Pontocerebellar Hypoplasia, Type 1A(PCH1A)は、VRK1遺伝子の変異によって引き起こされる稀な神経変性疾患です。出生時から重度の筋力低下や運動障害が見られ、進行性の神経機能障害を伴います。特に橋小脳形成不全と脊髄前角細胞の変性が特徴的であり、脊髄性筋萎縮症(SMA)と類似した臨床像を示します。本記事では、PCH1Aの症状、診断方法、治療の現状について詳しく解説します。
遺伝子・疾患名
VRK1|Pontocerebellar Hypoplasia, Type 1A
PCH1A; Pontocerebellar Hypoplasia with Infantile Spinal Muscular Atrophy; Pontocerebellar Hypoplasia with Anterior Horn Cell Disease
概要 | Overview
Pontocerebellar Hypoplasia, Type 1A(PCH1A)は、極めてまれな常染色体劣性遺伝性の神経変性疾患であり、脳幹の一部である橋(pons)や小脳(cerebellum)の形成不全を特徴とする。出生時から重度の運動障害が見られ、先天性の筋緊張低下(低緊張)、進行性の筋力低下、さらに早期の呼吸不全を引き起こす。特に脊髄前角細胞の変性が関与する点で脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy, SMA)と類似する臨床像を示す。PCH1AはVRK1遺伝子の病的変異によって引き起こされる。この遺伝子はワクシニアウイルス関連キナーゼ1(vaccinia-related kinase 1, VRK1)をコードし、細胞周期の調節、ヒストンの修飾、神経細胞の増殖に不可欠なセリン・スレオニンタンパク質キナーゼを生成する。
疫学 | Epidemiology
PCH1Aは極めてまれな疾患であり、世界中で報告されている症例数は限られている。この疾患は広義の「橋小脳形成不全症(pontocerebellar hypoplasias)」に分類されるが、このカテゴリーには共通した神経画像所見を示すものの、遺伝的背景が異なるさまざまな疾患が含まれる。PCH1Aは常染色体劣性遺伝の形式をとり、発症には両親から受け継いだVRK1遺伝子の両方に病的変異が存在する必要がある。
病因 | Etiology
PCH1Aの原因は、VRK1遺伝子の変異にある。この遺伝子は染色体14q32に位置し、セリン・スレオニンタンパク質キナーゼであるVRK1をコードしている。VRK1は、細胞周期の進行、クロマチン(染色質)の構造維持、さらには神経細胞の発達において重要な役割を果たしている。特に、胚発生期における大脳皮質の神経細胞の増殖と移動に関与しており、その機能が失われると広範な神経発達異常が引き起こされる。さらに、VRK1はがん抑制遺伝子として知られるp53の安定性や転写調節にも関与しており、神経細胞の生存や維持にも影響を及ぼす。
症状 | Symptoms
PCH1Aは出生時または乳児期早期に発症し、重篤な神経発達の遅れを伴う。主な症状として、以下のような特徴がある。
小頭症(microcephaly)は、先天性または進行性に現れ、脳の成長の遅れが原因となる。先天性低緊張(hypotonia)は出生時から明らかであり、筋肉の緊張が極端に低いために運動機能が制限される。運動ニューロン機能障害(motor neuron dysfunction)は、脊髄性筋萎縮症と類似し、進行性の筋萎縮や筋力低下が生じる。先天性拘縮(congenital contractures)も見られ、関節の可動域が制限されることがある。呼吸不全(respiratory insufficiency)は早期に発症し、人工呼吸管理が必要になるケースが多い。橋小脳形成不全(pontocerebellar hypoplasia)は、神経画像上で小脳や脳幹の体積減少として確認される。重度の知的障害(severe intellectual disability)は顕著で、運動や認知の発達が大幅に遅れる。
検査・診断 | Tests & Diagnosis
PCH1Aの診断は、臨床症状、神経画像検査、遺伝子検査の組み合わせによって行われる。
脳MRI(magnetic resonance imaging)では、橋と小脳の形成不全が顕著であり、しばしば脳梁形成不全(corpus callosum agenesis)などの追加的な異常も認められる。筋電図検査(electromyography, EMG)は、脊髄性筋萎縮症と類似した運動ニューロン障害を示す所見を示すことがある。遺伝子検査では、次世代シーケンス(next-generation sequencing, NGS)や全エクソーム解析(whole-exome sequencing, WES)によりVRK1遺伝子の病的変異を特定する。筋生検(muscle biopsy)では、神経原性萎縮の所見が見られることがあり、運動ニューロン疾患の診断を補助する。
治療法と管理 | Treatment & Management
PCH1Aには現在のところ根本的な治療法は存在せず、治療の主眼は症状の緩和と生活の質の向上に置かれる。
呼吸管理(respiratory support)として、人工呼吸器の使用や気管切開(tracheostomy)が必要になる場合がある。理学療法(physical therapy)は、関節の拘縮を軽減し、可能な範囲での運動機能の維持を目的とする。栄養管理(nutritional support)として、嚥下障害のある患者には胃瘻(gastrostomy)を用いた栄養補給が行われることがある。てんかんの管理(seizure management)には、発作を抑制するための抗てんかん薬(antiepileptic drugs, AEDs)が使用される。終末期ケア(palliative care)も、病状の進行に伴い考慮されるべきであり、患者と家族の生活の質を最大限に保つための対応が求められる。
予後 | Prognosis
PCH1Aは進行性かつ生命予後の厳しい疾患であり、多くの患者は幼少期のうちに重度の呼吸不全により命を落とすことが多い。病状の進行とともに筋緊張の低下が進み、運動機能のさらなる喪失や医学的な管理の複雑化が生じる。遺伝子変異の種類やVRK1の残存機能によって症状の重篤度や生存期間に個人差が生じることもある。
早期の遺伝学的診断により、将来のケア計画を立て、適切な支援を受けることが可能となる。しかし、根治的な治療がないため、現在の医療では症状の進行を食い止めることはできず、疾患の予後は依然として厳しい。患者の快適な生活を最大限に支えるために、多職種が連携した包括的な医療支援が必要である。
引用文献|References
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