クリーフストラ症候群1型(Kleefstra Syndrome 1)

赤ちゃん

クリーフストラ症候群という、おそらく初めて耳にするような診断名を聞き、情報を求めてこのページにたどり着かれたご家族の方へ。

医師から「遺伝子の変化による生まれつきの体質です」と説明を受け、さらに「9番染色体の一部が欠けています」や「EHMT1という遺伝子に変化があります」といった専門的な話をされて、まだ具体的なイメージが湧かずに戸惑っていらっしゃるかもしれません。

特に、この病気は比較的新しい疾患概念であり、インターネットで検索しても日本語の詳しい情報が少なく、海外の情報や専門的な論文ばかりで、これからどうなってしまうのかと不安を感じていらっしゃる方も多いことでしょう。

クリーフストラ症候群は、オランダの臨床遺伝学者であるチツケ・クリーフストラ博士によって確立された先天性の疾患です。

以前は「9q34.3微細欠失症候群」という、染色体の場所を示す名前で呼ばれていましたが、現在では発見者の名前をとってクリーフストラ症候群と呼ばれています。

この病気は、発達のゆっくりさや筋緊張の低下が見られる一方で、多くの患者さんが非常に社交的で、笑顔が多く、穏やかで親しみやすい性格をしているという特徴があります。その温厚な人柄は、ご家族や周囲の人々を癒やす力を持っています。

非常に希少な疾患ですが、近年の遺伝子解析技術、特にマイクロアレイ検査の普及により、診断される患者さんが世界中で増えてきています。

また、思春期以降に見られることがある退行現象などの長期的な経過についても、少しずつ情報が集まってきており、早期からの対策が可能になってきています。

まず最初にお伝えしたいのは、診断名はお子さんの未来を全て決定づけるものではないということです。

お子さんには、その子だけの素晴らしい個性と、ゆっくりでも確実に成長していく力があります。

あまり恐れすぎず、一つひとつ知識を整理していきましょう。

概要:どのような病気か

まず、この病気がどのような位置づけにあるのか、そして全体としてどのような特徴があるのかを理解しましょう。

病気の定義

クリーフストラ症候群1型は、第9番染色体の長腕の末端に近い「9q34.3」という特定の領域に変化が生じることで起こる常染色体顕性遺伝(優性遺伝)の疾患です。

具体的には、この領域がごっそりと抜け落ちてしまう微細欠失、あるいはこの領域に含まれるEHMT1という重要な遺伝子に変異が起きることで発症します。

これにより、身体的な特徴、知的な発達の遅れ、筋緊張低下など、全身に様々な影響が現れます。

なお、KMT2C遺伝子の変異によるものを2型と呼ぶことがありますが、一般的にクリーフストラ症候群という場合は、この1型(EHMT1関連)を指すことがほとんどです。

全体的な特徴

多くの患者さんは、生まれた直後から筋肉の張りが弱いという特徴があり、これを低緊張といいます。

成長とともに、言葉の遅れや運動発達の遅れが目立つようになります。

しかし、コミュニケーションへの意欲は高く、身振りや表情を使って意思を伝えることが得意なお子さんが多いです。

また、心臓や腎臓などに合併症を持つことがありますが、生命に関わるような重篤な状態になることは比較的少なく、適切な管理下で地域社会の中で生活している方がたくさんいます。

発生頻度

正確な発生頻度はわかっていませんが、非常に稀な疾患です。

性別による差はなく、男の子も女の子も同じように発症します。

主な症状

クリーフストラ症候群の症状は、顔立ちの特徴、発達の特徴、そして合併症の3つに大きく分けられます。

すべての症状が全員に現れるわけではなく、個人差が大きいのが特徴です。

1. 特徴的なお顔立ち(顔貌)

ご家族や医師が診断の手がかりにすることが多い身体的な特徴です。

成長とともに変化し、その子なりの個性となっていきますが、以下のような共通した傾向が見られることがあります。

頭の形

頭囲が小さめである小頭症が見られることがありますが、極端に小さいわけではありません。

後頭部が平らであることもあります。

眉と目

眉毛がキリッとしていて、アーチ状、あるいは一直線に近い形をしていることが多いです。

左右の眉毛がつながり気味であることもあります。

目の間隔が少し離れている眼間開離が見られることがあります。

口と舌

上唇が山型にカーブしている(キューピッドの弓のような形)ことや、下唇が厚く外側にめくれていることがあります。

また、舌が大きく、口から少し出ていること(舌突出)がよく見られます。

下あごが少し前に出ている傾向があります。

これらの特徴は、決してネガティブなものではなく、クリーフストラ症候群のお子さんたちが持つ愛らしい共通点として捉えられています。

2. 神経発達と知的な特徴

ご家族が最も気にかけられる点かと思います。

筋緊張低下(フロッピーインファント)

生まれた直後から乳児期にかけて、全身の筋肉の張りが弱い状態が見られます。

抱っこした時に体がフニャッとしていたり、首がすわるのが遅かったりします。

この筋緊張の弱さは、哺乳のしにくさや、その後の運動発達の遅れに影響します。

運動発達の遅れ

首すわり、お座り、ハイハイ、歩行などの運動機能の発達が、一般的な時期よりも遅れます。

歩き始めが2歳から3歳頃になることもありますが、多くのお子さんが独歩を獲得します。

言語発達の遅れ

言葉の理解に比べて、言葉を話すこと(表出)が特に苦手な傾向があります。

言葉が出始めるのが遅く、数語の単語のみでお話しする場合もあれば、短い文章を話せるようになる場合もあります。

しかし、こちらの言っていることはよく理解しており、身振りやサイン、絵カードなどを使った非言語的なコミュニケーションはスムーズにできることが多いです。

知的障害

中等度から重度の知的障害が見られます。

学習には時間がかかりますが、それぞれのペースで学び、成長していきます。

3. 性格と行動の特徴

クリーフストラ症候群には、特徴的な行動パターンが見られます。

親しみやすい性格

多くの患者さんは、非常に社交的で、人懐っこく、穏やかな性格をしています。

攻撃的な行動は少なく、周りの人と関わることを楽しみます。

睡眠障害

乳幼児期から小児期にかけて、寝付きが悪い、夜中に何度も起きるといった睡眠の問題を抱えることがあります。

これはご家族にとっても大きな負担となるため、早めの相談が必要です。

感覚過敏

大きな音や特定の感触を嫌がるなどの感覚過敏が見られることがあります。

退行現象(思春期以降)

思春期から成人期にかけて、一部の患者さんで、これまでできていたことができなくなったり、無気力になったり、精神的に不安定になったりする「退行」と呼ばれる現象が報告されています。

急に動作が遅くなったり、睡眠リズムが崩れたりすることがサインとなることがあります。

これは全ての患者さんに起きるわけではありませんが、知っておくべき重要な点です。

4. その他の合併症

心疾患

心房中隔欠損症や心室中隔欠損症、動脈管開存症などの先天性心疾患が約半数の患者さんに見られます。

多くは軽症で自然に閉じることもありますが、手術が必要になる場合もあります。

腎臓・泌尿器の症状

水腎症(腎臓に尿がたまる)などの腎臓の形の異常が見られることがあります。

てんかん

患者さんの約3割程度に、てんかん発作が見られます。

発熱時などの誘因がなく突然起こることもありますが、多くは抗てんかん薬でコントロール可能です。

聴覚・視覚

難聴や、遠視などの屈折異常、斜視が見られることがあります。

便秘

筋緊張が弱いため、慢性的な便秘になりやすい傾向があります。

原因

なぜ、発達がゆっくりになったり、お顔立ちに特徴が出たりするのでしょうか。その原因は、遺伝子の働きを調節する重要なスイッチに生じた変化にあります。

EHMT1遺伝子の役割

クリーフストラ症候群1型の原因は、第9番染色体にあるEHMT1(イー・エイチ・エム・ティー・ワン)という遺伝子の機能不全です。

この遺伝子は、ユークロマチンヒストンメチル基転移酵素1という長い名前のタンパク質を作る設計図です。

エピジェネティクスと遺伝子のスイッチ

少し難しい話になりますが、私たちのDNAはヒストンという糸巻きのようなタンパク質に巻き付いて収納されています。

EHMT1が作る酵素は、このヒストンに目印(メチル基)をつける役割をしています。

この目印は、「この遺伝子のスイッチをオフにしなさい」あるいは「オンにしなさい」という指令を出す役割を持っています。

これを専門的にはエピジェネティクス制御と呼びます。

何が起きているのか

EHMT1遺伝子は、脳の発達や記憶、学習に関わる他のたくさんの遺伝子の働きをコントロールしている「司令塔」のような存在です。

このEHMT1遺伝子が欠失したり(なくなったり)、変異したり(壊れたり)して機能しなくなると、司令塔がいなくなってしまいます。

すると、本来働くべきタイミングで遺伝子が働かなかったり、逆に働いてはいけない時に働いてしまったりして、脳の神経細胞のつながりがうまく作れなくなります。

これが、知的障害や発達の遅れ、そして特徴的な症状の原因と考えられています。

一つの遺伝子の故障が、ドミノ倒しのように全身の様々な遺伝子の働きに影響を与えてしまうのです。Shutterstock詳しく見る

遺伝について

この病気は常染色体顕性遺伝、以前は優性遺伝と呼ばれていた形式をとります。

人間は遺伝子を2本セットで持っていますが、そのうちの片方のEHMT1遺伝子に異常があれば発症します。

しかし、クリーフストラ症候群の患者さんのほとんどは、ご両親から遺伝したわけではありません。

ご両親の遺伝子は正常で、お子さんの代で初めて遺伝子の変化が起こる新生突然変異(de novo変異)のケースが圧倒的に多いです。

これは、受精卵ができる過程、あるいは精子や卵子ができる過程で偶然に起きたコピーミスのようなものであり、誰のせいでもありません。

妊娠中の生活習慣やストレス、高齢出産などが直接的な原因で起こるものではありません。

したがって、次のお子さんが同じ病気になる確率は、一般のカップルとほとんど変わりません(ただし、稀に性腺モザイクという現象があるため、心配な場合は遺伝カウンセリングでの相談が推奨されます)。

医者

診断と検査

診断は、特徴的な症状の観察と、遺伝学的検査によって確定されます。

1. 臨床診断

医師は診察で、特徴的なお顔立ち、筋緊張低下、発達の遅れなどを確認します。

しかし、これらの症状は他の染色体異常症候群(ダウン症候群やスミス・マギニス症候群など)とも共通する部分があるため、見た目だけで診断を確定することは難しいです。

2. 遺伝学的検査

確定診断のために最も確実な検査です。

染色体マイクロアレイ検査(CMA)

9q34.3領域の微細欠失を調べるための第一選択の検査です。

通常の染色体検査(Gバンド法)では見逃されてしまうような小さな欠失も、この検査なら検出することができます。

クリーフストラ症候群の患者さんの多く(約半数以上)は、この微細欠失タイプです。

遺伝子解析(シーケンス解析)

マイクロアレイ検査で欠失が見つからなかった場合でも、症状からクリーフストラ症候群が強く疑われる場合は、EHMT1遺伝子そのものの変異を調べる検査を行います。

次世代シーケンサーという技術を用いて、遺伝子の文字配列を細かく読み取ります。

3. 全身の評価検査

診断がついた後は、合併症がないか全身をチェックします。

心エコー検査:心臓の奇形がないか調べます。

腎臓エコー検査:腎臓や尿路の形を調べます。

脳波検査:てんかんの有無を調べます。

聴覚・眼科検査:難聴や視力の問題を調べます。

治療と管理

現在の医学では、遺伝子の欠失や変異を修復して病気を根本から治す治療法はまだ確立されていません。

しかし、それぞれの症状に対して適切な治療や療育を行うことで、お子さんの持っている力を最大限に引き出し、生活の質を高めることができます。

治療は、小児科を中心に、神経内科、リハビリテーション科、精神科などがチームを組んで行います。

1. リハビリテーション(療育)

クリーフストラ症候群のお子さんにとって、早期からの療育は非常に重要です。

理学療法(PT)

筋緊張が弱いため、体の中心(体幹)をしっかりさせ、お座りや歩行などの運動機能を高める訓練を行います。

歩行が不安定な場合は、足に合ったインソール(中敷き)や靴を使用することで、安定性が増すことがあります。

作業療法(OT)

手先の使い方や、遊びを通じた発達支援を行います。

日常生活動作、例えば着替えや食事、道具の使い方の自立を目指します。

言語聴覚療法(ST)

言葉の発達支援を行います。

言葉が出にくい時期には、サイン言語(手話)や、絵カード、タブレット端末などの代替コミュニケーション手段(AAC)を積極的に取り入れることが推奨されます。

「伝えたい」という気持ちを満たすことが、言葉の発達を促す大きな力になります。また、食べる機能(嚥下)のチェックも行います。

2. 合併症の管理

心臓・腎臓のケア

定期的な検診を行い、必要に応じて手術や投薬などの治療を行います。

てんかんの管理

てんかん発作がある場合は、抗てんかん薬による治療を行います。

脳波検査の結果や発作のタイプに合わせてお薬を選び、発作をコントロールします。

便秘のケア

食事療法や水分摂取、必要に応じて下剤を使用して、排便のリズムを整えます。

3. 精神・行動面のサポート

睡眠障害への対応

生活リズムを整えることが基本ですが、改善しない場合はメラトニンなどの睡眠導入剤を使用することもあります。

退行現象への対応

思春期以降に急激な気分の変化や、できていたことができなくなる様子が見られた場合は、早めに専門医(児童精神科や神経内科)に相談することが大切です。

環境の調整や、場合によっては向精神薬による治療が効果的なことがあります。

ストレスを避けた安定した環境づくりが予防につながるとも言われています。

4. 教育と生活のサポート

就学時には、特別支援学校や特別支援学級など、お子さんの特性に合わせた教育環境を選ぶことが大切です。

個別の指導計画を作成し、一人ひとりのペースに合わせた学習や生活の自立に向けた支援を行います。

穏やかな性格を活かして、お友達との関わりの中で社会性を育んでいくことができます。

まとめ

クリーフストラ症候群1型についての解説をまとめます。

  • 病気の本質: 9q34.3領域の欠失またはEHMT1遺伝子の変異により、遺伝子の働きを調節する司令塔が不足し、全身の発達に影響が出る先天性の疾患です。
  • 主な特徴: 筋緊張低下、発達の遅れ、特徴的なお顔立ち、てんかんなどが特徴ですが、最大の特徴は「親しみやすく穏やかな性格」です。
  • 言葉の発達: お話しするのは少し苦手ですが、理解力は良好で、非言語的なコミュニケーションが得意です。
  • 原因: ほとんどが突然変異によるものであり、親のせいではありません。
  • 管理の要点: 早期からの療育、合併症の定期チェック、そして思春期以降の精神面のサポートが中心となります。

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