やさしいまとめ
CLN3病(若年型バッテン病)は、子どものころに視力が落ちることから始まる、まれな遺伝性の神経の病気です。
少しずつ学習や言葉の力、動きなども難しくなり、てんかんや心の症状が出ることもあります。
この記事では、病気のしくみ、診断の流れ、治療や日常の支援について、専門的な内容をやさしく詳しく説明しています。
ご家族の不安を少しでも減らせるよう、医療者と話し合いやすくなる情報をまとめました。
CLN3病と診断されたお子さん、ご家族、支援する方にとって大切な手がかりとなる内容です。
遺伝子領域 | Implicated Genomic Region
CLN3

CLN3(シーエルエヌスリー)関連疾患は、「CLN3遺伝子」の異常によって引き起こされる病気です。CLN3遺伝子は、第16染色体の短腕(16p12.1)に位置し、およそ25,000塩基対の長さを持つタンパク質を作る遺伝子(protein-coding gene)です。
この遺伝子が作り出す「バッテニン(battenin)」というタンパク質は、細胞内のリソソーム(lysosome:細胞の不要物を分解する小さな器官)の膜に存在し、細胞内のゴミ処理や再利用の過程(オートファジー:autophagy)を助けると考えられています。
CLN3疾患で最もよく見られる遺伝子異常は、「1.02 kb(キロベース)欠失変異」と呼ばれるもので、これはCLN3遺伝子の7番と8番のエクソン(遺伝子を構成する部分)が欠けている状態です。この変異は全世界の患者さんの約85%で確認されています。
疾患名 | Disorder
この病気の正式名称は「神経セロイドリポフスチン症3型(Neuronal Ceroid Lipofuscinosis type 3: CLN3)」です。より一般的には、「若年型神経セロイドリポフスチン症(Juvenile Neuronal Ceroid Lipofuscinosis: JNCL)」や「若年型バッテン病(Juvenile Batten Disease)」と呼ばれることもあります。
この病気は、神経セロイドリポフスチン症(Neuronal Ceroid Lipofuscinoses: NCLs)と総称される一連の遺伝性神経変性疾患のひとつで、脳や目の細胞に蛍光性の脂性色素(リポフスチンやセロイド)が異常にたまることで、神経の働きが少しずつ損なわれていきます。
概要 | Overview
CLN3病は、子どものころに発症する進行性の神経変性疾患で、遺伝子の異常によって引き起こされます。発症するまでは普通に発達していたお子さんが、4〜7歳ごろに視力が急に低下し始めることが多く、その後、学習の遅れ、ことばの退行、けいれん発作(てんかん)、運動機能の低下などが現れ、病状は徐々に進行していきます。
この病気では、細胞のリソソームに「指紋状インクルージョン(fingerprint profile)」と呼ばれる特有の模様を持つ脂性色素がたまっていくことが特徴です。特に脳と網膜(目の奥の光を感じる組織)での蓄積が顕著です。
現在のところ、根本的に治す治療法(根治療法)はまだ確立されていませんが、症状の緩和や生活の質の向上を目的とした多職種による支援や、臨床試験への参加などが期待されています。
疫学 | Epidemiology
CLN3病はまれな病気で、発症頻度は出生10万人に対して1〜4人程度とされています。特に北欧系(スカンジナビア地域)に多く見られ、世界中での症例報告数は限られていますが、NCLの中では若年型のCLN3病が最も一般的です。
両親がともにCLN3遺伝子に異常を持っている(保因者である)場合、子どもがこの病気を発症する確率は25%(4人に1人)です。
病因 | Etiology
CLN3病は、常染色体劣性遺伝(autosomal recessive inheritance)によって遺伝します。これは、お父さんとお母さんの両方から異常なCLN3遺伝子を受け継いだときに発症する形式です。
CLN3遺伝子は、細胞内の不要物処理システム(リソソーム)で重要な役割を担っていますが、病気になるとこの機能がうまく働かなくなり、セロイドやリポフスチンという老廃物が神経細胞などに蓄積され、最終的に細胞死が進行していきます。
この蓄積が進むと、視覚、運動、認知、行動といったさまざまな神経機能が少しずつ損なわれていきます。
症状 | Symptoms
初期症状(4〜8歳)
- 視力低下:最も早く見られる症状で、網膜が変性し、急激に視力が落ちます。10歳ごろまでに法的失明(legal blindness)になるお子さんが多いです。
- 学習の困難・言葉の退行:新しいことを覚えるのが難しくなり、話せていた言葉を忘れてしまうことがあります。
- 睡眠障害:夜中に何度も起きてしまったり、眠れなかったりすることがあります。
中期以降(10〜20歳ごろ)
- けいれん発作(てんかん)
- 運動障害:手足がこわばったり、動きが遅くなったり、バランスをとるのが難しくなります。
- 言語障害:言葉が不明瞭になる(構音障害:dysarthria)、言いよどむ(神経性吃音:neurogenic stuttering)など。
- 精神症状:一部の方では、幻覚や妄想などの症状が現れることもあります。
- 心臓のリズム異常(不整脈):成人期に見られることがあります。
- 摂食・嚥下困難:進行すると飲み込みが難しくなり、経管栄養が必要になることもあります。
検査・診断 | Testing & Diagnosis
早期発見が非常に重要です。以下のような検査で診断が行われます
- 末梢血塗抹検査(血液を顕微鏡で見る検査)
→ 空胞化リンパ球(vacuolated lymphocytes)が確認されることがあり、CLN3病の特徴的な所見です。 - 網膜電図検査(ERG: electroretinography)
→ 網膜の光に対する反応を見る検査で、CLN3病ではa波よりb波が小さい“ネガティブERG”と呼ばれる特徴的な波形が見られることがあります。 - 光干渉断層計(OCT)
→ 網膜の構造を詳しく観察するもので、CLN3病では網膜中心の層構造の崩れや薄化が確認されます。 - 遺伝子検査
→ CLN3遺伝子の1.02 kb欠失の有無を調べることで確定診断が可能です。その他の変異も確認されるため、全エクソン解析が必要なこともあります。 - 電子顕微鏡検査
→ 汗腺や結膜などの組織を用い、「指紋状のリソソーム内封入体(fingerprint inclusion)」が確認されます。 - 脳波(EEG)やMRI検査
→ てんかん波形や脳の萎縮など、神経症状の評価に役立ちます。 - 適応行動評価(Vineland-3)・Batten病評価スケール(UBDRS)
→ 日常生活能力や認知機能の変化を測定することで、病気の進行度を把握します。
治療法と管理 | Treatment & Management
現在、CLN3病に対して承認された根本治療(病気の進行を止める治療)は存在していませんが、症状の進行を緩やかにしたり、生活の質を高めるためのさまざまな対策がとられています。
対症療法とケア
- てんかん発作のコントロール:レベチラセタム、バルプロ酸など
- 運動障害の管理:バクロフェン、ボツリヌス毒素、理学療法
- 言語・コミュニケーション支援:言語療法、補助代替コミュニケーション(AAC)機器の導入
- 栄養管理:嚥下困難に対して経管栄養の検討
- 精神・行動支援:不安、強迫症状、気分の落ち込みに対するケア
- 多職種連携(multidisciplinary care):小児神経科、眼科、リハビリ、遺伝カウンセラー、心理士、緩和ケアチームなどの協力が不可欠です。
将来的な治療の可能性
- 遺伝子治療:ウイルスベクターを用いたCLN3遺伝子の補充(臨床試験進行中)
- 分子標的薬やアンチセンス治療:研究段階にあります
予後 | Prognosis
CLN3病は、時間とともにゆっくりと進行する神経変性疾患です。個人差はありますが、以下のような経過をたどることが多いです
- 10歳前後で完全失明
- 10代後半〜20代で移動や会話が困難になり、車いす生活になる
- 20〜30歳の間に命を落とすことが多い(平均寿命は20〜30歳)
なお、ごくまれに、視覚障害のみで神経症状を伴わない“軽症型CLN3病”も報告されています。この場合は進行が緩やかで、30代以降まで生活できるケースもあります。
やさしい言葉の説明|Helpful Terms
- 遺伝子(Gene)
私たちの体の設計図のようなものです。両親から半分ずつ受け継ぎます。体の働きや病気のなりやすさにも関わっています。 - CLN3遺伝子(CLN3 gene)
リソソームという細胞の掃除屋で働くタンパク質の設計図です。この遺伝子に異常があると、細胞の中にゴミがたまりやすくなり、脳や目などの働きがゆっくりと悪くなっていきます。 - 常染色体劣性遺伝(Autosomal Recessive Inheritance)
お父さんとお母さんの両方から病気の遺伝子を受け継いだときに発症する遺伝のタイプです。両親が健康でも、子どもに病気が出ることがあります。 - リソソーム(Lysosome)
細胞の中の「ごみ処理場」のような場所で、いらなくなったものを分解・整理します。この働きがうまくいかないと、細胞に負担がかかって壊れやすくなります。 - セロイドリポフスチン(Ceroid Lipofuscin)
壊れた細胞の部品や老廃物がたまってできる、黄色っぽい物質です。CLN3病では、これが脳や目にたまり、障害の原因となります。 - 神経セロイドリポフスチン症(Neuronal Ceroid Lipofuscinosis: NCL)
リソソームにセロイドリポフスチンがたまり、脳や神経の働きが少しずつ弱くなる病気のグループです。CLN3病もその一つです。 - 若年型(Juvenile)
発症する年齢が子どもの頃(だいたい4〜8歳)であることを意味します。 - バッテン病(Batten Disease)
NCLのなかでもCLN3病などを含む病気をまとめて呼ぶときの一般的な名前です。医師や団体によってはこの言葉を使うことがあります。 - 1.02 kb 欠失(1.02 kb Deletion)
CLN3遺伝子の一部が抜けている変異のことです。この変異があると、CLN3病を発症する可能性が高くなります。とてもよく見られるタイプの異常です。 - 視力低下(Vision Loss)
CLN3病の最初のサインとなることが多い症状で、目が見えにくくなっていきます。小学校低学年ごろに気づくことが多く、進行すると失明に至ることもあります。 - けいれん(Seizure)
脳の電気信号が一時的に乱れることで、体がふるえたり、意識を失ったりする発作です。CLN3病では思春期ごろから起こることが多いです。 - 発達退行(Developmental Regression)
一度できるようになった言葉や動きが、だんだんできなくなってしまうことです。CLN3病の進行とともに見られます。 - 空胞化リンパ球(Vacuolated Lymphocyte)
血液の中にある白血球の一種で、CLN3病では中に空洞のような部分が見られます。簡単な血液検査で見つけられる重要な診断の手がかりです。 - 網膜(もうまく)(Retina)
目の奥にある、光を感じるうすい膜です。ここが傷むと、視力が落ちて見えにくくなります。 - 網膜電図(ERG: Electroretinography)
目の光に対する反応を調べる検査です。CLN3病では、ある特徴的な波形が出ることがあります。 - 光干渉断層計(OCT: Optical Coherence Tomography)
網膜のうすい層を詳しく見ることができる目の検査です。CLN3病では、網膜の中心が薄くなる様子が見られます。 - 遺伝子検査(Genetic Testing)
体の細胞からDNAを調べて、病気の原因となる遺伝子の異常があるかを調べる検査です。CLN3病の確定診断に使われます。 - 構音障害(Dysarthria)
話すときの舌や口の動きがうまくいかず、ことばが不明瞭になる症状です。CLN3病が進行すると見られることがあります。 - 補助代替コミュニケーション(AAC: Augmentative and Alternative Communication)
話すことが難しい方が使う、視線や文字、絵カード、機械などを使ったコミュニケーション方法です。CLN3病の言語サポートに役立ちます。 - 多職種連携(Multidisciplinary Care)
医師だけでなく、リハビリ、心理士、言語聴覚士、看護師、栄養士などが協力して支える体制のことです。CLN3病のような進行性の病気にはとても大切です。 - 緩和ケア(Palliative Care)
病気を完全に治すことが難しい場合でも、痛みや不安を減らして、その人らしい生活を支えるケアです。CLN3病では早期から取り入れることがすすめられています。 - 遺伝カウンセリング(Genetic Counseling)
遺伝のしくみや検査結果について、わかりやすく説明してくれる専門家(遺伝カウンセラー)との相談のことです。家族計画などの相談にも役立ちます。
引用文献|References
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キーワード|Keywords
CLN3, バッテン病, 若年型神経セロイドリポフスチン症, JNCL, 神経変性疾患, リソソーム病, セロイドリポフスチン, 空胞化リンパ球, 遺伝子検査, 補助代替コミュニケーション(AAC), ERG, OCT, 遺伝子治療, 自閉スペクトラム誤診, てんかん, 言語障害, 指紋状インクルージョン, ビネルンド適応行動尺度(Vineland-3), 統一バッテン病評価スケール(UBDRS)