「Neurodegeneration with brain iron accumulation 5」という、非常に長く、そして「脳」「鉄」「変性」といった重々しい言葉が並んだ診断名を聞き、情報を求めてこのページにたどり着かれたご家族の方へ。
医師から「遺伝子の変化による稀な病気です」と説明を受け、さらに「進行する可能性があります」といった話をされて、計り知れない不安と恐怖の中にいらっしゃることと思います。特に、お子さんの発達がゆっくりであることや、てんかん発作がある中でこの診断がついた場合、将来どうなってしまうのかという心配で胸がいっぱいになっているかもしれません。
この長い病名は、医学的な分類を表す正式名称ですが、現在世界的には、この病気のより具体的な特徴を表す名称として、ベータプロペラタンパク質関連神経変性症、英語の頭文字をとってBPAN(ビーパン)と呼ばれることが一般的になっています。
以前はNBIA5(エヌビアファイブ)とも呼ばれていましたが、現在ではBPANという呼び名の方が医師や研究者の間でも、そして患者家族の間でも広く使われています。
この病気は、WDR45という遺伝子に変化が起きることで、細胞の中の不要なものを掃除する機能がうまくいかなくなる生まれつきの体質です。
最大の特徴は、子供の頃の発達の遅れやてんかんといった症状と、大人になってから現れるパーキンソン病のような運動の症状という、人生の中で二つの異なる段階があることです。
非常に希少な疾患であり、2012年に新しい病気として確立されたばかりです。そのため、日本語での詳しい情報はまだ少なく、診断を受けても具体的な生活のイメージが湧きにくいかもしれません。
しかし、遺伝子検査の技術が進歩したことで、この診断を受ける患者さんが世界中で増えてまず最初にお伝えしたいのは、診断がついたからといって、すぐにお子さんの全てが変わってしまうわけではないということです。
お子さんには、その子だけの素晴らしい個性と、日々の幸せを感じる心があります。
あまり恐れすぎず、一つひとつ知識を整理していきましょう。
概要:どのような病気か
まず、この複雑な病名がどのような意味を持っているのか、そしてどのような病気なのかを理解しましょう。
病名の意味とNBIAグループ
この病気は、脳内鉄沈着を伴う神経変性症、英語でNBIAと呼ばれる大きな病気のグループの一つです。
NBIAとは、その名の通り、脳の特定の部分(大脳基底核など)に鉄分が異常に溜まってしまい、それによって神経細胞が徐々に傷んでしまう病気の総称です。
原因となる遺伝子によって1型、2型と分類されており、今回解説する5型は、その中でも比較的新しく見つかったタイプです。
BPAN(ビーパン)という呼び方
現在、この病気はBPANと呼ばれることがほとんどです。
これはBeta-propeller protein-associated neurodegenerationの略で、原因となるWDR45遺伝子が作るタンパク質の形が「ベータプロペラ」という形をしていることに由来しています。
この記事でも、親しみやすく、かつ一般的な呼称であるBPANという言葉を使って解説していきます。
病気の二面性
BPANの最大の特徴は、小児期と成人期で症状が大きく異なるという二面性を持っていることです。
子供の頃は、知的障害や発達の遅れ、てんかんなどが主な症状です。この時期は「静止期」とも呼ばれ、病気がどんどん進行していくような印象はあまり受けません。
しかし、成人期(多くは20代から30代頃)に入ると、急に手足が動かしにくくなったり、体のバランスが悪くなったりする神経の症状が現れ、進行していくことがあります。これを「進行期」と呼びます。
このように、二つの段階を経て症状が変化していくことが、他の発達障害や神経疾患とは異なる点です。
発生頻度と性別
非常に稀な疾患ですが、NBIAグループの中では比較的頻度が高いタイプの一つと考えられています。
特徴的なのは、患者さんの多くが女性であるという点です。
これは、原因となる遺伝子がX染色体にあるためです。男性はX染色体を1本しか持っていないため、この遺伝子に変化があると生まれてくることが難しい(致死的になる)ことが多いのです。しかし、稀に男性の患者さんも報告されています。
主な症状
BPANの症状は、年齢によって大きく変化します。
ご家族が現在直面している症状と、将来起こりうる変化を分けて理解することが大切です。
1. 小児期(第一段階):発達とてんかん
生まれてから大人になるまでの時期に見られる特徴です。
精神運動発達の遅れ
首すわり、お座り、歩行などの運動の発達や、言葉の理解、お話しすることなどの知的な発達が全体的にゆっくりになります。
その程度は人によって様々です。独歩(一人歩き)ができるようになるお子さんもいれば、支えが必要なお子さんもいます。言葉に関しても、単語でお話しできる方もいれば、表情や身振りでコミュニケーションをとる方もいます。
一般的に、この時期に運動機能が退行する(できていたことができなくなる)ことは少ないとされています。
てんかん発作
多くの患者さんで、乳幼児期から小児期にかけててんかん発作が見られます。
発作のタイプは様々で、体が一瞬ビクッとするミオクロニー発作や、ボーッとして意識がなくなる発作、全身が硬直する発作などがあります。
熱が出た時に発作が起きやすかったり、特定の時期に発作が増えたりすることもあります。
多くの場合、抗てんかん薬によってある程度コントロールが可能ですが、いくつものお薬を試す必要がある場合もあります。
成長とともに発作の回数が減り、落ち着いてくることも少なくありません。
レット症候群に似た特徴
手の動きに特徴が出ることがあります。
手を揉むような動きや、手を口に持っていく動きなど、レット症候群という別の病気とよく似たしぐさ(常同運動)が見られることがあります。
そのため、最初はレット症候群を疑われて検査をし、その結果BPANだとわかるケースもよくあります。
睡眠障害
寝付きが悪かったり、夜中に何度も起きてしまったりする睡眠の問題が見られることがあります。
2. 成人期(第二段階):運動機能の変化
20代から30代頃になると、それまで比較的安定していた状態に変化が現れることがあります。これを退行期や進行期と呼ぶこともあります。
パーキンソニズム
パーキンソン病のような症状が現れます。
具体的には、手足が震える(振戦)、筋肉が硬くなって動きがぎこちなくなる(固縮)、動作がゆっくりになる(無動)、体のバランスが取りにくく転びやすくなる(姿勢反射障害)といった症状です。
それまでスタスタ歩いていた方が、小刻みに歩くようになったり、一歩目が出にくくなったりすることがあります。
ジストニア
自分の意思とは関係なく筋肉に力が入ってしまい、体がねじれたり、手足がつっぱったりする症状です。
足が内側に向いてしまって歩きにくい、首が傾いてしまうといった症状が出ることがあります。
認知機能の低下
知的な能力が少しずつ低下し、認知症のような状態になることがあります。
今までできていたことが難しくなったり、言葉が出にくくなったりします。
これらの成人期の症状は、ある時を境に急速に進むこともあれば、ゆっくりと進むこともあります。また、すべての患者さんが同じような経過をたどるわけではなく、進行のスピードや程度には個人差があります。
原因
なぜ、脳に鉄が溜まったり、発達がゆっくりになったりするのでしょうか。その原因は、細胞の中をお掃除するシステムの不具合にあります。
WDR45遺伝子の役割
この病気の原因は、X染色体にあるWDR45(ダブリューディーアール45)という遺伝子の変異です。
この遺伝子は、WIPI4(ウィピフォー)というタンパク質を作る設計図です。
このタンパク質は、細胞の中でオートファジーという非常に重要なシステムに関わっています。
オートファジー(自食作用)の不全
オートファジーとは、細胞の中で古くなったタンパク質や、不要になった部品などを包み込んで分解し、リサイクルする「お掃除システム」のことです。細胞が健康でいるために欠かせない機能です。
WDR45遺伝子に変異が起きると、このお掃除システムがうまく働かなくなります。
すると、細胞の中にゴミが溜まってしまったり、鉄の代謝がうまくいかずに脳の特定の場所に鉄が沈着してしまったりします。
特に、脳の中でも体を動かす指令を調節している大脳基底核(黒質や淡蒼球という部分)は、鉄が溜まりやすく、このオートファジーの異常による影響を受けやすいと考えられています。
その結果、神経細胞が徐々に元気をなくしてしまい、BPANの症状が現れるのです。
遺伝について
この病気はX連鎖顕性遺伝(X連鎖優性遺伝)という形式をとります。
女性はX染色体を2本持っていますが、そのうちの1本に変異があれば発症します。
男性はX染色体を1本しか持っていないため、この重要な遺伝子が働かないと、通常は生まれてくることができません(胎内致死)。
そのため、患者さんのほとんどは女性です。
しかし、稀に男性の患者さんもいます。これは、体の細胞の一部だけに遺伝子の変異があるモザイクという状態である場合や、男性であってもX染色体を余分に持っている場合などが考えられます。
また、BPANの患者さんのほとんどは、ご両親から遺伝したわけではありません。
ご両親の遺伝子は正常で、お子さんの代で初めて遺伝子の変化が起こる新生突然変異(de novo変異)のケースが圧倒的に多いです。
これは、受精卵ができる過程で偶然に起きたコピーミスのようなものであり、誰のせいでもありません。
妊娠中の生活習慣やストレスなどが原因で起こるものではありません。
そのため、次のお子さんが同じ病気になる確率は、一般のカップルとほとんど変わりません。

診断と検査
診断は、症状の経過と画像検査、そして遺伝学的検査によって確定されます。
1. 臨床診断
医師は診察で以下の点を確認します。
- 全体的な発達の遅れがあるか。
- てんかん発作があるか。
- レット症候群に似た特徴があるか。
- 成人期の方であれば、パーキンソニズムやジストニアがあるか。
2. 脳MRI検査
BPANの診断において、MRI検査は非常に重要な手がかりになります。
脳の中にある「黒質」と「淡蒼球」という部分に、鉄が沈着している所見が見られます。
特に、T1強調画像という撮り方をした時に、黒質の部分が黒く抜けた周りに白く光るリングのようなものが見えることがあります。これはHalo(ハロー:後光)サインと呼ばれ、BPANに非常に特徴的な所見です。
ただし、幼少期にはまだ鉄の沈着がはっきりしておらず、MRIでは異常が見つからないこともあります。年齢が進むにつれてはっきりしてくることが多いです。
3. 遺伝学的検査
確定診断のために最も重要な検査です。
血液を採取し、DNAを解析してWDR45遺伝子に変異があるかを調べます。
最近では全エクソーム解析といって、すべての遺伝子を網羅的に調べる検査で見つかることが増えています。
これにより、レット症候群などの似た症状を持つ他の病気と区別し、BPANであることを確定させることができます。
治療と管理
現在の医学では、遺伝子を修復して病気を根本から治す治療法や、鉄の沈着を取り除いて神経を元通りにする治療法はまだ確立されていません。
しかし、それぞれの症状に対して適切な治療や療育を行うことで、生活の質を高め、穏やかに過ごすことは十分に可能です。
治療は、対症療法(症状を和らげる治療)とリハビリテーションが中心となります。
1. てんかんの治療
小児期に多いてんかん発作に対しては、抗てんかん薬を使用します。
発作のタイプに合わせて、バルプロ酸、レベチラセタム、クロバザムなどのお薬を調整します。
発作をコントロールすることは、脳の負担を減らし、日中の活動を充実させるために重要です。
2. 運動症状(パーキンソニズム・ジストニア)の治療
成人期以降に現れる運動の症状に対しては、飲み薬による治療を行います。
パーキンソン病の治療薬であるL-ドーパ(レボドパ)が使われることが多く、動きの鈍さや硬さが改善することがあります。ただし、効果には個人差があり、長期間使うと効きにくくなることもあります。
筋肉のつっぱり(ジストニア)に対しては、筋弛緩薬や、ボツリヌス毒素を筋肉に注射するボトックス治療が行われることもあります。
3. リハビリテーション(療育)
お子さんの発達を促し、体の機能を維持するために、早期からの療育が非常に重要です。
理学療法(PT)
体のバランス感覚を養い、歩行などの運動機能を高める訓練を行います。
筋肉が硬くならないようにストレッチを行ったり、足に合った靴(インソール)を作ったりします。
大人になって運動機能が変化してきても、リハビリを続けることで、動ける期間を長く保つことができます。
作業療法(OT)
手先の使い方や、遊びを通じた発達支援を行います。
食事や着替えなどの日常生活動作がしやすいように、道具を工夫したり、介助の方法を検討したりします。
言語聴覚療法(ST)
コミュニケーション能力の向上を目指します。
言葉が出にくい場合でも、絵カードやタブレット端末などのコミュニケーションツールを活用することで、意思表示ができるようになります。
また、飲み込み(嚥下)の機能に問題がある場合は、食事の形態を調整したり、食べる練習を行ったりします。
4. 教育と生活のサポート
就学時には、特別支援学校など、お子さんの特性に合わせた手厚い教育環境を選ぶことが大切です。
個別の指導計画を作成し、一人ひとりのペースに合わせた学習や生活の自立に向けた支援を行います。
また、放課後等デイサービスや移動支援などの福祉サービスを利用することで、家族以外の人と関わり、社会経験を積むことができます。
5. 定期的なフォローアップ
BPANは年齢とともに症状が変化する病気です。
今は症状がなくても、将来の変化に備えて定期的に神経内科や小児科を受診し、MRI検査などで脳の状態をチェックし続けることが大切です。
まとめ
脳内鉄沈着を伴う神経変性症5型(BPAN/NBIA5)についての解説をまとめます。
- 病気の本質: WDR45遺伝子の変異により、細胞のお掃除機能(オートファジー)がうまくいかなくなり、脳に鉄が溜まることで神経に影響が出る病気です。
- 二つの顔: 小児期の発達遅滞・てんかんと、成人期以降のパーキンソニズム・認知機能低下という、年齢による症状の変化が特徴です。
- 原因: 女性に多いX連鎖性の疾患ですが、ほとんどは突然変異によるものであり、親のせいではありません。
- 診断の鍵: 脳MRIでの「Haloサイン」と遺伝子検査が診断の決め手になります。
- 管理の要点: てんかんのコントロール、リハビリテーションによる機能維持、そして成人期の変化を見逃さない定期的なフォローアップが中心となります。
