「過運動や発作を伴う、あるいは伴わない常染色体顕性神経発達障害」という、非常に長く、そして複雑な診断名を聞き、情報を求めてこのページにたどり着かれたご家族の方へ。
医師から「遺伝子の変化による病気です」と説明を受け、さらに「GRIN1(グリンワン)」という遺伝子の名前や、「NMDA受容体」といった専門的な話をされて、頭の中が真っ白になってしまっているかもしれません。特に、まだ小さなお子さんにこのような難しい診断がついた場合、これからどう成長していくのか、どんな治療が必要なのかと、計り知れない不安を感じていらっしゃることでしょう。
この病名は、医学的な特徴をそのまま羅列した正式名称ですが、世界的には原因となる遺伝子の名前をとってGRIN1関連障害、あるいはGRIN1関連神経発達症と呼ばれることが一般的です。
この病気は、脳の中の神経細胞同士が情報をやり取りするための重要なスイッチであるNMDA受容体という部分に変化が起きることで生じます。
主な特徴は、全体的な発達の遅れ、自分の意志とは関係なく体が動いてしまう過運動や不随意運動、そしててんかん発作などです。
非常に希少な疾患であり、日本語での詳しい情報はまだ多くありません。そのため、診断を受けても具体的な生活のイメージが湧きにくく、孤独を感じてしまうご家族も少なくありません。
しかし、近年遺伝子検査の技術が進歩したことで、この診断を受けるお子さんが増えてきており、世界中で活発に研究が進められています。
原因が特定されたことで、そのメカニズムに基づいたお薬の調整など、新しい治療の可能性も開かれつつあります。
まず最初にお伝えしたいのは、診断名はお子さんの未来を全て決定づけるものではないということです。
お子さんには、その子だけの素晴らしい個性と可能性があります。
あまり恐れすぎず、一つひとつ知識を整理していきましょう。
概要:どのような病気か
まず、この長い病名がどのような意味を持っているのか、そしてどのような病気なのかを理解しましょう。
病名の意味とGRIN1
この長い病名は、主な3つの要素から成り立っています。
神経発達障害
脳の成長や発達に関わる機能に何らかの課題があることを示します。具体的には、お座りや歩行などの運動発達、言葉や理解などの知的発達の遅れを指します。
過運動や発作を伴う、あるいは伴わない
自分の意思とは無関係に手足や体が動いてしまう症状(過運動)や、てんかん発作が見られることが多いですが、全ての患者さんに必ずあるわけではないという意味です。
常染色体顕性(優性)
遺伝の形式を指しています。これについては後ほど「原因」の項目で詳しく説明しますが、多くの場合はご両親からの遺伝ではなく、お子さんの代で突然発生した変化であることが多いです。
一般的には、これらの特徴を持つ病気の原因遺伝子であるGRIN1の名前をとって、GRIN1関連障害と呼ばれます。
脳の「スイッチ」の病気
私たちの脳は、無数の神経細胞がつながり合ってできています。
細胞と細胞の間で情報を伝える場所をシナプスと呼びますが、そこには情報を受け取るための受容体というスイッチのようなものがあります。
この病気は、その中でも記憶や学習、運動の調節に非常に重要な役割を果たすNMDA受容体というスイッチの部品を作る遺伝子に変化が起きることで発症します。
スイッチの効きが悪くなったり、逆に入りっぱなしになったりすることで、脳の情報伝達がうまくいかなくなるのです。
発生頻度
非常に稀な疾患ですが、全エクソーム解析などの網羅的な遺伝子検査が普及するにつれて、診断される患者数は世界的に増えています。
重度の発達遅滞やてんかんを持つお子さんの中に、このGRIN1関連障害のお子さんが一定数含まれていると考えられています。
主な症状
この病気の症状は、脳の機能に関連して多岐にわたります。
症状の程度には個人差が大きく、寝たきりで手厚いケアが必要なお子さんもいれば、支えがあれば歩けるようになったり、コミュニケーションがとれたりするお子さんもいます。
1. 神経発達の特徴
ほぼ全ての患者さんに見られるのが、全体的な発達の遅れです。
知的発達の遅れ(知的障害)
多くのお子さんに重度の知的障害が見られます。
物事を理解したり、学習したりするペースはゆっくりです。
言葉の遅れ
言葉が出始めるのが遅い、あるいは言葉が出にくい傾向があります。
お話しするのが苦手な場合でも、こちらの言っていることはある程度理解していることが多く、目線や表情、発声などでコミュニケーションをとることができます。
運動発達の遅れ
首すわり、お座り、ハイハイなどの運動のマイルストーンが、一般的な時期よりも遅れます。
筋肉の緊張が低い、いわゆる体が柔らかい状態(低緊張)が乳児期によく見られ、これが運動発達の遅れの一因となります。
2. 運動機能の特徴(過運動・不随意運動)
この病気の大きな特徴の一つであり、ご家族が対応に悩まれることが多い症状です。
不随意運動
自分の意思とは関係なく、勝手に体が動いてしまう症状です。
手足をくねくねと動かす舞踏運動や、筋肉が勝手に収縮して体がねじれたり突っ張ったりするジストニアなどが見られます。
また、手を叩いたり、体を揺らしたりする反復的な動き(常同運動)が見られることもあります。
これらの動きは、興奮した時や疲れがたまった時などに強くなることがあります。
眼球運動失行
目の動きをコントロールすることが難しく、視線を意図した方向に素早く動かせないことがあります。
目が不規則に動いたり、一点を見つめたままになったりすることがあります。
3. てんかん発作
患者さんの約半数から7割程度に、てんかん発作が見られます。
発作のタイプは様々で、体が一瞬ビクッとする発作や、全身が硬直して震える発作などがあります。
生後間もない時期から発作が始まることもあれば、少し成長してから始まることもあります。
お薬でコントロールできる場合もあれば、なかなか発作が止まらない難治性の場合もあります。
4. 視覚の特徴(皮質盲など)
目は健康でも、目から入った情報を処理する脳の部分(視覚野)がうまく働かないために、ものが見えにくい状態になることがあります。これを皮質視覚障害(CVI)や皮質盲と呼びます。
視線が合いにくい、目の前におもちゃを出しても反応が薄い、といった様子から気づかれることがあります。
5. その他の特徴
睡眠障害
寝付きが悪かったり、夜中に何度も目が覚めてしまったりすることがあります。
脳の興奮を抑える機能が弱いためと考えられています。
消化器症状
便秘になりやすかったり、飲み込みが苦手で食事に時間がかかったりすることがあります。
情緒・行動面
感覚過敏があったり、特定の音や刺激に強く反応したりすることがあります。
また、急に不機嫌になったり、泣き止まなくなったりする易刺激性が見られることもあります。
原因
なぜ、このような様々な症状が現れるのでしょうか。その原因は、脳内の情報伝達の要となる受容体の変化にあります。
GRIN1遺伝子の役割
この病気の原因は、第9番染色体にあるGRIN1遺伝子の変異です。
この遺伝子は、グルタミン酸受容体の一種であるNMDA受容体を構成する重要な部品(GluN1サブユニット)を作る設計図です。
NMDA受容体は、脳の中でグルタミン酸という神経伝達物質を受け取り、細胞内にカルシウムイオンなどを通すチャンネル(通り道)のような役割をしています。
このチャンネルが開いたり閉じたりすることで、神経細胞が興奮し、記憶が作られたり、運動の指令が出たりします。
何が起きているのか
GRIN1遺伝子に変異が起きると、NMDA受容体の機能が変わってしまいます。
大きく分けて、以下の2つのパターンがあることがわかってきています。
- 機能獲得型(Gain of function):
受容体の感度が良くなりすぎて、スイッチが入りっぱなしのような状態になります。
脳の神経が興奮しすぎるため、てんかん発作や不随意運動が強く出る傾向があります。 - 機能喪失型(Loss of function):
受容体の感度が悪くなり、スイッチが入りにくくなります。
神経の活動が低下するため、重度の発達遅滞や筋緊張低下(体の柔らかさ)が目立つ傾向があります。
このように、同じGRIN1遺伝子の変異でも、どのような変化が起きているかによって症状の出方が異なることが、この病気の複雑な点であり、治療を考える上で重要な点です。
遺伝について
この病気は常染色体顕性遺伝(優性遺伝)という形式をとります。
人間は遺伝子を2本セットで持っていますが、そのうちの片方のGRIN1遺伝子に変異があれば発症します。
しかし、GRIN1関連障害の患者さんのほとんどは、ご両親から遺伝したわけではありません。
ご両親の遺伝子は正常で、お子さんの代で初めて遺伝子の変化が起こる「新生突然変異(de novo変異)」のケースが圧倒的に多いです。
これは、受精卵ができる過程、あるいは精子や卵子ができる過程で偶然に起きたコピーミスのようなものであり、誰のせいでもありません。
妊娠中の生活習慣やストレス、高齢出産などが直接的な原因で起こるものではありません。
したがって、次のお子さんが同じ病気になる確率は、一般のカップルとほとんど変わりません(ただし、稀に性腺モザイクという現象があるため、心配な場合は遺伝カウンセリングでの相談が推奨されます)。

診断と検査
診断は、症状の観察だけでは難しく、遺伝学的検査によって確定されます。
1. 臨床診断
医師は診察で以下の点を確認します。
- 重度の発達の遅れがあるか。
- 特徴的な不随意運動(くねくねした動きやジストニア)があるか。
- てんかん発作があるか。
- 視線が合いにくいか(皮質視覚障害の疑い)。
2. 脳波検査
てんかん発作がある場合や、発作が疑われる動きがある場合に行います。
脳の電気活動の乱れを調べ、てんかんのタイプを診断します。
3. 画像検査(MRI)
脳のMRI検査を行います。
脳の構造に大きな奇形があることは少ないですが、脳全体が少し小さめ(脳萎縮)であったり、脳室が広がっていたり、脳梁という部分が薄かったりする所見が見られることがあります。
しかし、MRIでは明らかな異常が見つからないことも多く、「画像はきれいなのに症状が重い」ということが、遺伝子検査へ進むきっかけになることもあります。
4. 遺伝学的検査
確定診断のために最も重要な検査です。
血液を採取し、DNAを解析してGRIN1遺伝子に変異があるかを調べます。
最近では「全エクソーム解析」といって、すべての遺伝子を網羅的に調べる検査で見つかることが増えています。
遺伝子変異が見つかった場合、それが「機能獲得型」なのか「機能喪失型」なのかを推測することが、後の治療方針を考える上で役立つことがあります(専門的な解析が必要な場合もあります)。
治療と管理
現在の医学では、遺伝子を修復して病気を根本から治す治療法はまだ確立されていません。
しかし、それぞれの症状に対して適切な治療や療育を行うことで、お子さんの生活の質を高めることができます。
特にGRIN1関連障害では、変異のタイプに応じた薬物療法の研究が進んでいます。
1. 薬物療法(プレシジョン・メディシンへの期待)
近年、遺伝子変異のタイプに合わせた治療の可能性が模索されています。
機能獲得型の場合
脳の興奮を抑えるために、NMDA受容体の働きを弱める作用のあるお薬(メマンチンなど)が効果を示す場合があります。
メマンチンは本来アルツハイマー型認知症の薬ですが、過剰な興奮を抑えることで、てんかん発作や不随意運動が軽減したという報告があります。
機能喪失型の場合
NMDA受容体の働きを助けるお薬(L-セリンなど)の効果が研究されています。
※これらはまだ研究段階の部分もあり、全ての方に効果があるわけではありません。必ず専門医と相談の上、慎重に検討する必要があります。
2. てんかん・不随意運動の治療
てんかんに対しては、発作のタイプに合わせた抗てんかん薬を使用します。
不随意運動やジストニアに対しては、筋肉の緊張を和らげるお薬や、ボツリヌス療法などが検討されることがあります。
3. リハビリテーション(療育)
お子さんの発達を促すために、早期からの療育が非常に重要です。
理学療法(PT)
体の緊張を整え、お座りや歩行などの運動機能を高める訓練を行います。
体が硬い場合はストレッチを行い、柔らかすぎる場合は姿勢を保つ練習をします。
作業療法(OT)
手先の使い方や、遊びを通じた発達支援を行います。
感覚過敏がある場合は、感覚統合療法などを取り入れることもあります。
言語聴覚療法(ST)
コミュニケーション能力の向上を目指します。
言葉だけでなく、絵カードやタブレット端末を使った意思表示の練習も行います。
また、食事の飲み込みに問題がある場合は、摂食指導を行います。
視覚支援
皮質視覚障害がある場合、見えやすい環境(コントラストの強い色使いや照明の工夫など)を整えることで、視覚的な認識を助けます。
4. 栄養と生活のサポート
飲み込みが難しく、口からの食事だけで十分な栄養が摂れない場合は、鼻からチューブを通したり、胃ろうを造設したりして栄養を補うことがあります。
しっかりと栄養を摂ることは、脳や体の成長にとって基本となる大切なことです。
また、睡眠障害がある場合は、睡眠導入剤などを使用して、生活リズムを整えるサポートを行います。
まとめ
過運動や発作を伴う、あるいは伴わない常染色体顕性神経発達障害(GRIN1関連障害)についての解説をまとめます。
- 病気の本質: GRIN1遺伝子の変異により、脳内の情報伝達のスイッチであるNMDA受容体の機能が変化することで起こる疾患です。
- 主な症状: 重度の知的発達の遅れ、不随意運動(体が勝手に動く)、てんかん発作、視覚障害などが特徴です。
- 原因: ほとんどが突然変異によるものであり、親のせいではありません。
- 治療の可能性: 基本的な療育や対症療法に加え、変異のタイプ(機能獲得型か喪失型か)に応じた薬物療法の研究が進んでいます。
- 管理の要点: てんかんと不随意運動のコントロール、早期からの療育、栄養管理、そして個性に合わせた生活支援が中心となります。
