遺伝子検査の結果報告書に記された「Intellectual developmental disorder, autosomal dominant 6(MRD6)」という長い英語の診断名、あるいは「GRIK2遺伝子の変異」という結果を見て、情報を求めてこのページにたどり着かれたご家族の方へ。
医師から「遺伝子の変化による生まれつきの体質です」と説明を受け、さらに「言葉の発達がゆっくりになります」や「脳の神経伝達に関わる遺伝子です」といった話をされて、聞き慣れない病名に戸惑い、将来への不安を感じていらっしゃるかもしれません。
特に、「6型」という番号がついた診断名は、医学的な分類のための名称であり、一般的な病名として耳にすることはまずありません。インターネットで検索しても、日本語の詳しい情報はほとんど見つからず、海外の専門的な論文ばかりが出てきて、途方に暮れている方もいらっしゃるでしょう。
まず最初に、言葉の整理をさせてください。
この「常染色体顕性知的発達障害6型」は、近年では原因となる遺伝子の名前をとってGRIK2関連神経発達障害(GRIK2-related neurodevelopmental disorder)という名前で呼ばれることが一般的になってきています。
これは、第6番染色体にあるGRIK2(グリックツー)という遺伝子の変化によって引き起こされる先天性の疾患です。
中等度から重度の知的発達の遅れや、言葉の遅れ、そして自閉スペクトラム症のような行動特性を主な特徴とします。
非常に希少な疾患ですが、近年の遺伝子解析技術、特に全エクソーム解析などの進歩により、これまで原因不明の発達遅滞とされていた方の中に、この病気の方が含まれていることがわかってきました。そのため、診断される患者さんの数は世界中で少しずつ増えています。
まず最初にお伝えしたいのは、診断名はお子さんの未来を全て決定づけるものではないということです。
お子さんには、その子だけの素晴らしい個性と、成長していく力があります。
あまり恐れすぎず、一つひとつ知識を整理していきましょう。
概要:どのような病気か
まず、この病気がどのような位置づけにあるのか、そして全体としてどのような特徴があるのかを理解しましょう。
病名の意味と「優生(優性)」について
検索されたキーワードに「優生遺伝」とありましたが、これは医学用語の「優性遺伝」のことだと思われます。
現在、日本医学会では差別的な意味合いや、「優れている」という誤解を避けるため、「優性遺伝」を顕性遺伝(けんせいいでん)、「劣性遺伝」を潜性遺伝(せんせいいでん)と言い換えるようになっています。
したがって、この病気の正式名称は「常染色体顕性知的発達障害6型」となります。
ここでの「顕性」とは、「優れている」という意味ではなく、「両親から受け継ぐ2つの遺伝子のうち、片方に変化があれば症状として現れる(隠れずに表に出る)」という遺伝の形式を表しているに過ぎません。
つまり、「知的発達障害を引き起こす遺伝子変異の中で、6番目に登録された顕性遺伝のタイプ」という意味です。
全体的な特徴
MRD6の原因遺伝子はGRIK2です。
この遺伝子は、脳の中で情報の受け渡しをする「グルタミン酸」という物質を受け取るための受容体を作る役割を持っています。
脳の神経細胞同士のコミュニケーションがうまくいかなくなることで、様々な症状が現れます。
主な特徴は、全体的な発達の遅れ、特に言葉の遅れが目立つことです。
また、視線が合いにくい、こだわりが強いといった自閉的な傾向が見られることも多く、人との関わり方にその子なりの特徴が見られることがあります。
顔つきなどの身体的な特徴は目立たないことが多く(非症候性)、見た目だけでは診断がつかないことが一般的です。
主な症状
知的発達障害6型(MRD6)の症状は、発達の特徴、行動面の特徴、そして身体的な特徴の3つに分けられます。
すべての症状が全員に現れるわけではなく、個人差が大きいのが特徴です。
1. 神経発達と知的な特徴
ご家族が最初に「あれ?」と感じ、病院を受診するきっかけとなるのがこの発達の遅れです。
全般的な精神運動発達遅滞
首すわり、お座り、ハイハイ、歩行などの運動機能の発達が、一般的な時期よりも遅れる傾向があります。
歩き始めが1歳半から数歳になることもありますが、多くのお子さんが独歩(一人歩き)を獲得します。
手先の不器用さが見られることもあり、スプーンを使ったり、ボタンを留めたりするのに時間がかかることがあります。
言語発達の遅れ
この疾患において、特に目立つ症状の一つです。
言葉が出始めるのが遅く、2歳や3歳を過ぎても意味のある単語が出ないこともあります。
また、こちらの言っていることを理解する力(受容言語)に比べて、自分で言葉を話す力(表出言語)がより強く影響を受ける傾向があります。
話し始めても、単語が中心だったり、発音が不明瞭だったりすることがあります。
しかし、言葉は出なくても、身振りや表情、絵カードなどを使ってコミュニケーションをとる意欲は持っていることが多いです。
中等度から重度の知的障害が見られることが多いですが、軽度のお子さんもいます。
新しいことを学習するのに時間がかかったり、複雑な指示を理解するのが苦手だったりします。
しかし、時間をかけて繰り返し経験することで、できることは着実に増えていきます。
2. 行動面・精神面の特徴
GRIK2遺伝子の機能変化は、脳のネットワーク形成に影響を与えるため、行動面にも特徴が出やすいことが知られています。
自閉スペクトラム症(ASD)の傾向
視線が合いにくい、名前を呼んでも振り向かない、特定の物事に強いこだわりを持つ、同じ動作を繰り返す(常同行動)、変化を嫌うといった特徴が見られることがあります。
おもちゃを一列に並べたり、くるくる回るものを見つめ続けたりすることもあります。
人との関わりに関心が薄いように見えることもありますが、慣れた人には笑顔を見せるなど、その子なりの社会性を持っています。
多動・衝動性
じっとしているのが苦手で動き回ってしまったり、興味のあるものに突発的に向かってしまったりする(多動・衝動性)ことがあります。
注意欠如・多動症(ADHD)と診断されるような行動特性を持つこともあります。
不安や感情の起伏
新しい場所や環境に対して強い不安を感じたり、自分の気持ちをうまく伝えられないもどかしさから、かんしゃくを起こしたりすることがあります。
3. 身体的な特徴
MRD6には、ダウン症候群のような誰が見てもわかるような顔つきの特徴(特異的顔貌)はほとんどありません。
しかし、詳しく診察すると以下のような特徴が見られることがあります。
筋緊張低下
赤ちゃんの頃は体が柔らかく、抱っこした時にフニャッとした感じがする筋緊張低下が見られることがあります。
これが運動発達の遅れの一因となります。
軽微な顔貌の特徴
目立った特徴はありませんが、あえて挙げるとすれば、顔の中央部が平坦であったり、耳の位置が少し低かったりすることがありますが、これらは個性の範囲内であることが多いです。
その他の合併症
まれに、てんかん発作が見られることがあります。
また、斜視などの目の問題や、関節が柔らかい(関節弛緩)といった特徴が見られることもあります。
原因
なぜ、言葉が遅れたり、学習がゆっくりになったりするのでしょうか。その原因は、脳の中で情報を伝えるための「アンテナ」の不具合にあります。
GRIK2遺伝子の役割
この病気の原因は、第6番染色体にあるGRIK2(グリックツー)という遺伝子の変異です。
正式名称は、Glutamate Ionotropic Receptor Kainate Type Subunit 2です。
この遺伝子は、グルタミン酸受容体(カイニン酸型)というタンパク質を作る設計図です。
グルタミン酸と脳の通信
私たちの脳の中には、数千億個もの神経細胞があり、それらが複雑なネットワークを作っています。
神経細胞と神経細胞の間には「シナプス」というつなぎ目があり、ここで情報の受け渡しが行われています。
この情報の受け渡しに使われる主要な物質の一つが「グルタミン酸」です。グルタミン酸は、脳を興奮させ、活発に働かせる役割を持っています。
GRIK2遺伝子が作るタンパク質は、このグルタミン酸を受け取るための「アンテナ(受容体)」の部品(サブユニット)になります。
このアンテナが正しく働くことで、神経細胞は興奮し、記憶を作ったり、学習したり、体を動かす指令を出したりすることができます。
何が起きているのか
MRD6では、GRIK2遺伝子に変異が起きることで、このアンテナの形や働きが変わってしまいます。
アンテナがうまく働かないと、グルタミン酸というメッセージが来ているのに受け取れなかったり、逆にメッセージが来ていないのに勝手に反応してしまったりします。
また、この受容体は、神経細胞が正しい場所に移動してネットワークを作る過程(神経細胞移動やシナプス形成)にも関わっています。
そのため、脳の配線がうまくつながらず、情報の処理スピードが遅くなったり、言葉の回路が育ちにくくなったりすると考えられています。
遺伝について(顕性遺伝と突然変異)
この病気は常染色体顕性遺伝(優性遺伝)という形式をとります。
人間は遺伝子を2本セットで持っていますが、そのうちの片方のGRIK2遺伝子に変異があれば発症します。
GRIK2遺伝子の変異には、遺伝子の機能が失われるタイプ(欠失など)もあれば、機能が変わってしまうタイプ(ミスセンス変異など)もありますが、MRD6とされるものの多くは、片方の遺伝子の変異だけで症状が出ます。
しかし、この病気の患者さんのほとんどは、ご両親から遺伝したわけではありません。
ご両親の遺伝子は正常で、お子さんの代で初めて遺伝子の変化が起こる新生突然変異(de novo変異)のケースが圧倒的に多いです。
これは、受精卵ができる過程、あるいは精子や卵子ができる過程で偶然に起きたコピーミスのようなものであり、誰のせいでもありません。
妊娠中の生活習慣やストレス、高齢出産などが直接的な原因で起こるものではありません。
したがって、次のお子さんが同じ病気になる確率は、一般のカップルとほとんど変わりません(ただし、稀に性腺モザイクという現象があるため、心配な場合は遺伝カウンセリングでの相談が推奨されます)。

診断と検査
診断は、特徴的な症状の観察だけでは難しく、遺伝学的検査によって確定されます。
1. 臨床診断の難しさ
発達の遅れや自閉的な傾向は、他の多くの病気や、一般的な自閉スペクトラム症でも見られる症状です。
また、特徴的な顔つきなどがないため、見た目だけでGRIK2関連障害と診断することは不可能です。
そのため、これまでは「原因不明の知的障害」や「自閉症」と診断されていることが多くありました。
2. 遺伝学的検査
確定診断のために最も確実な検査です。
血液を採取し、DNAを解析してGRIK2遺伝子に変異があるかを調べます。
特定の遺伝子を狙って調べる検査もありますが、最近では次世代シーケンサーという技術を使って、発達障害に関連する多くの遺伝子を一度に網羅的に調べる全エクソーム解析などの検査が行われることが増えています。
これにより、偶然GRIK2遺伝子の変異が見つかり、診断に至るケースが増えています。
また、染色体マイクロアレイ検査によって、GRIK2遺伝子を含む第6番染色体の一部が欠けている(欠失)ことがわかる場合もあります(6q16欠失症候群などとも関連します)。
3. その他の検査
診断の補助や合併症のチェックのために、以下の検査が行われることがあります。
脳のMRI検査:脳の構造に大きな異常がないかを確認します。基本的には正常であることが多いですが、脳梁が薄いなどの軽微な変化が見られることもあります。
脳波検査:てんかんの疑いがある場合に行います。
治療と管理
現在の医学では、遺伝子を修復して脳の受容体を元通りにする根本的な治療法はまだ確立されていません。
しかし、それぞれの症状に対して適切な治療や療育を行うことで、お子さんの持っている力を最大限に引き出し、生活の質を高めることができます。
1. リハビリテーション(療育)
お子さんの発達を促すために、早期からの療育が非常に重要です。
言語聴覚療法(ST)
言葉の遅れに対して、コミュニケーションの支援を行います。
言葉の理解を深める遊びを取り入れたり、発音の練習をしたりします。
言葉が出にくい場合でも、ジェスチャー、絵カード、写真、タブレット端末など、その子に合ったコミュニケーション手段(AAC)を見つけることが大切です。
「伝えたいことが伝わる」という経験を積み重ねることで、コミュニケーションへの意欲が育ち、かんしゃくなどの行動も減ることが期待できます。
作業療法(OT)
手先の使い方や、遊びを通じた発達支援を行います。
日常生活動作として、着替えや食事、道具の使い方の練習をします。
感覚過敏がある場合は、感覚統合療法などを取り入れて、感覚の受け取り方を調整する練習を行うこともあります。
理学療法(PT)
運動発達に遅れがある場合、体のバランス感覚を養い、歩行などの運動機能を高める訓練を行います。
2. 教育と生活のサポート
環境調整
自閉的傾向や多動がある場合、落ち着いて過ごせる環境を作ることが大切です。
刺激を減らした静かなスペースを用意したり、一日のスケジュールを絵や写真で示して見通しを持たせたりする工夫(構造化)が役立ちます。
学校選び
就学時には、特別支援学校や特別支援学級など、お子さんの特性に合わせた教育環境を選ぶことが大切です。
個別の指導計画を作成し、一人ひとりのペースに合わせた学習や生活の自立に向けた支援を行います。
少人数のクラスで、丁寧にコミュニケーションの練習をすることが、お子さんの安心感につながります。
3. 合併症の管理
てんかん
てんかん発作がある場合は、抗てんかん薬による治療を行います。
脳波検査の結果や発作のタイプに合わせてお薬を選び、発作をコントロールします。
まとめ
知的発達障害6型(MRD6/GRIK2関連障害)についての解説をまとめます。
- 病気の本質: GRIK2遺伝子の変異により、脳内の情報伝達物質(グルタミン酸)を受け取るアンテナに不具合が生じ、脳のネットワーク形成に影響が出る先天性の疾患です。
- 主な特徴: 全般的な発達の遅れ、特に言葉の遅れ、中等度から重度の知的障害、自閉スペクトラム症や多動などの行動特性が特徴です。身体的な特徴は目立ちません。
- 原因: 親からの遺伝ではなく、突然変異によるものが大半です。「顕性遺伝」という形式をとります。
- 治療: 根本治療はありませんが、言語聴覚療法などの療育、環境調整によって、コミュニケーション能力を伸ばし、生活の質を向上させることができます。
- 予後: ゆっくりですが確実に成長します。多くの患者さんが、それぞれの方法で周囲との関わりを持っています。
