クリーフストラ症候群1型(KLEFS1)

赤ちゃん

お子様が「クリーフストラ症候群1型(Kleefstra syndrome 1)」、あるいは「9番染色体長腕欠失(9q34.3 deletion)」という診断を受けたとき、聞き慣れない病名に、言いようのない不安と戸惑いを感じられたことでしょう。

「染色体の9番?」「EHMT1遺伝子?」「これからどう育っていくの?」

この疾患は、2000年代に入ってから遺伝子解析技術の進歩により確立された比較的新しい疾患概念であり、日本語の詳しい情報はまだ限られています。

しかし、原因となる遺伝子が特定されているため、予想される症状や気をつけるべき合併症については、かなり詳しいことが分かってきています。

概要:どのような病気か

クリーフストラ症候群1型は、ヒトの細胞にある46本の染色体のうち、「9番染色体」の端っこ(末端)部分の遺伝子に問題が生じることで起こる、生まれつきの疾患です。

オランダの遺伝学者、Tjitske Kleefstra(ツィツケ・クリーフストラ)博士によって報告されたことから、この名前がつきました。

2つの原因パターン

この病気には、大きく分けて2つの原因があります(詳しくは「原因」の項で解説します)。

  1. 9q34.3欠失: 9番染色体の端っこがごっそり抜け落ちているタイプ。
  2. EHMT1遺伝子変異: 染色体の形はあるけれど、その中の重要な遺伝子(EHMT1)に傷がついているタイプ。

どちらの場合も、結果として「EHMT1という遺伝子がうまく働かない」ことになり、同じような症状が現れます。

「設計図」の重要な指揮者がいない状態

染色体を「全46巻の百科事典(体の設計図)」に例えるなら、この症候群は、「第9巻の最後のページにある『EHMT1』という重要な指令書が読めなくなっている」状態です。

このEHMT1遺伝子は、脳の発達において「他の遺伝子のスイッチを入れたり切ったりする」という、いわば「指揮者」のような役割をしています。指揮者がいないため、脳の神経細胞が正しく整列したりつながったりするのが難しくなり、発達の遅れや特徴的な症状が現れます。

主な症状

クリーフストラ症候群の症状は多岐にわたりますが、特に「発達」と「顔立ち」に特徴が出やすいです。

1. 発達と知能の特徴

多くのご家族が一番心配される点です。

  • 中等度〜重度の知的障害:
    多くの患者さんで、知的な発達の遅れが見られます。
  • 重度の言語発達遅滞:
    この症候群の大きな特徴の一つです。言葉(話し言葉)が出にくい傾向が強く、発語がほとんどないお子様もいます。
    しかし、言葉が出なくても、こちらの言っていることは理解している(受容言語が良い)ことが多く、ジェスチャーや絵カード、タブレット端末などを使ってコミュニケーションを取ることが可能です。
  • 筋緊張低下(ハイポトニア):
    赤ちゃんの頃、体が柔らかく、抱っこした時にふにゃっとしている(フロッピーインファント)。これにより、首すわりやお座り、歩行などの運動発達がゆっくりになります。歩き始めは2〜3歳以降になることが多いです。

2. 特徴的なお顔立ち

「クリーフストラ症候群特有のお顔」と呼ばれる特徴があります。これらは成長とともに変化し、その子らしい個性に馴染んでいきます。

  • 眉毛: まっすぐ、あるいはアーチ状の眉毛。
  • 目: 目が離れている(眼間開離)。
  • 鼻: 鼻の穴が上を向いている(短鼻)。
  • 口と舌: 上唇が山型(キューピッドの弓状)で、下唇が厚く、舌を頻繁に出している(巨大舌に見えることがありますが、実際に大きいわけではなく、筋緊張低下で出やすい状態です)。
  • 頭: 小頭症(頭が小さい)や、後頭部が平ら(短頭)なことがあります。

3. 行動・精神面の特徴(重要)

成長に伴って現れることがある特徴です。

  • 自閉スペクトラム症(ASD):
    こだわりが強い、対人関係が独特、感覚過敏などの特性を持つことが多いです。
  • 睡眠障害:
    寝付きが悪い、夜中に何度も起きるなど、睡眠リズムの問題がよく見られます。
  • 退行(Regression):
    ここが注意すべきポイントです。 思春期から成人期にかけて、一度できたことができなくなる「退行」や、無気力、緊張病(カタトニア)のような精神症状が現れるリスクがあることが知られています(詳しくは「治療と管理」で後述します)。

4. 身体的な合併症

すべての患者さんにあるわけではありませんが、注意が必要な合併症です。

  • 先天性心疾患: 心房中隔欠損症(ASD)や心室中隔欠損症(VSD)など。約半数の患者さんに見られます。
  • 腎臓・尿路の異常: 水腎症や腎臓の低形成など。
  • てんかん: けいれん発作を起こすことがあります。
  • 難聴: 伝音性難聴や感音性難聴が見られることがあります。
  • 肥満: 幼児期以降、太りやすくなる傾向があります。

原因:なぜ起きたのか

ご家族が「なぜ?」と悩み、時にご自身を責めてしまうのが「原因」についてです。しかし、声を大にしてお伝えしたいのは、「ご両親の育て方や妊娠中の過ごし方が原因ではない」ということです。

1. EHMT1遺伝子の機能不全(ハプロ不全)

概要でも触れましたが、この病気の根本的な原因は、9番染色体長腕(9q34.3)にあるEHMT1(イー・エイチ・エム・ティー・ワン)遺伝子が、片方しか働かないこと(ハプロ不全)にあります。

EHMT1は、「ヒストンメチル化酵素」というタンパク質を作ります。これは、DNAが巻き付いている「ヒストン」という糸巻きに目印をつけることで、「この遺伝子は読みなさい」「この遺伝子は読むな」というスイッチの切り替え(エピジェネティクス制御)を行っています。

このスイッチ切り替え役が不足することで、脳の発達に必要な遺伝子が正しいタイミングで働かなくなってしまうのです。

2. 突然変異(de novo変異)

クリーフストラ症候群の大多数は、「de novo(デ・ノボ)」と呼ばれる突然変異で起こります。

精子や卵子が作られる過程、あるいは受精後の細胞分裂の非常に早い段階で、偶然染色体の一部が欠失したり、EHMT1遺伝子に変異が入ったりしたものです。

誰にでも起こりうる、自然の確率的な現象であり、防ぐことは現代の医学では不可能です。

3. 親からの遺伝(ごくまれ)

ごく一部のケースでは、ご両親のどちらかが症状のない「均衡型転座」を持っていたり、モザイク(体の一部だけ変異を持っている)であったりする場合に、お子様に受け継がれることがあります。

診断と検査

通常、発達の遅れや特徴的なお顔立ち、心疾患などから医師が疑いを持ち、遺伝学的検査を行うことで確定診断に至ります。

1. マイクロアレイ染色体検査 (CMA)

9q34.3欠失を見つけるのに最も適した検査です。

顕微鏡で見る従来の検査(G分染法)では、この欠失は小さすぎて(微細欠失)見逃されてしまうことがありました。マイクロアレイ検査はDNAレベルで調べるため、「9番染色体の末端が欠けている」ことを正確に診断できます。

2. 遺伝子解析(シーケンス解析)

EHMT1遺伝子の変異(欠失ではなく、遺伝子の中の文字間違い)を見つける検査です。

マイクロアレイ検査で異常がなかった場合でも、症状がクリーフストラ症候群に似ている場合に行われます(次世代シーケンサーを用いたエクソーム解析などで見つかることが多いです)。

3. 画像検査

合併症の有無を確認するために行われます。

  • 心臓超音波(エコー)検査: 心疾患の有無を調べます。
  • 腹部エコー: 腎臓の形などを確認します。
  • 頭部MRI: 脳の構造を確認します。脳梁(のうりょう)が薄いなどの所見が見つかることがあります。

治療と管理:これからのロードマップ

失われた遺伝子を元に戻す治療法(根本治療)は、現代の医療ではまだ確立されていません。

しかし、それぞれの症状に対する適切な医療的介入(対症療法)と療育(ハビリテーション)を行うことで、お子様の生活の質(QOL)を大きく高めることができます。

1. 早期療育(ハビリテーション)

脳や体の発達が著しい乳幼児期からの関わりが非常に重要です。

  • 理学療法 (PT):
    筋緊張低下(体の柔らかさ)に対してアプローチします。体幹を鍛え、お座りや歩行に必要なバランス感覚や筋力を育てます。
  • 作業療法 (OT):
    手先の不器用さを改善し、遊びを通じて日常生活動作(食事、着替え)を練習します。
  • 言語聴覚療法 (ST): (特に重要)
    言葉の遅れに対してアプローチします。
    発語が難しい場合でも、「マカトンサイン(手話のようなもの)」や「絵カード(PECS)」、「タブレット端末(VOCA)」などの代替手段(AAC)を早期に導入することで、コミュニケーション能力が飛躍的に伸びることがあります。「伝えたいのに伝わらない」イライラを減らすためにも、コミュニケーション手段の確保は最優先課題です。

2. 合併症の管理

  • 心疾患・腎疾患: 定期的なエコー検査を行い、必要なら手術などの治療を行います。
  • てんかん: 発作がある場合は、抗てんかん薬でコントロールします。
  • 難聴: 定期的な聴力検査を行い、必要なら補聴器を使用します。
  • 便秘: 筋緊張が弱いと便秘になりやすいため、水分摂取や薬でコントロールします。

3. 「退行」と精神面のケア(思春期以降)

クリーフストラ症候群特有の課題として、思春期から成人期にかけて、精神的な不調やスキルの喪失(退行)が起きるリスクがあります。

  • 予兆: 急に元気がなくなる、睡眠リズムが崩れる、できていたことができなくなる、など。
  • 対策: 環境の変化(進学や就職)によるストレスが引き金になることが多いです。無理のない環境調整を行い、異変を感じたら早めに精神科や神経内科の専門医に相談します。適切な投薬や休息で回復することも多いです。
医者

日々の生活での工夫

クリーフストラ症候群のお子様との生活で、ヒントになるポイントをまとめました。

  • 「視覚」を活用する:
    言葉で聞くよりも、目で見る方が情報を理解しやすいお子様が多いです。スケジュールの変更や次の予定などは、絵や写真で見せるとスムーズに伝わり、パニックを防げます。
  • 肥満対策:
    幼児期以降、太りやすくなる傾向があります。おやつを管理したり、楽しく体を動かす習慣を作ったりして、適正体重を保ちましょう。
  • スモールステップ:
    母子手帳の「はい・いいえ」にこだわらず、その子自身の過去と現在を比べてください。「昨日より視線が合うようになった」「指差しができた」。その小さな変化こそが、確実な成長の証です。

よくある質問(FAQ)

Q. 寿命に影響はありますか?

A. 重篤な心疾患や腎不全などを合併していなければ、生命予後(寿命)は良好であり、成人して生活している方もたくさんいらっしゃいます。

Q. 次の子に遺伝しますか?

A. 親御さんの染色体検査の結果によりますが、両親が正常(de novo変異)であれば、次のお子様が同じ病気になる確率は一般と同じく非常に低いです(1%以下)。親御さんが均衡型転座を持っている場合は確率が変わります。遺伝カウンセリングをお勧めします。

Q. 9q34.3欠失症候群とKLEFS1は同じですか?

A. はい、基本的には同じものを指します。KLEFS1の原因の多くが9q34.3欠失であるため、同義語として使われます。ただし、KLEFS1には遺伝子変異(欠失ではない)タイプも含まれます。

まとめ

ここまでの重要ポイントを振り返ります。

  1. クリーフストラ症候群1型(KLEFS1)は、9番染色体末端の欠失やEHMT1遺伝子の変異による疾患です。
  2. 主な症状は、重度の言語発達遅滞、知的障害、筋緊張低下、特徴的なお顔立ちです。
  3. 原因は、脳の発達を調整するEHMT1遺伝子の機能不足です。
  4. 診断にはマイクロアレイ検査や遺伝子解析が有効です。
  5. 治療は、心疾患などの合併症管理と、早期からの療育(特にコミュニケーション支援)が中心となります。
  6. 注意点として、思春期以降の精神的な変化(退行)への配慮が必要です。

家族へのメッセージ:言葉を超えた絆

診断名を聞いた直後、ご家族は「お話できないかもしれない」「知的障害がある」という事実に、将来への不安を感じているかもしれません。

「こちらの言うことは分かってくれるのかな」「気持ちを通わせられるのかな」と。

しかし、クリーフストラ症候群のお子様たちは、言葉以外でのコミュニケーション能力を秘めています。

キラキラした目で要求を伝え、全身で喜びを表現し、温かいハグで愛情を返してくれます。

「言葉」はツールの一つに過ぎません。サインやタブレットを使えば、彼らの豊かな内面世界を知ることができます。

世界には「Kleefstra Syndrome Community」という大きな家族会があり、日本にも患者家族のネットワークが存在します。

医師、看護師、療法士、心理士。あなたの周りには、お子様を支える「チーム」を作るための専門家がいます。

分からないことは聞き、辛い時は吐き出し、周りを頼ってください。

お子様の笑顔を守るために、今日できるケアを一つずつ積み重ねていきましょう。私たちも、その歩みを応援しています。

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