神経繊維腫症2型、あるいはNF2という診断名を聞き、情報を求めてこのページにたどり着かれたご家族の方へ。
医師から「耳の奥の神経に腫瘍ができています」や「遺伝子の変化による病気です」と説明を受け、さらに「難病」という言葉を聞かされて、計り知れない不安の中にいらっしゃることと思います。特に、聞こえにくさや耳鳴りといった症状がすでにある場合、これからどうなってしまうのかという恐怖を感じるのは当然のことです。
神経繊維腫症2型は、全身の神経に良性の腫瘍ができやすくなる生まれつきの体質です。
名前が似ている神経繊維腫症1型(レックリングハウゼン病)とは、原因となる遺伝子も症状も全く異なる別の病気です。
2型の最大の特徴は、音を脳に伝える聴神経に腫瘍ができることで、難聴やバランス感覚の乱れが生じやすい点にあります。
この病気は、厚生労働省によって国の指定難病に認定されています。
「難病」と聞くと、治療法がない怖い病気というイメージを持たれるかもしれませんが、この言葉には「患者数が少なく、治療に専門的な知識が必要なため、国が研究と生活をサポートする病気」という意味が含まれています。
現代の医療では、腫瘍の成長を抑える新しいお薬の研究や、聴力を補助する技術が進歩しており、症状とうまく付き合いながら、仕事や家庭生活を送っている患者さんがたくさんいらっしゃいます。
まず最初にお伝えしたいのは、あなたは決して一人ではないということです。
医療チームや患者会など、あなたを支えるネットワークは確実に存在します。
あまり恐れすぎず、一つひとつ知識を整理していきましょう。
概要:どのような病気か
まず、この病気がどのような位置づけにあるのか、そしてどのような特徴があるのかを理解しましょう。
病気の定義
神経繊維腫症2型は、脳や脊髄といった中枢神経を中心に、多発性の腫瘍ができる遺伝性の疾患です。
英語のNeurofibromatosis Type 2の頭文字をとって、一般的にNF2と呼ばれます。
腫瘍のほとんどは良性であり、がんのように他の臓器に転移して命を脅かすことは稀です。しかし、腫瘍ができる場所が神経のそばであるため、神経を圧迫して麻痺や痛み、感覚の障害などを引き起こすことが問題となります。
発生頻度
非常に稀な病気であり、約6万人に1人の割合で発症すると言われています。
日本国内の患者数は推計で1000人から2000人程度と考えられています。
性別による差はなく、男性も女性も同じように発症します。
発症時期
症状が出始める時期は人によって様々です。
思春期から20代にかけて、耳の聞こえにくさや耳鳴りで気づくことが最も多いですが、小児期に目の症状や皮膚の症状で発見されることもあれば、高齢になってから偶然見つかることもあります。
一般的に、発症年齢が若いほど症状が進行しやすい傾向があり、高齢で発症した場合は進行が緩やかであることが多いと言われています。
主な症状
NF2の症状は、腫瘍ができる場所によって千差万別です。
しかし、ほとんどの患者さんに共通して現れる代表的な症状があります。
1. 聴神経腫瘍(前庭神経鞘腫)による症状
これがNF2の最大の特徴であり、診断の決め手となる症状です。
耳の奥には、音を伝える蝸牛神経と、バランスを司る前庭神経が走っています。これらをまとめて聴神経と呼びます。
NF2では、この聴神経を包んでいる鞘(さや)のような細胞から腫瘍が発生します。専門的には前庭神経鞘腫と呼ばれます。
NF2の患者さんの90パーセント以上で、この腫瘍が左右両方の耳にできます(両側性聴神経腫瘍)。
難聴
最も多い初発症状です。
最初は「電話の声が聞き取りにくい」「人混みで会話が聞き取れない」といった軽い症状から始まります。
腫瘍が大きくなるにつれて、徐々に聴力が低下していきます。
また、ある日突然聞こえなくなる突発性難聴のように発症することもあります。
耳鳴り
「キーン」「ジー」といった音が常に聞こえる状態です。難聴と同時に現れることが多いです。
ふらつき・めまい
バランスを司る神経に腫瘍ができるため、体がふわふわするような浮遊感や、ぐるぐる回るようなめまいを感じることがあります。
暗い場所で歩くのが難しくなったり、片足立ちができなくなったりすることもあります。
2. その他の脳腫瘍による症状
聴神経以外にも、脳を包む膜から発生する髄膜腫や、その他の脳神経から発生する神経鞘腫などができることがあります。
頭痛・吐き気
腫瘍が大きくなって脳を圧迫したり、脳の中の水(髄液)の流れが悪くなって脳圧が上がったりすると、慢性的な頭痛や吐き気が現れることがあります。
顔面の麻痺・しびれ
顔の筋肉を動かす顔面神経や、顔の感覚を伝える三叉神経が圧迫されると、顔が歪んだり、顔の半分がしびれたりすることがあります。
飲み込みにくさ
喉の動きに関わる神経が影響を受けると、食事の際にむせやすくなったり、声がかすれたりすることがあります。
3. 脊髄・末梢神経の症状
背骨の中を通る脊髄や、そこから枝分かれする神経に腫瘍ができることもよくあります。
脊髄腫瘍や神経根腫瘍と呼ばれます。
手足のしびれ・痛み・脱力
脊髄が圧迫されると、手足にしびれや痛みが出たり、力が入りにくくなったりします。
細かい作業がしにくくなったり、歩くときにつまずきやすくなったりすることもあります。
腫瘍が小さくても、できる場所によっては強い痛みを感じることがあります。
4. 目の症状
NF2では、目にも特徴的な変化が現れることがあります。
若年性白内障
若いうちから、目のレンズにあたる水晶体が濁る白内障を発症することがあります。
視力が低下したり、光がまぶしく感じたりします。
これは、聴神経腫瘍が見つかるよりも前に、子供の頃に発見されることがあり、早期発見の手がかりになる重要なサインです。
網膜上の膜
目の奥にある網膜の上に薄い膜が張り、視力に影響が出ることがあります。
5. 皮膚の症状
神経繊維腫症1型(NF1)のような、茶色いあざ(カフェオレ斑)がたくさんできることは稀です。
NF2で見られるのは、皮膚の下にできるしこり(皮下腫瘍)や、皮膚の表面がわずかに盛り上がるプラーク状の病変です。
子供の頃に、皮膚の下に痛みのないしこりが見つかり、それを調べた結果NF2とわかるケースもあります。
原因
なぜ、体の中にたくさんの腫瘍ができてしまうのでしょうか。その原因は、細胞の増殖を抑えるブレーキ役の遺伝子にあります。
NF2遺伝子の変異
この病気の原因は、第22番染色体にあるNF2遺伝子の変異です。
この遺伝子は、マーリン(またはシュワンノミン)と呼ばれるタンパク質を作る設計図です。
マーリンタンパク質の役割
正常なマーリンタンパク質は、細胞が増えすぎないように調節する、いわば細胞のブレーキの役割を果たしています。これを腫瘍抑制因子と呼びます。
特に、神経を包むシュワン細胞や、脳を包む髄膜の細胞などで重要な働きをしています。
何が起きているのか
NF2遺伝子に変異があると、正常なマーリンタンパク質が作られなくなったり、機能しなくなったりします。
すると、細胞のブレーキが壊れた状態になり、細胞が必要以上に増殖し続けてしまいます。
その結果、シュワン細胞が増えて神経鞘腫ができたり、髄膜の細胞が増えて髄膜腫ができたりするのです。
遺伝について
この病気は常染色体顕性遺伝、以前は優性遺伝と呼ばれていた形式をとります。
ご両親のどちらかがNF2である場合、お子さんに遺伝する確率は50パーセントです。
しかし、NF2の患者さんの約半数は、ご両親はこの病気ではなく、お子さんの代で初めて遺伝子の変化が起こる突然変異のケースです。
これは、受精卵ができる過程で偶然に起きた変化であり、誰のせいでもありません。
妊娠中の生活習慣やストレスなどが原因で起こるものではありません。
モザイクについて
NF2では、モザイクと呼ばれる特殊な遺伝形式が比較的多く見られます。
これは、体のすべての細胞ではなく、一部の細胞だけがNF2遺伝子の変異を持っている状態です。
受精卵が分裂していく途中で変異が起きた場合にこのようになります。
モザイクの患者さんは、全身に変異がある患者さんに比べて、腫瘍の数が少なかったり、片側だけに腫瘍ができたりと、症状が軽くなる傾向があります。
ただし、遺伝子検査で変異が見つかりにくいことがあるため、診断には専門的な知識が必要です。

診断と検査
診断は、MRI検査による腫瘍の確認、聴力検査、そして遺伝学的検査などを組み合わせて行われます。
1. 画像検査(MRI検査)
NF2の診断において最も重要な検査です。
造影剤という薬を使って撮影する造影MRIを行うことで、小さな腫瘍も見つけることができます。
両方の耳の聴神経に腫瘍があることが確認できれば、ほぼNF2と診断されます。
また、脳や脊髄の他の部分にも腫瘍がないかを確認するために、頭だけでなく背骨全体(全脊柱)のMRIを撮ることも重要です。
2. 聴覚・平衡機能検査
聴力の低下の程度や、めまいの状態を調べます。
純音聴力検査:ヘッドホンをつけて、様々な高さの音がどれくらい聞こえるかを調べる一般的な検査です。
語音聴力検査:言葉の聞き取りやすさを調べます。補聴器の効果を予測するのに役立ちます。
ABR(聴性脳幹反応):音を聞かせたときの脳波を調べることで、聴神経の働きを客観的に評価します。
3. 眼科検査
細隙灯顕微鏡検査などで、若年性白内障や網膜の異常がないかを調べます。
4. 遺伝学的検査
確定診断や、ご家族への遺伝について考えるために行われます。
血液を採取し、DNAを解析してNF2遺伝子に変異があるかを調べます。
ただし、先ほど説明したモザイクの患者さんの場合、血液中の細胞には変異がなく、腫瘍の組織にだけ変異があることがあります。そのため、血液検査で異常なしとなっても、NF2を完全に否定することはできません。
5. マンチェスター診断基準
医師は、世界的に使われている診断基準(マンチェスター基準など)を参考にして診断を行います。
両側の聴神経腫瘍がある場合。
片側の聴神経腫瘍があり、さらに近親者にNF2の方がいる場合。
片側の聴神経腫瘍に加え、髄膜腫や白内障などの特徴的な病変が2つ以上ある場合。
などが基準となります。
治療と管理
現在の医学では、遺伝子の変異を治して腫瘍を完全に消してしまう治療法はまだ確立されていません。
しかし、腫瘍の成長を抑えたり、症状を和らげたり、失われた機能を補ったりするための治療法は日々進歩しています。
治療の目標は、腫瘍を全て取り除くことではなく、生活の質(QOL)を長く維持することにあります。
1. 経過観察(待機療法)
「何もしない」のではなく、「慎重に見守る」という立派な治療戦略です。
NF2の腫瘍は良性であり、成長スピードが非常にゆっくりな場合や、ある程度の大きさで成長が止まる場合もあります。
症状がなく、日常生活に支障がない場合は、半年から1年に1回のMRI検査と聴力検査を行いながら、変化がないかを確認します。
不用意に手術をすることで、かえって聴力を失ったり、顔面麻痺が出たりするリスクがあるため、治療のタイミングを見極めることが非常に重要です。
2. 外科的治療(手術)
腫瘍が大きくなって脳幹などの重要な部分を圧迫している場合や、急速に成長している場合に検討されます。
聴神経腫瘍の手術は非常に繊細で、高度な技術が必要です。
腫瘍を取り除くことと、聴力や顔面神経の機能を温存することのバランスを考えながら行われます。
最近では、腫瘍を完全に取り切るのではなく、神経に癒着している部分をあえて残して神経の機能を守る、亜全摘出という方法がとられることも増えています。
3. 放射線治療
ガンマナイフやサイバーナイフといった、ピンポイントで放射線を当てる治療法です。
手術のように体への負担が少なく、入院期間も短くて済むというメリットがあります。
腫瘍を消滅させるのではなく、成長を止めることが目的です。
ただし、長期的には放射線の影響で腫瘍が悪性化するリスクがごくわずかにあったり、一時的に腫瘍が腫れて症状が悪化したりする可能性もあるため、適応は慎重に判断されます。
4. 薬物療法
近年、最も注目されている新しい治療法です。
ベバシズマブ(商品名アバスチン)という分子標的薬が、NF2の聴神経腫瘍に対して効果があることがわかってきました。
この薬は、腫瘍に栄養を送る血管が作られるのを防ぐことで、腫瘍を兵糧攻めにして縮小させたり、聴力を改善させたりする効果が期待できます。
日本でも、急速に大きくなる聴神経腫瘍に対して保険適用が認められています。
点滴で行う治療で、継続的に行う必要があります。高血圧や出血しやすくなるなどの副作用に注意しながら使用します。
5. 聴覚・コミュニケーションのサポート
聴力が低下した場合のサポートは、生活の質を保つために非常に重要です。
補聴器・クロス補聴器
軽度から中等度の難聴の場合や、片側のみの難聴の場合に使用します。
人工内耳
聴神経が温存されている場合、内耳に電極を入れて電気刺激で音を伝える人工内耳が有効なことがあります。
聴性脳幹インプラント(ABI)
手術などで聴神経が失われてしまった場合、脳幹という脳の部分に直接電極を当てて音を伝える装置です。
言葉をはっきりと聞き取ることは難しいですが、環境音を感じたり、口の動きを読む(読話)の助けになったりします。
手話・要約筆記・音声認識アプリ
聴力が失われた場合に備えて、早いうちから手話を学んだり、スマートフォンの音声認識アプリを活用したりするなど、新しいコミュニケーション手段を確保しておくことも大切です。
制度とサポート
神経繊維腫症2型は、国の指定難病です。
重症度分類などの基準を満たす場合、「指定難病受給者証」を取得することで、医療費の助成を受けることができます。
また、聴力や平衡機能の障害の程度によっては、身体障害者手帳を取得し、補聴器の購入補助や公共交通機関の割引などの福祉サービスを受けることができます。
高額療養費制度や、障害年金などの制度も利用できる場合があります。
病院の医療ソーシャルワーカーに相談し、利用できる制度を確認しましょう。
まとめ
神経繊維腫症2型(NF2)についての解説をまとめます。
- 病気の本質: NF2遺伝子の変異により、細胞のブレーキ役であるマーリンタンパク質が働かなくなり、神経に良性の腫瘍ができる病気です。
- 主な症状: 両側の聴神経腫瘍による難聴、耳鳴り、ふらつきが特徴です。その他、髄膜腫や脊髄腫瘍、白内障なども見られます。
- 治療の考え方: 完治を目指すのではなく、機能(聴力や顔面の動き)を守りながら、腫瘍と共存していくことが目標です。
- 治療の選択肢: 経過観察、手術、放射線治療、薬物療法(アバスチン)の中から、患者さんの状態やライフスタイルに合わせて最適なものを選びます。
