NESCAV症候群(KIF1A関連神経疾患)

医者

「NESCAV症候群(ネスキャブしょうこうぐん)」という、非常に稀で聞き慣れない診断名を聞き、情報を求めてこのページにたどり着かれたご家族の方へ。

医師から「遺伝子の変化による病気です」と説明を受け、さらに「進行する可能性があります」や「KIF1A(キフワンエー)という遺伝子が原因です」といった専門的な話をされて、計り知れない不安と恐怖の中にいらっしゃることと思います。特に、お子さんの歩き方がぎこちなかったり、目が見えにくそうだったりする症状を目の当たりにしている場合、将来どうなってしまうのかという心配で胸がいっぱいになっているかもしれません。

この病名は、主な症状の頭文字をとった医学的な名称ですが、近年では原因となる遺伝子の名前をとってKIF1A関連神経疾患、英語の頭文字をとって**KAND(カンド)**と呼ばれる大きなグループの一つとして扱われることが増えています。

NESCAV症候群は、そのKANDの中でも、特に乳幼児期から症状が現れ、神経の症状が比較的はっきりと出るタイプを指すことが多い診断名です。

この病気は、KIF1Aという神経細胞の中で物質を運ぶ「運び屋」の役割をする遺伝子に変化が起きることで、神経の栄養が届かなくなったり、神経が傷んでしまったりする生まれつきの体質です。

主な特徴は、足の筋肉が硬くなって歩きにくくなる痙性(けいせい)、視神経が弱くなることによる視覚障害、そして小脳という脳の一部が小さくなることによるバランス感覚の問題などです。

非常に希少な疾患であり、日本語での詳しい情報はまだ多くありません。そのため、診断を受けても具体的な生活のイメージが湧きにくく、孤独を感じてしまうご家族も少なくありません。

しかし、遺伝子検査の技術が進歩したことで、この診断を受けるお子さんが世界中で増えてきており、「KIF1A.ORG」などの国際的な患者団体を中心に、治療薬の開発に向けた研究が急速に進められています。

まず最初にお伝えしたいのは、診断名がついたということは、お子さんを守るための「地図」を手に入れたということです。

研究は日々進んでいます。希望を持って、一つひとつ知識を整理していきましょう。

概要:どのような病気か

まず、この病名がどのような意味を持っているのか、そしてどのような病気なのかを理解しましょう。

病名の由来と意味

NESCAV症候群という名前は、この病気の主な特徴を表す英語の頭文字を組み合わせたものです。

  • Neurodegeneration(神経変性):神経細胞が徐々に傷んでしまうこと。
  • Early-onset(早期発症):乳幼児期から症状が出始めること。
  • Spasticity(痙性):筋肉が緊張して硬くなり、手足(特に足)が動かしにくくなること。
  • Cerebellar Atrophy(小脳萎縮):バランスを司る小脳が小さくなること。(※Cataracts:白内障が含まれる場合もあります)
  • Visual impairment(視覚障害):視神経の萎縮などにより目が見えにくくなること。

これらをまとめてNESCAV症候群(NESCAVS)と呼びます。

つまり、生まれつき、または幼少期から、足のつっぱりや目の見えにくさ、バランスの悪さなどが現れ、それが少しずつ進行していく可能性がある病気、という意味が含まれています。

KIF1A関連神経疾患(KAND)との関係

現在、医学の世界では、NESCAV症候群を含む「KIF1A遺伝子の変異によって起きる病気」をまとめて、**KIF1A関連神経疾患(KAND)**と呼ぶ動きが主流になっています。

KANDには、症状が比較的軽いタイプから、NESCAV症候群のように複数の症状が重なるタイプまで、幅広い患者さんが含まれます。

そのため、医師によっては「NESCAV症候群」という言葉を使わず、「KIF1Aの病気」や「KAND」と説明することもありますが、指している病気の本質は同じです。

進行性の病気か

「神経変性」という言葉が含まれている通り、この病気は進行性の性質を持っています。

しかし、その進行のスピードや程度は人によって全く異なります。

急速に症状が進む方もいれば、大人になるまでゆっくりと変化していく方もいます。また、リハビリテーションなどによって機能を維持・改善できている方もたくさんいます。

「進行性=すぐに動けなくなる」というわけではありません。

主な症状

NESCAV症候群の症状は、神経が関わる様々な場所に現れます。

個人差は大きいですが、多くの患者さんに共通して見られる特徴について、詳しく見ていきましょう。

1. 運動機能の特徴(痙性と運動失調)

ご家族が最初に気づくことが多いのが、運動発達の遅れや歩き方の特徴です。

運動発達の遅れ

首すわりやお座りは比較的順調でも、歩き始めが遅れることが多いです。

2歳や3歳で歩けるようになるお子さんもいれば、つかまり立ちまでで移動には車椅子を使うお子さんもいます。

痙性(けいせい)

足の筋肉が常に緊張して硬くなっている状態です。

つま先立ちで歩く、足が内側に入ってしまう、膝が伸びきらないといった様子が見られます。

成長とともに筋肉の緊張が強くなり、歩行が難しくなることがあります。これを進行性痙性対麻痺と呼ぶこともあります。

運動失調(アタキシア)

バランス感覚が悪く、ふらついたり、転びやすかったりします。

これは、後述する小脳の萎縮に関係しています。

物を取ろうとした時に手が震えたり、狙った場所にスムーズに手を伸ばせなかったりすることもあります。

2. 目の症状(視覚障害)

KIF1A遺伝子は目の神経にとっても非常に重要なため、目に特徴的な症状が出ることがあります。

視神経萎縮

目から脳へ映像を送るケーブルである視神経が細くなり、機能が弱くなる状態です。

視力が低下したり、視野が狭くなったりします。眼鏡で矯正しても視力が出にくい弱視の原因になります。

皮質視覚障害(CVI)

目は見えていても、脳で映像を処理する部分がうまく働かず、認識しにくい状態です。

その他の眼症状

眼振(目が小刻みに揺れる)や、斜視、あるいは白内障が見られることもあります。

視覚の問題は学習や運動発達に大きく影響するため、眼科での定期的なチェックが欠かせません。

3. 神経発達と知的な特徴

発達のゆっくりさが見られます。

知的発達の遅れ

軽度から重度まで幅がありますが、多くのお子さんに知的障害が見られます。

言葉の理解や表出(お話しすること)がゆっくりです。

しかし、言葉は少なくても、こちらの言っていることはよく理解しており、表情やジェスチャーでコミュニケーションが取れるお子さんが多いです。

学習障害や行動の特徴

注意力が散漫になりやすかったり、自閉スペクトラム症に似たこだわりが見られたりすることがあります。

4. 脳の構造の変化

MRI検査などで脳の中を見ると、特徴的な変化が見られることがあります。

小脳萎縮

脳の後ろにある、運動の調節やバランスを司る小脳が、年齢とともに少しずつ小さくなる(萎縮する)傾向があります。

これが、ふらつきや手の震えの原因となります。

脳梁の菲薄化

右脳と左脳をつなぐ橋のような部分である脳梁が、通常より薄いことがあります。

5. その他の症状

末梢神経障害(ニューロパチー)

手足の先の神経が弱くなり、感覚が鈍くなったり、力が入りにくくなったりすることがあります。

手足の冷えや、痛みを感じにくいといった症状として現れることもあります。

てんかん発作

患者さんの一部に、てんかん発作が見られます。

発作のタイプは様々ですが、お薬でコントロールできる場合も多いです。

原因

なぜ、足が突っ張ったり、目が見えにくくなったりするのでしょうか。その原因は、神経細胞の中で「荷物運び」をする重要なタンパク質の働きが悪くなることにあります。

KIF1A遺伝子の役割

この病気の原因は、第2番染色体にある**KIF1A(キフワンエー)**という遺伝子の変異です。

この遺伝子は、キネシンファミリーメンバー1Aというタンパク質を作る設計図です。

神経細胞は、非常に長い形をしています。例えば、腰から足の先まで伸びる神経は1メートル以上にもなります。

神経細胞の本体(細胞体)で作られた栄養や必要な物質を、長い神経の突起の先まで運ぶ必要があります。

KIF1Aタンパク質は、この「物質輸送」を担う、いわば神経細胞の中のトラックのような役割をしています。

専門的には、シナプス小胞などの積み荷を背負って、微小管というレールの上を高速で移動するモータータンパク質と呼ばれます。

何が起きているのか

KIF1A遺伝子に変異が起きると、このトラックのエンジンが壊れたり、タイヤが外れたりして、荷物を運べなくなります。

あるいは、暴走してしまってレールから外れてしまうこともあります。

すると、神経の先端に栄養や必要な物質が届かなくなります。

栄養が来ない神経は、徐々に元気をなくして縮んだり(変性)、働かなくなったりします。

特に、長い距離を移動しなければならない足の神経や、エネルギーをたくさん使う目の神経、そして複雑な運動をコントロールする小脳の神経が、この「輸送不足」の影響を受けやすいため、痙性や視覚障害、小脳萎縮といった症状が現れると考えられています。

遺伝について

この病気は**常染色体顕性遺伝(優性遺伝)**という形式をとります。

人間は遺伝子を2本セットで持っていますが、そのうちの片方のKIF1A遺伝子に変異があれば発症します。

しかし、NESCAV症候群(KAND)の患者さんのほとんどは、ご両親から遺伝したわけではありません。

ご両親の遺伝子は正常で、お子さんの代で初めて遺伝子の変化が起こる新生突然変異(de novo変異)のケースが圧倒的に多いです。

これは、受精卵ができる過程、あるいは精子や卵子ができる過程で偶然に起きたコピーミスのようなものであり、誰のせいでもありません。

妊娠中の生活習慣やストレス、高齢出産などが直接的な原因で起こるものではありません。

したがって、次のお子さんが同じ病気になる確率は、一般のカップルとほとんど変わりません(ただし、稀に性腺モザイクという現象があるため、心配な場合は遺伝カウンセリングでの相談が推奨されます)。

医者

診断と検査

診断は、症状の観察だけでは難しく、遺伝学的検査によって確定されます。

脳性麻痺や、遺伝性痙性対麻痺(HSP)などの他の病気との区別が重要です。

1. 臨床診断

医師は診察で以下の点を確認します。

  • 原因不明の発達の遅れがあるか。
  • 足のつっぱり(痙性)や、ふらつき(失調)があるか。
  • 視神経の萎縮や視覚の問題があるか。
  • MRIで小脳の萎縮などが見られるか。

「進行性の脳性麻痺」のように見える場合、この病気が疑われます。

2. 画像検査(MRI)

脳のMRI検査を行います。

初期には明らかな異常が見つからないこともありますが、経過とともに小脳の上の部分(小脳虫部)などが小さくなっていないかを確認します。

脳の構造的な奇形というよりは、本来あったはずのボリュームが減ってくる「萎縮」の変化を見ることが重要です。

3. 眼科検査

眼底検査やOCT(光干渉断層計)などの検査を行い、視神経が白っぽくなっていないか(蒼白化)、網膜の神経線維が薄くなっていないかを調べます。

視覚障害は自覚症状として訴えにくいお子さんも多いため、客観的な検査が大切です。

4. 遺伝学的検査

確定診断のために最も重要な検査です。

血液を採取し、DNAを解析してKIF1A遺伝子に変異があるかを調べます。

最近では「全エクソーム解析」や「マルチジーンパネル」といって、関連する多くの遺伝子を一度に調べる検査で見つかることが増えています。

これにより、KIF1Aのどの場所にどのような変異があるかがわかり、診断が確定します。

治療と管理

現在の医学では、遺伝子を修復して病気を根本から治す治療法はまだ確立されていません。

しかし、それぞれの症状に対して適切な治療やリハビリを行うことで、進行を遅らせたり、生活の質を高めたりすることは十分に可能です。

また、世界中で治療薬の開発が進んでいます。

1. リハビリテーション(療育)

この病気のお子さんにとって、最も重要で中心となるケアです。

理学療法(PT)

足の筋肉が硬くなるのを防ぐためのストレッチや、歩行訓練を行います。

体幹を鍛えてバランス能力を高めることも大切です。

自分の足で歩く期間を長く保つために、継続的なリハビリが推奨されます。

作業療法(OT)

手先の震え(振戦)がある場合でも使いやすい道具を工夫したり、日常生活動作の練習を行ったりします。

視覚支援

視覚障害がある場合、見えやすい環境(コントラストの強い色使いや照明の工夫、拡大読書器の使用など)を整えるロービジョンケアを行います。

2. 痙性(足のつっぱり)の治療

筋肉の緊張を和らげるための治療を行います。

  • 内服薬: 筋肉の緊張をほぐすお薬(バクロフェンなど)を使用します。
  • ボツリヌス療法(ボトックス): 硬くなっている筋肉に直接注射をして、局所的に筋肉を緩めます。
  • 装具療法: 足首が固まらないように、プラスチック製の装具(短下肢装具など)を使用します。

3. てんかんの治療

てんかん発作がある場合は、抗てんかん薬による治療を行います。

発作をコントロールすることは、脳を守り、日中の活動を充実させるために重要です。

4. 定期的なフォローアップ

進行性の側面があるため、定期的なチェックが欠かせません。

  • 眼科: 半年〜1年に1回程度、視力や視神経の状態を確認します。
  • 整形外科: 股関節の脱臼や側弯症(背骨の曲がり)が起きていないか、レントゲンで確認します。
  • 神経内科/小児科: 全身の状態や発達の評価を行います。

5. 研究への参加(KIF1A.ORGなど)

現在、KIF1A関連疾患に対しては、「KIF1A.ORG」という患者団体が中心となって、世界規模で治療薬の開発プロジェクトが進んでいます。

自然歴調査(病気がどのように経過するかを記録する調査)への登録などが、将来の治療法確立に役立ちます。

まとめ

NESCAV症候群(KIF1A関連神経疾患/KAND)についての解説をまとめます。

  • 病気の本質: KIF1A遺伝子の変異により、神経細胞内の物質輸送がうまくいかなくなり、神経が栄養不足になることで起こる進行性の疾患です。
  • 主な症状: 足のつっぱり(痙性)、ふらつき(失調)、視力低下(視神経萎縮)、知的発達の遅れなどが特徴です。
  • KANDとの関係: NESCAV症候群は、より広い概念であるKIF1A関連神経疾患(KAND)の一部として捉えられています。
  • 原因: ほとんどが突然変異によるものであり、親のせいではありません。
  • 管理の要点: リハビリによる機能維持、痙性のコントロール、眼科的ケア、そして将来の治療に向けた情報収集が中心となります。

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