歌舞伎症候群という、一風変わった名前の診断名を聞き、情報を求めてこのページにたどり着かれたご家族の方へ。
医師から「遺伝子の変化による生まれつきの体質です」と説明を受け、さらに「KMT2Dという遺伝子に変化があります」や「心臓や免疫に気をつける必要があります」といった専門的な話をされて、まだ具体的なイメージが湧かずに戸惑っていらっしゃるかもしれません。
特に、病名に「歌舞伎」とついていることに驚かれた方も多いのではないでしょうか。我が子の顔立ちがこれからどうなってしまうのか、特別な病気なのかと、不安を感じていらっしゃるかもしれません。
歌舞伎症候群は、1981年に日本の新川詔夫博士と黒木良和博士によって、ほぼ同時に独立して報告された日本発の先天性疾患です。
特徴的な切れ長の目が、日本の伝統芸能である歌舞伎役者の化粧(隈取)に似ていることから、新川博士によって「歌舞伎メーキャップ症候群」と名付けられ、現在では世界中で「Kabuki Syndrome」と呼ばれています。
日本で発見された病気ということもあり、国内には多くの専門医や、経験豊富な医療スタッフがいます。
この病気は、原因となる遺伝子の違いによって1型と2型に分類されています。
患者さんの大多数、約7割から8割を占めるのが、今回解説する1型です。
1型は、KMT2D(ケー・エム・ティー・ツー・ディー)という遺伝子に変化があるタイプです。
歌舞伎症候群のお子さんは、赤ちゃんの頃はミルクを飲むのが苦手だったり、感染症にかかりやすかったりと、手厚いケアが必要な場面があります。
しかし、成長とともに言葉を覚え、人懐っこく社交的な性格で周りの人を明るくしてくれるお子さんがたくさんいます。
まず最初にお伝えしたいのは、診断名はお子さんの未来を全て決定づけるものではないということです。
お子さんには、その子だけの素晴らしい個性と、成長していく力があります。
あまり恐れすぎず、一つひとつ知識を整理していきましょう。
概要:どのような病気か
まず、この病気がどのような位置づけにあるのか、そして全体としてどのような特徴があるのかを理解しましょう。
病気の定義
歌舞伎症候群は、特徴的な顔貌、骨格の異常、皮膚紋理の異常(指先の皮ふのパターン)、軽度から中等度の知的障害、成長障害の5つの基本症状を特徴とする多発奇形症候群です。
1型は、第12番染色体にあるKMT2D遺伝子の機能不全によって引き起こされます。
発生頻度
およそ3万2000人に1人の割合で生まれると言われており、稀な病気ではありますが、決して極めて稀というわけではありません。
日本で発見された病気ですが、人種による差はなく、世界中で報告されています。
性別による差はなく、男の子も女の子も同じように発症します。
1型と2型の違い
歌舞伎症候群には、KMT2D遺伝子が原因の1型と、KDM6A遺伝子が原因の2型があります。
両者の症状は非常によく似ていますが、いくつかの違いも報告されています。
1型(KMT2D)は、特徴的な顔立ちがよりはっきりしており、心臓の奇形や免疫の問題、腎臓の異常などが多く見られる傾向があります。
一方、2型(KDM6A)は、低身長や小頭症が目立つ傾向があると言われています。
ただし、個人差が大きいため、症状だけで1型か2型かを完全に見分けることは難しく、遺伝子検査によって確定されます。
主な症状
歌舞伎症候群1型の症状は、顔立ち、体つき、内臓、発達など多岐にわたります。
新川博士が提唱した「5つの基本症状」を中心に、詳しく見ていきましょう。
1. 特徴的なお顔立ち(顔貌)
診断の最も重要な手がかりとなる特徴です。歌舞伎の隈取に例えられたこれらの特徴は、愛嬌のある表情を作り出しています。
切れ長の目
まぶたの幅(眼瞼裂)が長く、外側の下まぶたが少しめくれている(外反している)のが特徴です。
これにより、目が大きくパッチリとして見えます。
眉毛
眉毛の外側が薄くなっていたり、弓なりに高くアーチ状になっていたりします。
まつげ
まつげが長く、密生していることが多いです。
耳
耳が大きめで、耳たぶが前に突き出しているような形をしていたり、位置が少し低かったりすることがあります。
鼻
鼻先が少し平べったく、つぶれたような形をしていることがあります。
2. 骨格と皮膚の特徴
手足や背骨にも特徴が現れます。
指先のふくらみ(胎児性指尖隆起)
これは歌舞伎症候群に非常に特徴的なサインです。
手の指先、特に薬指や小指の腹が、少し盛り上がってふっくらしています。
赤ちゃんがお腹の中にいる時の指の状態がそのまま残っていると考えられています。
背骨や関節
背骨が曲がる側弯症や、背骨の形そのものの異常が見られることがあります。
関節が柔らかく、可動域が広い関節弛緩が見られることもあります。
小指が短い短指症や、内側に曲がっている内反指が見られることもあります。
3. 成長障害
生まれた時の身長や体重は正常範囲内であることが多いですが、乳児期から幼児期にかけて体重が増えにくく、身長の伸びも緩やかになる傾向があります。
これは、次に説明する哺乳の問題や、成長ホルモンの分泌などが関係している場合があります。
しかし、思春期以降になると、逆に肥満になりやすい傾向があるため、ライフステージに合わせた体重管理が必要です。
4. 知的障害と神経発達
精神発達の遅れ
軽度から中等度の知的障害が見られることが多いです。
重度の障害を持つお子さんは比較的少ないと言われています。
言葉が出始めるのが遅かったり、運動発達がゆっくりだったりしますが、それぞれのペースで着実に成長していきます。
筋緊張低下
赤ちゃんの頃は体が柔らかく、抱っこした時にフニャッとした感じがする筋緊張低下が見られることがあります。
これが運動発達の遅れの一因となります。
5. 内臓の合併症
心疾患
患者さんの約半数に、先天性の心疾患が見られます。
大動脈縮窄症や心室中隔欠損症、心房中隔欠損症などが代表的です。
程度によっては手術が必要になることもありますが、治療によって良好な経過をたどることが多いです。
腎臓・尿路の異常
腎臓の位置が通常と違ったり、形が変わっていたり(馬蹄腎など)、水腎症が見られたりすることがあります。
消化器症状
乳児期には、ミルクを飲む力が弱い哺乳困難や、飲んだものが戻ってしまう胃食道逆流症がよく見られます。
また、肛門の位置がずれていたり、鎖肛(肛門が閉じている)などの形成異常が見られることもあります。
6. その他の重要な症状
易感染性(免疫の問題)
風邪をひきやすかったり、中耳炎を繰り返したりすることがあります。
これは、免疫に関わる物質(免疫グロブリン)が少なかったり、免疫細胞の働きが弱かったりするためです。
肺炎などの重症化を防ぐために、早めの受診や予防接種が大切です。
難聴
中耳炎を繰り返すことによる伝音性難聴や、神経性の感音性難聴を合併することがあります。
言葉の発達に影響するため、定期的な聴力検査が必要です。
早発乳房・早発思春期
女の子の場合、通常よりも早い時期に胸が膨らみ始めたり、初潮を迎えたりすることがあります。
原因
なぜ、このような様々な症状が現れるのでしょうか。その原因は、遺伝子の働きを調節する重要な「スイッチ係」の不在にあります。
KMT2D遺伝子の役割
歌舞伎症候群1型の原因は、第12番染色体にあるKMT2D(以前はMLL2と呼ばれていました)という遺伝子の変異です。
この遺伝子は、ヒストンメチル基転移酵素という特別なタンパク質を作る設計図です。
エピジェネティクスとヒストン修飾
少し難しい話になりますが、私たちの体の設計図であるDNAは、ヒストンという糸巻きのようなタンパク質に巻き付いて、細胞の核の中に収納されています。
遺伝子が働くためには、この糸巻きが緩んで、DNAの情報が読み取れる状態になる必要があります。
KMT2Dが作る酵素は、このヒストンに「メチル基」という目印をつける役割をしています。
この目印は、「ここにある遺伝子のスイッチをオンにしなさい(クロマチンを開きなさい)」という指令のようなものです。
何が起きているのか(ハプロ不全)
KMT2D遺伝子は、免疫細胞の働きや、心臓の形成、脳の発達などに関わる、他のたくさんの遺伝子のスイッチを入れる役割を担っています。
歌舞伎症候群1型では、2つあるKMT2D遺伝子のうちの片方が変異して機能しなくなることで、このスイッチを入れる酵素の量が半分になってしまいます。これをハプロ不全と呼びます。
スイッチ係が足りなくなることで、本来働くべきタイミングで遺伝子が働かず、心臓の壁がうまく作れなかったり、免疫が弱くなったり、特徴的な顔立ちになったりすると考えられています。
一つの遺伝子の故障が、ドミノ倒しのように全身の様々な遺伝子の働きに影響を与えてしまうのです。Shutterstock詳しく見る
遺伝について
この病気は常染色体顕性遺伝、以前は優性遺伝と呼ばれていた形式をとります。
人間は遺伝子を2本セットで持っていますが、そのうちの片方のKMT2D遺伝子に異常があれば発症します。
しかし、歌舞伎症候群の患者さんのほとんどは、ご両親から遺伝したわけではありません。
ご両親の遺伝子は正常で、お子さんの代で初めて遺伝子の変化が起こる新生突然変異(de novo変異)のケースが圧倒的に多いです。
これは、受精卵ができる過程、あるいは精子や卵子ができる過程で偶然に起きたコピーミスのようなものであり、誰のせいでもありません。
妊娠中の生活習慣やストレス、高齢出産などが直接的な原因で起こるものではありません。
したがって、次のお子さんが同じ病気になる確率は、一般のカップルとほとんど変わりません(ただし、稀に性腺モザイクという現象があるため、心配な場合は遺伝カウンセリングでの相談が推奨されます)。

診断と検査
診断は、特徴的な症状の観察と、遺伝学的検査によって確定されます。
1. 臨床診断
以前は遺伝子検査が一般的ではなかったため、以下の5つの基本症状に基づいて診断されていました。
特徴的な顔貌(切れ長の目など)
骨格系の異常(指の変形、背骨の曲がりなど)
皮膚紋理の異常(指先のふくらみ)
軽度から中等度の知的障害
成長障害
これらが揃っている場合、臨床的に歌舞伎症候群と診断されます。特に顔立ちの特徴は診断の大きな決め手となります。
2. 遺伝学的検査
現在では、確定診断のために遺伝子検査が行われることが一般的です。
血液を採取し、DNAを解析してKMT2D遺伝子に変異があるかを調べます。
変異が見つかれば、歌舞伎症候群1型と確定診断されます。
これにより、将来起こりうる合併症の予測や、2型(KDM6A変異)との区別が可能になります。
3. 全身のスクリーニング検査
診断がついた後は、隠れた合併症がないか全身をチェックします。
心エコー検査:心疾患の有無を確認します。
腹部エコー検査:腎臓や尿路の異常を確認します。
聴力検査:難聴の有無を確認します。
眼科検査:斜視や屈折異常を確認します。
免疫学的検査:血液検査で免疫グロブリンの量などを調べます。
内分泌検査:成長ホルモンや甲状腺ホルモンの値を調べます。
治療と管理
現在の医学では、遺伝子の変異を修復して病気を根本から治す治療法はまだ確立されていません。
しかし、それぞれの症状に対して適切な治療や療育を行うことで、お子さんの健康を守り、生活の質を高めることができます。
治療は、小児科を窓口として、循環器科、耳鼻科、整形外科、リハビリテーション科などがチームを組んで行います。
1. 合併症の治療
心疾患の治療
手術が必要な場合は、心臓血管外科で手術を行います。多くの場合は手術により根治が期待できます。
感染症対策
免疫が弱い場合や、中耳炎を繰り返す場合は、抗生物質を適切に使用したり、耳にチューブを入れる手術を行ったりします。
予防接種は、主治医と相談しながらスケジュール通りに進めることが大切です。特に肺炎球菌やインフルエンザなどのワクチンは重要です。
歯科治療
歯の生え方が不揃いだったり、歯が足りなかったりすることがあります。
また、口の中の衛生状態が悪くなりやすいため、定期的な歯科検診とクリーニング、虫歯予防が重要です。
2. 成長と栄養の管理
哺乳・栄養管理
乳児期にミルクの飲みが悪い場合は、鼻からチューブでミルクを入れたり、とろみをつけて飲みやすくしたりする工夫をします。
栄養状態を良くすることは、感染症への抵抗力をつけるためにも大切です。
成長ホルモン治療
低身長があり、検査で成長ホルモンの不足が確認された場合は、成長ホルモン補充療法の対象となることがあります。
治療によって身長の伸びが改善する効果が期待できます。
体重管理(思春期以降)
幼少期は痩せ気味でも、思春期以降は肥満になりやすい傾向があります。
肥満は心臓への負担や生活習慣病のリスクになるため、バランスの良い食事と適度な運動を心がけることが大切です。
3. リハビリテーション(療育)
発達の遅れに対して、早期からの療育が推奨されます。
理学療法(PT)
筋緊張が弱いため、体のバランス感覚を養い、歩行などの運動機能を高める訓練を行います。
関節が柔らかいため、無理な負担がかからないように注意しながら進めます。
作業療法(OT)
手先の細かな作業や、日常生活動作の練習を行います。
指先のふくらみがあるため、細かいものをつまむのが苦手な場合がありますが、遊びを通じて機能を高めていきます。
言語聴覚療法(ST)
言葉の遅れに対して、コミュニケーションの支援を行います。
口の周りの筋肉の使い方が苦手な場合もあるため、発音の練習や、食べる機能(嚥下)の訓練も行います。
言葉だけでなく、ジェスチャーや絵カードなどを使ったコミュニケーションも取り入れます。
4. 学校生活と社会参加
就学時には、お子さんの発達段階や特性に合わせて、通常学級、通級指導教室、特別支援学級、特別支援学校などから最適な環境を選びます。
人懐っこい性格のお子さんが多いため、集団生活の中で社会性を育み、お友達と楽しく過ごすことができる場合が多いです。
個別の指導計画を作成し、苦手な部分をサポートしながら、得意な部分を伸ばしていきます。
まとめ
歌舞伎症候群1型についての解説をまとめます。
- 病気の本質: KMT2D遺伝子の変異により、遺伝子のスイッチを入れる働きが不足し、全身の形成や機能に影響が出る先天性の疾患です。
- 主な特徴: 切れ長の目などの特徴的な顔立ち、指先のふくらみ、心疾患、免疫の問題、軽度から中等度の知的障害などが特徴です。
- 性格: 多くの患者さんは社交的で、明るく人懐っこい性格をしています。
- 原因: ほとんどが突然変異によるものであり、親のせいではありません。
- 管理の要点: 心臓や免疫、聴力の管理と、早期からの療育が中心となります。思春期以降は肥満に注意が必要です。
