常染色体顕性知的発達障害70型(MRD70/ラスカン・ルミッシュ症候群)

医師

遺伝子検査の結果報告書に記された「Intellectual developmental disorder, autosomal dominant 70(MRD70)」という長い英語の診断名、あるいは「SETD2遺伝子の変異」という結果を見て、情報を求めてこのページにたどり着かれたご家族の方へ。

医師から「遺伝子の変化による生まれつきの体質です」と説明を受け、さらに「言葉の発達がゆっくりになります」や「体が大きくなりやすい傾向があります」といった話をされて、聞き慣れない病名に戸惑い、将来への不安を感じていらっしゃるかもしれません。

特に、この「70型」という番号がついた診断名は、医学的な分類のための名称であり、一般的な病名として耳にすることはまずありません。インターネットで検索しても、日本語の詳しい情報はほとんど見つからず、海外の専門的な論文ばかりが出てきて、途方に暮れている方もいらっしゃるでしょう。

まず最初に、言葉の整理をさせてください。

この「常染色体顕性知的発達障害70型」は、近年では**ラスカン・ルミッシュ症候群(Luscan-Lumish Syndrome)**という名前で呼ばれることが一般的になってきています。

これは、第3番染色体にあるSETD2(セットディーツー)という遺伝子の変化によって引き起こされる先天性の疾患です。

ソトス症候群という有名な病気と症状がよく似ており、背が高くなったり、頭が大きくなったりする過成長という特徴を持つことがあります。

非常に希少な疾患ですが、近年の遺伝子解析技術(全エクソーム解析など)の進歩により、これまで原因不明の発達遅滞とされていた方の中に、この病気の方が多く含まれていることがわかってきました。そのため、診断される患者さんの数は世界中で少しずつ増えています。

まず最初にお伝えしたいのは、診断名はお子さんの未来を全て決定づけるものではないということです。

お子さんには、その子だけの素晴らしい個性と、成長していく力があります。

あまり恐れすぎず、一つひとつ知識を整理していきましょう。

概要:どのような病気か

まず、この病気がどのような位置づけにあるのか、そして全体としてどのような特徴があるのかを理解しましょう。

病名の意味と「優生(優性)」について

検索されたキーワードに「優生遺伝」とありましたが、これは医学用語の「優性遺伝」のことだと思われます。

現在、日本医学会では差別的な意味合いを避けるため、「優性遺伝」を**「顕性遺伝(けんせいいでん)」**、「劣性遺伝」を「潜性遺伝(せんせいいでん)」と言い換えるようになっています。

つまり、この病気の正式名称は「常染色体顕性知的発達障害70型」となります。

これは、「両親から受け継ぐ2つの遺伝子のうち、片方に変化があれば症状が現れるタイプ(顕性)」の、「知的発達障害を引き起こす遺伝子の中で、70番目に登録されたタイプ」という意味です。

ラスカン・ルミッシュ症候群との関係

MRD70の原因遺伝子はSETD2です。

2014年にラスカン博士とルミッシュ博士らが、SETD2遺伝子の変異が過成長や知的障害の原因になることを報告しました。そのため、現在ではこの病気を「ラスカン・ルミッシュ症候群」と呼ぶことが定着しつつあります。

医師によっては「SETD2関連障害」と呼ぶこともあります。これらはすべて同じ病態を指しています。

全体的な特徴

主な特徴は、知的発達の遅れ、言葉の遅れ、そして身体的な過成長(背が高い、頭が大きい)です。

また、自閉スペクトラム症のような行動特性が見られることもあります。

ソトス症候群と非常によく似ていますが、遺伝子検査によって明確に区別されます。

生命に関わるような重篤な内臓の病気を合併することは比較的少ないと言われており、適切なケアと療育を受けることで、お子さんはその子らしく元気に成長していきます。

主な症状

ラスカン・ルミッシュ症候群(MRD70)の症状は、身体的な特徴、発達の特徴、そして行動面の特徴の3つに大きく分けられます。

すべての症状が全員に現れるわけではなく、個人差が大きいのが特徴です。

1. 身体的な特徴(過成長と顔貌)

出生時や幼少期から気づかれることが多い特徴です。

過成長(高身長・大頭症)

生まれた時の身長や体重は平均的か、少し大きめであることが多いですが、乳幼児期から小児期にかけて身長がよく伸び、同年代の子よりも背が高くなる傾向があります。

また、頭囲すなわち頭の周りの長さも大きめになる大頭症が見られます。

手や足のサイズも大きい傾向があります。

特徴的なお顔立ち

成長とともに、この症候群に特有のお顔立ちが見られることがあります。

おでこが広く、少し前に出ている。

顔全体が面長な印象。

あごが尖っている。

目の間隔が少し離れている。

これらのお顔立ちは、ソトス症候群と似ていますが、少しマイルドである場合もあります。

骨格の特徴

背骨が左右に曲がってしまう脊柱側弯症が見られることがあります。

また、関節が柔らかい関節弛緩が見られることも多く、これが運動発達の遅れや、独特の歩き方に関係していることがあります。

2. 神経発達と知的な特徴

ご家族が最も心配される点の一つかと思います。

精神運動発達遅滞

首すわり、お座り、ハイハイ、歩行などの運動機能の発達が、一般的な時期よりも遅れる傾向があります。

歩き始めが1歳半から2歳以降になることも珍しくありません。

これは、筋緊張低下といって、筋肉の張りが弱いことが影響していると考えられます。

言語発達の遅れ

言葉が出始めるのが遅いことが多いです。

話し始めても、複雑な文章を作ることや、発音が不明瞭であるなどの課題が見られることがあります。

しかし、こちらの言っていることを理解する力(受容言語)は、話す力(表出言語)よりも良好である場合が多いです。

知的障害

軽度から中等度、場合によっては重度の知的障害が見られます。

程度には個人差が大きく、読み書きや計算などの学習に困難を伴う場合が多いですが、それぞれのペースで学習を進めることは可能です。

3. 行動面・精神面の特徴

ラスカン・ルミッシュ症候群では、行動や感情のコントロールに関する特徴がよく見られます。

自閉スペクトラム症(ASD)

対人関係の難しさや、こだわり行動といった自閉スペクトラム症の特徴を持つお子さんが多いです。

視線が合いにくい、特定の手順にこだわる、手をひらひらさせるなどの常同行動が見られることがあります。

注意欠如・多動症(ADHD

落ち着きがない、集中力が続かない、衝動的に動いてしまうといった特徴が見られることがあります。

その他の行動特性

不安を感じやすい、かんしゃくを起こしやすい、攻撃的な行動が出てしまうといった情動の問題が見られることもあります。

また、睡眠障害として、寝付きが悪い、夜中に何度も起きるといった悩みを持つご家族も少なくありません。

4. その他の合併症

てんかん

患者さんの一部に、てんかん発作が見られます。

発作のタイプは様々ですが、多くはお薬でコントロール可能です。

視覚の問題

視神経の形成が未熟な視神経低形成や、斜視、遠視、近視などの屈折異常が見られることがあります。

脳の構造異常

MRI検査を行うと、脳室が拡大していたり、脳梁という部分が薄かったり、キアリ奇形1型という小脳の一部が下がっている状態が見られたりすることがあります。

原因

なぜ、背が伸びすぎたり、発達がゆっくりになったりするのでしょうか。その原因は、遺伝子の働きを調節する重要なスイッチに生じた変化にあります。

SETD2遺伝子の変異

この病気の原因は、第3番染色体にあるSETD2(セットディーツー)という遺伝子の変異です。

この遺伝子は、ヒストンメチル基転移酵素という特別なタンパク質を作る設計図です。

遺伝子のスイッチ調整(エピジェネティクス)

私たちの体には約2万個の遺伝子がありますが、それらが全て常に働いているわけではありません。必要な時に、必要な遺伝子だけが働くように調節されています。

DNAはヒストンという糸巻きのようなタンパク質に巻き付いて収納されています。

SETD2が作る酵素は、このヒストンに目印(メチル基)をつける役割をしています。

具体的には、H3K36me3という特定の目印をつけることで、「この遺伝子は今読み取られている最中ですよ」「正しく読み取ってくださいね」という合図を送ったり、DNAの修復を助けたりしています。

何が起きているのか

ラスカン・ルミッシュ症候群では、SETD2遺伝子の変異により、この酵素の機能が低下したり、失われたりしてしまいます。

すると、ヒストンへの目印付けがうまくいかなくなります。

この目印は、脳の発達や体の成長に関わるたくさんの遺伝子の働きをコントロールしているため、ここがうまくいかなくなると、成長のブレーキが効かなくなって過成長になったり、脳の神経回路の形成がうまくいかずに発達の遅れが出たりすると考えられています。

遺伝について(顕性遺伝と突然変異)

この病気は常染色体顕性遺伝(優性遺伝)という形式をとります。

人間は遺伝子を2本セットで持っていますが、そのうちの片方のSETD2遺伝子に変異があれば発症します。

しかし、この病気の患者さんのほとんどは、ご両親から遺伝したわけではありません。

ご両親の遺伝子は正常で、お子さんの代で初めて遺伝子の変化が起こる新生突然変異(de novo変異)のケースが圧倒的に多いです。

これは、受精卵ができる過程、あるいは精子や卵子ができる過程で偶然に起きたコピーミスのようなものであり、誰のせいでもありません。

妊娠中の生活習慣やストレス、高齢出産などが直接的な原因で起こるものではありません。

したがって、次のお子さんが同じ病気になる確率は、一般のカップルとほとんど変わりません(ただし、稀に性腺モザイクという現象があるため、心配な場合は遺伝カウンセリングでの相談が推奨されます)。

診断と検査

診断は、特徴的な症状の観察と、遺伝学的検査によって確定されます。

1. 臨床診断

医師は診察で以下の特徴的な所見の組み合わせを確認します。

高身長や大頭症といった過成長の特徴。

おでこが広いなどの特徴的な顔立ち。

知的発達の遅れや自閉的な行動特性。

しかし、これらの特徴はソトス症候群や他の過成長症候群(ウィーバー症候群など)と共通しているため、症状だけで診断を確定することは困難です。

2. 遺伝学的検査

確定診断のために最も確実な検査です。

血液を採取し、DNAを解析してSETD2遺伝子に変異があるかを調べます。

以前はソトス症候群の遺伝子(NSD1)だけを調べて陰性となり、「原因不明」とされることがありましたが、現在では次世代シーケンサーという技術を使って、SETD2を含む複数の遺伝子を一度に網羅的に調べることができるようになっています(全エクソーム解析など)。

SETD2遺伝子の変異が見つかれば、MRD70(ラスカン・ルミッシュ症候群)という診断が確定します。

3. 画像検査

脳のMRI検査

脳室の拡大やキアリ奇形などの構造異常がないかを確認します。

骨のレントゲン検査

脊柱側弯症がないかを確認します。また、手の骨のレントゲンを撮って骨年齢を調べることがあります。過成長症候群では、実年齢よりも骨の成熟が進んでいることがよくあります。

医療

治療と管理

現在の医学では、遺伝子を修復して病気を根本から治す治療法はまだ確立されていません。

しかし、それぞれの症状に対して適切な治療や療育を行うことで、お子さんの持っている力を最大限に引き出し、生活の質を高めることができます。

1. リハビリテーション(療育)

お子さんの発達を促すために、早期からの療育が非常に重要です。

理学療法(PT)

体のバランス感覚を養い、お座りや歩行などの運動機能を高める訓練を行います。

関節が柔らかく不安定な場合は、足に合ったインソール(中敷き)や靴を使用することで、歩行が安定することがあります。

作業療法(OT)

手先の使い方や、遊びを通じた発達支援を行います。

日常生活動作として、着替えや食事、道具の使い方の練習をします。

また、感覚過敏がある場合は、感覚統合療法などを取り入れて、感覚の受け取り方を調整する練習を行うこともあります。

言語聴覚療法(ST)

コミュニケーション能力の向上を目指します。

言葉が出にくい場合でも、ジェスチャー、絵カード、タブレット端末など、その子に合ったコミュニケーション手段(AAC)を見つけることが大切です。

「伝えたい」という気持ちを引き出し、周りがそれを受け止めることで、コミュニケーションの意欲が育ちます。

2. 教育と生活のサポート

就学時には、特別支援学校や特別支援学級、通級指導教室など、お子さんの特性に合わせた教育環境を選ぶことが大切です。

個別の指導計画を作成し、一人ひとりのペースに合わせた学習や生活の自立に向けた支援を行います。

自閉スペクトラム症やADHDの特性がある場合は、見通しを持たせるための視覚的な支援や、集中しやすい環境づくり、クールダウンできる場所の確保などが役立ちます。

3. 健康管理と定期検診

整形外科的ケア

脊柱側弯症は成長期に進行することがあるため、定期的に背骨のチェックを行います。必要に応じて装具療法などを行います。

神経学的ケア

てんかん発作がある場合は、抗てんかん薬でコントロールします。

頭痛が続く場合などは、脳圧が高くなっていないかなどを確認する必要があります。

腫瘍のリスクについて

SETD2遺伝子は、がん抑制遺伝子としても知られており、一般の大人の腎臓がんなどで変異が見つかることがあります。

ラスカン・ルミッシュ症候群の患者さんにおいて、小児がんのリスクが明確に高いかどうかはまだ十分なデータがありませんが、白血病などの報告がわずかにあります。

過度に心配する必要はありませんが、定期的な健康診断や血液検査を受けることが推奨されます。何か変わった症状(長引く発熱、しこり、あざなど)があれば、早めに主治医に相談しましょう。

まとめ

知的発達障害70型(MRD70/ラスカン・ルミッシュ症候群)についての解説をまとめます。

  • 病気の本質: SETD2遺伝子の変異により、遺伝子の働きを調節する機能が変化し、過成長や発達の遅れが起こる先天性の疾患です。
  • 主な特徴: 高身長、大頭症、特徴的な顔立ち、知的発達の遅れ、自閉スペクトラム症などの行動特性が特徴です。ソトス症候群と似ています。
  • 原因: 親からの遺伝ではなく、突然変異によるものが大半です。
  • 予後: 多くの患者さんは、それぞれのペースで発達し、元気に生活しています。
  • 管理の要点: 早期からの療育、側弯症などの定期チェック、行動面への理解とサポートが中心となります。

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