「自分たちが死んだ後、この子はどうなるのか?」。NIPT受検時、多くの親御さんを襲うこの恐怖は、福祉の「今」を知らないことに起因しています。かつての「隔離された施設」とは異なり、現在はグループホームなど「地域での自立」が主流です。本記事では、入所施設とグループホームの違い、生活費のシミュレーション、権利擁護の仕組みまで、「親亡き後の住まい」のリアルを徹底解説します。
1. 「施設」のイメージをアップデートする:入所施設から地域生活へ
まず、多くの人が抱いている「施設」という言葉のイメージと、現代の福祉制度のギャップを埋める必要があります。障害者の住まいは、大きく分けて「障害者支援施設(入所施設)」と「グループホーム(共同生活援助)」の2つに大別されます。
障害者支援施設(いわゆる入所施設)
従来からある、大規模な居住施設です。
- 対象: 主に重度の知的障害や身体障害があり、24時間体制の手厚い介護や見守りが必要な方(障害支援区分4以上など)が対象です。
- 生活: 食事、入浴、排泄の介助を受けながら、日中活動(創作活動やリハビリ)も施設内で行うことが多いです。
- 現状: 国の方針として、新たな入所施設の建設は抑制されています。可能な限り地域での生活へ移行(地域移行)することが推奨されており、入所待機者は多いものの、「どうしても地域生活が困難な方」のための最後の砦としての役割に特化しつつあります。
- NIPTとの関連: 18トリソミーや13トリソミーなど、重症心身障害児(者)となる可能性がある場合は、こうした医療的ケアに対応した施設の利用が視野に入ります。
グループホーム(共同生活援助)
現在、軽度〜中度、一部重度の知的障害者の住まいとして主流になっているのがこちらです。
- 形態: 地域にある普通の一軒家やアパート、マンションを借り上げ、4〜10人程度の少人数で共同生活を送ります。
- 支援: 「世話人」や「生活支援員」と呼ばれるスタッフが常駐(または巡回)し、食事の用意、掃除のサポート、健康管理、金銭管理の相談などに乗ります。
- 生活: 日中は職場(一般企業や就労継続支援事業所など)へ出勤し、夕方ホームに帰ってきて夕食を食べ、お風呂に入って寝るという、私たちと変わらない生活リズムです。
- 特徴: 完全に管理された生活ではなく、個室があり、プライバシーが守られ、休日には外出も自由です。「管理される場所」ではなく「自分の家」としての機能を持っています。
2. グループホームでの暮らしと「お金」のシミュレーション
NIPT受検者が最も懸念する「経済面」について解説します。「障害のある子を残して死ぬには、数千万円の貯金が必要」という説がありますが、実際には公的支援を組み合わせることで、過度な貯蓄がなくとも生活が回る仕組みになっています。
グループホームにかかる費用
グループホームでの生活にかかる費用は、概ね以下の通りです(地域や物件により異なります)。
- 家賃: 物件によりますが、国から「特定障害者特別給付費(月額1万円)」の家賃補助が出ます。また、自治体独自の上乗せ補助がある場合もあります。実質負担は2〜4万円程度になることが多いです。
- 食費・光熱費・日用品費: 実費負担となりますが、共同生活のスケールメリットで抑えられる場合もあります。月額4〜5万円程度。
- 障害福祉サービス利用料: 前年度の所得によりますが、住民税非課税世帯(多くの障害者が該当)の場合、自己負担は0円になります。
合計すると、月額6万円〜10万円程度で生活している方が多いのが実情です。
収入源:障害基礎年金と就労収入
では、この費用をどう賄うのか。親の遺産を取り崩すのではなく、本人自身の収入で賄うのが基本原則です。
- 障害基礎年金(20歳から受給):
- 1級:月額 約8.2万円(年額 約99万円)
- 2級:月額 約6.6万円(年額 約79万円)
(※令和6年度の目安)
- 就労収入(工賃・給与):
- 就労継続支援B型:月額 平均1.6万円〜
- 就労継続支援A型:月額 平均8万円〜
- 障害者雇用(一般就労):月額 10万円〜20万円
【収支シミュレーション例(障害基礎年金2級 + B型事業所)】
- 収入: 年金6.6万円 + 工賃2万円 = 8.6万円
- 支出: グループホーム費用(家賃補助後) = 7.5万円
- 残金: 1.1万円(お小遣い・貯金へ)
このように、決して裕福ではありませんが、制度をフル活用することで「本人の収入だけで生活を維持する(収支トントンにする)」ことは十分に可能な設計になっています。親が残すべきお金は、生活費の不足分ではなく、冠婚葬祭や急な病気、楽しみのための「予備費」として考えると、ハードルは下がります。
3. 親亡き後を守る「法的な盾」:成年後見制度と日常生活自立支援事業

「住まい」と「お金」があっても、判断能力が不十分な知的障害者の場合、悪徳商法に騙されたり、契約手続きができなかったりするリスクがあります。親がいなくなった後、誰が彼らを守るのでしょうか。
成年後見制度
家庭裁判所によって選任された「後見人(弁護士、司法書士、社会福祉士、親族など)」が、本人に代わって財産管理や契約行為を行う制度です。
- 役割: 預貯金の管理、不動産の処分、遺産分割協議、施設入所契約など。
- メリット: 悪質な勧誘から守り、法的な契約をスムーズに進められます。
- NIPTとの関連: ダウン症候群などで知的障害がある場合、親が高齢になったタイミングや亡くなったタイミングでこの制度を利用し、第三者に財産管理をバトンタッチすることが一般的です。
日常生活自立支援事業
社会福祉協議会が実施している事業で、後見制度よりも手軽に利用できます。
- 役割: 通帳の保管、公共料金の支払い代行、福祉サービスの利用手続き援助など。
- 対象: 軽度〜中度の知的障害があり、ある程度の意思疎通ができる方が対象です。
「法人後見」と「市民後見人」
「頼れる親族がいない」という場合でも心配ありません。社会福祉協議会やNPO法人が組織として後見人になる「法人後見」や、研修を受けた市民が後見人になる「市民後見人」の制度が普及してきています。
親だけで背負わず、こうした社会的な権利擁護システムに接続しておくことが、最大の安心材料となります。
4. 施設・グループホームでの「生活の質(QOL)」
「施設に入れると可哀想」という感情は、親として自然なものです。しかし、実際のグループホームでの生活は、親元での生活とは違った「自立の喜び」をもたらすものでもあります。
「親離れ・子離れ」の重要性
知的障害のある人にとっても、ずっと親と暮らすことが幸せとは限りません。親が高齢化し、介護が必要になった時(8050問題)、共倒れになるリスクがあります。
グループホームで仲間と暮らし、支援スタッフに相談しながら自分の人生を歩むことは、彼らにとっての「自立」です。
「週末だけ実家に帰る」「お盆と正月は実家で過ごす」という距離感を保つことで、親子関係がより良好になるケースは非常に多いです。
支援の質と選び方
もちろん、すべてのグループホームが良質であるとは限りません。NIPTで将来を見据えるならば、以下の視点を持っておくことが大切です。
- バックアップ体制: 夜間のスタッフ配置や、医療機関との連携はあるか。
- 雰囲気: 入居者同士の仲は良いか、スタッフの言葉遣いは丁寧か。
- 通過型か終の住処か: 自立訓練をして一人暮らしを目指す場所(通過型)なのか、重度になっても住み続けられる場所(日中サービス支援型など)なのか。
5. 重度障害(重心)の場合の「住まい」の選択肢
NIPTで18トリソミーや13トリソミー、あるいは重度の脳性麻痺などを伴う可能性がある場合、グループホームでの生活は難しいことがあります。その場合の選択肢についても触れます。
療養介護(病院併設型施設)
常に医療的なケアが必要な方(筋ジストロフィーや重症心身障害など)が、病院に入院するような形で生活する施設です。
医療と福祉が一体となっており、日中はベッドサイドでの活動やリハビリが行われます。医療保険や障害福祉サービスを利用するため、高額療養費制度なども適用され、費用の負担上限が設けられています。
在宅生活を支える訪問系サービス
施設に入所せず、自宅で暮らす場合でも、「居宅介護(ホームヘルプ)」や「重度訪問介護」を利用できます。
特に「重度訪問介護」は、ヘルパーが長時間滞在し、入浴・排泄・食事の介助だけでなく、見守りや外出支援も行います。条件を満たせば24時間の支援を受けることも可能であり、親が亡くなった後も、ヘルパーの支援を受けながら自宅(またはアパート)で一人暮らしをしている重度障害者もいます。
6. まとめ:NIPTは「つながる」ための準備期間
知的障害者の「親亡き後の住まい」について解説してきました。
ポイントをまとめます。
- 脱施設化: 巨大な入所施設から、地域のグループホームでの生活へとシフトしている。
- 経済的自立: 障害基礎年金と就労収入、家賃補助などを組み合わせれば、親の莫大な遺産がなくとも生活は成り立つ。
- 権利擁護: 成年後見制度などを利用することで、財産管理や契約を第三者に託せる。
- 重度への対応: 医療的ケアが必要な場合でも、療養介護や重度訪問介護といった選択肢がある。
「親が死んだら終わり」ではありません。日本には、親の代わりに彼らの生活を支える、法制度、福祉サービス、そして専門職(支援員、後見人、相談支援専門員)が存在します。
NIPTで陽性判定を受けることは、確かに衝撃的な出来事です。しかし、見方を変えれば、子供が生まれる前から、こうした「将来のセーフティネット」について学び、地域の親の会や福祉窓口とつながり、準備をするための時間(アドバンテージ)を得たとも言えます。
「どこへ行けばいいのか分からない」という孤立こそが最大の恐怖です。
まずは、お住まいの自治体の障害福祉課や、基幹相談支援センターの情報を調べてみてください。そこには、あなたと、これから生まれてくるかもしれないお子さんの未来を支えるための具体的な「地図」が必ずあります。
