18q末端欠失症候群(18q-症候群)

赤ちゃん

お子様が「18番染色体長腕末端欠失(Distal chromosome 18q deletion)」、通称「18q-(じゅうはち・キュー・マイナス)症候群」という診断を受けたとき、聞き慣れない病名に、言いようのない不安と戸惑いを感じられたことでしょう。

18トリソミー」という言葉は聞いたことがあっても、「18番の欠失」については情報が少なく、インターネットで検索しても専門的な論文ばかりが出てきて、余計に混乱してしまうことも少なくありません。

この症候群は、染色体疾患の中では比較的頻度が高いものの一つ(約4万人に1人)であり、世界中に多くの患者さんとその家族のコミュニティ(Chromosome 18 Registryなど)が存在します。研究も進んでおり、成長ホルモン治療聴覚管理など、具体的な対応策が多くある疾患でもあります。

この記事では、医学的な知識がない方でも理解できるよう、この病気の正体、予想される症状、そしてこれからの生活で大切にしてほしいことを、4000字以上のボリュームで丁寧に解説していきます。

概要:どのような病気か

18q末端欠失症候群は、ヒトの細胞にある46本の染色体のうち、「18番染色体」の端っこ(末端)部分が失われている(欠失している)ことによって起こる生まれつきの疾患です。

1964年にフランスのジェローム・ルジューン博士らによって初めて報告されました(当時はド・グルーシー症候群とも呼ばれましたが、現在は18q-症候群と呼ばれるのが一般的です)。

染色体の「住所」を読み解く

この病名は、染色体のどこに変化が起きているかという「住所」を表しています。

  • Chromosome 18(18番染色体): ヒトの23対の染色体のうち、比較的小さな18番目の染色体です。
  • q(長腕): 染色体にはくびれがあり、短い方を「短腕(p)」、長い方を「長腕(q)」と呼びます。18番染色体の遺伝情報の多くは、この「長腕」にあります。
  • Distal(末端): 「中心から遠い」という意味です。具体的には、長腕の18q21からq23にかけての領域を含む欠失を指します。
  • Deletion(欠失): その部分の遺伝情報が抜け落ちている状態です。

「設計図」の最終章がない状態

染色体を「全46巻の百科事典(体の設計図)」に例えるなら、この症候群は、「第18巻の後半のページが破れてなくなってしまっている」状態です。

この失われたページには、MBP遺伝子(脳の神経を包む膜を作る)、TSHZ1遺伝子(耳の穴を作る)、GH1遺伝子への指令(成長ホルモン)など、体の形成や発達に関わる重要な遺伝子が含まれています。

そのため、どの範囲まで欠失しているかによって、症状の出方に個人差があります。

主な症状

18q末端欠失症候群の症状は多岐にわたりますが、非常に特徴的で、他の染色体疾患とは区別しやすい症状がいくつかあります。

1. 聴覚障害と耳の特徴(非常に重要)

この症候群の患者さんの約60〜70%に見られる、最も注意すべき特徴です。

  • 外耳道狭窄・閉鎖:
    耳の穴(外耳道)が生まれつき非常に狭い、あるいは閉じていることがあります。
  • 伝音性難聴:
    耳の穴が狭いために音が鼓膜に届きにくく、聞こえが悪くなります。
  • 感音性難聴:
    神経そのものの発達の問題で聞こえにくい場合もあります。
    ※耳の形や位置(低位付着耳など)にも特徴が出ることがあります。早期に発見し、補聴器などで「音を入れる」ことが、言葉の発達にとって極めて重要です。

2. 成長障害(低身長)

多くの患者さんで、身長の伸びが緩やかです。

  • 成長ホルモン分泌不全:
    18q欠失のお子様の多くは、成長ホルモン(GH)の分泌が不足しているか、効きにくい体質であることが分かっています。
    ※適切な時期にホルモン治療を行うことで、身長が改善するだけでなく、認知発達にも良い影響を与えるという研究結果も報告されています。

3. 神経学的特徴(髄鞘化遅延)

MRI検査をすると分かる特徴です。

  • 髄鞘化(ずいしょうか)不全・遅延:
    脳の神経細胞は、電気信号を伝える電線のようなものです。「髄鞘(ミエリン)」は、その電線を包む「絶縁テープ」の役割をしています。
    18qの末端には、このミエリンを作るためのMBP遺伝子があります。ここが欠失していると、絶縁テープを巻く作業が遅れるため、脳の信号伝達スピードが少しゆっくりになります。これが発達の遅れに関連しています。
  • 筋緊張低下(ハイポトニア):
    体が柔らかく、運動発達がゆっくりになる原因となります。

4. 発達と知能の特徴

  • 精神運動発達遅滞:
    首のすわり、お座り、歩行などの運動発達が遅れます。
  • 知的発達:
    軽度から重度まで幅がありますが、中等度の知的障害を持つケースが多いです。しかし、中には知的な遅れがほとんどない(境界域)の方もいます。
  • 言葉の遅れ:
    難聴の影響や、口周りの筋肉の弱さ、髄鞘化遅延の影響で、発語が遅れる傾向があります。

5. 整形外科的な特徴(足の変形)

  • 足の変形:
    内反足(足が内側を向いている)、垂直距骨(揺り椅子のような足底)、偏平足など、足の形に特徴が出ることが多く、歩行のために装具や手術が必要になることがあります。
  • 手の特徴:
    指先が細くなっている(先細り指)、指の渦巻き模様が多いなど。

6. 顔立ちの特徴

「18q-特有のお顔」と呼ばれる特徴があります。

  • 中顔面低形成: 顔の真ん中(鼻のあたり)が少し平坦で奥まっている。
  • 口の特徴: 口がへの字(鯉の口のよう:Carp mouth)である、口蓋裂があるなど。
  • 目の特徴: 眼振(目が揺れる)、斜視など。

7. その他の合併症

  • 免疫グロブリンA(IgA)欠損症:
    免疫物質の一つが少なく、風邪をひきやすかったり、中耳炎になりやすかったりします。
  • 自己免疫疾患:
    甲状腺機能低下症や関節リウマチなどのリスクがわずかに上がります。
  • 行動面:
    自閉スペクトラム症(ASD)の特性や、不安の強さ、気分のムラが見られることがあります。

原因:なぜ起きたのか

ご家族が「なぜ?」と悩み、時にご自身を責めてしまうのが「原因」についてです。しかし、声を大にしてお伝えしたいのは、「ご両親の育て方や妊娠中の過ごし方が原因ではない」ということです。

1. 突然変異(de novo変異)

18q末端欠失症候群の大多数(約80%以上)は、「de novo(デ・ノボ)」と呼ばれる突然変異で起こります。

精子や卵子が作られる過程、あるいは受精後の細胞分裂の非常に早い段階で、偶然染色体の端っこが切れてなくなってしまったものです。

誰にでも起こりうる、自然の確率的な現象であり、防ぐことは現代の医学では不可能です。

2. 親の染色体転座(家族性)

一部のケースでは、ご両親のどちらかが「均衡型転座」という染色体のタイプを持っている場合があります。

  • 均衡型転座: 染色体の場所が入れ替わっているだけで、遺伝情報の量は変わらないため、親御さん自身は健康です。
  • しかし、お子様に染色体を受け渡す際に、バランスが崩れて「不均衡(欠失)」が生じることがあります。
    ※次のお子様を考えている場合など、必要に応じて遺伝カウンセリングで確認することができます。

3. ハプロ不全(Haploinsufficiency)

通常、遺伝子は2つセットで働きますが、片方が欠失して1つになると、タンパク質の量が足りなくなります。

  • MBP遺伝子不足 → 髄鞘化が遅れる
  • TSHZ1遺伝子不足 → 耳の穴が狭くなる
    このように、遺伝子の不足が直接症状につながっています。

診断と検査

通常、生まれた時の特徴(足の変形、耳の穴が狭いなど)や発達の遅れから医師が疑いを持ち、遺伝学的検査を行うことで確定診断に至ります。

1. 染色体検査(G分染法・マイクロアレイ)

  • G分染法: 顕微鏡で見る基本的な検査です。18q-は比較的大きな欠失であることが多いため、この検査で見つかることも多いです。
  • マイクロアレイ染色体検査 (CMA): より細かくDNAレベルで調べる検査です。「正確にどこからどこまでが欠けているか」を特定できます。これにより、どの遺伝子がなくなっているかが分かり、症状の予測や治療方針の決定に役立ちます。

2. 聴覚検査(ABRなど)

最重要検査の一つです。

耳の穴が狭くて鼓膜が見えない場合でも、脳波を使った聴力検査(ABR)などで、聞こえの程度を正確に評価します。

3. 頭部MRI検査

脳の「髄鞘化」の状態を確認します。年齢に比べて白質(神経の通り道)の映り方が幼い場合、18q-の特徴と合致します。

4. 内分泌検査(血液検査)

成長ホルモンや甲状腺ホルモンの値が正常かどうかを調べます。低身長がある場合は、負荷試験を行うこともあります。

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治療と管理:これからのロードマップ

失われた染色体を元に戻す治療法(根本治療)は、現代の医療ではまだ確立されていません。

しかし、18q末端欠失症候群は、「介入できるポイントが多い」疾患です。適切な治療と療育で、QOL(生活の質)を大きく向上させることができます。

1. 成長ホルモン(GH)療法

低身長があり、検査で成長ホルモンの分泌不足などが確認された場合、成長ホルモンの注射による治療が行われます。

身長を伸ばすだけでなく、筋肉量を増やしたり、活動性を高めたりする効果も期待されます。一部の研究では、認知機能への良い影響も示唆されています。

2. 聴覚管理と耳鼻科ケア

  • 補聴器: 難聴がある場合、早期から補聴器(骨導補聴器や軟骨伝導補聴器など、耳の穴を塞がないタイプも有効)を使用し、音と言葉を入力します。
  • 中耳炎対策: 耳の穴が狭いため、中耳炎になりやすく、治りにくいです。こまめな耳鼻科通院が必要です。
  • 外耳道形成術: 成長してから、耳の穴を広げる手術を検討することもあります。

3. 整形外科的治療

  • 足の治療: 内反足や垂直距骨がある場合、ギプス矯正や装具、手術を行って、歩きやすい足を作ります。

4. 早期療育(ハビリテーション)

  • 理学療法 (PT): 筋緊張低下に対して、体幹を鍛え、運動発達を促します。
  • 言語聴覚療法 (ST): 言葉の遅れに対してアプローチします。難聴がある場合は、視覚情報(サインや絵カード)も併用してコミュニケーションを育てます。
  • 作業療法 (OT): 手先の不器用さを改善し、生活動作を練習します。

5. 免疫・内分泌管理

  • 感染症: 風邪をひきやすいため、ワクチン接種を確実に行います。
  • 甲状腺: 定期的な血液検査でチェックします。

日々の生活での工夫

18q末端欠失症候群のお子様との生活で、ヒントになるポイントをまとめました。

  • 「聞こえ」への配慮:
    後ろから声をかけても気づかないことがあります。話しかけるときは、正面から、目を見て、はっきりと話しましょう。雑音の多い場所では聞き取りにくいことを理解してあげてください。
  • 体温調節:
    自律神経の調整が苦手な場合があり、暑さ寒さに弱いことがあります。衣服での調整に気を配りましょう。
  • スモールステップ:
    髄鞘化遅延があるため、新しいことを覚えるのに時間がかかるかもしれません(信号が伝わるのがゆっくりだからです)。でも、繰り返せば必ず回路はつながります。「ゆっくりだけど、確実に進む」のがこの子たちの特徴です。焦らず見守りましょう。

よくある質問(FAQ)

Q. 寿命に影響はありますか?

A. 重篤な心疾患などを合併していなければ、生命予後(寿命)は良好であり、健康な人と変わらないと考えられています。成人して社会生活を送っている方もたくさんいらっしゃいます。

Q. 脳の「髄鞘化遅延」は治りますか?

A. 「遅延」という名前の通り、完全に止まっているわけではなく、非常にゆっくりですが年齢とともに進行(改善)していきます。大人になっても発達が続くことが、この症候群の希望の一つです。

Q. 次の子に遺伝しますか?

A. 親御さんの染色体検査の結果によりますが、両親が正常(de novo変異)であれば、次のお子様が同じ病気になる確率は一般と同じく非常に低いです(1%以下)。親御さんが均衡型転座を持っている場合は確率が変わります。

まとめ

ここまでの重要ポイントを振り返ります。

  1. 18q末端欠失症候群(18q-)は、18番染色体末端の欠失による疾患です。
  2. 主な症状は、外耳道狭窄による難聴、成長ホルモン不足による低身長、脳の髄鞘化遅延です。
  3. 原因の多くは突然変異であり、親の責任ではありません。
  4. 診断にはマイクロアレイ検査が有効で、聴覚検査やMRIも重要です。
  5. 治療は、成長ホルモン療法、補聴器、足の治療、そして早期療育がカギとなります。

家族へのメッセージ

診断名を聞いた直後、ご家族は「染色体異常」という言葉の重みに、将来への不安を感じているかもしれません。

「歩けるようになるのかな」「お話できるのかな」と。

しかし、18q-症候群のお子様たちは、素晴らしい可能性を秘めています。

脳の伝達スピードはゆっくりかもしれませんが、彼らは時間をかけて確実に学び、成長し続けます。

人懐っこい性格の子が多く、周囲の人を笑顔にする力を持っています。補聴器をつけて音の世界を楽しんだり、ホルモン治療で背が伸びて自信を持ったりと、医療のサポートでお子様の可能性は大きく広がります。

一人で抱え込まないで

世界には「Chromosome 18 Registry & Research Society」という大きな家族会・研究組織があり、日本にも支部やコミュニティがあります。

医師、看護師、療法士、そして同じ経験を持つ家族たち。あなたの周りには、味方になってくれる人がたくさんいます。

焦らず、一日一日を大切に。

お子様の小さな「できた!」を一緒に喜び合える日々が、これからの未来にたくさん待っています。

次のアクション:まず確認したいこと

この記事を読んだ後、主治医に確認すると良い具体的なポイントです。

  1. 「聴覚」のチェック:
    「ABR(聴性脳幹反応)などの詳しい聴力検査は済んでいますか?補聴器の適応はありますか?」と確認しましょう。
  2. 「ホルモン」のチェック:
    「成長ホルモンや甲状腺ホルモンの値は正常でしたか?」と聞いてみましょう。

療育の開始:
お住まいの自治体の福祉窓口(障害福祉課など)で、早期療育(児童発達支援)を受けるための手続きや、「受給者証」の取得について聞いてみましょう。

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