モワット・ウィルソン症候群という聞き慣れない診断名を聞き、情報を求めてこのページにたどり着かれたご家族の方へ。
医師から「遺伝子の変化による病気です」と説明を受け、さらに「ヒルシュスプルング病を合併しています」や「発達に遅れが出る可能性があります」といった話をされて、計り知れない不安の中にいらっしゃることと思います。特に、この病気は1998年に報告された比較的新しい疾患であるため、インターネットで検索しても日本語の詳しい情報が少なく、将来の見通しが立ちにくいことに戸惑いを感じていらっしゃるかもしれません。
モワット・ウィルソン症候群は、生まれつきの遺伝子の変化によって、特徴的なお顔立ち、知的な発達の遅れ、そして腸や心臓などの様々な臓器に症状が現れる先天性の疾患です。
オーストラリアの医師であるモワット博士とウィルソン博士によって発見されました。
この病気の大きな特徴の一つとして、多くの患者さんが非常に社交的で、よく笑い、人懐っこい性格をしているという点が挙げられます。その素敵な笑顔は、周りの人々を明るくする力を持っています。
非常に希少な疾患ですが、遺伝子検査の技術が進歩したことで、診断される患者さんが世界中で増えてきており、日本にも患者家族会が存在しています。
医学的な管理が必要な場面は多いですが、適切なケアを受けることで、お子さんはその子らしく豊かに成長していきます。
まず最初にお伝えしたいのは、診断名はお子さんの全てを決めるものではないということです。
お子さんには、その子だけの素晴らしい個性と可能性があります。
あまり恐れすぎず、一つひとつ知識を整理していきましょう。
概要:どのような病気か
まず、この病気がどのような位置づけにあるのか、そして全体としてどのような特徴があるのかを理解しましょう。
病気の定義と歴史
モワット・ウィルソン症候群は、多発性先天奇形症候群の一つに分類されます。
これは、体のあちこちに生まれつきの形の変化や機能の問題が起きる病気という意味です。
かつては、ヒルシュスプルング病という腸の病気に、知的な遅れや小頭症(頭が小さいこと)を合併する特殊なタイプとして知られていましたが、1998年に独立した一つの病気として確立されました。
原因となる遺伝子も特定されており、ZEB2という遺伝子の機能が失われることで発症することがわかっています。
発生頻度
正確な頻度はまだわかっていませんが、数万人に1人から10万人に1人程度と考えられており、希少疾患の一つです。
性別による差はなく、男の子も女の子も同じように発症します。
全体的な特徴
この病気は、症状の現れ方に個人差がありますが、多くの患者さんに共通する特徴がいくつかあります。
一つ目は、成長とともにはっきりしてくる特徴的なお顔立ちです。
二つ目は、中等度から重度の知的障害を伴うことですが、言葉の理解力は比較的良好であることが多いです。
三つ目は、ヒルシュスプルング病や先天性心疾患、てんかんなどの合併症が多いことです。
そして四つ目は、先ほども触れた通り、笑顔が多く人懐っこい性格であることです。
主な症状
モワット・ウィルソン症候群の症状は、頭のてっぺんから足の先まで、全身の様々な場所に現れる可能性があります。
すべての症状が全員に現れるわけではありませんが、代表的なものについて詳しく見ていきましょう。
1. 特徴的なお顔立ち(顔貌)
この病気の診断において、お顔立ちは非常に重要な手がかりとなります。
幼少期には目立たないこともありますが、成長とともに特徴がはっきりしてくる傾向があります。
眉毛と目
眉毛は濃く、内側(鼻に近い方)が広くしっかりしていて、外側に向かって水平に伸びる形をしていることが多いです。
目は大きく、少し奥まった位置にある印象を与えることがあります。目の間隔が離れている眼間開離が見られることもあります。
鼻と口
鼻の付け根(鼻根部)が高くて幅広く、鼻の先(鼻尖)は丸みがあり、鼻の下(鼻柱)が少し下に伸びていることがあります。
上唇は山型がはっきりしており、口を開けていることが多く、笑顔が印象的です。
顎と耳
顎は少し尖っていて、前に出ているような形をしていることが多いです。
耳たぶが大きく、クルッと上に持ち上がっているような形をしていたり、真ん中にくぼみがあったりすることがあります。これは非常に特徴的なサインの一つです。
2. 消化器の症状(ヒルシュスプルング病・便秘)
患者さんの約半数に、ヒルシュスプルング病という腸の病気が見られます。
これは、腸の動きを調節する神経が生まれつき一部欠けているために、腸がうまく動かず、便が詰まってしまう病気です。
重症の場合は生まれてすぐに腸閉塞を起こして手術が必要になりますが、軽症の場合は頑固な便秘として経過することもあります。
ヒルシュスプルング病がない場合でも、慢性的な重い便秘に悩まされる患者さんは非常に多いです。
3. 心臓の症状(先天性心疾患)
患者さんの約半数に、生まれつきの心臓の病気が見られます。
心臓の壁に穴が開いている心室中隔欠損症や心房中隔欠損症、肺へ血液を送る血管が狭くなっている肺動脈弁狭窄症、動脈管開存症などが代表的です。
多くの場合、手術やカテーテル治療などで対応が可能です。
4. 神経系の症状(てんかん・脳梁欠損)
てんかん
患者さんの約7割から8割に、てんかん発作が見られます。
発作が始まる時期は、乳幼児期から学童期まで様々です。
ボーッとして意識がなくなる発作や、体の一部がピクつく発作、全身が硬直する発作など、タイプも人によって異なります。
お薬でコントロールできることも多いですが、中には発作が止まりにくい難治性のてんかんとなる場合もあります。
脳の構造の変化
MRI検査をすると、右脳と左脳をつなぐ橋のような部分である脳梁が生まれつきなかったり(脳梁欠損)、薄かったり(脳梁低形成)することがあります。
また、頭の大きさが平均よりも小さい小頭症が見られることも多いです。
5. 知的発達と言葉
発達の遅れ
ほとんどの患者さんに、中等度から重度の知的障害が見られます。
首すわり、お座り、歩行などの運動発達も全体的にゆっくりです。歩き始めるのが2歳から3歳以降になることもありますが、多くのお子さんが歩行できるようになります。ただ、歩き方が少しぎこちなく、ワイドベースといって足を広げて歩く特徴が見られることがあります。
言葉の発達
言葉(発語)の遅れは顕著で、お話しできる単語が数語に限られる場合や、全く言葉が出ない場合もあります。
しかし、ここで重要なのは、言葉を話す能力に比べて、言葉を聞いて理解する能力は高いということです。
こちらの言っていることはよくわかっていて、笑顔や身振り、絵カードなどを使ってコミュニケーションをとることができます。
「言いたいことはあるけれど、言葉にするのが難しい」という状態に近いかもしれません。
6. 泌尿生殖器の症状
特に男の子の場合、おちんちんの尿の出口が本来の位置とは違う場所にある尿道下裂が見られることがよくあります(約半数以上)。
また、精巣が陰嚢の中に降りてこない停留精巣も見られることがあります。
腎臓や尿路の形に変化があることもあります。
7. その他の症状
低身長
身長の伸びが緩やかで、小柄なことが多いです。
筋緊張低下
赤ちゃんの頃は体が柔らかく、抱っこしにくい感じがすることがあります。
目の症状
斜視や遠視、近視などが見られることがあります。

原因
なぜ、このように様々な症状が現れるのでしょうか。その原因は、体を作るための設計図の一部に生じた変化にあります。
ZEB2遺伝子の変異
モワット・ウィルソン症候群の原因は、第2番染色体(2q22領域)にあるZEB2(ゼブツー)という遺伝子の変異、または欠失です。
遺伝子は、体を作るタンパク質の設計図です。
ZEB2遺伝子は、転写因子と呼ばれる特別なタンパク質を作っています。
転写因子の役割
転写因子とは、他のたくさんの遺伝子のスイッチを入れたり切ったりする「司令塔」のような役割をしています。
ZEB2遺伝子が作るタンパク質は、赤ちゃんがお腹の中で育っていく過程で、神経系(脳や腸の神経)や、顔の形成、心臓の形成などに関わる重要な遺伝子たちに指令を出しています。
神経堤細胞という、体のあちこちに移動して様々な組織になる細胞の発達に深く関わっているのです。
何が起きているのか
このZEB2遺伝子に変異が起きたり、遺伝子ごとなくなってしまったりすると、司令塔としてのタンパク質が作られなくなったり、機能しなくなったりします。これをハプロ不全と呼びます。
その結果、本来指令が行くべき神経や心臓、顔の形成がうまくいかなくなり、モワット・ウィルソン症候群の様々な症状が現れると考えられています。
遺伝について
この病気は常染色体顕性遺伝、以前は優性遺伝と呼ばれていた形式をとります。
人間は遺伝子を2本セットで持っていますが、そのうちの片方のZEB2遺伝子に変異があれば発症します。
しかし、モワット・ウィルソン症候群の患者さんのほとんどは、ご両親から遺伝したわけではありません。
ご両親の遺伝子は正常で、お子さんの代で初めて遺伝子の変化が起こる新生突然変異(de novo変異)のケースが圧倒的に多いです。
これは、受精卵ができる過程、あるいは精子や卵子ができる過程で偶然に起きたコピーミスのようなものであり、誰のせいでもありません。
妊娠中の生活習慣やストレス、高齢出産などが直接的な原因で起こるものではありません。
したがって、次のお子さんが同じ病気になる確率は、一般のカップルとほとんど変わりません(ただし、稀に性腺モザイクという現象があるため、心配な場合は遺伝カウンセリングでの相談が推奨されます)。
診断と検査
診断は、特徴的な症状の観察と、遺伝学的検査によって確定されます。
1. 臨床診断
医師は診察で以下の特徴的な所見の組み合わせを確認します。
- 特徴的なお顔立ち(眉毛、鼻、耳たぶなど)。
- ヒルシュスプルング病や重度の便秘。
- 知的発達の遅れ。
- てんかんや心疾患などの合併症。
- 笑顔が多い性格。
これらが揃っている場合、モワット・ウィルソン症候群が強く疑われます。
2. 遺伝学的検査
確定診断のために最も重要な検査です。
血液を採取し、DNAを解析してZEB2遺伝子に変異や欠失があるかを調べます。
変異が見つかれば診断が確定します。
これにより、似たような症状を持つ他の疾患(例えばゴールドバーグ・シュプリンツェン症候群など)と区別することができます。
3. 画像検査
合併症を調べるために、様々な画像検査が行われます。
- 頭部MRI検査: 脳梁欠損などの脳の構造を確認します。
- 心エコー検査: 心臓の奇形がないかを確認します。
- 腹部レントゲン・注腸造影検査: 腸の形や便の溜まり具合、ヒルシュスプルング病の疑いがないかを確認します。
- 腎臓エコー検査: 腎臓や尿路の形を確認します。
治療と管理
現在の医学では、ZEB2遺伝子を修復して病気を根本から治す治療法はまだ確立されていません。
しかし、それぞれの症状に対して適切な治療や療育を行うことで、健康を維持し、生活の質を高めることは十分に可能です。
治療は、小児科を中心に、小児外科、循環器科、脳神経内科、整形外科、眼科、耳鼻科、リハビリテーション科などがチームを組んで行います。
1. 外科的治療
合併症に対しては、手術が必要になることがあります。
ヒルシュスプルング病の手術
腸の神経がない部分を切除し、正常な腸をつなぐ手術を行います。
病変の範囲が広い場合などは、一時的に人工肛門(ストーマ)を作ることもあります。
心臓の手術
心室中隔欠損症などの心疾患がある場合、程度によっては穴を塞ぐ手術などを行います。
泌尿生殖器の手術
尿道下裂や停留精巣がある場合、形成手術を行います。
2. てんかんの治療
てんかん発作に対しては、抗てんかん薬による治療を行います。
バルプロ酸などがよく使われますが、発作のタイプに合わせて調整します。
発作をコントロールすることは、脳の発達を守り、日中の活動を安全に行うために重要です。
3. 便秘の管理
ヒルシュスプルング病がない場合でも、便秘は生涯にわたる課題となることが多いです。
食事療法(水分や食物繊維)、便を柔らかくするお薬、腸の動きを良くするお薬、浣腸などを組み合わせて、スムーズな排便習慣を作ります。
4. リハビリテーション(療育)
お子さんの発達を促すために、早期からの療育が非常に重要です。
理学療法(PT)
体のバランス感覚を養い、歩行などの運動機能を高める訓練を行います。
足の形に合った靴(インソール)を作ることもあります。
作業療法(OT)
手先の使い方や、遊びを通じた発達支援を行います。
日常生活動作(着替えや食事)の自立を目指します。
言語聴覚療法(ST)
コミュニケーション能力の向上を目指します。
言葉が出にくい場合でも、ジェスチャー、サイン、絵カード、タブレット端末など、その子に合ったコミュニケーション手段(AAC)を見つけることが大切です。
「伝えたい」という気持ちを引き出し、周りがそれを受け止めることで、コミュニケーションの輪が広がります。
5. 教育と生活のサポート
就学時には、特別支援学校や特別支援学級など、お子さんの特性に合わせた教育環境を選ぶことが大切です。
個別の指導計画を作成し、一人ひとりのペースに合わせた学習や生活の自立に向けた支援を行います。
また、放課後等デイサービスなどの福祉サービスを利用することで、社会性を育む機会を増やすことができます。
まとめ
モワット・ウィルソン症候群についての解説をまとめます。
- 病気の本質: ZEB2遺伝子の変異により、神経や臓器の形成に必要な指令がうまく伝わらなくなる先天性の疾患です。
- 主な特徴: 成長とともに変化する特徴的なお顔立ち、知的発達の遅れ、ヒルシュスプルング病、心疾患、てんかんなどが特徴です。
- 性格: 多くの患者さんは社交的で、笑顔が多く、人懐っこい性格をしています。
- 言葉: 発語は苦手なことが多いですが、聞いて理解する力は比較的良好です。
- 管理の要点: 合併症(腸や心臓、てんかん)の治療と、それぞれのペースに合わせた療育が中心となります。
- 原因: ほとんどが突然変異によるものであり、親のせいではありません。
