. 主な症状

症状の現れ方や重さは、欠失している染色体の範囲の大きさや、個人によって非常に大きな差があります。「全ての症状が必ず出るわけではない」ということを念頭に置いてお読みください。

① 全体的な発達の遅れ(特に「言葉」)

最も特徴的な症状の一つです。

  • 筋緊張低下(低緊張): 赤ちゃんの頃、体が柔らかく、抱っこした時にぐにゃりとした感じ(フロッピーインファント)がすることがあります。これにより、首のすわり、お座り、歩行などの運動発達がゆっくりになります。
  • 重度の言語発達遅滞: 言葉の遅れが顕著です。発語がない(話さない)お子様もいれば、単語や短い文を話すお子様もいます。
    • 理解力は比較的高い: 話すことは苦手でも、こちらの言っていること(受容言語)は理解している場合が多いのが特徴です。

② 特徴的な行動と自閉スペクトラム症(ASD)様症状

多くの患者さんに、自閉スペクトラム症と似た行動特性が見られます。

  • 対人関係の特性: 目が合いにくい、一人遊びを好むなど。
  • 感覚の過敏さ・鈍麻: 特定の音を嫌がる、あるいは特定の感触を好むなど。
  • 噛む行動: 手や服、おもちゃなどを頻繁に噛む(チューイング)行動がよく見られます。これは感覚刺激を求めている場合や、歯が生える不快感などが原因の場合があります。

③ 痛みに対する鈍感さ(重要)

ご家族に特に知っておいていただきたいのが、痛みに強い(痛覚鈍麻)という特徴です。

  • 転んで怪我をしたり、どこかにぶつけたりしても泣かないことがあります。
  • 中耳炎や骨折をしていても、痛がらずに普段通りにしていることさえあります。
  • 注意点: 「泣いていないから大丈夫」と思わず、体に傷がないか、腫れていないかを親御さんが気をつけて見てあげる必要があります。

④ 身体的な特徴

顔つきや身体つきに、いくつかの共通する特徴が見られることがありますが、それらは「わずかな特徴(小奇形)」であり、パッと見てすぐに分かるほど目立つものではありません。

  • まつ毛が長い
  • 耳が大きい、または形が特徴的
  • 手が大きい、爪が薄い
  • 足の成長が速い

⑤ その他の合併症

  • てんかん: 約30〜40%の方にてんかん発作が見られます。ぼーっとするだけの発作から、けいれんを伴うものまで様々です。
  • 消化器症状: 胃食道逆流(吐き戻し)、便秘、下痢などがよく見られます。
  • 腎臓の問題: 腎臓の形や機能に問題がある場合があるため、診断時に超音波検査などで確認します。
  • リンパ浮腫: 稀ですが、足などがむくみやすい体質(リンパ液の流れが悪い)の場合があります。
  • 退行(スキルロス): 稀に、思春期や成人期、あるいは強いストレスがかかった時に、これまで出来ていたことが出来なくなる「退行」が見られることがあります。

3. 原因

なぜ起こるのか?

22番染色体の欠失は、ほとんどの場合、突然変異(de novo:デ・ノボ)によって起こります。 これは、精子や卵子が作られる過程、あるいは受精卵が細胞分裂を始めた直後に、偶然のエラーとして染色体の一部が失われてしまったものです。

大切にお伝えしたいこと: ご両親のどちらかが原因遺伝子を持っていたわけではありません(遺伝性ではないケースが大半です)。 また、妊娠中の食事、運動、ストレス、薬の服用など、お母様の行動が原因で起こったものでは決してありません。 誰のせいでもない、自然発生的な現象です。

稀なケース:リング染色体や転座

稀に、染色体がリング状(環状22番染色体)になっていたり、親御さんが「均衡型転座保因者(きんこうがたてんざほいんしゃ)」であったりするケースがあります。この場合は、次のお子様への遺伝に関係する可能性があるため、遺伝カウンセリングで詳しい説明を受けることが推奨されます。

4. 診断と検査

22q13欠失症候群の診断は、症状だけでは難しく、遺伝学的検査によって確定されます。

マイクロアレイ染色体検査(CMA)

現在、最も一般的に行われている検査です。

  • どのような検査か: 染色体の全領域を細かくスキャンし、顕微鏡では見えないレベルの微細な欠失や重複を検出します。
  • 分かること: 22番染色体のどの位置からどの位置までが欠失しているか(欠失サイズ)が正確に分かります。

その他の検査

  • FISH法(フィッシュ法): 特定の領域(22q13)が光るように標識をつけて、欠失があるかどうかを確認する方法です。診断が疑われている場合に確認のために使われます。
  • 全エクソーム解析(WES): 染色体の欠失ではなく、SHANK3遺伝子そのものに小さな変異(スペルミスのようなもの)がある場合、この検査で見つかることがあります。
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5. 治療と管理

現在、失われた染色体を修復したり、SHANK3遺伝子を元に戻したりする根治的な治療法はまだ確立されていません。 しかし、「何もすることがない」わけではありません。 お子様の持っている力を最大限に引き出し、合併症を予防・管理するための様々なアプローチがあります。

① 療育・リハビリテーション(早期介入)

診断がついたら、できるだけ早く療育(発達支援)を始めることが推奨されます。

  • 理学療法(PT): 低緊張に対して、筋肉の発達を促し、歩行や姿勢保持をサポートします。
  • 作業療法(OT): 手先の微細な動きの練習や、感覚統合療法(感覚の偏りを調整する遊び)を行います。
  • 言語聴覚療法(ST):
    • 言葉の発達を促すだけでなく、コミュニケーションの手段を確保することが最重要です。
    • AAC(拡大代替コミュニケーション): 絵カード、サイン言語、タブレット端末(VOCA)などを使って、「伝える楽しさ」を育てます。理解力が高いお子様が多いため、こうしたツールを使うことで意思疎通がスムーズになることがよくあります。

② 医療的管理

定期的な検診で、合併症を早期に発見し対処します。

  • 神経内科: てんかんの兆候がないか、脳波検査などで定期的にチェックします。発作がある場合は、抗てんかん薬でコントロールします。
  • 腎臓・泌尿器科: 超音波検査で腎臓の状態を確認します。
  • 消化器科: 逆流性食道炎やひどい便秘に対して、お薬でコントロールします。

③ 日常生活での注意点

  • 事故防止: 痛みに鈍感なため、大きな怪我をしていても気づかないことがあります。定期的に体をチェックする習慣(お風呂の時間など)をつけると良いでしょう。
  • 体温調節: 暑さに弱かったり、汗をかきにくかったりすることがあります(発汗障害)。夏場はこまめな水分補給や室温管理に気をつけましょう。
  • 睡眠: 睡眠障害(寝付きが悪い、夜中に起きる)がある場合、生活リズムの調整や、医師と相談してメラトニンなどの睡眠導入剤を使用することもあります。

6. 将来の展望と研究

医療と科学は日々進歩しています。SHANK3遺伝子の機能を回復させるための薬剤や治療法の研究が、世界中で活発に行われています。

  • 予後: 基本的には進行性の病気ではありません(退行の可能性はありますが、一般的にはゆっくりと発達を続けます)。多くの患者さんが成人し、家族や支援者のサポートを受けながら、地域社会で生活しています。
  • 寿命: 腎臓や心臓などの重篤な内臓合併症がなければ、寿命は健常な方と大きく変わらないと考えられています。

7. まとめ

ここまでの重要ポイントを振り返ります。

  1. 原因: 22番染色体の末端(q13)の欠失による、SHANK3遺伝子の機能低下が主な原因です。
  2. 主な特徴: 筋緊張低下、重度の言葉の遅れ(ただし理解力は良好なことが多い)、自閉傾向、痛みへの鈍感さがあります。
  3. 治療: 根治療法はありませんが、PT・OT・STなどの療育や、合併症の管理によって、QOL(生活の質)を大きく向上させることができます。
  4. コミュニケーション: 言葉が出にくくても、絵カードやタブレットなどで意思疎通ができる可能性が高いです。

8. 診断を受けたご家族へのメッセージ

「22q13欠失症候群(フェラン・マクダーミド症候群)」という診断を受け、今、言葉にできないほどのショックや孤独感を感じていらっしゃるかもしれません。インターネットで検索して、将来の不安ばかりが募っているかもしれません。

しかし、どうかこれだけは知っていてください。あなたのお子様は、病名や診断名だけで定義される存在ではありません。

この症候群のお子様を持つ多くの先輩ご家族は、彼らのことをこう表現します。 「いつもニコニコしていて、愛嬌がある」 「人を幸せにする不思議な魅力を持っている」 「言葉はなくても、目や表情で精一杯気持ちを伝えてくれる」 「ゆっくりだけど、昨日はできなかったことが今日できるようになった時の喜びは、何倍も大きい」

診断は「レッテル」ではなく、お子様をより深く理解し、適切なサポートをするための「地図」です。痛みに気づきにくいこと、言葉が出にくい理由、それらが分かることで、してあげられることがたくさん見えてきます。

この病気は希少疾患ですが、世界中に同じ境遇の家族がいます。日本にも家族会や患者ネットワークが存在し、情報交換や支え合いが行われています。

  • Phelan-McDermid Syndrome Foundation(PMSF): 世界的な患者団体で、最新の研究情報などを発信しています。
  • 日本の家族会: 国内でもSNSなどを通じてつながっている家族のコミュニティがあります。

焦る必要はありません。お子様のペースに合わせて、一日一日を大切に過ごしてください。医療チームや療育スタッフ、そして同じ悩みを持つ仲間たちが、あなたとお子様の伴走者となります。お子様の笑顔が、これからの未来を明るく照らしてくれることを信じています。

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