疎毛性成長期毛を伴うヌーナン様症候群、あるいは英語名の頭文字をとってNS/LAHという診断名を聞き、情報を求めてこのページにたどり着かれたご家族の方へ。
医師から「ヌーナン症候群に似ていますが、髪の毛に少し特徴があるタイプです」といった説明を受け、聞き慣れない病名に戸惑いや不安を感じていらっしゃるかもしれません。特に、髪の毛が抜けやすいという症状や、成長の遅れについて指摘されると、お子さんの将来を案じて心配になるのは当然のことです。
この病気は、ヌーナン症候群という比較的知られた疾患と似た特徴を持ちつつ、特定の遺伝子の変化によって「髪の毛」や「皮膚」により顕著な特徴が現れる生まれつきの体質です。
かつては「ヌーナン症候群」として診断されていた方の中にも、詳しく調べるとこのタイプであったというケースも少なくありません。
近年、遺伝子研究が進んだことで、この病気が独立した一つのグループとして定義されるようになり、より適切なケアや見通しを立てることができるようになってきました。
まず最初にお伝えしたいのは、髪の毛の特徴は成長とともに改善することが多く、適切な療育や治療によって、お子さんはその子らしく元気に成長していくことができるということです。
あまり恐れすぎず、一つひとつ知識を整理していきましょう。
概要:どのような病気か
まず、この長い病名を分解して、どのような意味が込められているのかを理解しましょう。
病名の意味
この病名は、大きく2つの要素から成り立っています。
ヌーナン様症候群
ヌーナン症候群に非常によく似た特徴を持っているという意味です。
ヌーナン症候群は、特徴的なお顔立ち、低身長、心臓の病気などを特徴とする疾患ですが、この病気もそれらと共通する多くの症状を持っています。
疎毛性成長期毛(Loose Anagen Hair)
これがこの病気の最大の特徴であり、ヌーナン症候群と区別する重要なポイントです。
通常、髪の毛は数年かけて伸びる「成長期」の間は、頭皮にしっかりと根付いており、簡単には抜けません。
しかし、この病気では、成長期にあるはずの髪の毛が、頭皮への定着が悪く、少し引っ張っただけで痛みを伴わずにスルリと抜けてしまう状態になります。
その結果、髪が薄かったり(疎毛)、伸びにくかったりします。
つまり、「ヌーナン症候群のような全身の特徴を持ち、さらに髪の毛が抜けやすい体質を併せ持っている病気」といえます。
疾患の位置づけ(RASオパチー)
この病気は、医学的には「RASオパチー(ラスオパチー)」という大きなグループに含まれます。
私たちの体の中には、細胞の増殖や成長をコントロールする「RAS/MAPK経路」という情報の通り道があります。
この通り道に関わる遺伝子に変化が起きると、細胞の成長スイッチの調節がうまくいかなくなり、体の様々な場所に特徴が現れます。
ヌーナン症候群、コステロ症候群、CFC症候群なども、すべてこのRASオパチーの仲間であり、兄弟姉妹のような関係にある病気です。
発生頻度
非常に稀な疾患であり、正確な頻度はわかっていませんが、ヌーナン症候群全体の中で数パーセント程度を占めると考えられています。
性別による差はなく、男の子にも女の子にも発症します。
主な症状
この病気の症状は、髪の毛や皮膚の特徴、お顔立ち、成長、心臓など、全身に現れます。
ヌーナン症候群と似ていますが、より特徴的な部分に焦点を当てて解説します。
1. 髪の毛の特徴(Loose Anagen Hair)
ご家族が最初に「おや?」と思うきっかけになることが多い症状です。
髪質の特徴
髪の毛が細く、まばらで、伸びるのが非常に遅いことが多いです。
髪質は乾燥していて、少し縮れていたり(縮毛)、ボサボサとしてまとまりにくかったりします。
色は金髪や明るい茶色であることが多い傾向があります。
抜けやすさ
髪の毛を軽く引っ張ると、痛がることなく簡単に抜けてしまいます。
枕にたくさんの髪の毛がついていたり、ブラッシングのたびにたくさん抜けたりすることに驚かれるかもしれません。
これは、毛根を包んでいる「鞘(さや)」の部分がうまく作られず、頭皮に固定する力が弱いためです。
経過
この抜けやすさは、乳幼児期に最も目立ちますが、思春期から大人になるにつれて自然に改善し、髪の量が増えてくることが一般的です。
2. お顔立ちの特徴(顔貌)
ヌーナン症候群と共通する特徴に加え、この病気特有の雰囲気があります。
おでこと頭の形
おでこが広く、縦に長い印象を与えます。
頭全体が大きく見えること(大頭症)があります。
目と耳
両目の間隔が広く離れています(眼間開離)。
耳の位置が少し低く、後ろに傾いていることがあります。
その他の特徴
鼻の根元が低かったり、首が短く、首の後ろの皮膚が余っていたり(翼状頸)することがあります。
これらのお顔立ちは、成長とともに少しずつ変化し、目立たなくなることもあります。
3. 皮膚の特徴
ヌーナン症候群よりも、皮膚のトラブルが多いのがこの病気の特徴です。
色素沈着
皮膚の色が少し黒っぽく見えることがあります。特に首の周りや関節部分などが濃くなる傾向があります。
湿疹・乾燥肌
アトピー性皮膚炎のような湿疹ができやすく、皮膚が乾燥してザラザラしていることが多いです(角化症)。
肌の質感
皮膚が柔らかく、余り気味で、細かいしわが多いことがあります。
4. 成長と発達
低身長
生まれた時の身長や体重は正常範囲であることが多いですが、生後数ヶ月から成長のペースが落ちてくることがあります。
成長ホルモンの分泌が不足している場合があり、最終的な身長が平均より低くなる傾向があります。
知的発達
軽度から中等度の知的障害や発達の遅れが見られることがあります。
言葉が出るのが遅かったり、運動発達(歩き始めなど)がゆっくりだったりします。
しかし、個人差が非常に大きく、通常の学級で学ぶお子さんもいれば、支援学級で手厚いサポートを受けるお子さんもいます。
行動面の特徴
じっとしているのが苦手な多動性や、注意力が散漫になりやすいといった、ADHD(注意欠陥・多動性障害)に似た特徴が見られることがあります。
一方で、人懐っこく、明るく社交的な性格のお子さんが多いとも言われています。
5. 心臓の症状
RASオパチーの仲間であるため、心臓に生まれつきの病気を持っていることがあります。
ただし、典型的なヌーナン症候群に比べると、重篤な心疾患の合併率はやや低いと言われています。
肺動脈弁狭窄症
心臓から肺へ血液を送る血管の弁が狭くなる病気です。
肥大型心筋症
心臓の筋肉が分厚くなる病気です。ヌーナン症候群では多いですが、このNS/LAHでは比較的少ないとされています。
その他
心房中隔欠損症や僧帽弁の異常などが見られることがあります。

原因
なぜ、このような特徴が現れるのでしょうか。その原因は、特定の遺伝子の変化にあります。
SHOC2遺伝子の変異
疎毛性成長期毛を伴うヌーナン様症候群の患者さんの大多数で、「SHOC2(ショックツー)」という遺伝子に変異が見つかります。
特に、この遺伝子の特定の部分(c.4A>Gという場所)が変わっていることがほとんどです。
SHOC2遺伝子の役割
この遺伝子は、細胞の中で情報を伝えるRAS/MAPK経路において、信号を調整する役割を担っています。
SHOC2タンパク質は、MRASやPP1Cという他のタンパク質とチームを組んで働きます。
何が起きているのか
SHOC2遺伝子に変異が起きると、作られるタンパク質の形が少し変わり、本来働くべきではない場所やタイミングで信号を伝え続けてしまいます。
具体的には、細胞を「成長させろ」という信号が過剰に送られる状態になります。
この過剰な信号が、髪の毛の根元の形成を邪魔したり、骨の成長バランスを崩したり、皮膚の色素を濃くしたりすると考えられています。
もう一つの原因:PPP1CB遺伝子
SHOC2遺伝子に変異がない場合でも、ごく稀に「PPP1CB」という遺伝子に変異が見つかることがあります。
この遺伝子もSHOC2と同じチームで働く仲間であるため、同じような症状が現れます。
遺伝について
この病気は常染色体顕性遺伝という形式をとります。以前は優性遺伝と呼ばれていました。
突然変異
患者さんのほとんどは、ご両親はこの病気ではなく、お子さんの代で初めて遺伝子の変化が起こる突然変異のケースです。
これは、受精卵ができる過程で偶然に起きた変化であり、誰のせいでもありません。
「妊娠中の薬」や「ストレス」などが原因ではありません。
親から子への遺伝
もし患者さんが大人になり、お子さんを持った場合、そのお子さんに遺伝する確率は50パーセントです。
診断と検査
診断は、特徴的な症状の観察、髪の毛の検査、そして遺伝学的検査を組み合わせて行われます。
1. 臨床診断
医師は診察で以下の点を確認します。
- 髪の毛が抜けやすいか(プルテスト:軽く引っ張って抜けるか)。
- 特徴的なお顔立ちがあるか。
- 皮膚の色や湿疹の状態。
- 成長の記録。
2. 毛根の顕微鏡検査(トリコグラム)
抜けた髪の毛の根元を顕微鏡で観察します。
通常、成長期の髪の毛には毛根鞘というさやがついていますが、この病気の場合、さやがなく、毛根が歪んでいたり、よじれていたりする特徴的な所見(ruffled cuticleなど)が見られます。
痛みを伴わない検査であり、診断の大きな手がかりになります。
3. 遺伝学的検査
確定診断のために行われます。
血液を採取し、DNAを解析してSHOC2遺伝子(またはPPP1CB遺伝子)に変異があるかを調べます。
これにより、他のRASオパチー(典型的なヌーナン症候群やCFC症候群など)と確実に区別することができます。
4. その他の検査
合併症をチェックするために行われます。
- 心エコー検査:心臓の形や動きを確認します。
- 成長ホルモン分泌刺激試験:低身長があり、成長ホルモンの不足が疑われる場合に行います。
- 発達検査:知的な発達の程度や、得意・不得意を知るために行います。
治療と管理
現在の医学では、遺伝子を修復して病気を根本から治す治療法はまだ確立されていません。
しかし、それぞれの症状に対して適切な治療やサポートを行うことで、健康を維持し、生活の質を高めることができます。
1. 成長ホルモン療法
低身長があり、検査で成長ホルモンの分泌不足が確認された場合、成長ホルモンを注射で補充する治療が行われます。
これにより、身長の伸びを促し、最終身長を高くする効果が期待できます。
ヌーナン症候群の治療として承認されており、専門医(小児内分泌科医)の管理下で行われます。
2. 皮膚と髪のケア
皮膚のケア
乾燥や湿疹に対しては、保湿剤やステロイド外用薬を使ってスキンケアを行います。皮膚を健康に保つことは、感染症予防にもつながります。
髪のケア
髪が抜けやすいため、強くブラッシングしたり、きつく結んだりすることは避けます。
優しくシャンプーをし、摩擦を減らすようにします。
年齢とともに髪質は強くなっていくことが多いので、あまり気にしすぎず、その時々のヘアスタイルを楽しむことも大切です。
3. 心臓の管理
心疾患がある場合は、定期的に循環器科を受診し、経過観察を行います。
必要であれば、お薬による治療や、手術が行われることもありますが、重篤になるケースは比較的少ないです。
4. 発達支援と療育
発達の遅れや多動傾向に対しては、早期からの療育が非常に有効です。
- 理学療法:運動発達を促します。
- 作業療法:手先の動きや、日常動作の練習をします。
- 言語聴覚療法:言葉の遅れに対してアプローチします。
また、就学に際しては、普通学級にするか、支援学級にするかなど、お子さんの特性に合わせて教育委員会や学校と相談し、最適な環境を整えることが大切です。
多動や注意散漫で困り感がある場合は、環境調整やお薬による治療が助けになることもあります。
まとめ
疎毛性成長期毛を伴うヌーナン様症候群(NS/LAH)についての解説をまとめます。
- 病気の本質: SHOC2遺伝子などの変異により、細胞の成長信号が過剰になるRASオパチーの一つです。
- 主な特徴: 痛みを伴わず抜けやすい髪(疎毛性成長期毛)、特徴的なお顔立ち、色黒の肌、低身長、発達の遅れなどが特徴です。
- ヌーナン症候群との違い: 髪の症状や皮膚の特徴がより顕著であり、心臓の合併症の頻度や種類が少し異なります。
- 予後: 髪の症状は年齢とともに改善し、適切な医療と療育によって自立した生活を目指すことができます。
