ニコライデス・バライツァー症候群、あるいはNCBRSという診断名を聞き、情報を求めてこのページにたどり着かれたご家族の方へ。
医師から「非常に稀な遺伝子の変化による病気です」と説明を受け、初めて聞く病名に戸惑いや不安を感じていらっしゃるかもしれません。特に、この病気は世界的に見ても報告数が少なく、日本語の詳しい情報が限られているため、「これからどうなるのだろう」「どんな病気なのかイメージがつかない」という心配が強いのではないでしょうか。
ニコライデス・バライツァー症候群は、体の成長や知的な発達に関わる遺伝子の変化によって起こる生まれつきの体質です。
この病気は、1993年に小児神経科医のニコライデス博士と遺伝学者のバライツァー博士によって初めて報告されました。
最大の特徴は、髪の毛が少なかったり伸びにくかったりする疎毛と呼ばれる状態や、指の関節が目立つ独特の手の形、そして知的発達の遅れが見られることです。また、てんかん発作を伴うことも多くあります。
「稀な病気」と聞くと、孤独感を感じてしまうかもしれませんが、近年の遺伝子研究の進歩により、原因となる遺伝子が特定され、世界中で少しずつ理解が深まってきています。
コフィン・シリス症候群という別の病気と似ている部分があり、同じグループの疾患として研究が進められています。
まず最初にお伝えしたいのは、お子さんは診断名のついた「症例」ではなく、豊かな個性と可能性を秘めた一人の人間だということです。
ゆっくりではあっても、お子さんは確実に成長していきます。
あまり恐れすぎず、一つひとつ知識を整理していきましょう。
概要:どのような病気か
まず、この病気がどのような位置づけにあるのか、そしてどのような特徴があるのかを理解しましょう。
疾患の定義
ニコライデス・バライツァー症候群は、生まれつきの遺伝子の変異により、重度の知的障害、特徴的なお顔立ち、毛髪の少なさ、そして手足の指の特徴的な形などを呈する先天性疾患です。
英語の頭文字をとってNCBRSと略されることがよくあります。
希少疾患としての位置づけ
この病気は非常に稀で、正確な発生頻度はわかっていませんが、これまでに世界で数百例程度しか報告されていません。
しかし、遺伝子検査技術の普及により、これまで「原因不明の知的障害」とされていた方の中から、新たに診断されるケースが増えてきています。
コフィン・シリス症候群との関連
この病気を理解する上で、コフィン・シリス症候群という病気のことを知っておくと役立つことがあります。
両者は、原因となる遺伝子が働く場所(クロマチンリモデリング複合体というシステム)が共通しており、症状もよく似ています。
例えば、どちらも知的障害や、指の形成不全、毛深い体毛などの特徴を持っています。
しかし、ニコライデス・バライツァー症候群は、特に「頭髪が薄い」という点や、「指の関節がコブのように目立つ」という点が特徴的で、これによって区別されることが多いです。
主な症状
ニコライデス・バライツァー症候群の症状は、外見的な特徴と、発達や神経の特徴に大きく分けられます。
症状の程度には個人差がありますが、多くの患者さんに共通して見られるサインについて詳しく見ていきましょう。
1. 毛髪と皮膚の特徴
ご家族が幼少期から気になりやすい、また診断の大きな手がかりとなる特徴です。
髪の毛(疎毛)
この病気の最も際立った特徴の一つが、頭の髪の毛が少ない、あるいは薄いことです。
生まれた時から髪が少なかったり、伸びるのが非常に遅かったりします。
年齢とともに少しずつ増えることもありますが、全体的にまばらで、髪質も細いことが多いです。
一方で、眉毛は濃くしっかりしていることが多く、まつ毛も長い傾向があります。
体毛(多毛)
頭の髪の毛は薄い一方で、体全体の産毛などは濃い傾向があります。
背中や腕、足などに毛が多く見られることがあります。
皮膚の状態
皮膚が乾燥しやすく、きめが粗いことがあります。
また、年齢とともに皮膚の弾力が低下し、顔にしわができやすかったり、皮下脂肪が少なくなって血管が透けて見えたりすることもあります。
アトピー性皮膚炎のような湿疹が見られることもあります。
2. 手足の特徴
指の関節や形に、非常にユニークな特徴が現れます。
指の関節の隆起
手の指や足の指の関節、特に真ん中の関節(近位指節間関節)と先端の関節(遠位指節間関節)が、コブのように膨らんで目立つようになります。
指全体としては、付け根から先端にかけて太さが変わらない、あるいは先端が少し太くなっているように見え、ごつごつとした印象を与えることがあります。
手足の短さ
手や足のひらが小さく、指も短い短指症が見られることがあります。
また、手のひらのシワが深かったり、指の腹の膨らみがしっかりしていたりすることもあります。
3. お顔立ちの特徴(顔貌)
ニコライデス・バライツァー症候群には、共通する特徴的なお顔立ちがあります。これらは成長とともに変化し、よりはっきりしてくる傾向があります。
輪郭と筋肉
顔の形は逆三角形のような形をしていることが多く、あごが小さい傾向があります。
頬の脂肪が少なく、顔の筋肉の動きが少なめであるため、表情が少し硬く見えることがあります。
目、鼻、口
目はパッチリとして大きいことが多いですが、まぶたが少し下がっていることもあります。
鼻の根元は広く、鼻の穴が大きめで、鼻翼(小鼻)が厚いことがあります。
口は大きめで、下唇が厚く、外側にめくれているように見えることがあります。口を開けていることが多く、舌を出している仕草もよく見られます。
人中(鼻の下の溝)は長く、平らであることが多いです。
4. 知的発達と成長
ほとんどの患者さんに、中等度から重度の知的障害が見られます。
物事を理解したり、学習したりするペースは非常にゆっくりです。
言葉の遅れ
言葉の発達は特にゆっくりで、発語(お話しすること)が全くない、あるいは単語レベルにとどまることが多いです。
しかし、言葉は話せなくても、こちらの言っていることは理解していることが多く、身振りや表情、絵カードなどを使ってコミュニケーションをとることができます。
「言いたいことはあるけれど、言葉にするのが難しい」という状態に近いかもしれません。
運動発達の遅れ
首すわり、お座り、歩行などの運動発達も全体的に遅れる傾向があります。
歩き始めるのが2歳から3歳以降になることもありますが、多くのお子さんが最終的には歩けるようになります。
ただ、バランス感覚が弱かったり、歩き方が不安定だったりすることは続く場合があります。
低身長
生まれた時の身長や体重は正常範囲内であることが多いですが、成長とともに伸びが悪くなり、低身長になることがあります。これには、骨の成長の問題や、栄養摂取の問題などが関わっていると考えられています。
5. てんかん発作
ニコライデス・バライツァー症候群の患者さんの約3分の2に、てんかん発作が見られます。
発症時期は乳幼児期から学童期と幅広く、発作のタイプも様々です。
突然意識を失う発作や、体の一部がピクつく発作などがあります。
お薬でコントロールできる場合もあれば、なかなか発作が止まらない難治性の場合もあります。てんかん発作は発達にも影響を与えるため、脳波検査などによる早期発見と管理が重要です。
6. 行動面の特徴
性格は基本的には明るく、人懐っこいお子さんが多いと言われています。音楽が好きだったり、人と関わることが好きだったりします。
一方で、自閉症スペクトラム障害に似た行動が見られることもあります。
こだわりが強かったり、決まった手順でないと気が済まなかったりすることがあります。
また、注意欠陥・多動性障害のように、じっとしているのが苦手だったり、衝動的に動いてしまったりすることもあります。
時に、かんしゃくを起こしたり、攻撃的な行動が出てしまったりすることもあり、ご家族が対応に悩む場面もあるかもしれません。

原因
なぜ、髪の毛が薄くなったり、発達がゆっくりになったりするのでしょうか。その原因は、細胞の中で遺伝子の働きを調節する重要なシステムの不具合にあります。
SMARCA2遺伝子の変異
ニコライデス・バライツァー症候群の唯一の原因として特定されているのが、第9番染色体にあるSMARCA2(スマーカツー)という遺伝子の変異です。
この遺伝子は、細胞の中で「クロマチンリモデリング複合体」というシステムの一部を構成するタンパク質を作っています。
少し難しい言葉ですが、イメージとしては「図書館の司書さん」のような役割を想像してください。
私たちの体には2万個以上の遺伝子という「本」がありますが、それらはDNAという長い糸に書かれ、小さく折りたたまれて収納されています。
必要な時に必要な本(遺伝子)を読むためには、折りたたまれたDNAを解きほぐして、本を開く必要があります。
SMARCA2遺伝子が作るタンパク質は、この「本棚を整理して、必要な本を読みやすくする」という非常に重要な役割を担っています。
何が起きているのか
SMARCA2遺伝子に変異が起きると、この「司書さん」の働きが悪くなってしまいます。
すると、脳の発達に必要な遺伝子や、体の形成に必要な遺伝子を、正しいタイミングで読み出すことができなくなります。
その結果、脳の神経細胞がうまく繋がらなかったり、骨や皮膚の形成に偏りが出たりして、ニコライデス・バライツァー症候群の様々な症状が現れると考えられています。
ちなみに、似たような病気であるコフィン・シリス症候群は、同じ図書館で働く別の司書さん(SMARCA4など)の不具合によって起こります。同じシステムに関わっているため、症状が似ているのです。
遺伝について
この病気は「常染色体顕性遺伝(優性遺伝)」という形式をとります。
これは、2つある遺伝子のうち、片方に変異があれば発症するという意味です。
しかし、ニコライデス・バライツァー症候群の患者さんのほとんどは、ご両親から遺伝したわけではありません。
ご両親の遺伝子は正常で、お子さんの代で初めて遺伝子の変化が起こる「突然変異(de novo変異)」のケースが圧倒的に多いです。
これは、受精卵ができる過程、あるいは精子や卵子ができる過程で偶然に起きたコピーミスのようなものであり、誰のせいでもありません。
妊娠中の生活習慣やストレス、高齢出産などが直接的な原因で起こるものではありません。
したがって、次のお子さんが同じ病気になる確率は、一般のカップルとほとんど変わりません(ただし、稀に性腺モザイクという現象があるため、遺伝カウンセリングでの相談が推奨されます)。
診断と検査
診断は、特徴的な症状の観察と、遺伝学的検査によって行われます。
1. 臨床診断
医師は診察で以下の特徴的な所見の組み合わせを確認します。
毛髪が薄い、あるいは伸びにくい。
指の関節が目立つ、あるいは指先が太い。
特徴的なお顔立ちがある。
重度の知的障害や言葉の遅れがある。
てんかん発作がある。
これらの特徴が揃っている場合、臨床的にニコライデス・バライツァー症候群が強く疑われます。
特に、コフィン・シリス症候群と区別する際には、毛髪の薄さや、指の関節の特徴が決め手になることがあります。
2. 遺伝学的検査
確定診断のために行われます。
血液を採取し、DNAを解析してSMARCA2遺伝子に変異があるかを調べます。
以前は診断が難しかったのですが、現在は「全エクソーム解析」などの網羅的な遺伝子検査技術が普及したことにより、一度に多くの遺伝子を調べることができるようになり、診断率が向上しています。
遺伝子が特定されることで、この病気であることが確定し、将来の見通しを立てたり、適切な療育計画を立てたりするのに役立ちます。
3. その他の検査
合併症を調べるために、以下のような検査が行われることがあります。
脳波検査:てんかん発作の有無やタイプを調べるために必須です。
頭部MRI検査:脳の構造的な異常(脳梁の低形成など)がないかを確認します。
レントゲン検査:手足の骨の形や、脊柱側弯症などの骨格の問題を調べます。
治療と管理
現在の医学では、SMARCA2遺伝子を修復して病気を根本から治す治療法はまだ確立されていません。
しかし、それぞれの症状に対して適切な治療やサポートを行うことで、健康を維持し、お子さんの持っている力を最大限に引き出すことができます。
治療の目標は、合併症を管理し、生活の質(QOL)を高めることです。
1. てんかんの治療
てんかん発作がある場合は、抗てんかん薬による治療を行います。
発作のタイプに合わせてお薬を選び、発作の回数を減らすことを目指します。
難治性の場合は、複数のお薬を組み合わせたり、食事療法(ケトン食療法など)を検討したりすることもあります。
てんかんをコントロールすることは、脳の発達を守り、日中の活動性を上げるために非常に重要です。
2. 発達支援と療育(リハビリテーション)
ニコライデス・バライツァー症候群のお子さんにとって、最も重要なサポートの一つです。
早期から療育を始めることで、発達を促すことができます。
理学療法(PT)
体のバランス感覚や筋力を養い、お座りや歩行などの粗大運動の発達をサポートします。
関節が硬くなるのを防ぐためのストレッチなども行います。
作業療法(OT)
手先の使い方の練習や、食事・着替えなどの日常生活動作の練習を行います。
感覚過敏やこだわりがある場合は、感覚統合療法などを取り入れることもあります。
言語聴覚療法(ST)
言葉の理解を促したり、コミュニケーション手段(サイン、絵カード、タブレット端末など)の獲得をサポートしたりします。
また、食べ物を噛んだり飲み込んだりする機能(摂食嚥下機能)に問題がある場合は、その練習も行います。
3. 整形外科的な管理
側弯症(背骨が曲がる病気)や、関節の問題が見られることがあるため、定期的に整形外科でチェックを受けます。
必要に応じて、装具やインソールなどを使用し、体の変形を防ぎます。
4. 栄養と食事の管理
乳幼児期に哺乳が弱かったり、偏食があったりして体重が増えにくいことがあります。
栄養士と相談し、カロリーの高い食事を工夫したり、食べやすい形態に調理したりして、適切な栄養摂取を目指します。
5. 教育と社会生活
就学時には、特別支援学校や特別支援学級など、お子さんの特性に合わせた教育環境を選ぶことが大切です。
個別の指導計画を作成し、一人ひとりのペースに合わせた学習や生活の自立に向けた支援を行います。
また、地域での生活を支えるために、放課後等デイサービスや移動支援などの福祉サービスを利用することも検討しましょう。
まとめ
ニコライデス・バライツァー症候群(NCBRS)についての解説をまとめます。
- 病気の本質: SMARCA2遺伝子の変異により、遺伝子の働きを調節するシステムに変化が生じている先天性疾患です。
- 主な特徴: 髪の毛が薄い(疎毛)、指の関節が目立つ、特徴的なお顔立ち、重度の知的障害、てんかんなどが特徴です。
- 原因: ほとんどが突然変異によるものであり、親のせいではありません。
- 管理の要点: てんかんのコントロール、早期からの療育、整形外科的なフォロー、そして個性に合わせた教育的支援が中心となります。
