遺伝子検査の結果報告書に記された「Intellectual developmental disorder, autosomal dominant 5(MRD5)」という長い英語の診断名、あるいは「SYNGAP1遺伝子の変異」という結果を見て、情報を求めてこのページにたどり着かれたご家族の方へ。
医師から「遺伝子の変化による生まれつきの体質です」と説明を受け、さらに「てんかん発作に注意が必要です」や「脳の神経のつなぎ目に関わる遺伝子です」といった話をされて、聞き慣れない病名に戸惑い、将来への不安を感じていらっしゃるかもしれません。
特に、「5型」という番号がついた診断名は、医学的な分類のための名称であり、一般的な病名として耳にすることはまずありません。インターネットで検索しても、日本語の詳しい情報はほとんど見つからず、海外の専門的な論文ばかりが出てきて、途方に暮れている方もいらっしゃるでしょう。
まず最初に、言葉の整理をさせてください。
この「常染色体顕性知的発達障害5型」は、近年では原因となる遺伝子の名前をとってSYNGAP1関連知的障害(SYNGAP1-related intellectual disability)という名前で呼ばれることが一般的になってきています。
これは、第6番染色体にあるSYNGAP1(シンギャップワン)という遺伝子の変化によって引き起こされる先天性の疾患です。
中等度から重度の知的発達の遅れや、多くの患者さんに見られるてんかん発作、そして自閉スペクトラム症のような行動特性を主な特徴とします。
非常に希少な疾患ですが、近年の遺伝子解析技術、特に全エクソーム解析などの進歩により、これまで原因不明の発達遅滞や難治性てんかんとされていた方の中に、この病気の方が多く含まれていることがわかってきました。そのため、診断される患者さんの数は世界中で急速に増えています。
まず最初にお伝えしたいのは、診断名はお子さんの未来を全て決定づけるものではないということです。
お子さんには、その子だけの素晴らしい個性と、成長していく力があります。
あまり恐れすぎず、一つひとつ知識を整理していきましょう。
概要:どのような病気か
まず、この病気がどのような位置づけにあるのか、そして全体としてどのような特徴があるのかを理解しましょう。
病名の意味と「優生(優性)」について
検索されたキーワードに「優生遺伝」とありましたが、これは医学用語の「優性遺伝」のことだと思われます。
現在、日本医学会では差別的な意味合いや、「優れている」という誤解を避けるため、「優性遺伝」を顕性遺伝(けんせいいでん)、「劣性遺伝」を潜性遺伝(せんせいいでん)と言い換えるようになっています。
したがって、この病気の正式名称は「常染色体顕性知的発達障害5型」となります。
ここでの「顕性」とは、「優れている」という意味ではなく、「両親から受け継ぐ2つの遺伝子のうち、片方に変化があれば症状として現れる(隠れずに表に出る)」という遺伝の形式を表しているに過ぎません。
つまり、「知的発達障害を引き起こす遺伝子変異の中で、5番目に登録された顕性遺伝のタイプ」という意味です。
全体的な特徴
MRD5の原因遺伝子はSYNGAP1です。
この遺伝子は、脳の中で情報の受け渡しをする「シナプス」というつなぎ目の働きを調節するタンパク質を作る役割を持っています。
シナプスが適切に調整されないことで、脳の神経細胞が興奮しすぎたり、情報の整理がうまくいかなかったりして、様々な症状が現れます。
主な特徴は、全体的な発達の遅れ、言葉の遅れ、そして高い確率で発症するてんかん発作です。
また、痛みに対して鈍感だったり、睡眠障害があったり、こだわりが強かったりといった自閉的な傾向が見られることも多く、生活の中で様々なサポートが必要になることがあります。
顔つきなどの身体的な特徴は目立たないことが多く、非症候性と呼ばれますが、よく観察するといくつか共通する特徴が見られることもあります。
主な症状
知的発達障害5型(MRD5)の症状は、発達の特徴、神経学的な特徴(てんかんなど)、行動面の特徴の3つに大きく分けられます。
すべての症状が全員に現れるわけではなく、個人差が大きいのが特徴です。
1. 神経発達と知的な特徴
ご家族が最初に「あれ?」と感じ、病院を受診するきっかけとなるのがこの発達の遅れです。
全般的な精神運動発達遅滞
首すわり、お座り、ハイハイ、歩行などの運動機能の発達が、一般的な時期よりも遅れる傾向があります。
歩き始めが1歳半から2歳、あるいはそれ以降になることもあります。
筋肉の張りが弱い筋緊張低下が見られることもあり、全体的に体が柔らかく、姿勢を保つのが苦手な場合があります。
また、歩くときに少しふらついたり、足を開いて歩いたりする運動失調(あてきしあ)のような様子が見られることもあります。
言語発達の遅れ
言葉の発達はゆっくりで、中等度から重度の遅れが見られることが多いです。
発語(おしゃべり)が出始めるのが遅く、単語のみでの会話や、あるいは発語がほとんど見られない場合もあります。
しかし、言葉を話すことは難しくても、こちらの言っていることを理解する力は比較的保たれている場合が多く、身振りや表情、絵カードなどを使ってコミュニケーションをとることができます。
中等度から重度の知的障害が見られることが多いです。
新しいことを学習するのに時間がかかったり、複雑な指示を理解するのが苦手だったりします。
しかし、時間をかけて繰り返し経験することで、できることは着実に増えていきます。
2. てんかん発作(非常に重要な特徴)
SYNGAP1関連知的障害の患者さんの約8割以上に、てんかん発作が見られます。
これはこの病気の診断の手がかりとなる非常に重要な特徴です。
発症時期とタイプ
多くの場合、生後数ヶ月から3歳頃までに最初の発作が起きます。
発作のタイプは様々ですが、特に特徴的なのがミオクロニー脱力発作や欠神発作です。
突然カクンと力が抜けて倒れてしまったり、頭がガクンと落ちたりする発作が見られます。
また、まぶたをパチパチと素早く瞬きさせる眼瞼ミオクロニーと呼ばれる発作もよく見られます。これは一見すると癖のように見えるため、てんかん発作だと気づかれにくいことがあります。
食事中にボーッとして動きが止まるような発作が見られることもあります。
光への過敏性
一部の患者さんでは、光の刺激によって発作が誘発される光過敏性が見られることがあります。
3. 行動面・精神面の特徴
脳のシナプス機能の変化は、行動や感情のコントロールにも影響を与えます。
自閉スペクトラム症(ASD)の傾向
患者さんの半数以上に、自閉スペクトラム症の診断基準を満たすような行動特性が見られます。
視線が合いにくい、名前を呼んでも振り向かない、特定の物事に強いこだわりを持つ、同じ動作を繰り返すなどの特徴です。
人との関わりに関心が薄いように見えることもありますが、慣れた家族には笑顔を見せるなど、その子なりの社会性を持っています。
感覚の問題
痛みに対して鈍感である(痛覚鈍麻)ことがよく報告されています。転んで怪我をしても泣かないため、大きな怪我に気づくのが遅れることがあり注意が必要です。
一方で、特定の音や触覚に対しては非常に敏感な感覚過敏を持つこともあります。
睡眠障害
寝付きが悪い、夜中に何度も起きる、朝早く起きてしまうといった睡眠の問題を抱える患者さんが多いです。
これはご家族の負担にもつながるため、早めの対処が必要です。
行動の問題(強度行動障害)
かんしゃくを起こしやすい、自分の頭を叩くなどの自傷行為、他人を叩くなどの他害行為が見られることがあります。
これらは、自分の気持ちをうまく伝えられないフラストレーションや、感覚の問題、あるいはてんかんの影響などが原因となっている場合があります。
4. 身体的な特徴
ダウン症候群のような誰が見てもわかるような顔つきの特徴はほとんどありません。
しかし、詳しく観察すると、以下のような特徴が見られることがあります。
少し大きめの耳や、耳たぶが厚い。
眉毛がつながり気味である。
口を開けていることが多い。
これらは個性の範囲内であることが多く、成長とともに目立たなくなることもあります。
原因
なぜ、言葉が遅れたり、てんかんが起きたりするのでしょうか。その原因は、脳の中で情報の交通整理をする「信号機」のようなタンパク質の不足にあります。
SYNGAP1遺伝子の役割
この病気の原因は、第6番染色体にあるSYNGAP1(Synaptic Ras GTPase-activating protein 1)という遺伝子の変異です。
この遺伝子は、脳の神経細胞同士のつなぎ目である「シナプス」に多く存在するタンパク質(SynGAPタンパク質)を作る設計図です。Shutterstock
シナプスの可塑性と学習
私たちの脳は、新しいことを覚えたり学習したりするときに、シナプスのつながりを強くしたり弱くしたりして回路を調整しています。これをシナプスの可塑性といいます。
SynGAPタンパク質は、このシナプスの調整において、興奮を鎮めたり、信号の強さを調節したりするブレーキのような役割を果たしています。
また、脳の発達期において、神経細胞が正しい形に成長するためにも重要な役割を持っています。
何が起きているのか(ハプロ不全)
MRD5では、2つあるSYNGAP1遺伝子のうちの片方が変異して機能しなくなることで、作られるSynGAPタンパク質の量が半分になってしまいます。これをハプロ不全と呼びます。
ブレーキ役のタンパク質が半分しかいないため、シナプスでの信号の交通整理がうまくいかなくなります。
その結果、神経細胞が興奮しすぎててんかん発作が起きやすくなったり、シナプスが硬くなって学習がうまくいかなくなったり(可塑性の低下)、脳の回路形成が未熟になったりすると考えられています。
遺伝について(顕性遺伝と突然変異)
この病気は常染色体顕性遺伝(優性遺伝)という形式をとります。
人間は遺伝子を2本セットで持っていますが、そのうちの片方のSYNGAP1遺伝子に変異があれば発症します。
しかし、この病気の患者さんのほとんどは、ご両親から遺伝したわけではありません。
ご両親の遺伝子は正常で、お子さんの代で初めて遺伝子の変化が起こる新生突然変異(de novo変異)のケースが圧倒的に多いです。
これは、受精卵ができる過程、あるいは精子や卵子ができる過程で偶然に起きたコピーミスのようなものであり、誰のせいでもありません。
妊娠中の生活習慣やストレス、高齢出産などが直接的な原因で起こるものではありません。
したがって、次のお子さんが同じ病気になる確率は、一般のカップルとほとんど変わりません(ただし、稀に性腺モザイクという現象があるため、心配な場合は遺伝カウンセリングでの相談が推奨されます)。

診断と検査
診断は、特徴的な症状の観察だけでは難しく、遺伝学的検査によって確定されます。
1. 臨床診断の難しさ
発達の遅れやてんかん、自閉的な傾向は、他の多くの病気でも見られる症状です。
また、特徴的な顔つきなどがないため、見た目だけでSYNGAP1関連知的障害と診断することは不可能です。
そのため、これまでは「原因不明の知的障害」や「特発性てんかん」、「自閉症」と診断されていることが多くありました。
2. 遺伝学的検査
確定診断のために最も確実な検査です。
血液を採取し、DNAを解析してSYNGAP1遺伝子に変異があるかを調べます。
特定の遺伝子を狙って調べる検査もありますが、最近では次世代シーケンサーという技術を使って、発達障害やてんかんに関連する多くの遺伝子を一度に網羅的に調べる全エクソーム解析や遺伝子パネル検査が行われることが増えています。
これにより、偶然SYNGAP1遺伝子の変異が見つかり、診断に至るケースが急増しています。
3. 脳波検査
てんかんの合併率が高いため、脳波検査は非常に重要です。
明らかな発作がなくても、脳波上に異常な波(てんかん性放電)が見られることがあります。
特に、眼を閉じたときや、光の刺激を与えたときに異常波が出やすいという特徴があります。
眼瞼ミオクロニー(まぶたのピクつき)がある場合は、それがてんかん発作かどうかを見極めるためにも脳波検査が必須です。
4. 脳MRI検査
脳の構造に大きな異常がないかを確認します。
SYNGAP1関連知的障害では、MRI検査では明らかな異常が見つからない(正常に見える)ことが多いです。
しかし、これは「脳に問題がない」という意味ではなく、「形としての異常はないけれど、働き(機能)に問題がある」ということを意味しています。
治療と管理
現在の医学では、遺伝子を修復してタンパク質の量を元通りにする根本的な治療法はまだ確立されていません。
しかし、それぞれの症状に対して適切な治療や療育を行うことで、お子さんの持っている力を最大限に引き出し、生活の質を高めることができます。
1. てんかんの治療
てんかん発作がある場合、あるいは脳波異常が著しく発達に悪影響を与えていると考えられる場合は、抗てんかん薬による治療を行います。
バルプロ酸ナトリウム、ラモトリギン、レベチラセタム、クロバザムなどのお薬が使われることが多いです。
発作のタイプ(ミオクロニー発作や欠神発作など)に合わせたお薬選びが重要です。
一部のお薬(カルバマゼピンなど)は、発作を悪化させる可能性があるため、慎重に選択されます。
発作を完全に止めることが難しい場合(難治性)もありますが、発作の頻度を減らし、怪我を防ぐことを目指します。
食事療法(ケトン食療法)が有効な場合もあります。
2. リハビリテーション(療育)
お子さんの発達を促すために、早期からの療育が非常に重要です。
理学療法(PT)
運動発達に遅れがある場合、体のバランス感覚を養い、歩行などの運動機能を高める訓練を行います。
体幹を鍛えることで、ふらつきを減らし、安定した動作を目指します。
作業療法(OT)
手先の使い方や、日常生活動作(着替え、食事など)の練習をします。
感覚統合療法を取り入れ、感覚過敏や鈍麻に対応する練習を行うこともあります。
言語聴覚療法(ST)
言葉の遅れに対して、コミュニケーションの支援を行います。
言葉の理解を深める遊びを取り入れたり、発音の練習をしたりします。
言葉が出にくい場合でも、ジェスチャー、絵カード、タブレット端末など、その子に合ったコミュニケーション手段(AAC)を見つけることが大切です。
行動療法(ABAなど)
かんしゃくやこだわりなどの行動の問題に対して、応用行動分析(ABA)などの手法を用いてアプローチします。
「望ましい行動をしたら褒める」「困った行動には反応しない」などのルールを一貫して適用することで、社会的に適切な行動を増やしていきます。
3. 睡眠障害への対応
生活リズムを整えることが基本ですが、それだけでは改善しない場合も多いです。
メラトニンなどの睡眠導入剤を使用することで、入眠をスムーズにし、夜間の覚醒を減らすことができる場合があります。主治医に相談してみましょう。
4. 教育と生活のサポート
就学時には、特別支援学校や特別支援学級など、お子さんの特性に合わせた教育環境を選ぶことが大切です。
個別の指導計画を作成し、一人ひとりのペースに合わせた学習や生活の自立に向けた支援を行います。
てんかん発作がある場合は、学校での対応(発作時の連絡体制や座薬の使用など)についてもしっかりと打ち合わせをしておく必要があります。
まとめ
知的発達障害5型(MRD5/SYNGAP1関連知的障害)についての解説をまとめます。
- 病気の本質: SYNGAP1遺伝子の変異により、脳内のシナプスの働きを調整するタンパク質が不足し、脳の興奮と抑制のバランスが崩れる先天性の疾患です。
- 主な特徴: 全般的な発達の遅れ、中等度から重度の知的障害、てんかん発作(特にミオクロニー発作や欠神発作)、自閉スペクトラム症の傾向、睡眠障害などが特徴です。
- 原因: 親からの遺伝ではなく、突然変異によるものが大半です。「顕性遺伝」という形式をとります。
- 治療: 根本治療はありませんが、抗てんかん薬による発作のコントロール、療育、環境調整によって、生活の質を向上させることができます。
- 予後: ゆっくりですが確実に成長します。多くの患者さんが、家族の愛情に包まれて生活しています。
