やさしいまとめ
このページでは、「Leber先天黒内障10型(LCA10)」という、生まれつき視力が弱いままの状態が続く目の病気について、やさしい言葉でご説明しています。
特に、CEP290(セントロソームたんぱく質290)という遺伝子に原因があるタイプのLCAに焦点を当て、
・この病気がどうして起こるのか
・どのような症状があるのか
・どのように診断されるのか
・現在の治療や研究の進み具合
などを、医療関係者の方だけでなく、ご家族や一般の方にもわかりやすいようにまとめています。
お子さまやご家族の将来に関わる大切な情報を、落ち着いて知るための一助となれば幸いです。
遺伝子領域 | Implicated Genomic Region
CEP290

Leber先天黒内障10型(LCA10)は、「CEP290(セントロソームタンパク質290:Centrosomal protein 290)」という遺伝子の変異によって引き起こされます。CEP290遺伝子は、ヒトの12番染色体の長腕(バンド位置:12q21.32)に位置しており、遺伝子全体の長さは約93,000塩基対(ベースペア)にわたります。
この遺伝子が作るタンパク質は、細胞の中にある「中心小体(centrosome)」や「線毛(cilia)」という微細な構造に関わっており、特に目の「光受容体細胞(photoreceptor cells)」で重要な働きをしています。光受容体細胞とは、光を感じて脳へ信号を送る、視力に直接関わる細胞のことです。
CEP290遺伝子には複数の別名があり、研究文献などではKIAA0373、LCA10、JBTS5、BBS14、NPHP6などと記載されることもあります。
疾患名 | Disorder
この疾患は「Leber先天黒内障10型(LCA10)」と呼ばれます。LCAとは、「Leber Congenital Amaurosis(レーバー先天性黒内障)」の略で、生まれつきまたは乳児期早期に視覚障害を呈する重篤な網膜疾患の総称です。
LCA10は、LCAの中でも特にCEP290遺伝子の異常によって起こるタイプを指します。出生時からの重度な視覚障害が特徴です。
概要 | Overview
Leber先天黒内障(LCA)は、生後すぐに見つかる重い視覚障害の一群で、網膜(目の奥で光を感じる膜状の組織)の遺伝性疾患です。LCA10はその中でも最も多い遺伝的サブタイプの一つで、CEP290遺伝子の変異によって引き起こされます。
LCA10では、目の構造(特に中心部分である「中心窩:fovea」)が比較的保たれているにもかかわらず、機能的な視力は非常に低くなります。このように、構造が保たれているのに機能が失われているという特徴は、将来的な治療の可能性を示す重要な手がかりになります。
疫学 | Epidemiology
LCAは、世界で出生3万〜8万人に1人の割合で発生すると推定されており、幼児期の失明の原因の約20%を占めます。
その中でLCA10は、全体の最大30%を占める最も頻度の高いタイプです。特に欧米では、CEP290遺伝子の深部イントロン変異「c.2991+1655A>G(別名:IVS26)」が多く見られ、アメリカではLCA10患者の約77%にこの変異が確認されています。
一方、アジア地域では他の遺伝子が原因となるケースが多く、地域によって頻度が異なることがわかっています。
病因 | Etiology
LCA10は、CEP290という遺伝子に由来するタンパク質が正常に働かなくなることにより発症します。このタンパク質は「線毛(cilia)」という細胞表面の微細な突起に存在し、光受容体細胞の内と外の部分をつなぐ「連結線毛(connecting cilium)」で特に重要な役割を果たしています。
最も多く見られる病的変異は「c.2991+1655A>G」で、これはイントロン(DNAの非コード領域)に新たなスプライス部位を作り、通常は存在しない「偽のエクソン(cryptic exon)」がmRNAに含まれるようになってしまいます。その結果、途中で切れてしまう不完全なCEP290タンパク質しか作られず、光受容体の働きが保てなくなります。
このような異常は全身の細胞で起こる可能性がありますが、特に網膜で顕著に表れます。その理由は、CEP290のスプライシング(RNAの加工)の異常が網膜で最も強く影響を受けるためだと考えられています。
症状 | Symptoms
LCA10の主な症状は、生後すぐに見られる視覚障害です。以下のような特徴があります
- 重度の視力低下または全盲
- 眼振(nystagmus):目が無意識に左右に動く
- 対光反射の低下または消失(光に対して瞳孔が反応しにくい)
- 強い遠視(高遠視:high hyperopia)
- 羞明(photophobia):まぶしさを強く感じる
- 角膜円錐症(keratoconus):角膜が薄くなってとがる状態
- 眼球自己刺激(Franceschettiの眼指症候:oculo-digital sign):目を押したりこすったりする癖
- 物を目で追えない、視線が合わない
また、一部の患者さんでは以下のような全身症状も見られます
- 運動発達の遅れや言語発達の遅れ
- 小脳の異常や運動失調(Joubert症候群)
- 腎臓や肝臓の異常
検査・診断 | Testing & Diagnosis
眼科的検査
- 網膜電図(ERG:Electroretinography):光に対する網膜の反応を測る検査。LCA10ではほぼ無反応。
- 光干渉断層計(OCT:Optical Coherence Tomography):網膜の構造を詳しく見る画像検査。中心窩構造が保たれていることが多いです。
- 眼底検査:病気の進行に伴い、網膜に白い斑点や色素沈着が現れることがあります。
遺伝子検査
- 網膜疾患のマルチ遺伝子パネル検査により、CEP290の異常を特定できます。
- 確定診断には病的変異(pathogenic variant)の確認が不可欠です。
- 診断が確定すれば、将来的な治療や臨床試験の参加、家族への遺伝カウンセリングが可能になります。
鑑別診断
以下の病気と区別が必要です
- 色覚異常症(Achromatopsia)
- 先天性夜盲症(Congenital Stationary Night Blindness)
- 白子症(Albinism)
- 神経セロイドリポフスチン症(Neuronal Ceroid Lipofuscinosis)
- ゼルウェガー症候群(Zellweger Spectrum Disorder)
治療法と管理 | Treatment & Management
現在の管理
現時点ではLCA10に対する標準的な治療法(根本的治療)は存在しません。したがって、以下のような支持的治療が重要です
- 視力補助具の使用(拡大鏡や遮光眼鏡など)
- 遠視の矯正(眼鏡)
- 合併症の管理(円錐角膜や白内障など)
- 小児の発達支援(早期療育、音や触覚を使った教育)
開発中の治療法
1. アンチセンスオリゴヌクレオチド療法(AON: Antisense Oligonucleotide)
セポファーセン(Sepofarsen / QR-110)
- 偽のエクソンをmRNAから除去することで、正常なCEP290タンパク質の産生を目指します。
- 初期臨床試験では視力(BCVA)の改善や移動能力の向上が確認されています。
- 主な副作用は白内障でしたが、手術で改善可能とされています。
2. ゲノム編集(CRISPR-Cas9)
EDIT-101(エディット101)
- 深部イントロン変異(c.2991+1655A>G)をゲノム上から直接削除することを目的とした治療です。
- ウイルスベクター(AAV5)を用いて網膜内に直接注入されます(網膜下投与)。
- 初期の臨床試験では、安全性に問題はなく、視力、光感受性、移動能力、生活の質など複数の指標で改善が見られました。
- 特に子どもの患者さんでは、より大きな改善が見られたことから、早期治療が効果的である可能性が示唆されています。
予後 | Prognosis
LCA10は、治療しなければ生涯にわたる重度の視覚障害を伴います。しかし、中心網膜の構造が長期間保たれるケースもあり、治療介入のチャンスが存在する可能性があります。
予後は以下の要因により変わります
- 変異の種類(無機能型変異があるとより重症化)
- 治療の開始時期(早期治療ほど効果が高い)
- 全身症状の有無(Joubert症候群などを伴う場合は全身的なケアが必要)
また、診断が確定している場合、家族に対しての保因者検査や出生前診断(遺伝カウンセリング)も選択肢になります。
やさしい言葉の説明|Helpful Terms
- 遺伝子(Gene)
体の設計図のような情報が詰まったものです。親から子に受け継がれ、体の中の働きを決める大切な要素です。 - 遺伝子変化(Gene Mutation)
遺伝子の一部に変化(へんか)が起こった状態です。この変化により、体の中で必要なたんぱく質がうまく作られなくなることがあります。 - CEP290(セントロソームたんぱく質290)
目の光を感じる細胞の中で働くたんぱく質を作る遺伝子の名前です。この遺伝子に異常があると、視力に関わる細胞がうまく働かなくなります。 - 常染色体劣性遺伝(Autosomal Recessive Inheritance)
両親の両方から同じ遺伝子に関する変化を受け継いだときに症状が出る遺伝のしくみです。両親には症状がなく、気づかれないことが多いため、突然の診断に驚かれる方も多いです。 - 網膜(Retina)
目の奥にある、光を感じて脳に映像を伝える場所です。カメラでいう「フィルム」のような役割をします。 - 光受容体細胞(Photoreceptor Cells)
網膜の中にある、光をキャッチする特別な細胞です。これがうまく働かないと、ものを見る力が弱くなります。 - 線毛(Cilia)
細胞の表面にある小さな毛のような部分で、体の中の情報を伝えたり物質を運んだりする働きをします。目の中では光を感じる細胞の働きを助けます。 - LCA(Leber先天黒内障:Leber Congenital Amaurosis)
生まれつき、または生後まもなくから視力がとても弱い病気のことです。光を感じる細胞がうまく働かないことが原因です。 - LCA10
LCAの中でも、CEP290という遺伝子に異常があるタイプです。最も多く見られるLCAの一つです。 - 視力障害(Visual Impairment)
目がよく見えない状態のことです。症状には幅があり、少し見えにくい場合もあれば、光だけを感じる状態のこともあります。 - 眼振(Nystagmus)
目が勝手に左右に揺れる動きのことです。本人の意思とは関係なく起こります。 - 対光反応(Pupillary Light Reflex)
目に光を当てたときに、瞳孔(ひとみ)が小さくなる反応のことです。LCA10ではこの反応が弱いか、ないことがあります。 - 高遠視(Hyperopia)
遠くは見えやすいけれど、近くが見えづらい目の状態です。視力に大きく関係します。 - 羞明(Photophobia)
光がまぶしくてつらく感じる症状です。明るい場所にいると不快に感じることがあります。 - 角膜円錐症(Keratoconus)
黒目の表面(角膜)が少しずつ薄くなり、とがってくる病気です。視界がゆがんで見えたり、ものがはっきり見えにくくなることがあります。 - 眼指症候(Oculo-Digital Sign)
目を押したりこすったりする癖のことです。視覚刺激を求める行動と考えられています。 - 網膜電図(ERG:Electroretinography)
網膜が光にどのように反応するかを調べる検査です。LCA10では反応がほとんど見られないことが多いです。 - 光干渉断層計(OCT:Optical Coherence Tomography)
網膜の形や厚みを詳しく調べる検査です。目の中の構造がどれくらい保たれているかを見ることができます。 - 遺伝子検査(Genetic Testing)
体の中の遺伝子に異常があるかを調べる検査です。病気の原因を特定し、将来の治療の選択肢を広げるために重要です。 - アンチセンスオリゴヌクレオチド療法(Antisense Oligonucleotide Therapy)
遺伝子の働きに関するエラーを修正するための新しい薬の方法です。目の中に注射して使います。 - ゲノム編集(Genome Editing)
正しく働かない遺伝子の一部を切り取り、正常に近づけるための最先端の治療法です。CRISPR(クリスパー)という技術が使われることがあります。 - サブレティナル注射(Subretinal Injection)
網膜の下に薬や遺伝子を届ける方法です。手術のようにして行います。 - 臨床試験(Clinical Trial)
新しい治療が安全で効果があるかを確かめるために、実際の患者さんにご協力いただく大切な研究です。医師のもとで慎重に行われ、将来の治療法をひらく手がかりになります。 - 予後(Prognosis)
今後の見通しのことです。治療しなかった場合の進行や、治療でどれくらい良くなる可能性があるかを示します。 - 遺伝カウンセリング(Genetic Counseling)
家族や子どもの将来のために、遺伝についての説明や相談をする専門的な支援です。不安や疑問を整理するのに役立ちます。
引用文献|References
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キーワード|Keywords
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