やさしいまとめ
ホモシスチン尿症(CBS欠損症)は、生まれつきの体質により
ホモシステインというアミノ酸が体内にたまりやすくなる病気です。
目や骨、血管、脳に影響を及ぼすことがありますが、
早期の診断と治療によって、多くの合併症は防ぐことができます。
このページでは、原因となるCBS遺伝子のはたらき、
症状、検査、治療方法、今後の研究について、
やさしい言葉でわかりやすく解説しています。
遺伝子領域 | Implicated Genomic Region
CBS

ホモシスチン尿症(Homocystinuria)は、シスタチオニンβ-シンターゼ遺伝子(CBS: Cystathionine Beta-Synthase)の変異によって起こる遺伝性疾患です。この遺伝子は、第21番染色体の長腕(21q22.3)に位置しています。
CBS遺伝子が作る酵素(たんぱく質)は、ホモシステイン(Homocysteine)とセリン(Serine)というアミノ酸を使ってシスタチオニン(Cystathionine)を作る働きをしています。この反応は「硫黄アミノ酸代謝(Sulfur amino acid metabolism)」の中のトランススルフレーション経路(Transsulfuration Pathway)と呼ばれる重要なルートの一部です。この酵素は、ピリドキサールリン酸(PLP: Pyridoxal 5’-Phosphate)というビタミンB6の活性型を補因子として必要とし、さらにヘム(Heme)という分子を含んでいます。
CBS酵素は、4つの同じたんぱく質が集まった「ホモテトラマー(Homotetramer)」という形で働いており、体内で硫化水素(Hydrogen Sulfide, H₂S)という重要なシグナル分子を作ることにも関わっています。
これまでに260種類以上の病的変異(Pathogenic Variants)がCBS遺伝子で見つかっており、多くはミスセンス変異(Missense Mutation)というタイプで、酵素の構造の安定性や機能に影響を与えます。
疾患名 | Disorder
この疾患は正式には「シスタチオニンβ-シンターゼ欠損によるホモシスチン尿症(Homocystinuria due to Cystathionine Beta-Synthase Deficiency, 略称:CBSD)」と呼ばれます。別名として「古典的ホモシスチン尿症(Classic Homocystinuria)」「ホモシステイン血症タイプI(Homocysteinemia Type I)」とも表記されます。
国際疾病分類(ICD-11)では、「アミノ酸代謝の先天異常(5C50)」に分類されるまれな代謝性疾患のひとつです。
概要 | Overview
CBS欠損によるホモシスチン尿症は、体の中でホモシステインというアミノ酸を処理する酵素がうまく働かないことにより起こる常染色体劣性遺伝(Autosomal Recessive Inheritance)の疾患です。
ホモシステインが体の中にたまり、同時にメチオニン(Methionine)の濃度も上昇します。このアンバランスがさまざまな臓器に悪影響を与えます。
影響を受ける主な器官は、眼(目のレンズ)、骨格(骨の形成)、血管系(血液の流れ)、および中枢神経系(脳や神経)です。
この疾患には主に2つの型があります:
- ビタミンB6(ピリドキシン, Pyridoxine)に反応する型(Responsive):症状が比較的軽く、知的発達にも良好な傾向があります。
- ビタミンB6に反応しない型(Non-Responsive):より重症で、早期から多臓器にわたる障害が見られます。
また、CBS欠損症は、酵素の構造がうまく折りたためない「コンフォメーション病(Conformational Disease)」に分類され、たんぱく質の折りたたみや安定性の異常が本質的な原因とされています。
疫学 | Epidemiology
この疾患は世界中でまれですが、発生率には地域差があります
- カタール:1/1,800(最も高頻度、近親婚の影響)
- アイルランド:1/65,000
- ドイツ:1/17,800(遺伝子スクリーニングによる推定)
- ノルウェー:1/6,400
- イタリア(カンパニア州):1/77,000
- 世界平均:1/100,000〜1/344,000出生に1人
新生児スクリーニング(血液検査による先天性代謝異常の早期発見)は、特に非応答型の患者に有用ですが、B6反応型は見逃されることもあるため注意が必要です。
病因 | Etiology
CBS酵素がうまく働かなくなることで、ホモシステインが分解されず体にたまり(高ホモシステイン血症, Hyperhomocysteinemia)、一方で代謝産物であるシステイン(Cysteine)やグルタチオン(Glutathione)などの抗酸化物質が不足します。
ホモシステインの蓄積によって、次のような異常が引き起こされます:
- 血管内皮への障害:酸化ストレスによる血管炎症、血栓形成
- 結合組織の弱化:ホモシステインがコラーゲンなどを化学的に傷つけ、靭帯や骨の異常に
- 神経への毒性作用:ホモシステインから生じる代謝物が脳神経を障害する
特に有名な遺伝子変異には以下があります:
- p.Ile278Thr(アイソロイシン278→スレオニン):比較的軽症でビタミンB6に反応しやすい
- p.Gly307Ser(グリシン307→セリン):重症型でB6非応答型が多い
症状 | Symptoms
症状の現れ方や重さは人によって異なりますが、代表的な症状は以下の通りです:
眼の症状
- 水晶体脱臼(Ectopia Lentis):目のレンズがずれる。1〜8歳の間に起こりやすい
- 強度の近視(Severe Myopia):非常に視力が悪くなる
骨格の異常
- マルファン様体型(Marfanoid Habitus):身長が高く、手足が長い
- 側弯症(Scoliosis)、骨粗しょう症(Osteoporosis):骨がもろくなりやすい
血管の障害
- 血栓塞栓症(Thromboembolism):静脈や脳、肺の血管が詰まることがあり、最も重大な合併症です
- 妊娠・出産時は血栓のリスクが特に高くなります
神経・精神症状
- 知的障害、発達の遅れ
- てんかん発作(Seizures)、うつ症状・強迫性障害などの精神疾患
その他の症状
- 皮膚や髪の色素が薄くなる(低色素症)
- 顔の赤み(マラーフラッシュ)
- 膵炎や肝臓のう胞がまれにみられます
検査・診断 | Testing & Diagnosis
生化学的検査
- 血漿総ホモシステイン(tHcy):通常は<15 µmol/Lですが、CBSDでは>100 µmol/Lを示します
- メチオニン(Methionine):血中濃度が上昇します
- ホモシスチン(Homocystine):尿中にも増加します
新生児スクリーニング
- かかとから取った血液でメチオニン濃度を測定
- 第二段階検査としてホモシステインを測定することで診断の正確性が上がります
遺伝子検査
- CBS遺伝子の塩基配列解析(シークエンシング)で95〜98%の異常を検出可能
- 特定の変異(例:p.I278T, p.G307S)は民族的背景によって頻度が異なります
ビタミンB6負荷試験
- ピリドキシンを段階的に増量して内服し、48時間後にホモシステインの変化を確認
- 30%以上の低下があれば「反応型」とされます
治療法と管理 | Treatment & Management
治療の目標
- 血漿ホモシステイン(tHcy)を100 µmol/L以下(理想は50 µmol/L未満)に保つ
- 血栓や知的障害の予防が中心となります
1. ビタミンB6(ピリドキシン)補充
- 反応型の方には200〜1000 mg/日まで使用されます
2. メチオニン制限食
- 非反応型の方に必須
- メチオニンを含まないアミノ酸製剤を用い、必要な栄養を補います
3. ベタイン(Betaine)
- ホモシステインをメチオニンに再変換する働きがあります
- 50〜100 mg/kg/日で開始。高メチオニン血症には注意(>1000 µmol/Lで脳浮腫のリスク)
4. 葉酸・ビタミンB12補充
- メチオニン再生経路を支えるため、必要に応じて投与します
5. 妊娠時の管理
- 血栓リスクが高いため、低分子量ヘパリンやアスピリンが用いられます
6. 新しい治療法(研究段階)
- 酵素補充療法(例:Pegtibatinase)
- 遺伝子治療(AAVベクター使用)
- フォールディング改善薬(薬理学的シャペロン)
経過観察
- 乳児期:月1回の通院、1歳以降は3か月に1回
- 学童期以降:半年〜1年に1回のフォローアップ
予後 | Prognosis
早期診断と治療により、ほとんどの合併症は予防可能です
- ピリドキシン反応型では、知的・身体発達も正常範囲に保たれることが多いです
- 非反応型では、管理が難しいこともありますが、継続的な治療と多職種連携により、生活の質は大きく改善します
将来的には、遺伝子治療やシャペロン療法が治癒に近い治療法として実用化される可能性があります。
やさしい言葉の説明|Helpful Terms
- 遺伝子(Gene)
体の働きを決める「設計図」のようなもの。親から子に受け継がれます。 - CBS遺伝子(CBS gene)
体の中でホモシステインという物質を処理するための「酵素(たんぱく質)」を作る設計図です。 - 常染色体劣性遺伝(Autosomal Recessive Inheritance)
両親から「たまたま」病気の原因となる遺伝子を1つずつ受け取ったときに発症する仕組みです。親が元気でも、子どもに出ることがあります。 - ホモシステイン(Homocysteine)
体内にたまりすぎると血管や神経に悪さをする物質。通常は酵素によって安全に処理されます。 - ホモシスチン尿症(Homocystinuria)
ホモシステインがうまく処理できず、体の中にたまり、目・骨・血管・脳などにいろいろな問題を起こす病気です。 - ビタミンB6(ピリドキシン / Pyridoxine)
酵素がうまく働くために必要な栄養。特定の患者さんでは、B6を飲むだけで症状がかなり軽くなることもあります。 - 反応型/非反応型(Responsive / Non-Responsive)
ビタミンB6に「反応する」タイプと、「反応しない」タイプがあります。治療方針や予後に関係します。 - 新生児スクリーニング(Newborn Screening)
生まれたばかりの赤ちゃんの血液を使って、先天性の病気を早期に調べる検査です。 - 血栓(けっせん)・血栓塞栓症(Thrombosis / Thromboembolism)
血のかたまりが血管をつまらせて、脳こうそくや肺の問題を起こすこと。ホモシステインが高いとリスクが上がります。 - 水晶体脱臼(Ectopia Lentis)
目の中のレンズがずれてしまう状態。強い近視が出たり、視力が落ちたりします。 - メチオニン制限食(Methionine-Restricted Diet)
ホモシステインのもとになるメチオニンを少なくする食事療法。病気の進行を抑えるために必要です。 - ベタイン(Betaine)
ホモシステインを体の中で処理するのを助けるお薬。多くの患者さんで使われます。 - 遺伝子検査(Genetic Testing)
病気の原因となる変化があるかを確認する検査。治療方針の参考になります。 - 予後(Prognosis)
これからの体の状態や見通しのこと。早く見つかり、きちんと治療を続ければ、元気に成長できる子も多いです。
引用文献|References
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キーワード|Keywords
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