お子様やご家族が「ダンディー・ウォーカー症候群(Dandy-Walker syndrome)」という診断を受けた際、その聞き慣れない名前に大きな不安を感じ、これからの生活や成長にどのような影響があるのか、懸念されていることと思います。
この疾患は脳の形成過程で起こる先天的な構造の変化であり、その現れ方は非常に多様です。この記事では、診断を受けたばかりのご家族や情報を探している方々に向けて、疾患の仕組み、医学的な管理、そしてお子様を支えていくための知識を、専門用語を分かりやすく解説しながら詳しく記述します。
1. 概要
ダンディー・ウォーカー症候群とは
ダンディー・ウォーカー症候群は、胎児期における脳の発育過程で、特に小脳とその周辺の構造に変化が生じる先天性の脳奇形です。1914年にダンディー(Dandy)医師が、1954年にウォーカー(Walker)医師が報告したことからこの名前がつきました。
脳の後ろ側にある、後頭蓋窩(こうとうがいか)と呼ばれるスペースにおいて、以下の3つの特徴が組み合わさって見られる状態を指します。
- 小脳虫部(しょうのうちゅうぶ)の欠損または発育不全: 小脳の左右をつなぐ中央部分がうまく作られていない状態。
- 第四脳室(だいよのうしつ)の嚢胞状拡大: 脳脊髄液(のうせきずいえき)が通る部屋の一つが、袋のように大きく膨らんでいる状態。
- 後頭蓋窩の拡大: 脳の後ろ側のスペースそのものが大きくなり、周辺の構造を圧迫したり、位置を押し上げたりしている状態。
脳の構造を理解するためのキーワード
- 小脳(しょうのう): 運動の調節、バランスの保持、精緻な動作をつかさどる脳の一部です。
- 脳脊髄液(のうせきずいえき): 脳と脊髄を保護し、栄養を運び、老廃物を出すための無色透明な液体です。通常、脳内の「脳室」という部屋を循環しています。
- 第四脳室: 脳幹と小脳の間にある脳脊髄液の通り道です。ここが詰まったり膨らんだりすると、液体の流れが悪くなります。
疾患のバリエーション
かつては「ダンディー・ウォーカー奇形」「ダンディー・ウォーカー・バリアント(変異型)」などと細かく分類されていましたが、現在は症状の連続性を考慮して、これらを包括してダンディー・ウォーカー・コンプレックス(複合体)と呼ぶこともあります。
2. 主な症状
ダンディー・ウォーカー症候群の症状は、脳内の構造変化の程度や、合併症の有無によって一人ひとり大きく異なります。全く症状がなく成人してから偶然発見されるケースもあれば、出生直後から集中的な治療が必要なケースもあります。
水頭症(すいとうしょう)による症状
最も頻繁に見られる合併症であり、患者の約70〜90%に現れると言われています。脳脊髄液の流れが滞り、脳室の中に液体が溜まって脳を圧迫する状態です。
- 乳幼児期: 頭囲が急速に大きくなる、大泉門(おでこの上の柔らかい部分)が膨らむ、目が下を向く(落陽現象)、過度な眠気、嘔吐など。
- 学童期以降: 激しい頭痛、吐き気、視力の低下、集中力の欠如など。
運動発達の特性
小脳は運動の司令塔であるため、運動面での影響が出やすい傾向があります。
- 発達の遅れ: 首座り、お座り、歩行などの運動指標が標準よりゆっくり進みます。
- 体幹の不安定さ: バランスを取るのが苦手で、歩行時にふらついたり(運動失調)、転びやすかったりすることがあります。
- 筋緊張の異常: 体が柔らかすぎる(低緊張)、あるいは逆に筋肉が突っ張りやすい状態が見られることがあります。
知的・認知的な特性
- 知的発達: 知的能力は正常範囲内に留まるお子様から、重度の知的障害を伴うお子様まで幅広いです。小脳虫部の発育状態が良いほど、知的予後が良い傾向にあるという研究結果もあります。
- 学習面の課題: 視覚情報の処理や、複数の作業を同時にこなすことに難しさを感じることがあります。
その他の随伴症状
- 眼科的問題: 斜視(目の向きがずれる)や眼振(目が揺れる)が見られることがあります。
- てんかん: 脳の電気信号の乱れにより、けいれんなどの発作が起こることがあります。
- 呼吸の不安定さ: 脳幹が圧迫される場合、呼吸のリズムが乱れることがあります。
3. 原因
ダンディー・ウォーカー症候群の原因は、多くの場合、単一の理由ではなく複数の要因が絡み合っていると考えられています。
発生のメカニズム
胎生初期(特に妊娠7週から10週頃)において、第四脳室の出口がうまく開かなかったり、周辺組織の分化が滞ったりすることで起こるとされています。
考えられる要因
- 染色体異常: 13トリソミー、18トリソミー、21トリソミー(ダウン症候群)などの染色体疾患に伴って見られることがあります。
- 遺伝子変異: 特定の遺伝子(例:ZIC1, ZIC4, FOXC1など)の微細な変化が関連していることが研究で分かっています。
- 環境要因: 妊娠初期における母体の感染症(風疹やサイトメガロウイルスなど)、あるいは特定の薬剤やアルコールの摂取が影響する可能性が指摘されています。
- 孤発性(こはつせい): 家族歴がなく、原因が特定できないまま「偶然」に発生するケースが最も多いです。
4. 診断と検査
現代の医療では、画像診断の発達により精度の高い診断が可能になっています。
出生前診断
産婦人科の妊婦健診で行われる「エコー検査(超音波検査)」で、胎児の後頭部にある脳脊髄液のスペースが広がっていることから疑いを持たれることがあります。
出生後の確定診断
- MRI検査(磁気共鳴画像法): 最も重要で確実な検査です。磁気を使って脳の断面を詳細に撮影し、小脳虫部の欠損具合や、第四脳室の膨らみ方を立体的に把握します。
- CT検査(コンピューター断層撮影): 急性の水頭症が疑われる際や、骨の構造を詳しく見るために行われます。
- 染色体検査・マイクロアレイ検査: 他の身体的特徴がある場合や、原因を詳しく特定するために検討されます。

5. 治療と管理
ダンディー・ウォーカー症候群そのものを「完治」させる治療法はありませんが、合併する水頭症への対処と、発達を促すためのサポートが治療の中心となります。
水頭症に対する外科的治療
脳脊髄液の圧力を適切に保つための手術が行われます。
- 脳室腹腔シャント術(VPシャント): 脳室の中に細い管(カテーテル)を入れ、皮膚の下を通して腹膜(お腹の中)までつなぎ、過剰な脳脊髄液を流し出す手術です。
- 嚢胞腹腔シャント術(CPシャント): 第四脳室の膨らんだ部分(嚢胞)から直接お腹へ流し出す方法です。
- 内視鏡的第三脳室底開窓術(ETV): 内視鏡を使って脳室の底に小さな穴を開け、新しい水の通り道を作る手術です。シャント(管)を体に入れたくない場合に検討されますが、適応となるかどうかは慎重に判断されます。
リハビリテーション(療育)
お子様の可能性を引き出すために、早期からの介入が不可欠です。
- 理学療法(PT): 筋力を高め、バランス感覚を養い、寝返りや歩行などの運動機能を支援します。
- 作業療法(OT): 手先の細かな動きや、食事・更衣などの日常生活動作を練習します。
- 言語聴覚療法(ST): 言葉の理解と発語を促し、飲み込み(嚥下)に問題がある場合はその訓練も行います。
合併症の管理
- てんかん治療: 発作がある場合は抗てんかん薬によるコントロールを行います。
- 眼科的フォロー: 斜視などがあれば、眼鏡による矯正や手術を検討します。
6. まとめ
ダンディー・ウォーカー症候群を理解するための重要ポイントをまとめます。
- 脳の構造の変化: 小脳虫部が作られていなかったり、第四脳室が大きく膨らんでいたりする先天的な疾患です。
- 症状の幅が広い: 水頭症を伴うことが多いですが、発達や知的能力への影響は一人ひとり全く異なります。
- 主な治療は水頭症対策: シャント手術などの外科的治療と、継続的なリハビリテーションが支えになります。
- 長期的なフォローアップ: 成長に伴って症状が変化することもあるため、脳神経外科や小児科との定期的な関わりが大切です。
7. 家族へのメッセージ
お子様が「脳の奇形」という診断を受けたとき、ご家族が感じる衝撃や悲しみは計り知れません。将来を悲観し、自分を責めてしまうこともあるでしょう。しかし、どうか知っておいていただきたいのは、ダンディー・ウォーカー症候群を持つお子様たちも、それぞれのペースで確実に成長し、豊かな人生を歩んでいるということです。
診断名は「レッテル」ではありません
診断がついたことは、お子様の未来を制限するものではありません。むしろ、どのような点に気をつけてあげればよいか、どのようなサポートが有効かを知るための「手がかり」を得たということです。
「できないこと」ではなく「できること」を見つめる
同じ診断名でも、将来の姿は百人百様です。走ることが得意になる子もいれば、芸術的な才能を開花させる子、穏やかな性格で周囲を癒やす子もいます。他の子と比べるのではなく、昨日のお子様と今日のお子様を比べて、小さな「できた」を一緒に喜んであげてください。
これからの歩みのために
まずは、主治医としっかりコミュニケーションを取り、水頭症のサイン(頭痛や嘔吐など)を知っておくことから始めましょう。そして、お子様が安心できる環境の中で、たくさんの愛情を注いであげてください。その愛情こそが、お子様の脳と心の発達にとって最も強力なエネルギーとなります。
お子様の笑顔が一つでも多く見られる未来を、私たちも心から応援しています。
次にできるステップ
- MRI画像のコピーをもらう: 転院や相談の際、正確な情報を伝えるために役立ちます。
- 地域の療育相談窓口を確認する: 役所の福祉課や児童発達支援センターで、どのようなリハビリが受けられるか聞いてみましょう。
- 身体障害者手帳の申請を検討する: 運動機能や内部障害の状態によって、経済的・福祉的な支援を受けられる可能性があります。
