やさしいまとめ
肢帯型筋ジストロフィー2B型(Limb-Girdle Muscular Dystrophy Type 2B:LGMD2B)は、主に10代〜30代で発症し、徐々に腰や肩まわりの筋肉が弱っていく進行性の筋肉の病気です。ふくらはぎの筋肉から始まるタイプ(ミヨシ型ミオパチー)もあり、歩行や階段の昇り降りなどに支障が出ることがあります。
この病気は「DYSF」という遺伝子の変化によって起こり、ディスファリンという筋肉の修復に必要なたんぱく質がうまく働かなくなることが原因とされています。血液検査でのクレアチンキナーゼ(CK)上昇や、遺伝子検査、筋肉の組織検査などが診断に役立ちます。
この記事では、LGMD2Bの症状や原因、検査方法、現在の治療の考え方、将来的な治療の研究について、わかりやすくご説明しています。ご自身やご家族の症状にあてはまるかもしれないと感じた方、診断を受けたばかりで不安な方にも、少しでも安心と理解を深めていただける内容になれば幸いです。
遺伝子領域 | Implicated Genomic Region
DYSF

この病気は、DYSF(ディスファリン)遺伝子の変異によって引き起こされます。
この遺伝子は、第2染色体短腕の13.2番地(2p13.2)に位置しています。
DYSF遺伝子は、ディスファリンというたんぱく質を作り出します。ディスファリン(Dysferlin)は、骨格筋(こっかくきん:自分の意思で動かす筋肉)や心筋(しんきん:心臓の筋肉)に多く存在する膜たんぱく質で、筋肉細胞の膜(筋細胞膜:sarcolemma/サルコレマ)が傷ついたときに、それを素早く修復するための重要な働きをしています。
このDYSF遺伝子には55~58個のエクソン(遺伝子の一部)があり、さまざまな組み換え(スプライシング)によって、組織に特有なディスファリンの型が作られます。
疾患名 | Disorder
本疾患の正式名称は、Limb-Girdle Muscular Dystrophy Type 2B(リム・ガードル型筋ジストロフィー2B型)です。
新しい分類では Limb-Girdle Muscular Dystrophy R2(LGMD R2)と呼ばれることもあります。
日本語では「肢帯型(したいたいがた)筋ジストロフィー2B型」と訳され、筋肉の委縮と弱りが、骨盤帯や肩のまわりの筋肉から始まる進行性の筋肉の病気です。
この疾患は、ディスファリン異常症(Dysferlinopathy/ディスファソパチー)という広い病気のグループの一つに含まれます。
概要 | Overview
LGMD2Bは、思春期または若い成人の頃に発症することが多い進行性の筋ジストロフィー(進行的に筋肉が弱っていく病気)です。
最初に弱くなるのは、太もも(大腿部)やお尻、腰のまわり(骨盤帯)の筋肉です。数年かけて、肩の筋肉や上腕部の筋肉にも影響が及びます。
この病気では、筋肉の傷を修復するために必要な「ディスファリン」というたんぱく質が欠けていたり、うまく働かなかったりします。そのため、筋肉細胞が小さな損傷を繰り返すことで次第に壊れていき、筋肉が細く、弱くなってしまいます。
LGMD2Bは、同じディスファリンの異常が原因となる「ミヨシ型ミオパチー(Miyoshi Myopathy:MMD)」や「前脛骨筋(ぜんけいこつきん)優位の遠位型ミオパチー(DMAT)」と呼ばれる病気と共通の遺伝的背景を持ちます。これらの病気をまとめて、「ディスファリン異常症(Dysferlinopathy)」と総称します。
疫学 | Epidemiology
LGMD2Bはまれな疾患ですが、全世界でおよそ1万人から20万人に1人の割合でみられると推定されています。
以下の集団では、特定の変異が多く見つかっており、遺伝的にかかりやすいことが分かっています:
- リビア系ユダヤ人:保因者(変異を持っているが発症していない人)の割合は約10%
- 日本人:c.2997G>Tという変異が代表的
- スペイン・スエカ地方:c.5713C>Tという変異が多い
- カスピ海周辺地域やイラン、エジプトの一部:血縁婚が多く、発症頻度が高くなる傾向
病因 | Etiology
この病気は、両親からそれぞれ変異したDYSF遺伝子を受け継ぐことで起こる常染色体劣性遺伝(じょうせんしょくたいれっせいいでん)の病気です。
DYSF遺伝子に異常があると、ディスファリンというたんぱく質が作られないか、構造が異常になって働かなくなります。その結果、筋肉細胞が壊れたときに修復できず、炎症や線維化(すじばった硬い組織への変化)を起こして筋肉が失われていきます。
見つかっている変異には:
- ミスセンス変異(アミノ酸の一部が変わる)
- ナンセンス変異(たんぱく質が途中で作られなくなる)
- フレームシフト変異(遺伝子の読み取りがずれる)
- スプライス部位変異(遺伝子のつなぎ方が狂う)
- 深部イントロン変異(読み取りに影響を及ぼす内部の異常)
など、さまざまなタイプがあります。
症状 | Symptoms
代表的な症状
- 太ももやお尻、腰回りの筋肉がだんだん弱くなる
- 階段の上り下りがつらい、しゃがむ・立ち上がるのが難しい
- 肩や腕も数年で弱くなる
- 足のふくらはぎが細くなる(遠位筋の萎縮)
- 血液中のクレアチンキナーゼ(CK)が非常に高値になる(しばしば10倍以上)
進行の特徴
- ゆっくりと進行する
- 多くの人は長年にわたり歩行可能
- 呼吸筋が弱くなることもあるが、心臓の障害はまれ
稀な症状・別型
- 前脛骨筋(すね前側)から始まる筋力低下(DMAT)
- CKが高いだけで症状がない(高CK血症)
- 幼児期から筋緊張が弱い(先天型)
検査・診断 | Testing & Diagnosis
診断の手順:
- 問診と身体検査
筋力の左右差、歩行、立ち上がり、腕の動かしやすさなどを確認します。 - 血液検査
CK(クレアチンキナーゼ):筋肉の破壊で血中に増える酵素。LGMD2Bでは非常に高値(数千〜1万単位以上)になることが多いです。 - 筋電図(EMG)
筋肉の電気的な反応を調べます。LGMD2Bでは「筋原性の異常(myopathic changes)」が見られます。 - 筋肉の画像検査(MRIやCT)
脂肪への置き換わり(筋肉の萎縮)を確認します。 - 筋肉生検(バイオプシー)
筋肉の一部を採取して、顕微鏡で確認。以下の所見が見られます:
- 筋線維の壊死と再生
- 筋線維の核の異常な位置(中心核)
- ディスファリンの染色欠損(免疫染色)
- 線維化や筋線維の不均一性 - 遺伝子検査
最も確実な診断法です。DYSF遺伝子に両方の変異があるかを調べます。最近では次世代シーケンシング(NGS)が主流で、多数の関連遺伝子を一度に解析できます。
※注意点:この病気は、多発筋炎(polymyositis:自己免疫性の筋炎)と誤診されることがよくあります。しかし、ステロイド治療は無効で、逆に悪化する場合もあります。診断には免疫染色・Western blot(たんぱく質の検出)・遺伝子検査が欠かせません。
治療法と管理 | Treatment & Management
現在のところ、LGMD2Bに対する根本的な治療(治す治療)は確立されていません。
しかし、進行を遅らせ、生活の質を維持するサポートは可能です。
対応策
- 理学療法・リハビリ:関節の可動域や筋力を保ちます。
- 補装具・車椅子:必要に応じて導入します。
- 呼吸器サポート:夜間の換気補助(NIPPV)などを検討します。
- 心理社会的支援:本人とご家族へのサポートが重要です。
- 体重管理:過体重になると筋肉への負担が増すため、肥満を避けるよう指導されます。
将来の治療の可能性
- 遺伝子治療(Gene Therapy):AAVベクターを用いた治療が開発中
(例:SRP-6004、rAAVrh74.MHCK7.DYSF.DV) - アンチセンス核酸治療(Antisense Oligonucleotide, AO):スプライシング異常を修復
- CRISPR/Cas9 遺伝子編集:特定変異の修正を試みる研究が進行中
- ナンセンス変異に対する読み飛ばし薬:Atalurenなど
- たんぱく質機能の改善を狙う薬剤:4-フェニル酪酸(4-PBA)などの試験
予後 | Prognosis
LGMD2Bは進行性ではありますが、進行はゆっくりで、適切な管理により日常生活を長く維持できることが多いです。
予後のポイント
- 発症時期が10代後半~20代が多く、10年以上歩行が可能なケースもあります。
- 筋肉の残存ディスファリン量が10%以下であっても、症状の強さとは必ずしも一致しません。
- 遺伝的な要因以外にも、生活環境や運動の影響、ほかの遺伝子の働きが関係すると考えられています。
- 呼吸機能の低下がある場合には、慎重な対応が必要ですが、心臓障害はまれです。
やさしい言葉の説明|Helpful Terms
常染色体劣性遺伝(Autosomal Recessive Inheritance)
両親からそれぞれ1つずつ変異した遺伝子を受け取ったときに発症する遺伝のしかたです。このタイプの遺伝では、両親が健康でも、子どもが病気になることがあります。保因者(ほいんしゃ)は症状がありませんが、病気を伝える可能性があります。
遺伝子(Gene)
体の設計図のようなもので、たんぱく質をつくるための情報が書かれています。この情報によって、体の中のさまざまな働きが保たれています。DYSFという遺伝子の変化が、この病気の原因となります。
変異(Mutation)
遺伝子の中で、通常とは違う情報の並びになっている状態です。この変化によって、たんぱく質が本来のはたらきをしにくくなることがあります。※「異常」や「間違い」という意味ではありません。
ディスファリン(Dysferlin)
筋肉の細胞膜(さいぼうまく)を修復するために必要なたんぱく質です。これが十分にないと、筋肉が傷ついたままになり、少しずつ弱ってしまいます。
筋ジストロフィー(Muscular Dystrophy)
筋肉がだんだん弱くなっていく病気の総称です。進行の速さや症状の出方には個人差があり、ゆっくり進むタイプもあります。
肢帯型筋ジストロフィー(Limb-Girdle Muscular Dystrophy)
腰や肩のまわり(骨盤帯や肩甲帯)の筋肉が、ゆっくりと弱くなっていく筋ジストロフィーの一種です。歩く、立ち上がる、物を持ち上げるなど、日常の動作が少しずつ難しくなることがあります。進み方には個人差があります。
筋萎縮(Muscle Atrophy)
筋肉そのものが細くなってしまう状態のことです。使われないことや病気の影響で、筋肉の量が少しずつ減っていくことがあります。外見的にも「細くなった」と感じる場合があります。
筋力低下(Muscle Weakness)
筋肉に十分な力が入らなくなっていく状態です。筋肉は見た目では変わらなくても、疲れやすくなったり、持ち上げにくくなったりすることがあります。病気の進み方や感じ方には差があります。
クレアチンキナーゼ(Creatine Kinase, CK)
筋肉が傷ついたときに血液中に出てくる酵素(こうそ)のひとつです。血液検査で調べられ、数値が高いと、筋肉に負担やこわれやすさがある可能性を示します。ただし、これは複数ある指標(バイオマーカー)のひとつであり、最終的な診断には他の検査も必要です。
筋電図(Electromyography, EMG)
筋肉が電気の信号にどう反応するかを調べる検査です。神経や筋肉に問題があるかを見きわめるために行われます。少し痛みを感じることもありますが、短時間で終わることがほとんどです。
筋肉生検(Muscle Biopsy)
筋肉の一部をほんの少しだけ採取して、顕微鏡でくわしく調べる検査です。筋肉の状態や、必要なたんぱく質があるかどうかを確認します。安全に行われる検査で、診断にとても役立ちます。
免疫染色(Immunohistochemistry, IHC)
筋肉の組織に特定の色をつけて、たんぱく質が存在するかどうかを調べる方法です。筋肉生検で使われ、ディスファリンというたんぱく質があるかを確認するのに役立ちます。
Western blot(ウエスタンブロット)
たんぱく質の量や大きさをくわしく調べる検査です。免疫染色と組み合わせて、ディスファリンがどれくらいあるか、きちんと作られているかを確認します。正確な診断にとても役立つ方法です。
次世代シーケンシング(Next-Generation Sequencing, NGS)
たくさんの遺伝子を一度に調べることができる、今では広く使われている遺伝子検査の方法です。病気の原因となっている可能性のある「変異(へんい)」を見つけるのに役立ちます。技術は少しずつ進化しており、より正確で早い診断につながることが増えています。
リハビリテーション(Rehabilitation)
筋肉や関節をできるだけ長く使えるようにするための運動や日常の練習です。無理のない範囲で取り組むことで、生活の自立や快適さを保つ助けになります。
補装具(Orthotic Devices)
歩行を助ける杖や装具、足や手の動きを支える道具のことです。体の負担を減らし、日常生活を少しでも楽にするために使われます。必要に応じて選びます。
遺伝カウンセリング(Genetic Counseling)
病気がどのように遺伝するか、家族の中でどう関わるかについて、専門のカウンセラーと一緒に考える機会です。不安な気持ちや、将来の妊娠・出産に関するご相談にもつながります。
遺伝子治療(Gene Therapy)
遺伝子のはたらきを助ける情報を体に届けて、病気を改善しようとする治療法です。現在は研究や臨床試験の段階ですが、将来的な治療の選択肢として注目されています。
アンチセンス核酸治療(Antisense Oligonucleotide Therapy)
遺伝子の読み取りに乱れがあるとき、その情報を整えるように働く薬を使う治療法です。この病気にも将来的に使われる可能性があり、研究が進められています。
ミヨシ型ミオパチー(Miyoshi Myopathy)
ディスファリンというたんぱく質の異常によって起こる病気のひとつで、ふくらはぎの筋肉から弱くなる特徴があります。LGMD2Bと同じDYSF遺伝子の変化が原因です。
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