四肢帯型筋ジストロフィー1型(LGMDR1)[カリパノパチー、旧名:LGMD2A]【CAPN3】

やさしいまとめ

このページでは、四肢帯型筋ジストロフィータイプR1(LGMDR1/カリパノパチー)という病気について、やさしく、ていねいに解説しています。

遺伝子(CAPN3)のはたらき、病気の症状、検査の内容、治療の考え方まで、できるだけ専門用語を使わずにわかりやすく説明しています。

ご自身やご家族がこの病気かもしれないと感じている方、診断を受けたばかりで不安な方にも、安心して読んでいただける内容です。

🔄 病名の表記について(旧称と新分類)

この病気は、以前は「四肢帯型筋ジストロフィー2A型(LGMD2A; Limb-Girdle Muscular Dystrophy, Type 2A)」と呼ばれていましたが、
2017年に国際的な分類が見直され、現在は「四肢帯型筋ジストロフィー1型(LGMDR1; Limb-Girdle Muscular Dystrophy, Recessive 1)」と表記されるようになりました。

「R」は Recessive(劣性遺伝) を意味し、遺伝のしかたをわかりやすく表しています。

医療機関や文献では、どちらの呼び方も見かけることがありますが、同じ病気を指していますのでご安心ください。

遺伝子領域 | Implicated Genomic Region

CAPN3

CAPN3(カリパイン3) 遺伝子は、筋肉の細胞に特異的に発現するタンパク質を作る設計図の役割をもつ遺伝子です。この遺伝子は、ヒトの15番染色体の 15q15.1 という位置にあります(塩基配列上の位置は、chr15:42359501–42412317)。大きさは 52,817塩基対(ベースペア) です。

CAPN3が作るタンパク質は、「カルシウム依存性システインプロテアーゼ(calcium-dependent cysteine protease)」と呼ばれる種類の酵素で、筋肉の中で古くなったタンパク質を分解し、筋肉を保つ働きをしています。また、筋肉の構造を安定させるサルコメア(sarcomere)という単位の維持にも深く関わっています。

この遺伝子の異常(変異)があると、筋肉がうまく修復されず、だんだんと弱くなる「筋ジストロフィー(muscular dystrophy)」の一種であるカリパノパチーを発症します。

別名・同義語: CANP3、p94、nCL-1、LGMDR1(LGMD Recessive type 1)、LGMD2A(従来の分類)

疾患名 | Disorder

「Limb-Girdle Muscular Dystrophy Type R1(LGMD R1/カリパノパチー)」
日本語では「四肢帯型筋ジストロフィータイプR1」と呼ばれます。これは、肩や骨盤の周りの筋肉(近位筋) が徐々に弱くなる進行性の病気です。

主に常染色体劣性遺伝(autosomal recessive)で遺伝しますが、まれに常染色体優性(autosomal dominant)のケース(LGMDD4)もあります。

原因は、先に説明した CAPN3遺伝子の異常 によるものです。

概要 | Overview

LGMD R1は、骨格筋(自分の意思で動かせる筋肉)が徐々に弱くなる病気で、特に骨盤帯と肩甲帯(つまり腰や肩のまわりの筋肉)が影響を受けやすくなります。

この病気は知的発達には影響しないのが特徴で、心臓病を伴うこともまれです。発症年齢は、8歳から30歳ごろが一般的ですが、それより早い・遅いこともあります。

カルパイン3(CAPN3)というタンパク質は、筋肉の中の構造「サルコメア」の安定に必要であり、筋肉の修復や、カルシウムの流れの調整、タンパク質の分解・再利用など多くの重要な役割を担っています。CAPN3がうまく働かないことで、筋肉が次第に傷つき、弱くなっていくのです。

疫学 | Epidemiology

LGMD R1は、世界全体では100万人あたり約8.3人に見られますが、特定の地域ではより多く発症することがあります。たとえば、イタリア北東部では、100万人あたり26.5人と報告されています。

この病気は、全てのLGMDのうちの約30〜32%を占めており、もっとも一般的なタイプです。
南米のブラジル、インド、地中海沿岸地域などでも多く報告されており、地域ごとに異なる変異の偏り(Founder effect)があることがわかっています。

病因 | Etiology

この病気の原因は、CAPN3遺伝子の変異(遺伝的な誤り)です。これにより、カルパイン3の働きが失われるか、大幅に低下します。

これまでに報告されているCAPN3の変異は500種類以上にのぼり、主なタイプは以下の通りです

  • ミスセンス変異(missense): アミノ酸が別のものに置き換わる
  • スプライス部位変異(splice-site): 遺伝情報の「切り貼り」の誤り
  • イントロン変異(intronic): 遺伝子の非コード領域の異常(例:c.1783-72C>G)
  • フレームシフト変異、挿入、欠失など

CAPN3は、カルシウム調節、筋繊維の再構築、ミトコンドリアの代謝、タンパク質の安定化などにも深く関与しており、その多様な機能が失われることで筋力低下が生じます。

症状 | Symptoms

症状は、人によって大きく異なり、以下のようなものがあります

  • 腰や太もも、肩や腕の筋力低下(近位筋の対称性筋力低下)
  • 歩行困難、階段昇降の困難、走るのが遅くなる
  • ガワーズ徴候(立ち上がる時に手を使って体を押し上げる動作)
  • 肩甲骨の突出(肩甲骨翼状変形)
  • 腰の反り(腰椎前弯)、姿勢異常
  • ふくらはぎの肥大(仮性肥大)
  • 関節のこわばり(拘縮)
  • 筋肉痛、疲れやすさ、運動後の痛み(ミオアルギア)
  • 血液中のクレアチンキナーゼ(CK)上昇:通常の5〜80倍

呼吸障害や心臓の病気は比較的まれですが、進行するとごく一部の方ではみられることがあります。

稀な症状

  • 顔面の筋力低下
  • 頸部の前屈(カンプトコルミア)
  • 代謝性筋疾患に似た症状
  • 小児期発症の好酸球性筋炎との合併報告もあります

検査・診断 | Testing & Diagnosis

1. 血液検査

  • CK(クレアチンキナーゼ)値の上昇(正常値の数倍〜数十倍)
  • 肝酵素(AST、ALT)、LDHの軽度上昇も見られることがあります

2. 筋電図(EMG)

  • 筋肉の異常(筋原性変化)を示す
  • 初期や軽症では正常のこともあります

3. 画像検査(筋肉MRI)

  • 筋肉の脂肪化・萎縮が見られる
  • 太もも後方、骨盤、ふくらはぎの筋肉が特に影響を受けやすい

4. 筋生検(筋肉組織の検査)

  • 筋繊維の大きさのばらつき、壊死と再生、線維化
  • 中心核、ロブレーテッドファイバー(筋繊維内の構造異常)などの所見

5. タンパク質解析(免疫染色・ウエスタンブロット)

  • カルパイン3の欠失または著しく低下が確認される
  • 他のタンパク質(例:ディスファリン)の二次的減少も見られることがある

6. 遺伝子検査

  • NGS(次世代シーケンシング)による多遺伝子解析
  • スプライス変異などを確認するためにcDNA解析が必要なこともある
  • Sanger法での検証、家族内の遺伝子分離解析も重要です

7. 新たな診断技術

  • CAPN3の皮膚線維芽細胞や尿中での発現が確認されており、今後は筋生検を回避できる可能性が期待されています

治療法と管理 | Treatment & Management

現時点での治療方針

現在、根本的な治療法(治癒させる方法)はありませんが、以下のような症状緩和と進行予防のためのサポート治療が行われています。

1. 理学療法・運動療法

  • 筋力維持と拘縮予防のためのストレッチと筋トレ(無理のない範囲で)

2. 装具・補助具

  • 姿勢の維持、歩行の安定のために装具や車椅子を活用

3. 呼吸・心機能のサポート

  • 呼吸機能が低下した場合は、呼吸補助装置(NPPVなど)を導入

4. 薬物療法(研究段階)

  • グルココルチコイド(ステロイド):有用性は限定的ながら研究中
  • ミオスタチン阻害薬(例:MYO-029):筋肥大は見られるが機能改善は限定的
  • Wnt経路作動薬(AMBMP):遅筋線維の機能改善が報告されています

5. 遺伝子治療(開発中)

  • AAV(アデノ随伴ウイルス)を用いたCAPN3遺伝子の導入
  • 特定のミスセンス変異に対するアンチセンス核酸(ASO)療法も研究中
  • CRISPR-Cas9技術によるゲノム編集と幹細胞治療の試みも進んでいます

予後 | Prognosis

LGMD R1の進行は個人差が大きく、次のような要因で変わります:

  • 発症年齢: 早ければ進行が早くなる傾向あり
  • 遺伝子型: CAPN3タンパク質が完全に欠損する変異は重症化しやすい
  • 性別: 女性はCKの上昇が著しいこともありますが、進行は比較的遅いこともあります

平均的な経過

  • 歩行機能の喪失: 平均で発症から15〜25年後(多くは30代前半までに)
  • 呼吸器合併症: 重症化する例は少数(ヨーロッパの報告では約11%)
  • 心機能: 軽度の心筋症が稀にみられることがありますが、通常は問題ありません

やさしい言葉の説明|Helpful Terms

  • 筋ジストロフィー(Muscular Dystrophy)
    筋肉がだんだん弱っていく進行性の病気です。
  • 四肢帯型(Limb-Girdle)
    肩や腰のまわりの筋肉が主に弱くなるタイプを表します。
  • 遺伝子(Gene)
    体をつくるための「設計図」のような情報で、親から子に受けつがれます。
  • CAPN3(カリパイン3)遺伝子
    筋肉に必要なたんぱく質「カリパイン3」を作る遺伝子です。この遺伝子に異常があると病気になります。
  • カリパイン3(Calpain-3)
    筋肉を守ったり、修復したりするために必要なたんぱく質のひとつです。
  • サルコメア(Sarcomere)
    筋肉を縮めたり伸ばしたりする「力のもと」となる部分です。
  • 常染色体劣性遺伝(Autosomal Recessive Inheritance)
    両親からひとつずつ異常な遺伝子を受けつぐことで病気があらわれる遺伝の型です。
  • 変異(Mutation)
    遺伝子の中の情報が書き変わってしまい、正しく働かなくなることです。
  • CK(クレアチンキナーゼ/Creatine Kinase)
    筋肉がこわれると血液の中に多く出てくる物質です。血液検査で調べます。
  • 筋電図(EMG)
    筋肉や神経のはたらきを調べる検査です。
  • 筋生検(Muscle Biopsy)
    筋肉の一部を取り出して、病気の特徴を顕微鏡で調べる検査です。
  • ウエスタンブロット(Western Blot)
    筋肉にある特定のたんぱく質の量を調べる方法です。
  • ガワーズ徴候(Gower’s Sign)
    立ち上がるときに、手で体を押し上げるようにして起き上がる動作。筋力低下のサインです。
  • 肩甲骨翼状変形(Scapular Winging)
    肩の後ろの骨が浮き出て、翼のように見える状態です。
  • 拘縮(Contracture)
    関節が固くなり、動きにくくなることです。
  • 仮性肥大(Pseudohypertrophy)
    筋肉が大きく見えても、実は中身が脂肪などに置きかわっていて、力が弱くなっている状態です。

引用文献|References

キーワード|Keywords

CAPN3, カルパイン3, カリパノパチー, LGMDR1, LGMD2A, 四肢帯型筋ジストロフィー, サルコメア, 近位筋, 高CK血症, 肩甲骨翼状変形, 拘縮, イントロン変異, エクソンスキッピング, ウエスタンブロット, 筋生検, 遺伝子治療, AAVベクター, CRISPR-Cas9, カルシウム恒常性, SERCA, 遺伝子変異, 非侵襲診断, 筋再生, 呼吸補助

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