ご家族が「7q31-q32欠失」という診断を受けたとき、まず直面するのは情報の少なさに対する不安ではないでしょうか。この疾患は非常に稀な染色体構造異常であり、一般的な医療事典やインターネット検索でも、まとまった情報を日本語で見つけることは困難です。
この記事は、診断を受けたばかりのご家族が、この疾患の全体像を正しく理解し、これからの歩みの道標(みちしるべ)として活用できるよう作成されました。専門用語には簡単な解説を添え、詳細な記述で、お子さんの成長を支えるための情報を網羅しています。
1. 概要:7q31-q32欠失症候群とはどのような病気か
染色体と「欠失」の仕組み
私たちの体を作るための膨大な設計図(遺伝子)は、細胞の中にある「染色体」という構造体に収められています。人間は通常、23対(合計46本)の染色体を持っており、それぞれに1番から22番までの番号と、性別を決める性染色体があります。
各染色体は中央のくびれ(中心節)を境に、短い方を「短腕(p)」、長い方を「長腕(q)」と呼びます。「7q31-q32欠失」とは、7番染色体の長い方の腕(q)において、31番から32番という特定の領域の遺伝情報が一部失われている状態を指します。
「間質性欠失」という特徴
この疾患は、染色体の端ではなく途中の部分が失われるため、専門的には「間質性欠失(かんしつせいけっしつ)」と呼ばれます。失われる範囲(ブレイクポイント)や失われる遺伝子の数は一人ひとり異なるため、同じ診断名であっても症状の現れ方や程度には大きな個人差があります。
なぜこの領域が注目されるのか
7番染色体のq31からq32にかけての領域には、人間の発達において極めて重要な役割を果たす遺伝子が集中しています。特に、言葉の習得に深く関わる遺伝子が含まれているため、この疾患の多くで「言語発達」に関する特徴が見られます。
2. 主な症状と特徴
7q31-q32欠失で見られる症状は、身体的な特徴から発達面まで多岐にわたります。これらは、欠失領域に含まれる特定の遺伝子が「1つ(1コピー)」しか機能しなくなることで生じます。
① 言語発達の顕著な遅れ(FOXP2遺伝子の影響)
この疾患の最も代表的な特徴は、言葉の発達に関する困難さです。
- 小児期発語失行(CAS): 脳から口や舌へ「どう動かすか」という指令がうまく伝わらないため、言葉を滑らかに話すことが難しい状態です。
- 理解と表出の乖離: 相手の言うことはよく理解できていても、自分の気持ちを言葉にして伝えることが難しいという特徴が見られることがあります。
- 特異的言語障害: 文法を組み立てたり、語彙を増やしたりすることに時間がかかります。
② 全般的な発達の遅れ
- 運動発達: 首の座り、お座り、歩行などの発達がゆっくり進みます。これは、筋肉の張りが少し弱い「筋緊張低下」が背景にあることが多いためです。
- 知的発達: 軽度から中等度の知的障害が見られることがありますが、教育的な支援によって着実に学習を積み重ねることが可能です。
③ 顔立ちや身体的特徴
他の染色体疾患に比べて特徴は控えめなことが多いですが、以下のような共通点が見られることがあります。
- 広い額: おでこが少し広く、張り出している。
- 眼間解離: 両目の間隔が少し離れている。
- 耳の低位: 耳の位置が通常より少し低い。
- 鼻の特徴: 鼻筋が低めであったり、鼻の先が少し丸みを帯びていたりすることがあります。
④ 行動・心理面の特徴
- 注意欠如・多動症(ADHD)傾向: 集中力が続きにくかったり、じっとしているのが苦手だったりすることがあります。
- 自閉スペクトラム症(ASD)傾向: 社会的なコミュニケーションやこだわりに関する特徴が見られることがあります。
- 穏やかな性格: 多くの症例で、社交的で穏やかな性格であることが報告されています。
⑤ その他の合併症
- 聴覚障害: 滲出性中耳炎を繰り返したり、軽度の難聴が見られたりすることがあります。
- 摂食障害: 乳幼児期に、飲み込む力(嚥下)が弱く、ミルクを飲むのに時間がかかることがあります。
- 脳の構造異常: 稀に、脳のMRI検査で脳梁(左右の脳をつなぐ部分)の低形成などが見つかることがあります。
3. 欠失領域に含まれる重要な遺伝子
7q31-q32には、科学的に重要性が証明されているいくつかの遺伝子があります。これらを知ることは、お子さんの症状の背景を理解する助けになります。
| 遺伝子名 | 役割と欠失時の影響 |
| FOXP2 | 「言語遺伝子」として有名。脳内の言語回路の形成に不可欠で、欠失すると発語失行や言語障害が生じる。 |
| CFTR | 粘液の調整に関わる。この遺伝子の欠失単独では嚢胞性線維症にはならないが、もう一方の染色体に異常がある場合に注意が必要。 |
| GRM8 | 神経伝達物質の受容体。脳の信号伝達に関わり、注意欠如や行動特性に関連する可能性がある。 |
| MET | 細胞の成長や脳の発達に関与。自閉症スペクトラム障害との関連が研究されている。 |
4. 原因:なぜ染色体の欠失が起こるのか
診断を受けた際、ご両親は「自分の何かがいけなかったのではないか」と自責の念に駆られることがありますが、それは医学的に完全に否定されています。
突然変異(de novo変異)
7q31-q32欠失のほとんどのケースは、受精卵が作られる過程、あるいは細胞分裂の非常に早い段階で、偶発的に発生する「突然変異」です。これを専門用語でde novo(デ・ノボ)変異と呼びます。
これは、精子や卵子が作られる際に染色体が組み換わるプロセスで「たまたま」起こるコピーエラーのようなものです。誰の身にも起こりうる自然の現象であり、ご両親の年齢、妊娠中の食事、生活習慣、ストレスなどは一切関係ありません。
染色体転座の影響(稀なケース)
ごく稀に、ご両親のどちらかが「均衡型転座(染色体の一部が入れ替わっているが、情報の過不足はない状態)」を持っている場合があります。この場合、ご両親には症状はありませんが、次世代にお子さんが生まれる際、一部に欠失が生じることがあります。
この可能性があるかどうかは、専門医による遺伝カウンセリングと、ご両親の染色体検査によって確認することができます。
5. 診断と検査
現在の診断技術の向上により、以前は見逃されていたような小さな欠失も正確に特定できるようになっています。
① マイクロアレイ検査(CMA)
7q31-q32欠失の診断において最も重要な検査です。
- 内容: 数万から数十万箇所の遺伝子情報を一度にスキャンし、微細な欠失を特定します。
- 利点: 「何番から何番までの遺伝子が失われているか」を詳細に数値化できるため、FOXP2遺伝子が含まれているかなど、将来の予測に役立ちます。
② 染色体分染法(G-バンド法)
標準的な染色体検査ですが、欠失が非常に小さい場合はこの検査では見つからない(正常と判定される)ことがあります。マイクロアレイ検査で確定した後に、全体像を確認するために行われることがあります。
③ 発達評価と専門的な診察
遺伝子検査と並行して、以下のような評価が行われます。
- 言語評価: 言語聴覚士による発語失行の評価。
- 発達検査: 新版K式発達検査などを使い、現在の発達段階を把握します。
- 画像検査: 脳のMRI、心臓や腎臓のエコー検査など。

6. 治療と管理:健やかな成長を支えるために
染色体の欠失そのものを根本的に治療する方法は、現在の医療には存在しません。しかし、「お子さんの特性に合わせた適切な環境を整えること」で、生活の質は劇的に改善します。
言語聴覚療法(ST)の優先順位
7q31-q32欠失のお子さんにとって、言語聴覚療法は最も重要なサポートです。
- 初期のコミュニケーション: 発語が難しい時期は、絵カード、サイン(手話)、タブレット端末(VOCA)などを用いた代替コミュニケーションを積極的に導入します。
- 構音訓練: 口の動きを視覚的に捉える練習を行い、少しずつ音を言葉につなげていきます。
- 「伝えたい」気持ちを育てる: 話せないストレスを減らすため、多角的な表現方法を認め、自信をつけさせることが大切です。
全般的な療育(発達支援)
- 理学療法(PT): 筋緊張の低さからくる姿勢の崩れを補い、体幹を鍛えます。
- 作業療法(OT): 手先の不器用さをカバーし、着替えや食事、筆記などの動作をスムーズにします。
- 個別教育計画: 園や学校と連携し、情報の視覚化や、落ち着ける環境作り(合理的配慮)を依頼します。
定期的な医学的フォローアップ
- 耳鼻科: 滲出性中耳炎による聴力低下は言語発達の妨げになるため、こまめなチェックが必要です。
- 小児神経科: 注意力の問題や睡眠の問題、稀に見られるてんかん発作などに対応します。
- 眼科: 遠視や乱視、斜視の有無を確認し、必要に応じて眼鏡で矯正します。
7. まとめ:知っておきたい要点
- 言語のサポートが鍵: 言葉の遅れは顕著ですが、理解力は備わっていることが多いです。焦らず、多様なコミュニケーション手段を活用しましょう。
- 個人差が大きい: 「7q31-q32欠失」という名前が同じでも、成長のペースは一人ひとり異なります。
- 早期介入の効果: 早くから療育(ST/PT/OT)を開始することで、お子さんの持つポテンシャルを最大限に引き出せます。
- チームでの見守り: 医療、教育、福祉、そして家族。多方面からのサポートチームを作ることが、ご家族の負担軽減に繋がります。
8. 家族へのメッセージ
診断名を聞かされたとき、未来が閉ざされたような、暗いトンネルの中にいるような気持ちになったかもしれません。しかし、お子さんは、染色体の番号や欠失の範囲だけで決まる存在ではありません。
7q31-q32欠失のお子さんたちは、ゆっくりであっても、必ず自分の足で歩みを進め、自分の方法で世界と繋がりを持とうとします。言葉が出るのがゆっくりな分、お子さんが初めて「ママ」「パパ」と呼んでくれたときや、指差しで意思を伝えてくれたときの喜びは、何物にも代えがたい宝物になるでしょう。
希少疾患であるがゆえに、身近に同じ悩みを持つ人がいない孤独感は計り知れません。しかし、世界中には、そして日本中には、同じ7番染色体の特性と共に生きる家族がいます。SNSや患者会などを通じて、少しずつ外の世界と繋がってみてください。
毎日、お子さんに寄り添い、病院や療育に通い、情報を探しているあなたは、すでに素晴らしい親であり、理解者です。お子さんにとって一番の栄養は、ご家族の笑顔と、ありのままを受け入れてくれる安心感です。
疲れたときは、周囲の支援サービスを頼り、自分の時間を大切にすることも、お子さんへの支援の一環です。
私たちは、あなたとお子さんの歩みが、多くの理解と優しさに包まれることを心から願っています。
