滑脳症3型、あるいはLIS3という診断名を聞き、情報を求めてこのページにたどり着かれたご家族の方へ。
医師から「脳のしわが少ない病気です」や「遺伝子の変化による生まれつきのものです」と説明を受け、MRIの画像を見せられながら、計り知れない衝撃と不安の中にいらっしゃることと思います。特に、滑脳症という言葉自体が持つ響きや、インターネット上で見つかる断片的な情報に、これからどうなってしまうのかと心を痛めているかもしれません。
滑脳症、英語でLissencephaly(リッセンスファリー)とは、ギリシャ語の「滑らかな(Lissos)」と「脳(Encephalos)」を組み合わせた言葉で、その名の通り脳の表面にあるはずのしわ、すなわち脳回が少ない、あるいは全くない状態を指す医学用語です。
かつては、脳のしわがない状態を一括りにしていましたが、医学の進歩により、原因となる遺伝子や脳の微細な構造の違いによって細かく分類されるようになりました。
その中で、今回解説する滑脳症3型は、TUBA1A(チューブリン・アルファ・ワン・エー)という特定の遺伝子の変化によって引き起こされるタイプを指すことが一般的です。
この病気は、お母さんのお腹の中で赤ちゃんの脳が作られる過程において、神経細胞が正しい場所に移動できないことで起こります。
主な特徴は、脳のしわが少ないことに加え、小脳や脳梁といった他の脳の部位にも形成の変化が見られること、そしててんかん発作や発達のゆっくりさなどです。
非常に希少な疾患であり、日本語での詳しい情報はまだ多くありません。そのため、診断を受けても具体的な生活のイメージが湧きにくく、孤独を感じてしまうご家族も少なくありません。
しかし、原因が特定されたことで、この病気特有の合併症の傾向や、リハビリテーションの重要性などが明らかになってきています。
根本的な治療法はまだありませんが、適切な医療的ケアと療育によって、お子さんの苦痛を和らげ、笑顔を引き出し、その子らしい成長を支えることは十分に可能です。
まず最初にお伝えしたいのは、脳の形が違っていても、お子さんが感じ取る世界や、家族への愛情は本物であるということです。
お子さんには、その子だけの素晴らしい個性と、生きる力があります。
あまり恐れすぎず、一つひとつ知識を整理していきましょう。
概要:どのような病気か
まず、この病気がどのような位置づけにあるのか、そして全体としてどのような特徴があるのかを理解しましょう。
滑脳症の基礎知識
私たちの脳、特に大脳の表面は、しわ(脳回)と溝(脳溝)によって複雑に入り組んだ形をしています。このしわがあるおかげで、限られた頭蓋骨のスペースの中に、広大な面積を持つ大脳皮質を収めることができます。大脳皮質は、運動、感覚、思考、記憶などを司る非常に重要な場所です。
滑脳症のお子さんでは、このしわが形成されず、脳の表面がツルッとしていたり、しわが少なくて幅が広くなっていたりします。
これは、脳が壊れてしまったのではなく、作られる途中で神経細胞の移動がストップしてしまった状態と言えます。
滑脳症3型(LIS3)の定義
滑脳症にはいくつかのタイプがあります。
最も代表的なのは1型(古典的滑脳症)で、LIS1遺伝子やDCX遺伝子の変異が原因です。
また、2型(敷石状滑脳症)は、筋肉の病気を合併することが多いタイプです。
そして3型(LIS3)は、主にTUBA1A遺伝子の変異によって引き起こされる滑脳症を指します。
かつては1型に含まれることもありましたが、小脳や脳幹といった大脳以外の部分にも特徴的な変化が出やすいことから、独立したタイプとして扱われることが増えました。
医学的にはTUBA1A関連滑脳症と呼ばれることもあります。
特徴的な脳の構造
滑脳症3型では、大脳の表面のしわが少ないだけでなく、以下のような特徴が見られることが多いです。
小脳低形成:バランスを司る小脳が小さい。
脳梁欠損または低形成:右脳と左脳をつなぐ橋である脳梁がなかったり、薄かったりする。
大脳基底核の形態異常:運動の調節に関わる脳の深部の構造が変わっている。
このように、脳全体の形成に広範囲に影響が及ぶのが3型の特徴です。
発生頻度
滑脳症全体がおよそ10万人に1人程度の希少疾患ですが、その中でTUBA1A遺伝子変異による3型はさらに稀です。
正確な頻度はわかっていませんが、滑脳症全体の数パーセントから数割程度を占めると考えられています。
性別による差はなく、男の子も女の子も同じように発症します。
主な症状
滑脳症3型の症状は、脳の構造的な変化に伴う神経学的な症状が中心ですが、顔立ちや全身にも特徴が現れることがあります。
症状の程度には個人差があり、脳のしわの形成不全の度合いによって重症度が異なります。
1. 脳画像検査(MRI)で見られる特徴
診断の決め手となるのは、MRI検査による脳の画像所見です。
無脳回または厚脳回
脳のしわが全くない無脳回、あるいはしわが少なくて幅が広い厚脳回の状態が見られます。
脳の皮質(表面の層)が通常よりも厚くなっているのが特徴です。
3型では、前頭部(おでこのあたり)から後頭部にかけて全体的にしわが少ないこともあれば、場所によって程度が違うこともあります。
小脳と脳幹の低形成
小脳が小さく、特に小脳虫部という真ん中の部分が未発達なことがあります。
また、脳幹という生命維持に重要な部分も細くなっていたり、形が変わっていたりすることがあります。
これは1型(LIS1変異など)ではあまり見られない、3型に特徴的な所見です。
脳室の拡大
脳の中にある水(髄液)がたまる部屋である脳室が、通常よりも大きく見えることがあります。
2. 神経発達と運動機能の特徴
ご家族が成長過程で気づく症状です。
精神運動発達遅滞
首すわり、お座り、ハイハイ、歩行などの運動機能の発達が、一般的な時期よりも大幅に遅れる、あるいは獲得が難しい場合があります。
知的な発達についても、中等度から重度の遅れが見られることが多いです。
言葉を話すことは難しい場合が多いですが、声のトーンや表情、視線などで感情を伝えたり、家族を認識したりすることは可能です。
筋緊張異常
赤ちゃんの頃は体が柔らかく、抱っこするとフニャッとしている筋緊張低下(フロッピーインファント)が見られることが多いです。
成長とともに、手足が突っ張って硬くなる痙縮(けいしゅく)が現れることがあります。
特に3型では、大脳基底核の影響で、筋肉の緊張が不安定になりやすい傾向があります。
小頭症
生まれた時の頭の大きさは正常範囲内でも、その後の脳の成長がゆっくりなため、相対的に頭囲が小さくなる小頭症が見られることがあります。
3. てんかん発作
滑脳症の患者さんの多く(約8割以上)に、てんかん発作が見られます。
生後数ヶ月以内に発症することが多く、最初は体を一瞬ビクッとさせる点頭てんかん(ウエスト症候群)として発症することもあります。
発作のタイプは様々で、一点を見つめてボーッとする発作や、手足が硬直する発作などがあります。
難治性(薬が効きにくい)の場合もあり、専門医によるきめ細やかな調整が必要です。
4. 摂食・嚥下の問題
ミルクを吸う力が弱かったり、飲み込む機能(嚥下機能)が未熟だったりすることがあります。
飲み込みがうまくいかないと、誤って気管に入ってしまう誤嚥を起こしやすく、肺炎の原因になります。
また、胃食道逆流症といって、飲んだミルクが胃から食道へ戻りやすい症状もよく見られます。
5. その他の症状
顔貌の特徴
おでこが狭い、あるいは広い、鼻が低いなど、少し特徴的なお顔立ちが見られることがありますが、個人差が大きいです。
呼吸の問題
喉が柔らかい喉頭軟化症を合併していたり、痰を出す力が弱かったりすることで、呼吸がゼーゼーしやすかったり、風邪をひいた時に重症化しやすかったりすることがあります。

原因
なぜ、脳のしわが作られなかったり、小脳が小さくなったりするのでしょうか。その原因は、脳を作るための細胞の移動手段にトラブルが起きていることにあります。
脳ができる仕組み(ニューロンの移動)
胎児期の初期、脳の神経細胞(ニューロン)は、脳の深部にある脳室の周りで生まれます。
生まれたニューロンは、そこから脳の表面(皮質)に向かって、長い距離を移動していきます。これを神経細胞移動と呼びます。
まるで登山家が山頂を目指すように、あるいは電車が線路を走るように、ニューロンは決められたルートを通って表面にたどり着き、そこで整列して6層のきれいな層構造を作ります。これが脳のしわ(脳回)の元になります。
TUBA1A遺伝子と微小管
滑脳症3型の主な原因であるTUBA1A遺伝子は、第12番染色体にあり、チューブリン・アルファ・ワン・エーというタンパク質を作る設計図です。
このタンパク質は、微小管という細胞の中の骨組みを作るための主要な成分です。
微小管は、細胞の形を保つだけでなく、細胞の中で物質を運ぶレールの役割や、細胞分裂の際に染色体を引っ張る役割を果たしています。
そして何より重要なのが、先ほど説明した神経細胞が移動する際のレールや足場としての役割です。
何が起きているのか
TUBA1A遺伝子に変異が起きると、正常な微小管が作れなくなったり、微小管の機能がおかしくなったりします。
すると、神経細胞が移動するためのレールが壊れてしまったり、細胞自体がうまく動けなくなったりします。
その結果、多くの神経細胞が目的地である脳の表面までたどり着けず、途中で止まってしまったり、整列できずにバラバラに配置されたりします。
これにより、脳の皮質が厚くなり、きれいなしわが作られず、滑らかな脳(滑脳症)になってしまうのです。
また、TUBA1Aは小脳や脳幹、脳梁といった他の部分の形成にも重要な役割を果たしているため、3型ではこれらの部分にも異常が出やすくなります。
遺伝について
この病気は常染色体顕性遺伝、以前は優性遺伝と呼ばれていた形式をとります。
人間は遺伝子を2本セットで持っていますが、そのうちの片方のTUBA1A遺伝子に変異があれば発症します。
しかし、滑脳症3型の患者さんのほとんどは、ご両親から遺伝したわけではありません。
ご両親の遺伝子は正常で、お子さんの代で初めて遺伝子の変化が起こる新生突然変異(de novo変異)のケースが圧倒的に多いです。
これは、受精卵ができる過程、あるいは精子や卵子ができる過程で偶然に起きたコピーミスのようなものであり、誰のせいでもありません。
妊娠中の生活習慣やストレス、高齢出産などが直接的な原因で起こるものではありません。
したがって、次のお子さんが同じ病気になる確率は、一般のカップルとほとんど変わりません(ただし、稀に性腺モザイクという現象があるため、心配な場合は遺伝カウンセリングでの相談が推奨されます)。
診断と検査
診断は、脳の画像検査と遺伝学的検査によって行われます。
1. 画像検査(MRI)
最も重要な検査です。
脳のしわの状態を確認し、滑脳症のグレード(重症度)や分布(前頭部優位か後頭部優位かなど)を評価します。
3型を疑うポイントとして、小脳低形成や脳梁欠損の有無を詳しく見ます。
2. 遺伝学的検査
確定診断のために行われます。
血液を採取し、DNAを解析してTUBA1A遺伝子に変異があるかを調べます。
以前は1型の原因であるLIS1やDCXを先に調べることが多かったですが、現在は次世代シーケンサーという技術を使って、滑脳症に関連する複数の遺伝子を一度に調べることが一般的になっています。
これにより、TUBA1A遺伝子の変異が見つかれば、滑脳症3型という確定診断がつきます。
3. 脳波検査
てんかん発作の有無や、発作のタイプを調べるために行います。
滑脳症では、非常に高い振幅の速い波が特徴的に見られることがあります。
治療と管理
現在の医学では、遺伝子を修復して脳の構造を元通りにする根本的な治療法はまだ確立されていません。
しかし、てんかん発作を抑えたり、リハビリを行ったりする対症療法によって、お子さんの生活の質(QOL)を大きく高めることができます。
1. てんかんの治療
脳の発達を守り、穏やかな生活を送るために最も重要な治療です。
抗てんかん薬を服用し、発作の回数を減らしたり、軽くしたりすることを目指します。
点頭てんかん(ウエスト症候群)の場合は、ACTH療法(ホルモン注射)やビガバトリンなどの特殊な治療が必要になることもあります。
発作が完全に止まらなくても、日常生活に支障がない程度にコントロールすることを目標にします。
2. 呼吸と栄養の管理
誤嚥性肺炎を防ぐことが、健康維持の鍵となります。
飲み込みの機能が弱い場合は、とろみ剤を使って食事の形態を工夫したり、鼻からのチューブや胃ろうを使って栄養を摂る方法を選択したりします。
胃ろうは「食べる楽しみを奪うもの」ではなく、「安全に栄養を摂りながら、口から食べる練習を続けるための命綱」です。
呼吸の状態によっては、痰の吸引や、在宅酸素療法などが必要になることもあります。
3. リハビリテーション(療育)
お子さんの持っている力を最大限に引き出し、発達を促すために欠かせません。
理学療法(PT)
筋肉の緊張を和らげるマッサージや、関節が固まらないようにするストレッチを行います。
お座りや立位の練習、車椅子や座位保持装置(体に合った椅子)の作成もサポートします。
適切な姿勢を保つことは、呼吸や消化を助けるためにも重要です。
作業療法(OT)
手を使う遊びや、感覚刺激を通じて発達を促します。
おもちゃの工夫や、生活しやすい環境づくりをアドバイスします。
言語聴覚療法(ST)
飲み込み(嚥下)の訓練や、コミュニケーションの支援を行います。
言葉が話せなくても、視線入力装置やスイッチなどのテクノロジーを活用して、意思表示ができるようになるお子さんもいます。
4. 整形外科的ケア
筋緊張のバランスが悪いために、側弯症(背骨の曲がり)や股関節脱臼が起きることがあります。
定期的にレントゲンでチェックし、必要に応じて装具を使ったり、手術を検討したりします。
5. 社会的なサポート
小児慢性特定疾病や指定難病の医療費助成制度、特別児童扶養手当、障害児福祉手当などの制度を利用することで、経済的な負担を軽減できます。
また、訪問看護や放課後等デイサービス、ショートステイなどの福祉サービスを利用し、家族の休息(レスパイト)を確保することも、長く続く介護生活においては非常に大切です。
まとめ
滑脳症3型(LIS3/TUBA1A関連滑脳症)についての解説をまとめます。
- 病気の本質: TUBA1A遺伝子の変異により、神経細胞が移動するためのレール(微小管)に不具合が生じ、脳のしわが作られなかったり、小脳が小さくなったりする先天性の脳形成障害です。
- 主な特徴: 脳のしわが少ない(無脳回・厚脳回)、小脳低形成、てんかん、発達の遅れ、筋緊張異常などが特徴です。
- 原因: ほとんどが突然変異によるものであり、親のせいではありません。
- 治療: 根本治療はありませんが、てんかんのコントロール、呼吸・栄養管理、リハビリテーションによって、生活の質を向上させることができます。
- 予後: 症状の重さによりますが、適切なケアを受けることで、家族との穏やかな時間を過ごすことができます。
