ヌーナン症候群3型、あるいはKRAS遺伝子の変化によるヌーナン症候群という診断名を聞き、情報を求めてこのページにたどり着かれたご家族の方へ。
医師から「ヌーナン症候群の中でも、KRASという遺伝子に原因があるタイプです」と説明を受け、初めて聞く病名やアルファベットの羅列に、戸惑いや不安を感じていらっしゃるかもしれません。
特に、医師から「少し症状が強く出る可能性があります」や「CFC症候群という別の病気に近い性質を持っています」といった説明を受けた場合は、お子さんの将来を案じて、計り知れない不安の中にいらっしゃることでしょう。
ヌーナン症候群は、体の形作られ方や成長に関わる遺伝子の変化によって起こる生まれつきの体質です。
その中でも今回解説する3型、つまりKRAS遺伝子に変異があるタイプは、ヌーナン症候群全体の中では数パーセント程度を占める比較的稀なタイプです。
このタイプの大きな特徴は、典型的なヌーナン症候群の症状に加えて、他の型よりも症状が多岐にわたったり、程度が強かったりする傾向があることです。
また、心臓顔面皮膚症候群、略してCFC症候群と呼ばれる別の重篤な疾患と遺伝子や症状が共通しており、診断の線引きが難しいほど密接な関係にあります。
まず最初にお伝えしたいのは、たとえ症状が重い場合でも、現代の医療と療育にはお子さんの成長を支えるための多くの手段があるということです。
一人で抱え込まず、一つひとつ知識を整理していきましょう。
概要:どのような病気か
まず、この病気がどのような位置づけにあるのか、そしてKRAS遺伝子変異にはどのような特徴があるのかを理解しましょう。
ヌーナン症候群とは
ヌーナン症候群は、特徴的なお顔立ち、低身長、生まれつきの心臓の病気、胸郭の変形などを主な特徴とする疾患です。
およそ1000人から2500人に1人くらいの割合で生まれると言われており、小児科領域では比較的よく知られた疾患の一つです。
この病気は、細胞の中にある情報の通り道であるRAS/MAPK経路というシステムに関わる遺伝子の変化によって引き起こされます。
3型(KRAS遺伝子変異)の特徴
ヌーナン症候群の原因遺伝子はこれまでにいくつも見つかっており、それによって1型、2型といった番号が振られています。
その中でKRAS遺伝子に変異があるものを3型と呼びます。
3型の特徴として、以下のような傾向が挙げられます。
顔立ちはヌーナン症候群の特徴を持っていますが、より特徴がはっきりしていることがあります。
心臓の病気として、肺動脈弁狭窄症や肥大型心筋症が見られます。
知的発達の遅れが、他の型(特に1型や4型)に比べてやや強く出ることがあると言われています。
皮膚のトラブルや、髪の毛の特徴(縮毛や薄毛)が出やすい傾向があります。
つまり、ヌーナン症候群というグループの中では、比較的慎重な管理と手厚いサポートが必要になることが多いタイプであると言えます。
CFC症候群との関係(スペクトラム)
ここが3型を理解する上で非常に重要、かつ少し複雑なポイントです。
実は、KRAS遺伝子の変異は、ヌーナン症候群だけでなく、心臓顔面皮膚症候群、すなわちCFC症候群の原因にもなります。
ヌーナン症候群とCFC症候群は、症状が非常に似ていますが、一般的にCFC症候群の方が知的障害が重く、てんかんなどの神経症状や、重度の皮膚症状を伴うことが多いとされています。
KRAS変異を持つお子さんは、ヌーナン症候群と診断されることもあれば、症状の程度によってはCFC症候群と診断されることもあります。
これらは全く別の病気というよりは、RASオパチーという大きなグループの中での連続したスペクトラム、つまり虹の色の移り変わりのような関係にあると考えられています。
そのため、3型は「CFC症候群に近い特徴を持つヌーナン症候群」と捉えられることがあります。
RASオパチーというグループ
この病気は、医学的にはRASオパチー、別名ラスオパチーという大きなグループに含まれます。
これは、細胞の増殖や成長をコントロールするRAS/MAPK経路に異常がある病気の総称です。
KRAS遺伝子の変化は、この経路の信号伝達に強い影響を与えることで、体の様々な部分の発達に関与します。
主な症状
3型の症状は、全身の様々な場所に現れます。
個人差はありますが、KRAS遺伝子変異を持つ患者さんによく見られる特徴について、詳しく見ていきましょう。
1. お顔立ちの特徴(顔貌)
ヌーナン症候群に共通する、愛らしく特徴的なお顔立ちが見られます。
両目の間隔が広く離れている眼間開離や、まぶたが下がっている眼瞼下垂が見られることがあります。
目は少し下がり気味で、アーモンドのような形をしていることが多いです。
耳の位置が少し低く、後ろに傾いていたり、耳のふちが厚かったりすることがあります。
鼻の根元が低く、鼻先が丸かったり上を向いていたりすることもあります。
おでこが広く、頭の形が少し大きいこともあります。
これらのお顔立ちは、乳幼児期にはっきりしていますが、成長とともに顔つきが変わり、大人になると目立たなくなっていくのが一般的です。
2. 心臓の症状
3型の患者さんの多くに、生まれつきの心臓の病気や、成長してからわかる心臓の変化が見られます。
肺動脈弁狭窄症
心臓から肺へ血液を送る血管の出口にある弁が狭くなり、血液が通りにくくなる病気です。
ヌーナン症候群で最も多い心疾患であり、3型でもよく見られます。
肥大型心筋症
心臓の筋肉、特に左心室の壁が分厚くなってしまう病気です。
3型では、この肥大型心筋症を合併するリスクも比較的高いと言われています。
筋肉が厚くなると心臓の動きに影響が出ることがあるため、定期的なチェックが重要です。
3. 知的発達と神経系
ここがご家族にとって一番の心配事かもしれません。
3型(KRAS変異)のお子さんは、他の型(SOS1変異など)に比べると、知的発達の遅れが見られる頻度が高く、その程度も中等度から重度になることがあると言われています。
言葉が出るのが遅かったり、歩き始めなどの運動発達がゆっくりだったりすることが多いです。
しかし、これはあくまで「傾向」であり、正常範囲の発達を示すお子さんもいらっしゃいます。
また、筋力が弱く、体が柔らかい筋緊張低下が見られることがあり、これが運動発達の遅れの原因の一つとなります。
4. 皮膚と髪の毛の特徴
KRAS遺伝子は皮膚や毛髪の形成にも深く関わっているため、3型ではここに特徴が出やすい傾向があります。
これはCFC症候群と共通する特徴でもあります。
髪の毛
髪の毛が細く、乾燥していて、縮れている縮毛が見られることがあります。
また、髪の量が少ない疎毛や、おでこの生え際が高い位置にあることもあります。
眉毛やまつ毛も薄いことがあります。
皮膚
皮膚が乾燥しやすく、二の腕や太ももなどがザラザラする毛孔性角化症が見られることがあります。
また、ほくろやイボのような良性の皮膚病変ができやすい傾向があります。
5. 成長と体格
低身長
ヌーナン症候群の主要な症状の一つです。
生まれた時の身長や体重は正常範囲であることが多いですが、生後数ヶ月から成長のペースが緩やかになり、平均より低くなることがあります。
3型においても低身長は見られますが、適切な時期に成長ホルモン治療を行うことで、身長を伸ばすサポートが可能です。
胸郭の変形
胸の形に特徴が出ることがあります。
胸の真ん中が凹んでいる漏斗胸や、逆に出っ張っている鳩胸が見られることがあります。
また、乳首の間隔が離れていることも特徴の一つです。
6. 哺乳と食事
乳児期に、ミルクを飲む力が弱かったり、よく吐き戻したりする哺乳障害が見られることが比較的多いです。
これは筋緊張の弱さや、口の動きの発達に関係しています。
成長とともに改善して食べられるようになることがほとんどですが、一時的にチューブによる栄養補給が必要になることもあります。
7. 頭蓋骨の特徴
稀にですが、頭の骨の継ぎ目が早く閉じてしまう頭蓋骨早期癒合症が見られることがあります。
頭の形がいびつになったり、脳の成長スペースが狭くなったりする場合は、手術が必要になることもあります。

原因
なぜ、このように様々な症状が現れるのでしょうか。その原因は、細胞の中の信号伝達に関わる遺伝子の変化にあります。
KRAS遺伝子の変異
ヌーナン症候群3型の原因は、第12番染色体にあるKRAS遺伝子の変異です。
この遺伝子は、RAS/MAPK経路という細胞の中の伝達システムにおいて、情報を伝える重要なリレー走者の一員です。
KRASというタンパク質を作り出し、細胞の増殖や分化、生存といった重要なプロセスを調節しています。
何が起きているのか
通常、このKRASタンパク質は、必要な時だけ「オン」になり、細胞に「成長しなさい」という命令を出します。
しかし、遺伝子に変異があると、このスイッチの調節がうまくいかなくなります。
多くの場合、スイッチが入りやすい状態、あるいは過剰に信号を送る状態になっています。
細胞に対して成長や変化の命令が過剰に送られ続けることで、心臓の筋肉が厚くなったり、皮膚の角質が増えたり、神経の発達に影響が出たりすると考えられています。
がんとの関連について
インターネットでKRAS遺伝子を検索すると、「がん」に関する情報がたくさん出てきて驚かれたかもしれません。
確かに、KRAS遺伝子の変異は、肺がんや大腸がんなどの「がん細胞」の中で後天的に(生まれた後に)起きることがよくあります。
しかし、ヌーナン症候群3型は、生まれつき全身の細胞にKRAS変異がある状態であり、がん細胞で起きる現象とは状況が異なります。
ただし、RASオパチーの患者さんは、一般の方に比べて、特定の血液の病気(若年性骨髄単球性白血病など)や腫瘍のリスクがわずかに高くなる可能性が指摘されています。
過度に恐れる必要はありませんが、定期的な検診を受けることが推奨されます。
遺伝について
この病気は常染色体顕性遺伝という形式をとります。以前は優性遺伝と呼ばれていました。
ご両親のどちらかが3型である場合、お子さんに遺伝する確率は50パーセントです。
しかし、ヌーナン症候群の患者さんの多くは、ご両親はこの病気ではなく、お子さんの代で初めて遺伝子の変化が起こる突然変異のケースです。
これは、受精卵ができる過程、あるいは精子や卵子ができる過程で偶然に起きたコピーミスのようなものであり、誰のせいでもありません。
妊娠中の生活習慣やストレスなどが原因で起こるものではありません。
診断と検査
診断は、特徴的な症状の観察、心臓の詳しい検査、そして遺伝学的検査を組み合わせて行われます。
1. 臨床診断
医師は診察で以下の点を確認します。
特徴的なお顔立ちがあるか。
身長や体重の増え方はどうか。
心雑音がないか。
皮膚や髪の毛に特徴があるか。
2. 画像検査・生理検査
心エコー検査
心臓の構造や動きを詳しく調べます。肺動脈弁狭窄や肥大型心筋症の有無を確認するために不可欠な検査です。
心電図検査
心臓のリズムや負荷の状態を調べます。
3. 遺伝学的検査
確定診断のために行われます。
血液を採取し、DNAを解析してKRAS遺伝子に変異があるかを調べます。
ヌーナン症候群には多くの原因遺伝子があるため、次世代シーケンサーという最新の技術を使って、関連する遺伝子(PTPN11, SOS1, RAF1, KRAS, BRAFなど)を一度にまとめて網羅的に調べることが一般的になっています。
遺伝子が特定されることで、これが3型(KRAS変異)であることが確定し、CFC症候群との関連や、今後の見通しを立てるのに役立ちます。
治療と管理
現在の医学では、遺伝子を修復して病気を根本から治す治療法はまだ確立されていません。
しかし、それぞれの症状に対して適切な治療やサポートを行うことで、健康を維持し、生活の質を高めることができます。
1. 心臓の治療と管理
肺動脈弁狭窄症
軽度であれば経過観察です。
狭窄が強く、心臓に負担がかかっている場合は、カテーテルを使って狭い弁を広げる治療や、外科手術が行われます。
肥大型心筋症
症状がある場合や進行が見られる場合は、心臓の負担を減らすお薬(β遮断薬など)を使用します。
定期的な心エコー検査で経過を見守ることが重要です。
2. 発達支援と療育
3型のお子さんにとって、最も重要なサポートの一つです。
発達の遅れがある場合は、早期から療育を受けることが推奨されます。
理学療法:体のバランス感覚や筋力を養い、歩行などの運動発達を促します。
作業療法:手先の器用さや、食事・着替えなどの日常動作の練習をします。
言語聴覚療法:言葉の遅れや発音の練習、また哺乳や食事の練習をします。
就学時には学校と連携し、特別支援学級や特別支援学校など、お子さんの特性に合わせた最適な学習環境を選ぶことが大切です。
3. 成長ホルモン療法
低身長があり、一定の基準を満たす場合は、成長ホルモンを注射で補充する治療が行われます。
日本では、ヌーナン症候群に対する成長ホルモン治療が保険適用となっています。
ただし、肥大型心筋症がある場合は、心臓への影響を慎重に見極めながら治療を行う必要があります。主治医とよく相談して決定します。
4. 皮膚と髪のケア
乾燥肌や湿疹、角化症に対しては、保湿剤を使った毎日のスキンケアが大切です。
皮膚科を受診し、症状に合った塗り薬を処方してもらうことで、皮膚のトラブルをコントロールできます。
5. 栄養管理
乳児期に哺乳障害がある場合は、時間をかけて飲ませたり、高カロリーのミルクを使ったり、場合によっては鼻からチューブを通して栄養を補ったりすることもあります。
体重の増えを見ながら、医師や栄養士と相談して進めていきます。
まとめ
ヌーナン症候群3型(KRAS遺伝子変異)についての解説をまとめます。
- 病気の本質: KRAS遺伝子の変異により、RAS/MAPK経路の信号伝達に変化が生じているRASオパチーの一つです。
- 主な特徴: 典型的なヌーナン症候群の特徴に加え、知的発達の遅れや皮膚症状がやや強く出る傾向があります。
- 関連疾患: CFC症候群と症状が重なる部分があり、スペクトラム(連続体)として捉えられています。
- 管理の要点: 定期的な心臓のチェック、手厚い発達支援(療育)、成長のサポートが中心となります。
